婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん

文字の大きさ
2 / 25

1

しおりを挟む
1

 木漏れ日の気持ちいい天気。木にもたれて足を伸ばして座るセシリア。その腿の上には銀の髪。
 セシリアの膝枕で目を閉じる男性はシルベストだ。
「セシリア…」
 シルベストの細くて長い指がセシリアの脛を撫でる。
「くすぐったいです。シルベスト様」
 足を動かすセシリア。シルベストは身体を回転させて仰向けになるとセシリアを見上げた。
「何度も言うが『シル』と呼んでくれ」
「何度も言いますけど、無理です」
 シルベストはまた身体を回転させると、セシリアのお腹に額を付け、腕を腰に回す。
「シ…シルベスト様」
 シルベストに抱き付かれたセシリアは両手をオロオロと動かした。
 周りに誰もいない丘の上とはいえ、さすがにこれは。
「……撫でて」
 小声でシルベストが言う。
 シルベストはセシリアに頭を撫でられるのが好きなのだ。
 甘えたような声にセシリアの胸がギュンッと疼いた。
 か、かわいい。
 どうしよう。好き。
 セシリアがシルベストの頭にそっと手を置き、髪の間に指を入れるように撫でる。
 シルベストは安心したように、気持ち良さそうに、ふう…と息を吐いた。
 
-----

 マルセル公爵家の嫡男、この国の第二王子の側近でもあるシルベストは、学園の三年生になった今春、生徒会長に選ばれた。
「生徒会長のシルベスト・マルセルだ」
 生徒会室で自己紹介をすると、生徒会役員たちは一斉に息を飲む。
 銀の髪に青い瞳、整いすぎるくらい整った容姿に加え、いかなる時にも表情が変わらないシルベストは、いつからか周りから「氷の彫刻」と呼ばれるようになっていた。
 続いて二人いる副会長の内の一人が挨拶をする。伯爵令息の四年生だ。その後はもう一人の副会長、侯爵令嬢の三年生が挨拶をした。

「書記のセシリア・アボットです。二年生です」
 セシリアは明るい声で言う。
 その時のシルベストは「アボットといえば子爵家か」「赤い髪は目立ちそうだな」と思っただけだった。

-----

 生徒会室で学園主催の舞踏会のための会議をしている時、セシリアがポツリと呟く。
「会長は綺麗ですよね」
 ピリッとした空気が走り、そこにいた全員がセシリアに注目した。
「それは舞踏会と関係あるのか?」
 シルベストが正面にいたセシリアをチラッと見る。
 シルベストは普通に見ただけのつもりだが、目が合うと怯えた表情を見せる人もいたので、一瞬「しまった」と思った。
 シルベストは無表情だが、決して冷酷な人間ではない。自分を見て怯えられるのを平然と受け入れている訳でもないのだ。
 しかし、セシリアに怯えた様子はなかった。
「会長とダンスする権利を販売したらすごい売上になりそうだな、と思ったんですけど、会長が綺麗すぎてダンスのパートナーの女子生徒が自信喪失しそうですよね?」
 えへへと笑いながら頭を掻く。

 セシリアが笑顔を見せた事で、その場の空気が軽くなった。
「ダンスの権利を販売って、面白い事を思いつきますね」
 会計の二年生の商家の息子が言う。
「人気がある生徒のダンス権を販売すればすごい金額になりそうだけど、舞踏会は利益を得るために開催するんじゃないからなあ」
「確かにマルセル会長は綺麗すぎてダンスは躊躇しますね」
 男女の副会長がそれぞれ言う。
「それは女性だけじゃないですよ。男だって横に並びたくないですもん」
 会計が言うと、シルベスト以外の全員が笑う。

 生徒会室がこんな和やかな空気になったのは初めてじゃないか?
 シルベストはニコニコと笑っているセシリアを見た。

-----

「赤い髪の女性を見ると、セシリアかと思ってしまう」
 シルベストの言葉に、セシリアは困ったように苦笑いを浮かべる。
「目立ちますもんね、この髪」
 クセ毛を抑えるように一つにまとめている髪をセシリアは自分の手で撫でた。
「そうではない」
 少し苛立った口調で言うと、シルベストはソファの向かい側から、セシリアの隣へ移動する。
「会長」
 咎めるように上目遣いにシルベストを見るセシリア。
 シルベストは後ろで結ばれたセシリアの髪に手を伸ばした。
「名前で呼んでくれ」
 髪を一束取ると、人差し指にクルクルと絡める。
「…マルセル様、やめてください」
「それは家名だ。名前じゃない」
「それは…」
 シルベストは公爵家の嫡男だ。いくらシルベストに婚約者がいないとはいえ、子爵令嬢のセシリアが親密になっていい相手ではない。
「意外と柔らかいんだな、髪」
 表情はあまり変わらないがシルベストの雰囲気がふと緩んだ。
 セシリアの胸がキュンと痛む。
「…シルベスト様」
 極々小さな声だが、シルベストには聞こえたらしい。シルベストが、ふんわりと微笑んだ。
 ──ああ、ダメだ。
 セシリアは激しく鳴る心臓の正直さに、シルベストが好きだと改めて自覚する。
「セシリア…好きだ…」
 囁く声がセシリアの耳に届いた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

旦那さまは私のために嘘をつく

小蔦あおい
恋愛
声と記憶をなくしたシェリルには魔法使いの旦那さまがいる。霧が深い渓谷の間に浮かぶ小さな島でシェリルは旦那さまに愛されて幸せに暮らしていた。しかし、とある新聞記事をきっかけに旦那さまの様子がおかしくなっていっていく。彼の書斎から怪しい手紙を見つけたシェリルは、旦那さまが自分を利用していることを知ってしまって……。 記憶も声もなくした少女と、彼女を幸せにするために嘘で包み込もうとする魔法使いのお話。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

【短編】記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで

夕凪ゆな
恋愛
 ある雪の降る日の朝、ヴァロア伯爵家のリディアのもとに、信じられない報せが届いた。  それは、愛する婚約者、ジェイドが遠征先で負傷し、危篤であるという報せだった。 「戻ったら式を挙げよう。君の花嫁姿が、今から楽しみだ」  そう言って、結婚の誓いを残していったジェイドが、今、命を落とそうとしている。  その事実を受け入れることができないリディアは、ジェイドの命を救おうと、禁忌魔法に手を染めた。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

殿下の婚約者は、記憶喪失です。

有沢真尋
恋愛
 王太子の婚約者である公爵令嬢アメリアは、いつも微笑みの影に疲労を蓄えているように見えた。  王太子リチャードは、アメリアがその献身を止めたら烈火の如く怒り狂うのは想像に難くない。自分の行動にアメリアが口を出すのも絶対に許さない。たとえば結婚前に派手な女遊びはやめて欲しい、という願いでさえも。  たとえ王太子妃になれるとしても、幸せとは無縁そうに見えたアメリア。  彼女は高熱にうなされた後、すべてを忘れてしまっていた。 ※ざまあ要素はありません。 ※表紙はかんたん表紙メーカーさま

処理中です...