ヒロインに転生しましたけど、私、王太子より悪役令嬢が好きなんです。

ねーさん

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 馬車が停まると、デボラはローゼにキャスケットを被せて降りるように促す。
 ローゼが馬車を降りると、そこは宿屋の前だった。

「『デビィ』で良いわ。『デボラ』も『ムーサフ』も好きじゃないの」
「…デビィさん」
「何でよ!愛称なんだから『さん』はいらないに決まってるでしょ!?」
「デ…デビィ?」
「何で疑問形?まあいいわ。もう少ししたら夕食が来るから、食べながら何であんな所にいたのか説明しなさいよ」
「え?」
 部屋に入ると、デボラは二つあるベッドの一つに荷物を置いて座りながら言う。
 ローゼも小さな鞄をもう一つのベッドに置くと、おずおずとデボラと向かい合うように座る。
 どうしよう。この部屋に一緒に泊めてくれるんだよね?食事もこの状況で一人分って事はないだろうし…
「あの…私…宿代も食事代も持ち合わせがなくて…」
 ローゼが申し訳なさそうに言うと、デボラはケロリとして言う。
「ああ。どうせ宿代も食事代も経費だからいらないわ」
「経費?」
「私、薬問屋の娘なのよ」
 そういえば、そうだったっけ。
「あの湖の、ローゼが立ってた所より東側の湿地に珍しい薬草が生えてるの。それを採りに来たのよ。夏期休暇に家業の手伝い…と言うかお小遣い稼ぎね」
「……」
 ローゼはデボラの言葉を聞いて目を見開く。
 あの湖の畔で薬草が…いえ、そうじゃなくて…「ローゼ」って、今…
「何?」
 デボラが怪訝そうな顔でローゼを見る。
「…名前」
「何?名前呼ばれるの嫌なの?『あんた』の方が良かった?」
 ローゼは首をブンブンと横に振る。
「ちがっ!あの、同級生に名前呼び捨てで呼ばれたの初めてで」
 何だか前世からずっといなかった「友達」に呼ばれたみたいで…
「初めて?…え?何?泣いてんの!?」
 ローゼの眼にじわりと滲んだ涙に気付いたデボラは慌てた様子で立ち上がった。

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「…俄に信じられない話だけど、確かにマリックの様子を見てたらローゼの言う『ゲームの力』とやらがあるって考えた方が自然なのよね」
 部屋に運ばれて来た食事を摂りながら、ローゼはデボラにぽつぽつと前世のゲームの話、自分がヒロインとして転生した事を話した。
 入浴などで中断しながらも話は続き、今は二人ともベッドに横たわりながら話していて、もう夜中だ。

 この世界には当然ながらテレビやスマホなどは存在しない。きっとデボラにはローゼの話す内容が理解や想像できない部分も多かっただろう。それでもデボラは茶化す事なく真剣にローゼの話を聞いてくれたのだった。
「でもローゼはかわいいし、男性に好かれても不思議じゃないとは思うけど…」
「ううん」
 ゲームの力でなく、本当の意味で私の事を好きな人なんて、きっといない。
 ローゼは口元に毛布引き寄せながら首を振る。
「まあ、生徒会の役員全員に好かれるってのも異常よね。確かに。あ、ニューマン先生もだっけ?」
「…うん」
 サイオン王太子殿下も…とはローゼは口には出せなかった。
「本当は…私がいなくなって、ゲームの力が失くなるなら、そうなれば良いと思ったの」
「それは、やっぱり湖で死のうとしてたって事?」
「うん。そう、思ったんだけど、もし…もし、私が居なくなる事で、ゲームが強制終了して、この世界が消えちゃったりしたら…って想像したら怖くなって…」
 ローゼが震える声でそう言うと、デボラはガバッと起き上がった。
「消え!?」
「可能性はゼロじゃないと…」
「そ、そうね。あり得ない話じゃないわね」
 デボラは自分の寝間着の胸辺りをぎゅっと掴む。
 自分が居なくなるのはかまわないけど、この世界が消えて、リリー様も消えてしまうなんて絶対に嫌だもん。
「だから、卒業パーティーが終わってゲームが終わるまでは絶対に死ねないなと思ってたの。あの時」
「死のうとしたんじゃなくて、逆に死ねないと思ってた訳か…」
 はあ、とデボラは安心したように息を吐いた。

「悪かったわ」
 デボラがベッドに横たわりながら不意に言う。
「え?」
「…ローゼの持ち物、隠したりしたじゃない。マリックに好かれたのはローゼの意思じゃないのに嫌がらせして悪かったわ」
 ローゼに背中を向けて言うデボラに、ローゼは呟いた。
「デビィはやっぱりいい人ね」


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