婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん

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「シルベストの目が覚めたって!?」
 病室に駆け込んで来たのはアルヴェルだ。
 シルベストの病室には、シルベストの両親であるマルセル公爵夫妻と年配の男性医師がいた。
「アルヴェル?」
 ベッドの上で身を起こして座るシルベストが訝しげに眉を寄せる。
「何だか、急に大人っぽくなったな」
「シルベスト?何を言って…」
「殿下」
 アルヴェルの言葉を遮ったのは、マルセル公爵だった。
「マルセル卿?」
「恐れながら、少し宜しいですか?」
 公爵はアルヴェルを病室の外へと誘う。

 病室から廊下へ出ると、声を潜めて言った。
「シルベストは約三年分の記憶を失っているようです」
「は?」
「医師から『混乱するので様子を見ながら記憶を喪失している事を告げた方が良い』と言われまして…」
「……三年?という事は、セシリア嬢の事も?」
 シルベストとセシリアが知り合ったのは、シルベストが三年生の時。つまり、今から二年と少し前だ。
 公爵は沈痛な面持ちで首を横に振る。
 それは、シルベストの記憶からセシリアが消えてしまったという事。
「…セシリア嬢はシルベストの状態を知っているのか?」
 愚問だ。
 問いながら、アルヴェルは思った。
 セシリアはずっとシルベストに付いていた。それは当然目が覚めた時にも……
 案の定、公爵は首を縦に振る。

 公爵夫人が「また来るわ。安静にしていなさいよ、シルベスト」と中へ声を掛けながら病室から出て来た。
 廊下で話しているアルヴェルと公爵に近付くと、夫人はハラハラと涙を溢す。
「記憶喪失だなんて、どうしてこんな事に…」
「命が助かっただけでも、今は喜ぼう。記憶もいつかきっと戻るさ」
 公爵が夫人の肩を抱いた。
「そうだな。シルベストがいつまでもセシリア嬢の事を忘れたままな訳がない」
 明るい声で言い、ニヤリと笑う。
「あんなに惚れていたんだからな」
 アルヴェルの言葉に公爵と夫人は大きく頷いた。

-----

 セシリアは、気を抜くとじんわりと浮かんでくる涙を堪えるように上を向く。
 事故の連絡を受けてから、ずっと王城の医療棟にいたから…寮の部屋に帰って来たのも三日?四日ぶりかな?
 授業も休んでしまったし、明日からは遅れを取り戻さなきゃ。それで週末には家に帰ろう。お父様やお母様も事故の知らせを受けて、まだシルが目覚めていない時にお見舞いに来てくれた。もう大丈夫って報告しなくちゃね。
 それに、記憶がなくて混乱してる時に、見知らぬ女が婚約者だと言われたら…シルも困っちゃうだろうな。
 あまり会いに行ったりしない方が良いのかも…

「…………キミは……誰だ…?」
 そう言ってセシリアを見たシルベストの瞳。無機質な青。
 いつも甘い光を湛えてセシリアを見ていた瞳。なのにその瞳には何の感情も見えなかった。
「シル…本当に私の事、忘れちゃったんだ…」
 そう呟くと、景色が歪んだ。
 涙が溢れる。
 忘れたんじゃない。今のシルの中に私はんだ…

 コンコン。と、セシリアの部屋の扉がノックされた。
 セシリアは慌ててゴシゴシと涙を拭きながら返事をする。
「セシリア」
 心配そうな表情で部屋に入って来たのはセシリアの友人のディナだ。
 ディナ・コンスターはセシリアと同じクラス、赤茶色の髪と瞳、かわいらしい顔立ちの伯爵令嬢。
 赤系統の髪色がクラスではセシリアとディナだけだったのもあり、二人は仲良くなった。
「セシリアが寮に帰って来てるって聞いて……泣いてたの?」
 友人の優しい声に必死に止めた涙がまた溢れてくる。
「ディナ…」
「どうしたの?もしかしてシルベスト様に何か…?」
 セシリアはブンブンと首を振った。
「ううん。シルの目が覚めて……安心しただけ」
 泣きながら笑顔を作る。
「そう?」
 ディナは笑いながらも涙を流し続けているセシリアの手を握った。
 セシリアの様子に、シルベストに何かが起きたのだろうと察するディナ。しかしセシリアが何も言わないので、敢えて触れない事にする。
「明日から授業に出るわ。もうすぐ期末考察だし、休んだ分を取り戻さなきゃ」
 セシリアはそう言って笑った。



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