4 / 25
3
しおりを挟む
3
「今日で卒業しちゃうんですね…」
ダンスをしながらセシリアはしみじみと言う。
「婚約したんだからいつでも会えるだろう」
シルベストは愛おしそうにセシリアを見つめた。
「私、マルセル家の方々にあんなに歓迎されるとは思ってなかったです」
「俺もだ」
クスクスと笑うセシリアと、苦笑いのシルベスト。
セシリアとシルベストが婚約して半年が経つ。
シルベストが「セシリアと結婚したい」と願い出ると、もちろん最初は反対された。
しかし、アルヴェルの口添えもあり、シルベストの両親がセシリアと対面すると、状況は一変。
セシリアと一緒にいるシルベストの和らいだ表情と柔らかい雰囲気を見て、父も母も「セシリア以外に息子のこの表情を引き出せる女性はいない」と思い至る。
以来、セシリアがマルセル家を訪れる度に、両親はもちろん、シルベストの二人いる妹たちにも大歓迎で迎えられるのだった。
遠くから二人を眺めているアルヴェルは感慨深げだ。
「シルベストは表情豊かになったねぇ」
「え?あれで、ですか?」
アルヴェルの側にいた生徒が驚きの声を上げる。
「そうだよ。セシリアと付き合う前のシルベストは本当に表情は氷のように固まって、動く事はほぼなかった。今は氷は溶けて水になったね。波が立つようになった」
シルベストはセシリアの背中を撫でた。
「俺が卒業したら『シル』って呼んでくれるんだよな?」
顔を近付けて囁く。
「…はい」
恥ずかしそうに頷くセシリア。
「明日から、楽しみだ」
シルベストは幸せそうに微笑んだ。
-----
学園は十五歳になる年に入学し、四年間学び十八歳で卒業する。貴族の令息令嬢は幼い頃より家庭教師に学び学園へ入学するが、貴族でない者は家の都合により五歳から十歳には初等教育校へ入学し、数年間字や計算などを学ぶ。初等学校で成績の良かった者は更に中等学校へ進学する事もあり、そこでの成績優秀者やお金のある商家の子供などが学園へと入学する。
全寮制で、いかに高位の貴族でも侍女や侍女、メイドなどを伴う事はできない決まりだ。もちろん王族でも。
一学年は四月から始まり、春期、秋期、冬期の三学期制で、学期の間には夏期休暇、冬期休暇、春期休暇の長期休暇がある。
その日、学園の四年生になったセシリアは、この年の生徒会長になったアルヴェルとその他の生徒会役員たちと夏期休暇前の舞踏会の打ち合わせをしていた。
学園では春期の終わりの日、夏季休暇に入る前に舞踏会があり、冬期の終わりには卒業パーティーがあるので、貴族の令息令嬢は社交を学び、貴族でない者も貴族社会との繋がりを作ろうと励む場となる。
セシリアは前生徒会役員として、舞踏会の開催についてアルヴェルに協力しているのだ。
「失礼します!殿下!アボット嬢!」
生徒会室に飛び込んで来たのは、アルヴェルの侍従の一人。
その侍従は学園の生徒ではない。それが緊急事態の発生をより強く知らせていた。
「どうした?」
侍従はソファに座るアルヴェルの側に跪く。
「視察の先見に出ていた一行が馬車の事故に遭いました」
「事故!?」
「商隊の馬車と衝突し、崖下へ転落したと」
崖下。
その場にいた全員がそれを聞いて息を飲んだ。
「先見に出ていたのは誰と誰だ?」
アルヴェルがそう問うと、侍従はチラッとセシリアを見る。
さっき、飛び込んで来た時、アルヴェル殿下と私を呼んだわ。
と、いう事は…
侍従は、三名の侍従の名を告げ、その最後の名前はシルベストのものだった。
-----
シルベストは左前腕粉砕骨折と左大腿骨の単純骨折、全身打撲の意識のない状態で王城の医療棟へ運び込まれる。
セシリアとアルヴェルも直ぐに駆け付け、セシリアは事故から三日が経つ今もシルベストの病室に付ききりだ。
「セシリア、少し休んだらどうだい?」
シルベストの病室に来たアルヴェルが、ベッドの傍らの椅子に座るセシリアに声を掛ける。
セシリアはシルベストの右手を両手で握ったまま、首を横に振った。
「シルの目が覚めた時、傍にいたいので」
「そうか」
無理はするなよ。と言ってアルヴェルが病室を出て行く。
シルベストと二人きりになったセシリアは、シルベストの右手から片方の手を離すと、巻かれた包帯を避けながらシルベストの頭を撫でた。
「シル…早く起きて。あ、でも、寝てる方が痛みがなくて良いのかしら?」
明るい声で言い、髪を漉くように指を滑らせる。
「でもやっぱり起きて欲しいな…寂しいから」
瞼がピクリと動いて、青い瞳が見えた。
「シル!」
セシリアの目に涙が浮かんだ。
シルベストはパチパチと目を瞬かせると、セシリアを見る。
「シル…良かった…」
安堵の涙を流すセシリアを見つめながら、掠れた声でシルベストは言った。
「…………キミは……誰だ…?」
「今日で卒業しちゃうんですね…」
ダンスをしながらセシリアはしみじみと言う。
「婚約したんだからいつでも会えるだろう」
シルベストは愛おしそうにセシリアを見つめた。
「私、マルセル家の方々にあんなに歓迎されるとは思ってなかったです」
「俺もだ」
クスクスと笑うセシリアと、苦笑いのシルベスト。
セシリアとシルベストが婚約して半年が経つ。
シルベストが「セシリアと結婚したい」と願い出ると、もちろん最初は反対された。
しかし、アルヴェルの口添えもあり、シルベストの両親がセシリアと対面すると、状況は一変。
セシリアと一緒にいるシルベストの和らいだ表情と柔らかい雰囲気を見て、父も母も「セシリア以外に息子のこの表情を引き出せる女性はいない」と思い至る。
以来、セシリアがマルセル家を訪れる度に、両親はもちろん、シルベストの二人いる妹たちにも大歓迎で迎えられるのだった。
遠くから二人を眺めているアルヴェルは感慨深げだ。
「シルベストは表情豊かになったねぇ」
「え?あれで、ですか?」
アルヴェルの側にいた生徒が驚きの声を上げる。
「そうだよ。セシリアと付き合う前のシルベストは本当に表情は氷のように固まって、動く事はほぼなかった。今は氷は溶けて水になったね。波が立つようになった」
シルベストはセシリアの背中を撫でた。
「俺が卒業したら『シル』って呼んでくれるんだよな?」
顔を近付けて囁く。
「…はい」
恥ずかしそうに頷くセシリア。
「明日から、楽しみだ」
シルベストは幸せそうに微笑んだ。
-----
学園は十五歳になる年に入学し、四年間学び十八歳で卒業する。貴族の令息令嬢は幼い頃より家庭教師に学び学園へ入学するが、貴族でない者は家の都合により五歳から十歳には初等教育校へ入学し、数年間字や計算などを学ぶ。初等学校で成績の良かった者は更に中等学校へ進学する事もあり、そこでの成績優秀者やお金のある商家の子供などが学園へと入学する。
全寮制で、いかに高位の貴族でも侍女や侍女、メイドなどを伴う事はできない決まりだ。もちろん王族でも。
一学年は四月から始まり、春期、秋期、冬期の三学期制で、学期の間には夏期休暇、冬期休暇、春期休暇の長期休暇がある。
その日、学園の四年生になったセシリアは、この年の生徒会長になったアルヴェルとその他の生徒会役員たちと夏期休暇前の舞踏会の打ち合わせをしていた。
学園では春期の終わりの日、夏季休暇に入る前に舞踏会があり、冬期の終わりには卒業パーティーがあるので、貴族の令息令嬢は社交を学び、貴族でない者も貴族社会との繋がりを作ろうと励む場となる。
セシリアは前生徒会役員として、舞踏会の開催についてアルヴェルに協力しているのだ。
「失礼します!殿下!アボット嬢!」
生徒会室に飛び込んで来たのは、アルヴェルの侍従の一人。
その侍従は学園の生徒ではない。それが緊急事態の発生をより強く知らせていた。
「どうした?」
侍従はソファに座るアルヴェルの側に跪く。
「視察の先見に出ていた一行が馬車の事故に遭いました」
「事故!?」
「商隊の馬車と衝突し、崖下へ転落したと」
崖下。
その場にいた全員がそれを聞いて息を飲んだ。
「先見に出ていたのは誰と誰だ?」
アルヴェルがそう問うと、侍従はチラッとセシリアを見る。
さっき、飛び込んで来た時、アルヴェル殿下と私を呼んだわ。
と、いう事は…
侍従は、三名の侍従の名を告げ、その最後の名前はシルベストのものだった。
-----
シルベストは左前腕粉砕骨折と左大腿骨の単純骨折、全身打撲の意識のない状態で王城の医療棟へ運び込まれる。
セシリアとアルヴェルも直ぐに駆け付け、セシリアは事故から三日が経つ今もシルベストの病室に付ききりだ。
「セシリア、少し休んだらどうだい?」
シルベストの病室に来たアルヴェルが、ベッドの傍らの椅子に座るセシリアに声を掛ける。
セシリアはシルベストの右手を両手で握ったまま、首を横に振った。
「シルの目が覚めた時、傍にいたいので」
「そうか」
無理はするなよ。と言ってアルヴェルが病室を出て行く。
シルベストと二人きりになったセシリアは、シルベストの右手から片方の手を離すと、巻かれた包帯を避けながらシルベストの頭を撫でた。
「シル…早く起きて。あ、でも、寝てる方が痛みがなくて良いのかしら?」
明るい声で言い、髪を漉くように指を滑らせる。
「でもやっぱり起きて欲しいな…寂しいから」
瞼がピクリと動いて、青い瞳が見えた。
「シル!」
セシリアの目に涙が浮かんだ。
シルベストはパチパチと目を瞬かせると、セシリアを見る。
「シル…良かった…」
安堵の涙を流すセシリアを見つめながら、掠れた声でシルベストは言った。
「…………キミは……誰だ…?」
78
あなたにおすすめの小説
記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
【短編】記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで
夕凪ゆな
恋愛
ある雪の降る日の朝、ヴァロア伯爵家のリディアのもとに、信じられない報せが届いた。
それは、愛する婚約者、ジェイドが遠征先で負傷し、危篤であるという報せだった。
「戻ったら式を挙げよう。君の花嫁姿が、今から楽しみだ」
そう言って、結婚の誓いを残していったジェイドが、今、命を落とそうとしている。
その事実を受け入れることができないリディアは、ジェイドの命を救おうと、禁忌魔法に手を染めた。
【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。
旦那さまは私のために嘘をつく
小蔦あおい
恋愛
声と記憶をなくしたシェリルには魔法使いの旦那さまがいる。霧が深い渓谷の間に浮かぶ小さな島でシェリルは旦那さまに愛されて幸せに暮らしていた。しかし、とある新聞記事をきっかけに旦那さまの様子がおかしくなっていっていく。彼の書斎から怪しい手紙を見つけたシェリルは、旦那さまが自分を利用していることを知ってしまって……。
記憶も声もなくした少女と、彼女を幸せにするために嘘で包み込もうとする魔法使いのお話。
【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして
Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。
伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。
幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。
素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、
ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。
だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。
記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、
また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──……
そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。
※婚約者をざまぁする話ではありません
※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
殿下の婚約者は、記憶喪失です。
有沢真尋
恋愛
王太子の婚約者である公爵令嬢アメリアは、いつも微笑みの影に疲労を蓄えているように見えた。
王太子リチャードは、アメリアがその献身を止めたら烈火の如く怒り狂うのは想像に難くない。自分の行動にアメリアが口を出すのも絶対に許さない。たとえば結婚前に派手な女遊びはやめて欲しい、という願いでさえも。
たとえ王太子妃になれるとしても、幸せとは無縁そうに見えたアメリア。
彼女は高熱にうなされた後、すべてを忘れてしまっていた。
※ざまあ要素はありません。
※表紙はかんたん表紙メーカーさま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる