世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

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【37】世界会議

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 会議室は円卓で、壁には《中央国家》アディーナの青の旗が掲げられていた。それを挟んで東西南北の大国、その他の国々の旗が並ぶ。

 住む土地も、信じる神も、大義も違う者たちが、一つの卓を囲む――緊張の雰囲気は無く、表向きは和気藹々と、各国の代表者が握手や抱擁を交わし始まったが、席に着くとガラリと厳粛な雰囲気に変わる。

 開会を告げる鐘が鳴る前から、駆け引きはすでに始まっていた。

 顔ぶれを見て、エルドがヒューに耳打ちした。

「帝国は、老いた皇帝ではなく、第一皇子だ。父親と同じ領土拡張派だ。外交派の第二皇子じゃないのは、痛いね。揉めるだろう」

 その言葉の通りに、会議はすぐに割れた。

「魔族領の占領を拒む理由は何だ、バルディオン? 勝者は領土を得る。それが戦争の常だろう」

 西方帝国――カルドウェイン帝国の使節団が声を荒げる。
 黒を基調とした軍務風の礼装で、鋭い目をした男たちだ。帝国は富も軍も強大だが、魔王戦では最も距離が遠く、民の犠牲はほぼ無かった。
 しかし、遠方より大軍を投じ、膨大な魔導エネルギーを消費する空挺団を惜しむことなく運用し、軍事面においても輸送面においても多大な貢献を果たしている。

 それが、戦後の“分配”で声を強くする理由だった。

「帝国の言い分は理解する。だが魔族領は、単なる空白地帯ではない」

 バルディオン側が反論する。
 平原と城砦の国であり、何百年以上にも渡り魔境線を支え続ける国だ。
 使節団の中心に座る第一王子フィリップは、落ち着いた声で言った。

「魔族にも自治と血統がある。すべての魔族が魔王に従ったわけでもない。占領すれば反発が起こる。終わった戦争が、また始まるぞ」

「だからこその支配だ」

 帝国第一皇子のラクトゥスが冷たく返す。
 尊厳をまとった顔立ち、軍律で鍛えられた声音。
 政治家でもあり、軍人でもある人間の説得力を帯びている。

「武器を捨てた民は、支配するほうが安い。反乱が起きれば鎮圧するだけだ。我が国にとっては、魔族領の開拓は十分に採算が合う」

「血の採算まで口にされるか」

 別の国が鼻で笑う。
 バルディオンと同じく東の大陸にある、《商業国家》カリステリス王国からの発言だ。
 第二王女とその夫である外交大臣が席を並べている。
 煽ったのは外交大臣だが、王女が厳かに言葉を続ける。

「かりに得たとして、穢れぬ土地の御方がたに、魔族領が扱えましょうか?」

 帝国の椅子が一斉に軋んだ。ラクトゥス皇子が手で制し、静かに告げる。

「採算を語らぬ戦は、ただの浪漫だ。帝国は浪漫で十万人の兵を動かさぬ」

 その物言いは、完全な“悪”ではない。
 ただ徹底した“合理”だ。

「”貢献”と”犠牲”を引き合いにされるのであれば、我々東方諸国こそ、多大な戦力と補給線を維持し続けました」
「無論だ。公平な分配を望んでいる」
「我々バルディオンは多大な犠牲を払ったが、魔族領の分配を望まぬ。カリステリス王女の言わんとすることは、そういう意味だ」

 議長であるアディーナ国は、沈黙を保っている。
 さらに帝国の重鎮が続ける。

「我々には独自の測量結果があります。魔族領には肥沃な鉱脈が複数埋まり、魔石資源の埋蔵も高い可能性がある。魔王が存在した間は採掘が不可能だったが、いまは違います。領土は開発すべきです」

「あの瘴気の強い土地で、その労働力をなんとする? まさか、魔族を奴隷に使うつもりで?」

 南の大国――《海洋国家》コルド海洋共和国の若き王が、どこか皮肉っぽく言った。

「かつて貴国が、隷属国にそうしたようにか?」
「奴隷制度は廃止した。だが契約労働は違法ではない」
「魔族側に、納得できる利が?」
「それこそ、安定だ。新魔王を立てることは後押ししよう。前魔王ヴァルナオグに追従しなかった魔公の中から、選定される限りはな」

 冷静に返答する帝国皇子は、揺さぶりに言葉を荒げることなく、話の筋が通っていないわけでもない。
 だからこそ、この会議は難航するだろうとヒューは思った。

「なんなら次期魔王の選定は、今日この場で行っても良い」

 ラクトゥス皇子の発言に、ヴェルゼの肩がわずかにぴくりと震えた。傍らでヒューが、そっと背中を叩くと、大丈夫だと言うように、彼は小さく微笑んだ。

「慎まれよ、ラクトゥス殿。ここには《友好派》の魔族の皇子もいる。前魔王と袂を分かち、勝利をもたらし、和平のために尽くしてくれているのだ」

 フィリップ王子が強い口調で咎める。

 東と南の大国は、西の帝国の魔族領分配について、完全に真っ向からぶつかっている。
 東、西、南の軍事的に強大な三国と、バルディオンの同盟国であるカリステリスだけが積極的に発言し、他の国はほぼ沈黙していた。

 空気が荒れ始めたところで、ついにアディーナ王が口を開いた。

「世界はまだ混乱の只中にある。魔瘴は濃くなり、魔獣は活性化している。膨張政策は慎重であるべきだ。帝国が正当な野心を持つこと自体を否定する気は無い。しかし、いまは戦後の秩序を整える段階だ」

 最も巨大な中央国家の、老いた王の言葉にも、帝国の皇子は黙さなかった。

「ならば問いましょう。魔族らを“国家”と扱う理由はどこにあるのか。国境線も税制も法も無い集団だ。だからこそ、最も強き《魔王》に支配されてきた。自治権を与える根拠は?」

 論理攻めだ。
 感情ではなく、条約と法も熟知したうえで発言している。

 数秒の沈黙があった。

「まあまあ、その魔族が反乱を起こせば、《勇者》が黙っておられないでしょう?」

 北の大国――《神聖国家》エストラ神聖国が派遣された、柔らかな雰囲気の青年が微笑みながら、重い沈黙を破った。
 最年少で神聖騎士団の団長を務め、軍事・政治・宗教いずれにも多大な影響力を持つ、《聖務卿》の地位を得た男だ。

 エストラの貧民街出身のヒューは、国を出る前からその名は知っていた。彼が騎士として台頭してきた頃だ。旅に出てからも、勇者を激励する祝宴などで見たことがあり、魔境線の戦いにも強力な神聖騎士団を率いて現れた。
 金髪の美丈夫で、爽やかな見た目に加え、北の人間らしい雰囲気が、アレックスと少し似ていて、『頭の良いアレク』と勝手にあだ名を付けていた。

 シグルド・ラウレンティウス聖務卿。最も古く、最も宗教的であり、荘厳さと貧しさを内包した、いびつな神聖国で、教王に次いで力を持っている。

 一瞬、ヒューと目が合った。彼はにこりと笑った。
 あの国の人間は、こういう微笑みをたたえる。気高い心と奉仕精神を持ち、ゆるやかに腐りゆく国家の運命を、受け入れている。狂信的なまでに。

「この重要な会議に、勇者アレックスが不在であること、それこそが何よりの抑止力でしょう? 魔族の反乱など、恐れるに足りないのでは?」

「勇者殿に、なおも戦わせるおつもりか」

 フィリップ王子が、不快さを隠さずに言った。
 シグルド卿は、穏やかに返した。

「《勇者》は神の代行者。それだけの力を与えられて、一個人とは言えませんよ。彼は人間で唯一、《魔王》にもなり得る存在。その功績とともに、彼の立場ははっきりさせておかなければならない――この会議の主題は、そこでしょう? アディーナ王」

 議長であるアディーナ王を見やり、それからラクトゥス皇子に目線を向ける。

「その緊急性に比べれば、魔族領や資源の分配など、現状さしたる問題ではない」

 次に、大国の各代表を見渡す。

「《勇者》が機能していれば、“勝ち”なのです。逆に言えば、彼を失えば、人類は“負け”。相手は、もはや魔族ではない。この満ちゆく魔瘴であり、世界の均衡であり、神の采配なのです」

「その物言いは、勇者アレックス・ディアこそが脅威と言っているようだが?」

 帝国皇子ラクトゥスが、静かに返した。聖務卿シグルドは微笑みをたたえたまま、底知れないほど穏やかに返した。

「その通りです。そして、世界の抑止である勇者の、さらなる抑止力たる存在が、こちらにおられるではありませんか」

 シグルドがその手のひらを、ヒューのほうに向けた。室内の視線がすべて、ヒューに集まった。

「彼は勇者の親友であり、我がエストラ神聖国の生まれで、今なお我が国の慈善事業に尽力してくれています。彼こそ、勇者にもっとも近しい存在です」

 エルドが口を開きかけるのを、ヒューは手で遮った。その指に光る指輪に、シグルドの目線が向いた。

「おや、ヒュー様。御婚約の噂は、本当でしたか」

 ヒューは躊躇わず、頷いた。

「――祖国エストラでは、同性同士の契りは認められていないので、他国に籍を置くことになると思いますが」

 場がかすかにざわめいたが、さすがに諸国の代表たちだ。それ以上の動揺が広がることはなかった。

「俺は、勇者に選ばれました。勇者アレックスは、俺の伴侶です」

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