7 / 7
皇太子 エヴィルダース(2)
しおりを挟む皇位継承候補者たちは、玉座の間を出て真鍮の間に移動する。その場所で、星読みたちから魔力の測定が行われる。イルナスが最後尾で歩いていると、エヴィルダースが駆け寄ってくる。
「惨めなものだな。そなたがそこまでして真鍮の儀式に参加したかったとは。我はせめてもの慈悲で、そなたに同情してやったのに。這いつくばって、懇願してまで、なぜ恥をさらけ出そうとするのか、我には到底理解できぬ」
「……」
イルナスは、投げかけられた言葉に沈黙した。たとえ、何を言ったところで、今は到底敵わない。自分の惨めさも呑み込んで、無表情で歩みを進める。
「まあ、戯れはここまでにするとしよう。そなたにのような取るに足らぬ存在など
真鍮の儀式が終われば、また戯れてやるから、楽しみにしておれ」
「……」
エヴィルダースは吐き捨てるようにつぶやき、最前列に戻る。イルナスにとっては地獄のような嫌がらせでも、彼にとっては暇つぶしの戯れ。どうしてそうなるのかが一ミリも理解できないが、それが現実だった。
しかし、今回だけはどうしても。真鍮の儀式でだけは、どうしても5位までには入りたい。イルナスは心の底から望んだ。
真鍮の間に入ると、その中心に一人ずつ呼ばれて、周囲に星読みが取り囲む。控え室では、それぞれ皇位継承候補社が精神を集中している。エヴィルダースも先ほどとは打って変わったように真面目な表情をしている。
大方の予想は満場一致でエヴィルダースだった。魔力は第2位のベルクトールと肉薄しているが、帝国内の影響力、武芸なども加味される。大きく上下がないのならば、全ての点で有利なエヴィルダースだろう。
一人ずつ星読みから呼ばれて行き、真鍮の間へと入っていく。時間としては、数十分ほど。どんどんと立ち上がって部屋に入っていく様子を眺めながら、イルナスの鼓動がだんだんと大きくなる。
「次、イルナス皇子。お入りください」
来た。イルナスは震える足をなんとか動かして真鍮の間へと入った。星読みの中にはグレースもいたが、表情は読み取れない。そのまま部屋の中心の指定位置まで移動し、心を落ち着かせる。
「通常はここで魔力を込めて頂くのですが、イルナス様は未だ魔力発現をされていないので、何か強く想って頂ければと」
星読みの一人が正面から語りかける。イルナスは言葉に従い、必死に念じる。なんとか、少しだけでも潜在魔力を感じて欲しい。ヘーゼンがそう言ってくれたように、少しでも誰かに何かを認めて欲しい。
「……け、結構です」
「えっ!? も、もう」
通常は、一人5分ほど掛かるはずだ。それが、10秒ほども経っていない。もしかしたら、潜在魔力がまったくなくて、見放されてしまったのだろうか。イルナスの心に絶望感が拡がっていく。
「そんなことを言わないで、もっと。今から、もっと強く想いを込めるから。頼む……もう、少しだけ」
「も、申し訳ありませんが、これ以上私には」
逃げるように星読みは、次の星読みと変わった。イルナスは気を取り直して、次の星読みにも必死の思いをぶつける。この中の一人でも、自分の潜在魔力が――
「け、結構です」
「そ、そんな……」
先ほどよりも更に早い。5秒も経っていない。イルナスは愕然とした。それほどまでに、自分は見放されているのかと。イルナスの瞳に涙が溜まっていく。なぜ、天はこれほどまでに残酷なのだろうと。
そこからは、同じことが繰り返された。次々と星読みがイルナスの前に立つが、数秒も経たずに、交代していく。
そして、最後はグレースの番になった。
「……グレース、頼む。せめて、最後まで我の潜在魔力を測ってもらえないか?」
もう、これで最後かもしれない。エヴィルダースが次期皇帝となれば、自分などたちまち追放されてしまうだろう。そう思うと、この真鍮の儀式に悔いを残したくなかった。
「……わかりました」
彼女は頷き、ジッと童子を見つめる。イルナスは息を吐いて、これまで以上に強く念じた。これまでに自分が味わった屈辱。惨めさ。情けなさ。部屋で一人で泣いた夜の長さ。同情という名の哀れみ。
そんなものを全て吹き飛ばすほどの強さが欲しい。
強さが……欲しい。
それから、5分が経過してグレースはフッと息を吐いた。
「お疲れ様……でした」
「うん……ありがとう」
もう自分にできることはない。ありったけの想いを込めたのだから、もう悔いはない。イルナスは目の前にいるグレースに感謝の念を送るが、彼女の表情は真っ青だった」
「随分と具合が悪そうだが、大丈夫か?」
「……はい、平気……です」
弱々しいような笑顔を浮かべながらグレースは立ち上がった。そして、フラフラと後方に下がると、そのまま崩れ落ちる。
「グレースっ!?」
「だ、大丈夫……です。イルナス様……は、早く退出なさってください」
彼女は、突き放すようにつぶやいた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く
腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」
――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。
癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。
居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。
しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。
小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。
水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。
兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。
しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。
それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。
だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。
そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。
自由になったミアは人生を謳歌し始める。
それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。
(改定版)婚約破棄はいいですよ?ただ…貴方達に言いたいことがある方々がおられるみたいなので、それをしっかり聞いて下さいね?
水江 蓮
ファンタジー
「ここまでの悪事を働いたアリア・ウィンター公爵令嬢との婚約を破棄し、国外追放とする!!」
ここは裁判所。
今日は沢山の傍聴人が来てくださってます。
さて、罪状について私は全く関係しておりませんが折角なのでしっかり話し合いしましょう?
私はここに裁かれる為に来た訳ではないのです。
本当に裁かれるべき人達?
試してお待ちください…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる