婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん

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 このまま結婚するのか、それとも婚約解消するのか。
 アルヴェルに突きつけられた課題を、シルベストは考えていた。
 あの日、アルヴェルに連れられて行った「思い出の場所」は殆どがセシリア嬢がらみだった。
 セシリア嬢へのプレゼントに悩んだ雑貨屋やアクセサリーの店。セシリア嬢と行ったカフェやレストランや劇場。噴水広場ではアイスクリームを二人で食べたらしい。
 学園の行事で訪れた王立公園、湖ではボートに乗ったそうだ。
 それから、あの丘の上の木の下。
 あれだけ「思い出」がある筈の場所でも、何一つ思い出せない。
 そんな自分に失望する。
 もう記憶が戻る事はないのでは、との思いが自分でも強くなった。

 あの時、アルヴェルと俺が近付く前、セシリア嬢は泣いていた。
 この先、俺は彼女にあんな思いしかさせられないのか。
 彼女の好きだった「シル」はもういない。
 俺はもともと恋愛などできる人間ではない。彼女と「恋」をしていたと言われても、自分の事だと思えない。
 とても信じられないし、彼女を好きだという気持ちが理解できない。
 こんな俺と結婚するのは、政略結婚より辛いかも知れない。

「婚約解消か…」
 声に出すとが現実味を帯びて来た。

-----

「アルヴェル殿下ったら!婚約解消だなんて酷い事を!」
 ディナが憤って言う。
「そんなに怒らないでディナ。殿下の仰る事も一理あるかなと思うし」
 セシリアは困ったように笑った。
「一理?」
「うん…だって、私みたいな凡庸な子爵家の娘が公爵家の嫡男と結婚しようって思ったのは、シルが好きだからだもん。シルが私の味方になってくれて、支えてくれて、私もシルを支えて…って思ったから、がんばろうと思えたの。でも今の状態じゃ…」
「……」
「そもそもマルセル公爵家は他国の王女や高位貴族の令嬢を娶るのを当たり前に想定できる程の家門よ?シルが私の事を好きで、心から迎えてくれるんじゃなきゃ畏れ多くてとても飛び込んで行こうなんて思えないわ」
 苦笑いしながらセシリアは紅茶のカップを持つ。
「まあ…そうよね」
 納得したように頷くディナ。
「だから、婚約解消も仕方ないかなって」
「セシリア…」
 ただ、婚約解消して、シルが他の女性ひとと結婚する事になったら、私はとても辛くて苦しいと思う。
 でも私が他の男性ひとと結婚しても、シルには痛くも痒くもないんだな、と思うとちょっと悔しいけど。
「でもまだシルベスト様が記憶を失くして三か月と少ししか経ってないのに、婚約解消とか早すぎると思うわ。いつ記憶が戻るかわからないのに」
「うん…」
 三か月。
 感覚的にはものすごく長く感じてるけど、まだ三か月しか経ってないのよね。
 
 紅茶のカップをカチャリと置いて、ディナはセシリアの顔をチラッと見た。
「それで、あの、ね…ちょっと言い辛いんだけど………アルヴェル殿下は早くセシリアとシルベスト様の婚約を解消させたいんじゃないのかしら?と、私は思うんだけど…」
「!」
「わざわざシルベスト様と思い出の場所巡りをしたのは、思い出して欲しい気持ちももちろんあるだろうけど、ちょっとやそっとじゃ思い出さないのを確かめるためだったんじゃないかな?」
「……」
「……セシリアだって薄々気付いてるんでしょ…?」
 ディナが窺うような視線をセシリアに向ける。
 セシリアはため息を吐いた。
「…うん」
 …気のせいだと思ってた…ううん、気のせいだと思いたかった。
 私だって伊達に人間観察が趣味なんて言ってる訳じゃない。人様から見たらどうかわからないけど、自分ではそう鈍感でもないと思ってる。
 シルが卒業して、四年生になってから殿下から頻繁に声を掛けられるようになった。舞踏会の準備の手伝いも殿下から頼まれた。殿下は「セシリア嬢に害なす者が近付かないよう見張るようシルベストから頼まれてる」って仰っていて、それも本当なんだろうけど。
 あの事故の後から、アルヴェル殿下が、シルが「思い出せない」場面を私に見せたがっていたのにも気付いてた。シルのお見舞いに連れて行かれた時も、思い出の場所を巡った日も。
 その理由は…
「やっぱり、殿下はセシリアの事が好きなのね?」



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