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 その瞬間は全てがスローモーションのようにレイラの眼に焼き付いた。

 ミシェルがレイラの腕を掴んだまま、学園の屋上のデコボコとした小壁体と小壁体の隙間へと倒れ込む。

 あ、落ちる。

 レイラがそう思った時、ミシェルの反対の腕をイアンが掴んだ。
「ミシェル様!」
「レイラ!」
 そうイアンとサイラスが叫んだのが、聞こえたような、聞こえなかったような…

 刹那、レイラとミシェルの視線が絡む。

 …憎まれてる。

 ミシェルの瞳に憎しみが見えた。
 
 そして全身に凄まじい風圧を感じ、レイラは意識を失った。

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「ミシェル様!」
 イアンはミシェルの腕を掴むと力一杯自身の方へ引き寄せた。
 ドサリと二人で倒れ込む。
「レイラ!」
 サイラスが小壁体の隙間から身を乗り出し手を伸ばしながら叫ぶ。
「人が落ちたぞ!」
 周りの生徒が叫んだ。

 ミシェル様がレイラ様を突き落とした?いや、一緒に落ちようとしたように見えた。
「レイラ!」
 サイラスはそう叫ぶと、階段に向かって駆け出した。
「ミシェル様…?」
 イアンはぐったりと自分にもたれるミシェルを見る。
 目を見開いたミシェルは呆然自失の状態だった。
「だって…」
 呆然としたまま小さく呟く。
「…サイラス殿下が……私の…婚約者なのに…」
 ミシェルはそう呟くと、気を失った。

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「落ち着け!アリス!」
 転んだアリスを助け起こしながらカイルは言う。

 先程、星の話しを聞きつつ、小さな灯りにかざしながらライアンが手紙を読んでいた。
 読みながら眉を顰めているのが近くにいたアリスとカイルにも判る。
「ハミルトン先生、どうしたんですか?」
 アリスがライアンに寄って行き、ひょいと手紙を覗き込んだ。
「…え?」
 手紙を読んだアリスの顔から笑顔が消えた。
「いや俺にも何がなんだか…」
 ライアンが首を傾げると、アリスはバッと立ち上がる。
「アリス?」
「どうした?」
 そして、階段に向かって猛然と駆け出した。

「アリス!?」
「アリス!待て!」
 カイルの声も、ライアンの声も耳に入らない様子でアリスは階段を駆け降りると、西棟の校舎へ駆け込む。
「アリス!」
 カイルが追いついたアリスの手首を掴む。
「どうしたんだ?」
「…おかしいと思ったのよ」
 アリスはそう言うと、カイルの手を振り払い、階段を駆け上がる。
 段を飛ばしてもの凄い速さで階段を登るアリス。
「おい!待てアリス!」
 何度も追いつくが、その度振り払われる。
 踊り場で後ろから手を回して身体ごと抑えようとするが、アリスは手足を振り回して暴れた。
「離して!」
「あああ、危ない」
 ライアンが言う。
 このまま暴れさせては階段から落ちてしまう、とカイルは仕方なくアリスを離し、後ろに着いて階段を駆け上がった。

 屋上へ出ると、アリスは
「レイラ様!どこですか!?」
 と叫んだ。

 レイラ?
 アリスのこの激昂に、レイラが何か関係あるのか?
 カイルは横にいるライアンを見る。ライアンは首を横に振った。
「レイラさまあ!」
 アリスはレイラを呼びながらずんずんと歩いて行く。
 と、横になって星空を見ていた生徒に躓いて転んだ。
「大丈夫か?アリス」
「アリス、ほら立ってください」
「痛ったあ」
 アリスを助け起こすカイルの視線の端で人影が動くのが見えた。

 壁際で人影が動く。
「ミシェル様!」
「レイラ!」
 イアンと、サイラスの声が聞こえた。
 
 サイラスらしき影が小壁体の隙間から階段の方へと移動する。

 …まさか。

 ドクンッ。

 カイルの心臓が鳴った。
「カイル殿下?」
 カイルを見上げるアリスを押し除け、壁際へ走る。

 まさか。
 まさか。
 まさか。
 
 壁に近付くと、イアンと気を失ったミシェルが目に入る。
「カイル殿下…」
 イアンが呆然とカイルを見ていた。
「…レイラなのか?」
 カイルは闇しか見えない小壁体の隙間を見ながら言う。
「レイラが…落ちたのか…?」
 イアンはミシェルを抱きしめると、消えそうな声で「はい」と言った。

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