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「どうやらアレクシス殿下と、殿下に関連した人物や出来事に関しての記憶だけが抜け落ちているようです」
クリスティナを診察した医師が救護室から出て来て俺にそう告げる。
「俺と、俺に関連した人物や出来事だけ?」
「はい。殿下との婚約のきっかけになった婚約者候補を集めたお茶会の事は覚えておられました。ですが、その後、ご自身が婚約者に選ばれた事は記憶にないようです」
「俺の事以外は覚えていると?」
「詳しく確認してみないとわかりませんが、今話した処では、ご家族や友人の事は覚えておいででした」
「思い出させる方法はあるのかな?」
俺がそう言うと、医師は頭を振った。
「いつか自然に思い出すかもしれませんし、何かのきっかけがあるかも。でも無理に思い出させようとするのはご本人の負担になりますので」
「今は様子を見るしかないのですね?」
俺の隣で一緒に医師の話を聞いていたユージーンがそう確認すると、医師は「そうです」と頷く。
医師が去って行くと、エイデン侯爵家からクリスティナの兄であるヒューバートがやって来た。
事情を説明すると、ヒューバートは頷いて救護室に入って行く。
「お兄様…」
「クリス」
不安気だったクリスティナの表情がヒューバートを見て和らいだ。
また、初めて見る表情。
「家に戻るか?」
ヒューバートが問うと、クリスティナは「うん」と言いながらヒューバートの上着の袖を掴む。
俺はさっき同じようにクリスティナに掴まれた自分の袖に目をやった。
ヒューバートがクリスティナの肩を抱いて救護室から出て来た。
「混乱しているようなので連れて帰ります。しばらく学園も休む事になるでしょう」
俺に向かって頭を下げるヒューバート。クリスティナはヒューバートの脇にしがみついて俯いている。
「クリスティナ」
俺が呼ぶと、クリスティナは顔を上げた。
「…アレクシス殿下」
おずおずと俺の名前を呼ぶ。
クリスティナに「殿下」と敬称を付けて呼ばれるのは久しぶりだな。
「しっかり休んで、早く俺の事を思い出して」
口角を上げて言うと、クリスティナが目を見開いた。
「はい。ありがとうございます」
クリスティナが頭を下げると、瞳の中のヘーゼルと同じ色の長い髪がその顔を隠す。
クリスティナとヒューバートが去って行き、俺とユージーンも寮へ戻るべく歩き出した。
「『早く俺の事を思い出せ』って、婚約破棄するつもりなのに、アレクも残酷な事を言うね」
二人だけになり、気安い話し方になったユージーンが少し呆れたように言う。
「……」
「それにしてもアレク関連の事だけ忘れてるなんて、それだけクリスティナ嬢にとってアレクの浮気がショックだった」
「浮気じゃない」
被せるように俺が言うと、ユージーンは苦笑いを浮かべた。
「そっちの方がクリスティナ嬢にとっては残酷だろうな」
「……」
その通りなので、俺は何も言えずに黙る。
廊下の角を曲がると、胸の前で手を組んでフローラが立っていた。
「アレク様」
俺に気付くとパッと顔を輝かせて笑顔になるフローラ。とてもかわいい。
「フローラ」
ユージーンはため息のように小さく息を吐くと、俺たちから少し離れた場所へと移動する。
「あの…クリスティナ様は……?」
心配そうに眉を寄せるフローラ。
クリスティナは自分を虐めてくる相手なのに、そのクリスティナを心配するフローラ。
聖女か。いや、天使だな。
「少し混乱してるみたいだったから、ヒューバート…クリスティナの兄が迎えに来て、エイデン侯爵家へ帰ったよ。しばらく学園も休むらしい」
「そうなんですか…」
青い瞳が憂がちに伏せられ長い睫毛がかかる。
フローラの瞳は晴天の空のように澄んだ青。
「クリスティナは大事を取っただけだよ。それよりフローラに怪我がなくて良かった」
俺がそう言うと、フローラはニコリと笑った。
-----
エイデン侯爵家の王都屋敷に帰る馬車の中で、私はお兄様にアレクシスの記憶を失くしたというのは嘘だと告白する。
「……何だってそんな嘘を吐いたんだ?」
お兄様はこめかみを押さえながら言った。妹が王族に嘘を言ってしまったんだから、きっと頭を抱えたい心境なんだろう。
「アレクシスに嫌われると思ったら咄嗟に口から出てしまったんです」
俯いて、腿の上に置いた手でギュッとスカートを握る。
「とっくに嫌われてるのにね。…本当に馬鹿な事をしてしまいました」
「クリス…」
苦笑いしながら言うと、お兄様が気遣わし気に私を見た。
「クリスの気持ちもわからなくもないが……いつまでも記憶のないフリなどできないだろ?辻褄も合わなくなるし。だから早い内にアレクシス殿下に謝罪した方がいい」
「はい」
「どうやらアレクシス殿下と、殿下に関連した人物や出来事に関しての記憶だけが抜け落ちているようです」
クリスティナを診察した医師が救護室から出て来て俺にそう告げる。
「俺と、俺に関連した人物や出来事だけ?」
「はい。殿下との婚約のきっかけになった婚約者候補を集めたお茶会の事は覚えておられました。ですが、その後、ご自身が婚約者に選ばれた事は記憶にないようです」
「俺の事以外は覚えていると?」
「詳しく確認してみないとわかりませんが、今話した処では、ご家族や友人の事は覚えておいででした」
「思い出させる方法はあるのかな?」
俺がそう言うと、医師は頭を振った。
「いつか自然に思い出すかもしれませんし、何かのきっかけがあるかも。でも無理に思い出させようとするのはご本人の負担になりますので」
「今は様子を見るしかないのですね?」
俺の隣で一緒に医師の話を聞いていたユージーンがそう確認すると、医師は「そうです」と頷く。
医師が去って行くと、エイデン侯爵家からクリスティナの兄であるヒューバートがやって来た。
事情を説明すると、ヒューバートは頷いて救護室に入って行く。
「お兄様…」
「クリス」
不安気だったクリスティナの表情がヒューバートを見て和らいだ。
また、初めて見る表情。
「家に戻るか?」
ヒューバートが問うと、クリスティナは「うん」と言いながらヒューバートの上着の袖を掴む。
俺はさっき同じようにクリスティナに掴まれた自分の袖に目をやった。
ヒューバートがクリスティナの肩を抱いて救護室から出て来た。
「混乱しているようなので連れて帰ります。しばらく学園も休む事になるでしょう」
俺に向かって頭を下げるヒューバート。クリスティナはヒューバートの脇にしがみついて俯いている。
「クリスティナ」
俺が呼ぶと、クリスティナは顔を上げた。
「…アレクシス殿下」
おずおずと俺の名前を呼ぶ。
クリスティナに「殿下」と敬称を付けて呼ばれるのは久しぶりだな。
「しっかり休んで、早く俺の事を思い出して」
口角を上げて言うと、クリスティナが目を見開いた。
「はい。ありがとうございます」
クリスティナが頭を下げると、瞳の中のヘーゼルと同じ色の長い髪がその顔を隠す。
クリスティナとヒューバートが去って行き、俺とユージーンも寮へ戻るべく歩き出した。
「『早く俺の事を思い出せ』って、婚約破棄するつもりなのに、アレクも残酷な事を言うね」
二人だけになり、気安い話し方になったユージーンが少し呆れたように言う。
「……」
「それにしてもアレク関連の事だけ忘れてるなんて、それだけクリスティナ嬢にとってアレクの浮気がショックだった」
「浮気じゃない」
被せるように俺が言うと、ユージーンは苦笑いを浮かべた。
「そっちの方がクリスティナ嬢にとっては残酷だろうな」
「……」
その通りなので、俺は何も言えずに黙る。
廊下の角を曲がると、胸の前で手を組んでフローラが立っていた。
「アレク様」
俺に気付くとパッと顔を輝かせて笑顔になるフローラ。とてもかわいい。
「フローラ」
ユージーンはため息のように小さく息を吐くと、俺たちから少し離れた場所へと移動する。
「あの…クリスティナ様は……?」
心配そうに眉を寄せるフローラ。
クリスティナは自分を虐めてくる相手なのに、そのクリスティナを心配するフローラ。
聖女か。いや、天使だな。
「少し混乱してるみたいだったから、ヒューバート…クリスティナの兄が迎えに来て、エイデン侯爵家へ帰ったよ。しばらく学園も休むらしい」
「そうなんですか…」
青い瞳が憂がちに伏せられ長い睫毛がかかる。
フローラの瞳は晴天の空のように澄んだ青。
「クリスティナは大事を取っただけだよ。それよりフローラに怪我がなくて良かった」
俺がそう言うと、フローラはニコリと笑った。
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「アレクシスに嫌われると思ったら咄嗟に口から出てしまったんです」
俯いて、腿の上に置いた手でギュッとスカートを握る。
「とっくに嫌われてるのにね。…本当に馬鹿な事をしてしまいました」
「クリス…」
苦笑いしながら言うと、お兄様が気遣わし気に私を見た。
「クリスの気持ちもわからなくもないが……いつまでも記憶のないフリなどできないだろ?辻褄も合わなくなるし。だから早い内にアレクシス殿下に謝罪した方がいい」
「はい」
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