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「どうされました?ミシェル様」
 王宮からモーリス邸に戻ったミシェルを出迎えたイアンは訝しげに言った。
「…うん」
「お加減が優れないんですか?」
「ううん」
 ミシェルは首を横に振ると、階段を上り始める。イアンが少し後ろを着いて歩く。
 …サイラス殿下が、レイラを好き?
「ミシェル様」
 イアンがミシェルの二の腕を掴む。
「え?何?」
「階段でぼんやりしては危ないです」
「…あ、うん。そうね」
 イアンが真剣な表情でミシェルを見ている。
 二の腕を離したイアンはミシェルと同じ段へ上がると手を差し出した。
「ありがとう」
 ミシェルはイアンの手に自分の手を乗せる。
「王宮で…何かあったんですか?」
「何かあった訳じゃないんだけど…あ、そうだ。次の議会で婚儀の日が決まりそうだってサイラス殿下がおっしゃっていたわ」
「婚儀の日が…」
「何しろ準備に時間が掛かるものね」
「……」
 階段の上の方を見るミシェルの横顔を、イアンは無言で見つめた。

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「キャロライン様!」
 レイラは放課後の学園の廊下で普段は見ない人を見つけた。
「あら、レイラちゃん。ご機嫌よう」
 赤い髪を無造作に後ろで一纏めにし、分厚い眼鏡を押し上げながら、史学研究所の制服のキャロラインが振り返る。
「今日はどうされたんですか?」
「ちょっと学園の図書館にある文献を見に来たの。あ、そうだ。レイラちゃん今時間ある?」
「はい。ちょうど図書館へ行こうと思ってました」
「良かった。少しお話聞かせて欲しくて」
 レイラとキャロラインは並んで廊下を歩く。
 キャロライン・アクランドは子爵家の四女、史学研究者で研究所に勤務している。レイラの兄ライアンの恋人だ。
 地域の歴史や史実などの書物を読むのが何より好きなので身なりにはあまり構わなく、髪は無造作に束ね、分厚い眼鏡を掛けているが、眼鏡を取るとかなりの美人だ。ただ眼鏡がないと鏡に映る自分がよく見えないので、本人に一番美人である自覚がない。

「お話って?」
 レイラとキャロラインは図書館に入ると、それぞれ目的の本を持って来て、机に向かい合わせで座った。
「本題に入る前に…ライアンって、元気なのかしら?」
 キャロラインは世間話の続きのような口調で言う。
「え?」
「…今日学園に来ようと思って気が付いたの。最近ライアンから連絡ないなって」
 …多分、ライアン兄様がアリスと会ってからだから春から連絡なかったと思うんだけど、それに気付くのは秋なのがキャロライン様ね。
 しかも今日キャロラインが学園に来ようと思わなければ、まだ気付いていなかったかも知れないのだ。
「この間は元気でしたよ?」
 この間、食堂で会ったのが私も春からぶりのライアン兄様だったけど…
「そう。元気なら良いのよ」
 キャロラインはそう言うと、持って来た本に手を伸ばそうとする。
「え?良いんですか?」
「ん?」
「キャロライン様…ライアン兄様が連絡しなくなっても気にならないんですか?」
「ならないわ」
 きょとんとして言うキャロライン。
「…あの、これただの例え話なんですけど、浮気とか…疑わないんですか…?」
 レイラがおずおずと言うと、キャロラインは目を見開いた。
「あら、レイラちゃんがそういう言い方するって事は、ライアン浮気してるのね?」
「ええ!?」
「なるほどね」
 顎に手を当てるキャロライン。特にショックな様子でもない。
「ライアンが他の子を好きになったなら仕方ないわ」
「…悲しんだり怒ったりとかは?」
「しても仕方ないし。ただライアンは他の子を好きになったら前の恋人とはきちんと別れる人だと思っていたから、そこは意外だけど」
「あの…キャロライン様、ライアン兄様の事好き…なんですよね?」
「そうね。私こういう性質だからそう見えないみたいだけど、ライアンの事はちゃんと好きよ」
 ニコッと笑うキャロライン。
「ただ私は、人の心は怒っても泣いても変えられないし覆せないから、仕方ないって諦めるしかないなと」
「そう、ですよね…」
 レイラは膝の上に置いた自分の手を見ながらきゅっと手を握る。
「レイラちゃん?」
「…仕方ないって諦めるしかないんですよね」
 人の心は怒っても泣いても変えられない。
「と、私もずっと思っていたんだけどね」
「え?」
 レイラが顔を上げると、キャロラインが一冊の厚い本をレイラの前に差し出した。
 古い…日記?
「私の母の母の母の母の日記よ」
「はい」
 日記がどうしたんだろう?
「ここで今日の本題なんだけど」
「はい」
「この世界には、所謂『生まれ変わり』と言われる人たちがいつの世代にも一定数いるみたいなの」
 …え?
 レイラは瞠目して目の前のキャロラインを見つめた。
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