10 / 43
第3章「嘘でも、真実だと信じさせていて欲しかった」
3.4 誰も愛してくれないのなら
しおりを挟む
レイシさんと出会って、わたしの世界は新しく輝いたようだった。
リュイを見ても、胸の鼓動は早まらない。
召喚されたばかりの女性や、他の男に愛されながらも秋波を送る女性と話す姿を見ても、胸が痛まない。
フラットな気持ちでリュイと接することが出来たし、そうすると無理をしてまでリュイや女たちと食事を囲む意味も見当たらなくなって、わたしは部屋に閉じ籠もった。リュイが部屋の扉越しに声をかけてきても、【管理者】は大変だなと他人事のように思えたのだった。
そうしているうちに、レイシさんとの二度目のデートがすぐやってきた。
一度目のデートの翌週の休息日。
レイシさんの訪れだけを待つ日々はあまりに甘美だった。待つ時間さえも楽しくて。
また雨に濡れてはいけないからと、照れたように微笑むレイシさんが屋敷のそばまで迎えに来てくれて、飛び上がりたくなるほど嬉しかった。
「――――久しぶりだな、と言って理解できるのかな、リュイ」
レイシさんはわたしに声をかけてから、すぐにわたしの背後に立っていたリュイに硬い声で声かけた。
「理解出来るからこそぼくはこうして貴方と対面しているのですが」
ようやく部屋から出てきたわたしを心配したのからリュイは無言で通り過ぎるわたしの後ろをずっとついてきていたのだ。
ついてこないでと話しかけるのも、何故か煩わしくて、放置してしまっていた。
「そうか?俺のことなんて忘れていそうだが」
そう言ってどこか自嘲気味な表情を浮かべるレイシさん。
「記憶にない件については否定はしない。ぼくにとって貴方に関することは記録でしかない。
ただぼくと君の事情に、トウコを巻き込むのは感心しない。危害を加えるとするのならば容赦しない」
「リュイ?レイシさん?」
何を言っているのだろうか、リュイは。それにレイシさんも。
わたしを置いてけぼりにして、レイシさんとリュイの間に険悪な雰囲気が流れる。
「それは、トウコさんだからこうして出てきたということか?」
「まさか。ぼくが単に【管理者】だから、ですよ」
「……そうか。まあ、そうだろうな。可哀想なトウコさん。
貴様は、こんなに想われているというのにな」
レイシさんは哀れむような視線をわたしに向け、眼鏡の奥の瞳を細める。
「………トウコさん。待たせてすまないな、行こうか」
わたしへと向けられたレイシさんの視線と言葉に、心臓に爪を立てられたような鋭い痛みが走る。
「え?え、あ、はい…っ」
まるでリュイのもとから奪い去るように強引に肩を抱かれ、引き寄せられると、感じた痛みはすぐに消えた。
レイシさんの男らしい鍛えられた胸板の厚さと温もり、それからくらっとするような異性の匂い。レイシさんから与えられた痛みのことも忘れ、蕩けるような気持ちでレイシさんを見上げてそっと甘えるように頬をすり寄せる。
「………ッ」
真上からレイシさんの息を呑む気配がする。
静かだったレイシさんの心音が、大きく跳ねる。肩に置かれた手が、強くなる。
「……へえ、見せつけてくるね。
トウコ、いってらっしゃい」
そんなわたしたちのやり取りを見て、なぜか不穏な気配を醸し出すリュイに見送られ、わたしとレイシさんは屋敷を離れた。
「リュイのことは気にしなくていい。
それよりトウコさんは意外と甘えん坊なんだな」
そんなリュイの様子を物珍しく思うも、レイシさんに名前を呼ばれてどうでもよくなる。そんなことよりも、レイシさんに成人しているのに甘えん坊だと言われることが恥ずかしかった。
金色の花びらは祝福の証。
デートのその日は、ちょうど新年の始まりだった。
屋敷のある地域から出た瞬間、空から金色の花びらが舞い落ちる。
「トウコさん、花びらが」
「あ」
花びらが髪にひっかかれば、これで花冠でもできてしまいそうだと言ってレイシさんが笑ってくれる。
この世界の神様――わたしを召喚した神様――を奉る神殿に、一年の挨拶をと、初詣に来た。
周りを見ればちらほら女性を伴った男性を見かける。
彼らのように、わたしたちのことも見えているだろうかなどと詮無きことを考える。屋敷を出た時からずっと肩を抱かれたままなことに今更気づく。
「レイシさん、肩……」
嬉しさと気恥ずかしさがごちゃ混ぜになった気持ちでレイシさんを期待するように見上げて、思わず固まる。
「…………」
レイシさんはまったくの無表情だった。
「レイシ、さん?」
ただよく見るとレイシさんは考え込むように、眉だけを少し器用に顰めている。
「……ああ。どうかしたか?トウコさん」
わたしの訝しげな視線と声に気がついて、レイシさんの表情が一瞬で氷解する。
「いえ、なんでもないんです」
いつもの優しげな笑みを浮かべて顔を寄せてくれるも、風船の空気が抜けて萎むかのようにわたしの中にあるレイシさんといられる喜びが減っていく。
ヨロコンデクレテイル、ヨネ?
ワタシノスキナ、レイシサン。
リュイヨリ、レイシサンガスキ。
―――デモ、レイシサンモ、キット。
輝いてたはずの黄金の花びらすら、今はどこかくすんで見える。
心が、レイシさんから離れていく。
どうしてだろうか。
わたしとレイシさんを見た男女が。
「うわ、あの子―――」
特に男性のほうが、変な顔をしてわたしを見るのは。
微妙な空気を払拭することは出来ず。
神殿を詣でた後、ご飯を食べたらレイシさんはあっさり屋敷に送り届けてくれた。
食事処から出てから拳一つ分空いてしまったレイシさんとの距離。
「あ、あの、レイシさん 」
もうその距離を詰めることはできないのか。
そう思ったらほとんど衝動で動いていた。
「どうした?」
前のデートの時と違って、レイシさんには次の約束をする素振りすらなかった。屋敷の中になかなか戻らないわたしに、レイシさんは何も言わないがどこか苛立ってすらいるように感じる。
「あ、あの」
「………」
言い淀むわたしに、何も言ってくれないレイシさんから突き放さすよすような気配を感じる。
「こ、今度はどこ行きます?」
声が上擦る。思わず、みっともなく縋るようにレイシさんのローブを掴むんでしまう。
「……」
それでもレイシさんは無言で。
「あ、あのですね、リュイから前にいろいろ聞いたりしたんです。それに毛玉さんにお願いしてわたしも調べたりしたんです!す、好きな人と、レイシさんと一緒に行きたいところ、たくさん」
心が折れそうになりながらも必死に言い募る。
「それで、ですね。ちょっと遠くになっちゃうんですけど。いろんな花が咲いてる庭園があるらしくて。
今日の黄金の花も綺麗でしたけど、ほかの花もレイシさんと一緒に見たいなって、それで、それで」
「…………」
レイシさんは何も言ってくれない。
必死になって言葉を重ねれば重ねるほど空しくなる。
レイシさんの顔が上手く見えなくなる。
世界から煌めきが失われていく。滲む。
レイシさんからも輝きが失われていくように感じる。
「―――そうだな。みんなで行こう。屋敷のほかの女性も誘うか?
俺とふたりより、そのほうがきっと楽しいだろうしな」
ミルフィーユのように積み重なったわたしの懇願にも似た言葉は、レイシさんの一言であっさり崩される。
わたしの恋心と一緒に容赦なくボロボロにされた。
「み、みんな?ほかの女のひと?」
声が震える。聞き間違い?お願い、否定してほしい。
そう思ってよりいっそう、レイシさんのローブを強く握りしめる。
レイシさんのローブにはっきりとした皺がつく。
「トウコさん」
レイシさんがそれに気づいて、不快そうに顔をしかめて、眼鏡の中央を押し上げた。
レンズの奥の鮮やかな緑の瞳が微かに陰り、燐光を纏う。
「そうだ。ふたりきりよりもほかにも人がいたほうが絶対楽しいと思う。……あなたは、リュイにとっての、俺が思っていたような人とは違ったみたいだ。だから」
リュイ?今、リュイになんの関係があるのか。
「【あなたは俺が好きじゃない】。
それにトウコさんだって、ただリュイの代わりに、俺を利用したんだろう?」
レイシさんの言葉に、何かが粉々に砕ける音がした。
思い込みでコーティングされていたわたしの心が丸裸にされ、蹂躙される。
「あ、はは。そ、そうですか。そ、そうなのかな、や、やっぱり。
わかりました。ごめんなさい。でも、わたしはレイシさんとふたりで楽しかった…です、よ?」
図星をつかれて、自分が何を言ってるのかもうわからない。わたしはうまくしゃべれているだろうか。
輝いてた世界が、真っ暗になる。
不思議なことに鮮やかに輝いて見えたレイシさんの緑の瞳すら陰って見える。
「……そうか。それなら、またほかのやつも誘うときに、あなたから誘ってくれると嬉しい」
どこまでも残酷な言葉で、レイシさんはわたしの心を傷つける。
「……っぅ」
もう何も言えなくて、ただひたすらうなずくことしかできなかった。
それ以上の別れの言葉もなにもなく、レイシさんは今にも泣き出しそうなわたしを置いてあっさり屋敷から街へと続く坂道を降りていった。その間、レイシさんは一度も振り返ることはなかった。わたしはレイシさんの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと立ち尽くしていた。
「トウコ?帰ってきて……ああ、きみ、泣いてるの?」
いつまでも屋敷の中に入ってこないわたしを心配したリュイが出迎えに来た。
「ごめん、トウコ。お願い、泣かないで…トウコ…」
泣いてるわたしに気がついてたリュイは、わざと音を立てるようにして近づいてきた。リュイらしくもない弱々しく憐れむような声で、訳もなく謝罪をされる。
「なんでリュイが謝るの?わたしの方こそ急に泣いてごめんなさい。リュイのせいじゃなくて、わたしは何をやっても無駄なんだなって思ったら泣けてきただけだよ」
「そんな………。そんなことないよ。きっと、トウコをきちんと好いてくれる誰かがいる」
「誰?」
「え」
「それって誰のことですか?リュイのこと?」
「ぼくじゃない、かな。でもどこかにいるはずで」
ああ、嘘つき。
リュイの嘘つき。
レイシさんにフラれるの、見てたよね?
今まで、色んな人に袖にされて、相手にもされなくて。
同性にも見下されるわたしを見てきて。
わたしが、誰よりも好いて欲しいあなたが、よくもそんなことを言えますよね。
「ふ、ふふ……ふふふふ」
「トウコ……?」
もう気持ちなんて何もいらない。
心なんて不確かで、曖昧で、見えないもの。
月よりも移ろいやすい、不誠実なもの。
そんなものを求めるほうが愚かだった。
誰もわたしを愛さない。
リュイだって、絶対に、わたしを、女を、愛さない。
わたしには、わかる。
だから、今、決めた。
あなたの遺伝子だけでもいいから欲しいの、リュイ。
懐かしい。
レイシさん。
思い返せば、レイシさんとの邂逅、それからエミリアの帰還。
このふたりとタクトのおかげで、今のリュイの子どもを孕めたわたしがいる。
リュイの心に、少しでもわたしという傷を残せた。
リュイにとっては紛れもない汚点だろうけど。
タクトにレイシさんとの話をしていると、あっという間に目的地に着いていた。
タクトは話を聞きながら、うけるーとか軽薄なコメントを合間あいまで入れてくれた。怒る気持ちにはなれなかった。ホント、自分でも笑えるなって思うし。
「―――いやはや、傑作だね。愛だの恋だの気持ち悪いと吐き捨てていた男がその女にハメられるだなんて傑作だよ。
お嬢さんに落ち度など何もない、多分ね。
むしろ、レイシ・マックスウェルはあそこまで啖呵を切っていたというのに、中途半端に終わらせて雲隠れとは甘いことだ」
「!!!?」
聞くだけで濡れてしまいそうなセクシーな声が、突然背後からした。
驚いて振り向けば、前髪の一部分だけを長く伸ばした印象的な真っ赤な髪に、女性を甘く蕩けさせるような垂れ下がった桜色の瞳と左の目元の泣き黒子が色っぽい美丈夫が後部座席に座っていた。
ローブにシャツが基本的なこの世界で初めてみる軍服は、黒を基調としている。白いマントの裾を敷いて、長い足を組んで肩肘をつく姿は、禁欲的な色気があった。
「な、え、だ、だれ?た、タクト、うしろに、へんなひとが…!」
隣の席で呑気に運転するタクトのローブを掴んで、注意を引く。
「ヘンな人っつうか親父だな。こんな車に割り込むのに無駄遣いするなっつうーの。トーコが驚いてるだろ」
「親父?お、お父さん?タクトの?」
言われてみれば、どことなくタクトの面影がある。
桜色の瞳は珍しい気がする。タクト以外、見たことがなかった。
「これは失礼。私はガウス・アインヘルツ。タクトの父だ。
お嬢さんがトウコさんだね。私の屋敷に来るんだろう?歓迎するよ。
あのリュイをハメて、子どもを作るだなんて―――最高だ。非常にそそられる」
―――若い。
どう頑張っても、40歳代にしか見えない。
クラクラするような色気と、何より耳心地の良い声に、赤面する。
リュイのことが好きなわたしですらクラッとくる。魅了系の<素質>ではないのだろうか。
何も言えないわたしの様子に、ガウスさんは肩肘をついたままクスっと唇を震わせる。
「こんな初心なお嬢さんが、リュイに大胆な行動を起こせるなんて、人は見かけによらないものだ。
お嬢さんがより面白い展開を引き越してくれるのを――とてもとても楽しみにしているよ。
私とタクトを存分に利用してくれたまえ」
「ひっでぇ。実の息子のことなんだと思ってんだよ、おやじー」
「息子だろうとなんだろうと、私を楽しませてくれるほうの味方というものだ」
「はー……鬼畜だわー。ま、いーけど。トーコ、親父に気に入られてよかったじゃん。
これから三人で面白おかしく暮らしてやろうぜ!」
「え…。えぇ……?」
不安しかない。もうなんて言っていいのかわからなくて、わたしは前を向いて座り直す。
タクトのローブから手を離し、自分のお腹の上に手を置く。じんわりとした温もりが、下腹部から伝わってくる気がして。リュイとわたしの子どもが、慰めてくれてるのかなと思った。
(あなたはちゃんと育てるから)
不安は尽きないけれど、わたしがリュイを愛した結晶――子どもだけはだれからも愛される子になって欲しい。<素質なし>のわたしに似ず、誰からも愛されるようなリュイのようになって欲しいと願う。
(人を愛せる子になってね)
きっとリュイには恨まれている。
わかりきったことを考え、勝手に気分が落ち込む。
振り切るように首を左右に振り、座席に力を抜いて座り直す。
先のことは分からないけれど、タクトも、ガウスさんも、悪い人ではないと、思う。多分。
タクトとガウスさんが親子で話を弾ませるのを横で聞きながら、わたしはゆっくり目を閉じた。
リュイを見ても、胸の鼓動は早まらない。
召喚されたばかりの女性や、他の男に愛されながらも秋波を送る女性と話す姿を見ても、胸が痛まない。
フラットな気持ちでリュイと接することが出来たし、そうすると無理をしてまでリュイや女たちと食事を囲む意味も見当たらなくなって、わたしは部屋に閉じ籠もった。リュイが部屋の扉越しに声をかけてきても、【管理者】は大変だなと他人事のように思えたのだった。
そうしているうちに、レイシさんとの二度目のデートがすぐやってきた。
一度目のデートの翌週の休息日。
レイシさんの訪れだけを待つ日々はあまりに甘美だった。待つ時間さえも楽しくて。
また雨に濡れてはいけないからと、照れたように微笑むレイシさんが屋敷のそばまで迎えに来てくれて、飛び上がりたくなるほど嬉しかった。
「――――久しぶりだな、と言って理解できるのかな、リュイ」
レイシさんはわたしに声をかけてから、すぐにわたしの背後に立っていたリュイに硬い声で声かけた。
「理解出来るからこそぼくはこうして貴方と対面しているのですが」
ようやく部屋から出てきたわたしを心配したのからリュイは無言で通り過ぎるわたしの後ろをずっとついてきていたのだ。
ついてこないでと話しかけるのも、何故か煩わしくて、放置してしまっていた。
「そうか?俺のことなんて忘れていそうだが」
そう言ってどこか自嘲気味な表情を浮かべるレイシさん。
「記憶にない件については否定はしない。ぼくにとって貴方に関することは記録でしかない。
ただぼくと君の事情に、トウコを巻き込むのは感心しない。危害を加えるとするのならば容赦しない」
「リュイ?レイシさん?」
何を言っているのだろうか、リュイは。それにレイシさんも。
わたしを置いてけぼりにして、レイシさんとリュイの間に険悪な雰囲気が流れる。
「それは、トウコさんだからこうして出てきたということか?」
「まさか。ぼくが単に【管理者】だから、ですよ」
「……そうか。まあ、そうだろうな。可哀想なトウコさん。
貴様は、こんなに想われているというのにな」
レイシさんは哀れむような視線をわたしに向け、眼鏡の奥の瞳を細める。
「………トウコさん。待たせてすまないな、行こうか」
わたしへと向けられたレイシさんの視線と言葉に、心臓に爪を立てられたような鋭い痛みが走る。
「え?え、あ、はい…っ」
まるでリュイのもとから奪い去るように強引に肩を抱かれ、引き寄せられると、感じた痛みはすぐに消えた。
レイシさんの男らしい鍛えられた胸板の厚さと温もり、それからくらっとするような異性の匂い。レイシさんから与えられた痛みのことも忘れ、蕩けるような気持ちでレイシさんを見上げてそっと甘えるように頬をすり寄せる。
「………ッ」
真上からレイシさんの息を呑む気配がする。
静かだったレイシさんの心音が、大きく跳ねる。肩に置かれた手が、強くなる。
「……へえ、見せつけてくるね。
トウコ、いってらっしゃい」
そんなわたしたちのやり取りを見て、なぜか不穏な気配を醸し出すリュイに見送られ、わたしとレイシさんは屋敷を離れた。
「リュイのことは気にしなくていい。
それよりトウコさんは意外と甘えん坊なんだな」
そんなリュイの様子を物珍しく思うも、レイシさんに名前を呼ばれてどうでもよくなる。そんなことよりも、レイシさんに成人しているのに甘えん坊だと言われることが恥ずかしかった。
金色の花びらは祝福の証。
デートのその日は、ちょうど新年の始まりだった。
屋敷のある地域から出た瞬間、空から金色の花びらが舞い落ちる。
「トウコさん、花びらが」
「あ」
花びらが髪にひっかかれば、これで花冠でもできてしまいそうだと言ってレイシさんが笑ってくれる。
この世界の神様――わたしを召喚した神様――を奉る神殿に、一年の挨拶をと、初詣に来た。
周りを見ればちらほら女性を伴った男性を見かける。
彼らのように、わたしたちのことも見えているだろうかなどと詮無きことを考える。屋敷を出た時からずっと肩を抱かれたままなことに今更気づく。
「レイシさん、肩……」
嬉しさと気恥ずかしさがごちゃ混ぜになった気持ちでレイシさんを期待するように見上げて、思わず固まる。
「…………」
レイシさんはまったくの無表情だった。
「レイシ、さん?」
ただよく見るとレイシさんは考え込むように、眉だけを少し器用に顰めている。
「……ああ。どうかしたか?トウコさん」
わたしの訝しげな視線と声に気がついて、レイシさんの表情が一瞬で氷解する。
「いえ、なんでもないんです」
いつもの優しげな笑みを浮かべて顔を寄せてくれるも、風船の空気が抜けて萎むかのようにわたしの中にあるレイシさんといられる喜びが減っていく。
ヨロコンデクレテイル、ヨネ?
ワタシノスキナ、レイシサン。
リュイヨリ、レイシサンガスキ。
―――デモ、レイシサンモ、キット。
輝いてたはずの黄金の花びらすら、今はどこかくすんで見える。
心が、レイシさんから離れていく。
どうしてだろうか。
わたしとレイシさんを見た男女が。
「うわ、あの子―――」
特に男性のほうが、変な顔をしてわたしを見るのは。
微妙な空気を払拭することは出来ず。
神殿を詣でた後、ご飯を食べたらレイシさんはあっさり屋敷に送り届けてくれた。
食事処から出てから拳一つ分空いてしまったレイシさんとの距離。
「あ、あの、レイシさん 」
もうその距離を詰めることはできないのか。
そう思ったらほとんど衝動で動いていた。
「どうした?」
前のデートの時と違って、レイシさんには次の約束をする素振りすらなかった。屋敷の中になかなか戻らないわたしに、レイシさんは何も言わないがどこか苛立ってすらいるように感じる。
「あ、あの」
「………」
言い淀むわたしに、何も言ってくれないレイシさんから突き放さすよすような気配を感じる。
「こ、今度はどこ行きます?」
声が上擦る。思わず、みっともなく縋るようにレイシさんのローブを掴むんでしまう。
「……」
それでもレイシさんは無言で。
「あ、あのですね、リュイから前にいろいろ聞いたりしたんです。それに毛玉さんにお願いしてわたしも調べたりしたんです!す、好きな人と、レイシさんと一緒に行きたいところ、たくさん」
心が折れそうになりながらも必死に言い募る。
「それで、ですね。ちょっと遠くになっちゃうんですけど。いろんな花が咲いてる庭園があるらしくて。
今日の黄金の花も綺麗でしたけど、ほかの花もレイシさんと一緒に見たいなって、それで、それで」
「…………」
レイシさんは何も言ってくれない。
必死になって言葉を重ねれば重ねるほど空しくなる。
レイシさんの顔が上手く見えなくなる。
世界から煌めきが失われていく。滲む。
レイシさんからも輝きが失われていくように感じる。
「―――そうだな。みんなで行こう。屋敷のほかの女性も誘うか?
俺とふたりより、そのほうがきっと楽しいだろうしな」
ミルフィーユのように積み重なったわたしの懇願にも似た言葉は、レイシさんの一言であっさり崩される。
わたしの恋心と一緒に容赦なくボロボロにされた。
「み、みんな?ほかの女のひと?」
声が震える。聞き間違い?お願い、否定してほしい。
そう思ってよりいっそう、レイシさんのローブを強く握りしめる。
レイシさんのローブにはっきりとした皺がつく。
「トウコさん」
レイシさんがそれに気づいて、不快そうに顔をしかめて、眼鏡の中央を押し上げた。
レンズの奥の鮮やかな緑の瞳が微かに陰り、燐光を纏う。
「そうだ。ふたりきりよりもほかにも人がいたほうが絶対楽しいと思う。……あなたは、リュイにとっての、俺が思っていたような人とは違ったみたいだ。だから」
リュイ?今、リュイになんの関係があるのか。
「【あなたは俺が好きじゃない】。
それにトウコさんだって、ただリュイの代わりに、俺を利用したんだろう?」
レイシさんの言葉に、何かが粉々に砕ける音がした。
思い込みでコーティングされていたわたしの心が丸裸にされ、蹂躙される。
「あ、はは。そ、そうですか。そ、そうなのかな、や、やっぱり。
わかりました。ごめんなさい。でも、わたしはレイシさんとふたりで楽しかった…です、よ?」
図星をつかれて、自分が何を言ってるのかもうわからない。わたしはうまくしゃべれているだろうか。
輝いてた世界が、真っ暗になる。
不思議なことに鮮やかに輝いて見えたレイシさんの緑の瞳すら陰って見える。
「……そうか。それなら、またほかのやつも誘うときに、あなたから誘ってくれると嬉しい」
どこまでも残酷な言葉で、レイシさんはわたしの心を傷つける。
「……っぅ」
もう何も言えなくて、ただひたすらうなずくことしかできなかった。
それ以上の別れの言葉もなにもなく、レイシさんは今にも泣き出しそうなわたしを置いてあっさり屋敷から街へと続く坂道を降りていった。その間、レイシさんは一度も振り返ることはなかった。わたしはレイシさんの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと立ち尽くしていた。
「トウコ?帰ってきて……ああ、きみ、泣いてるの?」
いつまでも屋敷の中に入ってこないわたしを心配したリュイが出迎えに来た。
「ごめん、トウコ。お願い、泣かないで…トウコ…」
泣いてるわたしに気がついてたリュイは、わざと音を立てるようにして近づいてきた。リュイらしくもない弱々しく憐れむような声で、訳もなく謝罪をされる。
「なんでリュイが謝るの?わたしの方こそ急に泣いてごめんなさい。リュイのせいじゃなくて、わたしは何をやっても無駄なんだなって思ったら泣けてきただけだよ」
「そんな………。そんなことないよ。きっと、トウコをきちんと好いてくれる誰かがいる」
「誰?」
「え」
「それって誰のことですか?リュイのこと?」
「ぼくじゃない、かな。でもどこかにいるはずで」
ああ、嘘つき。
リュイの嘘つき。
レイシさんにフラれるの、見てたよね?
今まで、色んな人に袖にされて、相手にもされなくて。
同性にも見下されるわたしを見てきて。
わたしが、誰よりも好いて欲しいあなたが、よくもそんなことを言えますよね。
「ふ、ふふ……ふふふふ」
「トウコ……?」
もう気持ちなんて何もいらない。
心なんて不確かで、曖昧で、見えないもの。
月よりも移ろいやすい、不誠実なもの。
そんなものを求めるほうが愚かだった。
誰もわたしを愛さない。
リュイだって、絶対に、わたしを、女を、愛さない。
わたしには、わかる。
だから、今、決めた。
あなたの遺伝子だけでもいいから欲しいの、リュイ。
懐かしい。
レイシさん。
思い返せば、レイシさんとの邂逅、それからエミリアの帰還。
このふたりとタクトのおかげで、今のリュイの子どもを孕めたわたしがいる。
リュイの心に、少しでもわたしという傷を残せた。
リュイにとっては紛れもない汚点だろうけど。
タクトにレイシさんとの話をしていると、あっという間に目的地に着いていた。
タクトは話を聞きながら、うけるーとか軽薄なコメントを合間あいまで入れてくれた。怒る気持ちにはなれなかった。ホント、自分でも笑えるなって思うし。
「―――いやはや、傑作だね。愛だの恋だの気持ち悪いと吐き捨てていた男がその女にハメられるだなんて傑作だよ。
お嬢さんに落ち度など何もない、多分ね。
むしろ、レイシ・マックスウェルはあそこまで啖呵を切っていたというのに、中途半端に終わらせて雲隠れとは甘いことだ」
「!!!?」
聞くだけで濡れてしまいそうなセクシーな声が、突然背後からした。
驚いて振り向けば、前髪の一部分だけを長く伸ばした印象的な真っ赤な髪に、女性を甘く蕩けさせるような垂れ下がった桜色の瞳と左の目元の泣き黒子が色っぽい美丈夫が後部座席に座っていた。
ローブにシャツが基本的なこの世界で初めてみる軍服は、黒を基調としている。白いマントの裾を敷いて、長い足を組んで肩肘をつく姿は、禁欲的な色気があった。
「な、え、だ、だれ?た、タクト、うしろに、へんなひとが…!」
隣の席で呑気に運転するタクトのローブを掴んで、注意を引く。
「ヘンな人っつうか親父だな。こんな車に割り込むのに無駄遣いするなっつうーの。トーコが驚いてるだろ」
「親父?お、お父さん?タクトの?」
言われてみれば、どことなくタクトの面影がある。
桜色の瞳は珍しい気がする。タクト以外、見たことがなかった。
「これは失礼。私はガウス・アインヘルツ。タクトの父だ。
お嬢さんがトウコさんだね。私の屋敷に来るんだろう?歓迎するよ。
あのリュイをハメて、子どもを作るだなんて―――最高だ。非常にそそられる」
―――若い。
どう頑張っても、40歳代にしか見えない。
クラクラするような色気と、何より耳心地の良い声に、赤面する。
リュイのことが好きなわたしですらクラッとくる。魅了系の<素質>ではないのだろうか。
何も言えないわたしの様子に、ガウスさんは肩肘をついたままクスっと唇を震わせる。
「こんな初心なお嬢さんが、リュイに大胆な行動を起こせるなんて、人は見かけによらないものだ。
お嬢さんがより面白い展開を引き越してくれるのを――とてもとても楽しみにしているよ。
私とタクトを存分に利用してくれたまえ」
「ひっでぇ。実の息子のことなんだと思ってんだよ、おやじー」
「息子だろうとなんだろうと、私を楽しませてくれるほうの味方というものだ」
「はー……鬼畜だわー。ま、いーけど。トーコ、親父に気に入られてよかったじゃん。
これから三人で面白おかしく暮らしてやろうぜ!」
「え…。えぇ……?」
不安しかない。もうなんて言っていいのかわからなくて、わたしは前を向いて座り直す。
タクトのローブから手を離し、自分のお腹の上に手を置く。じんわりとした温もりが、下腹部から伝わってくる気がして。リュイとわたしの子どもが、慰めてくれてるのかなと思った。
(あなたはちゃんと育てるから)
不安は尽きないけれど、わたしがリュイを愛した結晶――子どもだけはだれからも愛される子になって欲しい。<素質なし>のわたしに似ず、誰からも愛されるようなリュイのようになって欲しいと願う。
(人を愛せる子になってね)
きっとリュイには恨まれている。
わかりきったことを考え、勝手に気分が落ち込む。
振り切るように首を左右に振り、座席に力を抜いて座り直す。
先のことは分からないけれど、タクトも、ガウスさんも、悪い人ではないと、思う。多分。
タクトとガウスさんが親子で話を弾ませるのを横で聞きながら、わたしはゆっくり目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件
こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる