世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

文字の大きさ
39 / 75

【38】戦後の均衡

しおりを挟む
 ヒューの落ちついた声が響いた瞬間、会議場は静かに息を呑んだ。
 世界の大国が揃う円卓で、数秒の沈黙は重い。

 沈黙を割ったのは、コルド海洋共和国の若き王・ソムリンだった。
「黙る必要はないじゃないか! これは祝福すべき話だ。政治の話の前に、個人の幸福を歓ばない国はないだろう?」
 そう言って、最初に手を叩いた。ヒューを見てウインクをする。旅の間に知り合った様々な王族の中で、飛び抜けて陽気で気さく――そして軽やかな王だ。

「ソムリン王の言う通りですわ。愛すべき勇者様と、その伴侶たる英雄様に、祝福あらんことを」
 カリステリス王国、第二王女・シアラが扇子を閉じ、続いて拍手をした。

 呼応するように、バルディオン第一王子・フィリップが立ち上がり、胸に拳を当てた。
「勇者アレックスは、すべての国の戦友であり、最大の功労者だ。彼の婚約はバルディオンの祝福するところである!」

「祝福はもちろんだ」
 カルドヴェイン帝国第一皇子・ラクトゥスも拍手を重ねた。
「しかし、ここは婚約発表の場ではないと、ヒュー殿も承知の上であろう?」

 音を止め、一気に会議の空気に引き戻す。
 祝福は祝福、政治は政治――その切り替えを宣言したのだ。

「《勇者》の最大の理解者を、はっきり示しておくことは、最も政治的な話では?」
 エストラ神聖国の聖務卿・シグルドが、柔らかいがどこか無機質な微笑みを、帝国側に、そしてヒューに向けた。

 エルドが視線を送ってきたが、ヒューは目を合わせ、小さく首を横に振った。ここでエルドに全部投げてしまえば、ヒューはただ勇者に愛でられる恋人に成り下がってしまう。

「……その通りです。勇者こそ不在ですが、代わりに俺がこの場にいます」
「それは、勇者の名代として――という認識で構わないのか?」
 ラクトゥスの言葉に、ヒューは頷いた。
「俺もアレックスも、北の生まれです。ですが、故郷では祝福を受けられない婚姻――ゆえに、どの国にも属しているつもりはありません」
 場が息を呑んだ。
 聖務卿にヒューのエストラ生まれを強調された後で、同性婚の禁忌を理由に、二人の立場をどの国からも切り離した。
「そして、先の戦争に参加した国とは、いずれも友好関係を得ていると考えています」
 各国の代表を見回し、それから真っ直ぐ顔を上げて言う。
「魔族とも、同様にです。――特に、友好派のジルディウス公……彼と俺は先の戦いで交流を得ました。その名代であるヴェルゼは、彼の弟でもあり、皇子でもある。魔族すべてを敗者と括るのではなく、人類に力を貸してくれた彼らの話も、聞いてやってもらえませんか?」

 ヒューは帝国皇子に目線を向けた。
「もちろん、対等な立場からお願いします」
「どの国にも属さぬ、最も中立である《勇者》からの言葉だ、ラクトゥス皇子」
 議長であるアディーナ王・フラウディオ四世が、厳かに告げた。
 この会議中、ヴェルゼを軽んじることは許されないと、宣言したも同じだ。

 帝国の使節団はざわついたが、ラクトゥスが制する。
「我らが論じるべきは、戦後統治だ。この世界はまだ回復していない。魔瘴は濃くなり、魔族領は未だ無主のまま」
 円卓を見渡す。
「戦後処理を曖昧にすれば、いずれ次の戦火となる。我が帝国はその混乱を望まない」
 バルディオン第一王子フィリップが静かに返す。
「それは同意する。だが魔族領は、空白地帯ではない。血統も秩序もある。魔公と呼ばれる支配階層も存在する」
「ならば尚のことだ。魔王が死し、指導者を欠いた。いま最も重要なのは、誰がそこを統治するかだ。無統治領は国家にとって脅威となる」
 その言葉に、カリステリス王女シアラが扇子を動かしながら、涼やかに笑った。
「脅威ゆえに奪う、とは素直でよろしいですわ。陛下は“開発”という言葉をお好みでしたかしら?」
 帝国の文官たちが筆を止めた。
 ラクトゥスは表情を動かさず、淡々と告げる。
「開発とは国家の責務だ。魔族領には鉱脈、魔石資源、魔導エネルギーの帯が確認されている。道理の上では、最も資源を消費した国家が得るのは自然だ」
「帝国は魔族をどう扱うつもりだ?」
 フィリップが問うと、ラクトゥスは真顔で返した。
「支配する。我らの主張は同じだ。――だが、《勇者》の伴侶の言葉を軽んじるつもりはない」

 各国の代表者が、わずかに表情を変えた。
 大国・カルドヴェイン帝国の代表が、世界会議における《勇者》の発言権を認めた。
 これには大きな意味があるからだ。

「ヴェルゼ殿よ。魔族領の自治を求めるのであれば、それなりの誠意を見せるのが筋というものだ」
 ラクトゥスの鋭い言葉に、ヴェルゼはそっと席を立った。

「……私たちは魔族です。見せるべき誠意を、持ち合わせているかは分かりません。ですが、旧い時代より生きてきた我々も、変革の時を幾度となく迎えてきました」
 胸に手を当て、この場にいる誰よりも、穏やかな声で告げる。美しい魔族の青年は、同時に高貴な妖精族の血を受け継ぎ、人並み外れた気品を溢れさせていた。
 魔族に対し排他的なエストラの神学官たちさえも、呆気に取られている。
「そしてこの代において、歴代で最も恐ろしい魔王と称されたヴァルナオグが討たれ、二十四の魔公のうち、半数の魔公を失いました。残る魔公は、魔王追従派ではありません。我が主《夜冠公ドゥクス・ノクティス》ジルディウス様は、人類との共存を掲げております」
「我々バルディオンは、後押しは惜しまぬ」
 フィリップが温和な声で告げる。ヴェルゼは微笑み、その美しい表情に、どこからか溜息が漏れた。

 ヴェルゼの美しさ、雰囲気、物腰は、政治の場において武器になる。人類側に送り込んだジルディウスの判断は、正しい。
 だが、さすがにラクトゥスは呑まれていない。冷徹に質問をぶつける。
「《夜冠公ドゥクス・ノクティス》本人がここに来られぬ理由は? ヴェルゼ殿は、魔王の末子とのこと。魔公の称号はお持ちでないのか」
「私は、称号を持ちません」
「では話にならぬではないか」
 ヒューが間に入った。
「称号持ちの魔族――特に魔公ともなれば、簡単に魔族領を出ることは出来ません」
「では、なんとして友好を示す。人質でも寄越されるか?」
「魔族に……身内の命はさほど価値あるものではありません」
 ヴェルゼが答えると、ラクトゥスが頭を振った。
「価値観だけでこんなにも相違がある。友好条約など、簡単に破棄されるかもしれぬぞ、バルディオン王子」
 魔族に対して、嫌悪感を持つ国は少なくない。ラクトゥスは悪ではなく、彼らの代弁者でもある。

「ですから、そのための《勇者》でしょう?」

 沈黙していた聖務卿が口を開いた。
「それこそ一個人ではないか。勇者殿の力は認めるが、その力を生涯世界の平定のためだけに振るえると? それこそ保証が無い。過去に、魔王になった勇者のこともある」
 厳しい言葉だが、もっともな懸念だ。
「それとも、貴公が人質にでもなってくれるのか? ヒュー殿」
「英雄に対し、不敬ではないか!」
 フィリップ王子がいきりたつ。
「そんなもの、意味がありませんよ。勇者の手が届かない牢獄など、神の庭にしか存在しないでしょう。いたずらに彼の怒りを買うだけです」
 シグルド聖務卿の鋭い言葉が、場を凍らせる。
 彼は初めて笑みを消し、重く告げた。

「《勇者》様への敬意はお忘れなきよう。もちろん、そのお身内にも」

 そのとき、理解した。
 ヒューが思っていた以上に、アレックスは人間扱いされていない。
 戦う以外は生活能力が無くて、呑気で、人が好くて、思い込みが激しくて、本当に世界を救ってしまうような奴。
 食うのも下手、風呂も嫌い、寝相が悪くて、キスも下手くそだった。好きな奴のために、いまも世界を抱えている男。
 ヒューの知っているアレックスは、強いけれど、不完全な人間だ。
 でも世界にとって彼は、未知の兵器なんだと、痛いほどに感じた。

「置かれた立場を改めて認識すべきは、我々です。第一に、勇者アレックスの機嫌は決して損ねないでください」

 シグルドの言葉に、誰もが静まった。

 胸の痛みに呼応して、体の中の“竜”が、寄り添うように動いた。ヒューは無意識に、下腹部に手を滑らせていた。

「一番損ねた奴がここにいるけどな」
 会議室の隅でずっと欠伸をついていたガインが、ぼそっとエルドを見て呟いた。その無遠慮な一撃に、目線が一斉に集まる。
「馬鹿」
 エルドヴァルドが息をつき、片手を挙げた。

「まあちょうどいいや。発言させてもらっても?」
「もちろん」
 アディーナ王が頷き、手のひらを向ける。
「《七英雄》における《賢者》殿の知見、是非ともお聞かせ願いたい」

「まず――前提が違うんだよ」
《賢者》は軽い語り口で、笑いながら言った。

「――《勇者》を人類の“駒”として、どう扱うか、じゃない?」

 場が完全に固まる。
 一番ひどい扱いだ、とヒューは顔を引き攣らせた。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

おしまいのそのあとは

makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

処理中です...