世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ

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【57】勇者の資質

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「ヴォルケリオン……それもあんたの姿なのか?」

「うむ。人間換算すると、このぐらいだ」
 幼い子供の姿となった《天嶺公ドゥクス・カエリス》――ヴァルケリオンが、こくりと頷く。

「五歳くらいじゃねーか……ヴァルナオグの最初の子なら、何百年も生きてるんだろ?」
「五百年くらいかの」
「一歳が百年……?」
 途方もない話だ。仮に人間で寿命百年だとすると、一万年も生きることになる。

「お主こそ、その姿は気に入っているのか?」
「え? これ?」
 ヴォルケリオンが、ドレスの裾をくいくいと引っ張る。
「耐性バフがたくさんついてて、性能が高いところは好きだけど……やっぱりジルの趣味だったのか」
「戻してやろう」
 とヴォルケリオンが言ったかと思うと、ヒューの格好が普段の旅装備になっていた。
「え、すごい」
 ジルディウスに貰った《秘匿庫アイテムボックス》に仕舞っていた装備に、一瞬で着替えていた。盗賊の道具や、腰の裏に隠し持った弩もちゃんと身に着けている。

「弟の嫁としてではなく、普通に話をしたいからの」
 ヴォルケリオンは事も無げに言った。

「ありがとう。やっぱこのほうが落ち着く」
 ヒューは微笑み、それから小さなヴォルケリオンを見下ろした。

「五百年、この場所で、ずっと?」
「ああ」

 ヒューは静かな神殿を見回した。声が反響し、消えていく。
「気が狂いそうだな……」
「風と雷もおるし、まあ暇になったら適当に弟らでも呼べばよい」
 さほど感慨なさげに、ヴォルケリオンが言った。
「最近は来訪者が多いぞ。夜の弟、勇者、それからお主もな」
「勇者……アレックスは、やっぱり来たのか?」
「ああ、特に呼んではおらんが、普通に来たな」
「そんな近所みたいに……」
「八脚の神馬に乗ってな。いくら神馬でも、”竜の通り道”を超えるのは無茶だがな」
「シルヴァーン……可哀相に……」

 思わず呟く。アレクは生き物の世話などしないから、美しいたてがみも今頃ぼさぼさに違いない。シルヴァーンは綺麗好きなのに。

「そういうお主は、生き物を飼い過ぎではないか?」
 心を読んだかのように、ヴォルケリオンが言った。
「なんでもすぐに愛着を持つ性質だろう、お主。だから面倒ごとを次々抱え込む」
 思いきり指を差されてしまった。否定は出来ない。

「俺のことに詳しいな……あんたも、人の記憶を覗いたり出来るのか?」
「いや、我は見ていただけだ。やることもないからな。外界の様子を眺めている。《運命》のように盤上で遊びはせんがな。だから、我は世界の理から外れていられる」
「世界を、眺めているだけ……?」
「そうだ。干渉しようとすれば、たちまち世界に組み込まれるだろう。観測者も、一人くらいは必要だからな」
「観測者……?」
「我は、世界に干渉しない。直接はな。こうしてお主と話すことは出来るがな」
「じゃあ、質問しても大丈夫?」
「無論だ」

 彼が《観測者》であるなら、聞きたいことはいくらでもある。

「運命の女神は、もう壊れちまうのか?」
「そのようだな」
「壊れないかもしれないのか?」
「さあ。前例が無いからな。これから初めて壊れるから、どうなるのか誰も分からん」

 そう言ってから、ヒューの顔を見上げ、ぽつりと呟いた。

「――《運命》は、お前に似ている」
「え?」
「あいつは、旧神を追いやり、世界を創りかえ、神を生み、人を生み、世界を回し続けた。お主と同じで、あれもこれもと、たくさんのことを抱え込んだのだ。だから神のくせに早い終わりを迎えることになった」

「……ミスト……俺の体にいる“竜”は、結局なんなんだ?」
「世界の竜。旧神の遺した、《運命》への贈り物だ」
「贈り物……? 神殺しの刃じゃないのか?」
「狂う前に、女神を解き放つものだ」

 女神といい、魔王といい、まるで滅びが救いであるかのようだ。
 超然たる存在においても、壊れていくことは、そんなにまでも苦しいのか。

「聞きたいこととやらは仕舞いか? もっといいぞ」

 どことなく待ちわびているように、ヴォルケリオンが言った。遊んでもらうのを待つ子供のようで、ヒューは少し笑ってしまった。

「あのさ、ヴォルケリオンは、五百年くらい生きてるんだよな? でも、あんたから感じるのは、もっと古いもののような感覚がするんだけど……」

 神や世界を、昔から見てきたように語るので、ヒューはそう言った。
 その質問が気に入ったのか、幼い子供の表情が嬉しそうになる。

「ミュルグレスを宿しているだけあって、勘が良いな。我の記憶は、代々受け継がれてきた。母グラディウサから、そして母もその親から――とな」
「記憶の継承?」
「失われゆく、古竜の力だ」

 様々な竜を母体とし、生きてきたミストと、どことなく重なった。

「アレクは……アレックスは、どうしてここへ?」
「ああ、我は竜なのだから、竜のことを教えろとな」
「こいつのことか……」
 ヒューは腹に手を当てた。まだ静かだ。まるで深い眠りについているようだった。
「まだ死にたくもないからの。分かることは教えてやった」
「あんたでも、アレクに勝てないのか?」
「勝ち負けが生死ならば、確実に殺されるだろう。勇者というものは、“壊すこと”に特化している」

 物騒なことを言いながら、ヴォルケリオンは愉しそうだ。

「話せて良かったぞ。ずっと見ていたからな。勇者の旅を」
「旅って、魔王討伐の……俺たちの?」
「ああ、そうだ。愉しかった、アレックスの旅は」
「あんたの……親父を殺す旅なのに?」
「ヴァルナオグの輝かしい時代はもう終わっていた。滅びを待つばかりの王であれば、最も強き者に討たれて本望だったろう」

 ヴォルケリオンは気に入った芝居を反芻でもするかのように、熱っぽく語った。

「歴代のどの勇者よりも強く、完成されている。人間の言葉で言うなら“兵器”、弟の言葉を借りるなら、“システム”か」
「それは、アレク自体が神の武器だってこと?」
「だが、たった一人、愛する者が出来てしまった。完璧な勇者に綻びを作った。小さな欠陥――それがお主だ」

「それって……いいことなのか? それとも、悪いこと?」

 新しい魔王を立て、瘴気に蓋をしなければならないのなら、アレクは魔王になるべき存在だったのかもしれない。
 ヒューの存在が、魔王の座を空位にしているのなら、たしかにヒューは世界の欠陥だ。

 だが、ヒューはやはり、そんなことは望めない。
 アレクはたしかに、人間離れした強さを持っている。仲間なんて要らなかったのかもしれない。それどころか仲間を攻撃しようとしたり、常軌を逸した行動や言動もする。
 人の夢の中にまで入って来るし、好き勝手犯しやがったし、遺跡は壊すし、本当にやることがいちいち怖い。本気で怯えたこともある。強姦のことは今でも許しがたい。あのときは本気で、大嫌いだと思った。それでも。

「……でも……俺……」

 声が震えた。
 言いたいことが、何一つ言葉にならない。

 それでも――彼と過ごした日々のこと、思い出す。目が合うと、いつも子供のように微笑む顔。剣を握る以外は何も出来ない、不器用なところ。料理が出来ない、火起こしも下手で、買い物をしたらぼったくられる。斥候や情報収集のような危ないことはするなとヒューに怒って、よく言い合いになった。ヒューが言い負かすと、今度はずっと拗ねる。そのくせ寂しがりで。膝枕が好き。口喧嘩が弱い。生き物に嫌われる。たくさん食べる。勉強が嫌い。それから。

 ヒューのことが好きで、世界さえどうでもよくなってしまう。

 本当に――どうしようもない勇者だ。

「……俺、アレクを失いたくない……」

 自分でも気づかないうちに、目尻から涙が零れていた。

「……でも、同じくらい、大切なものがたくさんあるんだ……アレクには、俺しかないのに……」

 一度堰を切ると、涙は止まらない。苦しくなって、ヒューは手で顔を覆った。

「アレクだけ愛してやることが、出来ない……」

 アレクさえいれば、世界なんてどうでもいい。
 そんなふうに、どうしても思えない。

 あの小さな市で、人と魔族が懸命に商いをしているのを眺めながら、こういう世界を自分は見たいんだと思った。そのためになら、どれだけでも命を賭けられる。

 だけど、恋のために命は賭けられない。

「……でも、アレクを、魔王にはしたくない……」

 左手の薬指で、アレクから貰った指輪が鈍く光っている。
 便利な能力なんて何も無い、ただの金属。買い物なんて何一つ興味がないアレクが、一人で、どんな顔して選んだんだろう。そう考えたら、可笑しかった。愛しかった。

「好きなんだ……アレクのこと……、俺たちが生きてる、この世界と同じくらい……」

 世界より好きだと、大切だと、言えない。

「でも、好き……」

 指の間から、涙が溢れて零れた。感情が震えて、ミストがまどろみから目を醒ます。泣いているヒューに寄り添うように、小さな輝きが舞った。

「……ありがとう……ミスト……」

 泣きながらはにかんで、ヒューは腹を優しく撫でた。

 すると、ヴォルケリオンが重く、静かに、口を開いた。

「《勇者》はきっと、お主だな――ヒュー」

 その声は、とても優しかった。
 王と呼ばれるのに相応しい慈愛に満ちていた。

「アレックス・ディアに欠けている、“勇者の資質”は、お主こそが持っている。“勇者の力”しか持たないあの者が、焦がれて止まない、美しい魂は、お主だよ」


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