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 フランクは自分の執務机の隅に置かれた数枚の書類に視線をやると「はあ」とため息を吐いた。
 コンコン。とノックの音がして、執事のニコラスが執務室に入って来る。

「ニコラス、これを見てくれ」
 机の隅に置かれた書類を手に取ると、机の向こうに立ったニコラスへと差し出した。
「はい」
 ニコラスが書類を受け取ると、フランクは机に両肘をつき、手を組むとその上に顎を乗せる。

「……」
 ニコラスは眉間に皺を寄せた。
 書類を読み進むにつれニコラスの眉間に刻まれる皺が段々と深くなっていく。
「旦那様、これは…」
「そう。そこにはマティルダが王妃派の貴族にヴィクトリアが馬車で出掛ける日をリークしたと書かれている」
 フランクが憮然として言うと、ニコラスは眉を顰めたまま首を横に振った。
「しかし、それでは奥様がヴィクトリア様を陥れいれたと言う事になりますが…」

「ヴィクトリアが朦朧としながら『アイリスとジェイドが死んだのは自分のせいだ』と言っていたのがどうにも気になってな。あの事故にヴィクトリアがどう関わっているのかを調べた結果がだ」
「何故奥様がヴィクトリア様を?」
「…マティルダが陥れようと…いや、殺そうとしたのはアイリスだろう」
 フランクの衝撃的な言葉にニコラスはぐっと息を飲む。
「アイリス様を…?それがもしも本当だとして、何故ヴィクトリア様も事故に巻き込んだのですか?最悪の場合二人とも命を失ったかも知れないのに」
「『そうなっても良い』と思っていたのかも知れない。二人が死んでも、マティルダにはお腹の子がいる。妊娠したからそう思ったのか、そう思った後に妊娠がわかったのか、そこは本人にしかわからないが」
「……」

 言葉に詰まるニコラス。
 フランクは組んだ手を解くと、俯いて自分の頭を抱えた。
「…ニコラス、私は間違っていたのか?」
「旦那様?」
「マティルダが殺したいほどアイリスを憎んでいるとは…それはつまりオリビエを憎んでいると言う事だろう?」
「……」
 ニコラスは沈黙したが、それは肯定と同じ意味だ。
「アイリスをこの家に引き取らず、誰か信頼できる者に預ければ良かったのか?しかしアイリスがオリビエの娘である以上、どこへ託そうとマティルダの憎しみの対象となるのは間違いない」
「ええ…」
 小さく頷くニコラス。
「…憎むなら、オリビエを傍に置いてマティルダを裏切った私を憎めば良いのに…」
 アイリスには何の罪もないのに、と呟く。

 コンコン。

 ノックの音がする。
 ニコラスが扉を開けると、そこにヴィクトリアが立っていた。
「ヴィクトリア?」
「お父様、お話があります」

 ヴィクトリアをソファへ座らせ、その向かい側の一人掛けのソファに座りながらフランクは言う。
「部屋からここまで歩いて来たのか?」
「はい。休み休みで時間は掛かりましたけど」
「随分体力が戻ったな」
「はい。でもまだまだです」
 侍女がお茶のポットなどが乗ったワゴンを押して執務室に入って来た。
「後は私が」
 ニコラスがワゴンを引き継ぐと、侍女は礼をして出て行く。

 カップに紅茶を注ぎ、ニコラスはフランクとヴィクトリアの前にそれを置いた。
 その様子を黙って見ていたフランクが、カップを手を取ると口火を切る。
「話とは?」
 ヴィクトリアは腿の上に置いていた自分の手を胸の前で組むと、フランクを真っ直ぐに見た。

「お父様、私、修道院へ行きます」

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 くだらない「賭け」をした。

 私とアイリスが一緒に王宮へ行く日をお母様が王妃派に知らせたため、その日が起こる事を私は知っていた。
 それはウォルター殿下の婚約者である私を狙ったものだ。
 だから、私は王宮へ行く事自体を取り止めるか、せめてアイリスを私とは別の馬車で王宮に向かわせれば良かったのに…

 でも、私はそうしなかった。
 その日私はアイリスとジェイドと一緒に馬車に乗り込んだ。

 事故が起こるその瞬間、ジェイドが私の事を庇ってくれるか、否か。
 
 アイリスではなく、私を庇って欲しい。

 …たったそれだけの、くだらない賭け。

 結果、ジェイドが庇ったのはアイリス。

 そして、賭けに負けた私に与えられた罰は「賭けに勝った夢」だった。



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