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子供たち
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ーー親はどっちも城で働いていた。
父親は傭兵、母親は女中として。
そして俺が生まれたわけだが、共働きでなかなか両親には会えなかった。
ま、気楽ではあったがな。
しかし、俺が七、八歳の時だった。
王と妃の間には、長いこと子供が産まれなかったそうだ。
王は五〇年前の戦争の話を親から何度も聞かされてきたようで、神の翼の器の継承者として子供を育てるつもりだったから、それにはかなり参ったんだと。
それで、遂に王の焦りは頂点に達し、当時城内で一番若かった母親に言いより、無理矢理関係を迫った。
見事王の思惑通り母親は、王家の血を引く子供を孕んだが、その直後、なんと妃も身ごもったことが分かった。
無論女中との隠し子同然の子供と正式な王家の子供だ。
王は後者を選んだ。
しかし、その事実が公になると城の信用にも関わる。
世間にも冷たい目で見られることだろう。
そこで王は、一番手っ取り早い方法をとった。
両親と城との関係を完全に絶ったんだ。
早い話が、両親をくびにし、城から追い出した。
反逆者だの適当な理由をでっち上げてな。
言うまでもないが、お尋ね者の両親と赤ん坊、それに無愛想なガキなんて、どこにも居場所なんてねえ。
だが母親はその居場所をなんとか寂れた娼館に見つけ、毎日色んなおやじに抱かれながら稼いでいた。
ーーこの前寄った服屋の店主の親父が、そこの当時の主人だった。
父親は酒に溺れて、他人の子供を産んだ母親に毎日のように暴力を振るった。
毎朝毎朝、母親が帰ってくる度に怒鳴り声が家に響いたよ。
母親だって善人じゃねえ。
その分の鬱憤を俺たちで晴らしやがった。
毎日のように血を流すまで殴られた。
だが、母親は特に、自分の娘ーー俺の妹につらく当たった。
お前は私の子じゃない。
お前は悪魔の子だ。
私と夫から仕事と居場所を奪った悪魔の子だと。
本当にそう思ってたかは知らないが、ガキの俺にとっちゃ、面白くはなかった。
ある朝、いつものように母親が妹の頭をブラシで殴りつけていた時だった。
俺は、持っていたナイフで
「…っ」
バルドゥルは組んだ手を握りしめ、じっと見つめた。
少女は、目の前に座る一人の男を静かに見た。
夕闇の迫る森の冷ややかな風が、男の黒い髪を揺らした。
…殺した。
母親、次に父親を。
母親は腹に一発、首にもう一発。
父親は胸を一突き。
恐ろしかったよ。
想像以上に血が吹き出たことが。
人間が最期の息を吐いた瞬間が。
ナイフが肉に刺さった感覚が。
…目の前の命に、自分が手を下した感覚が。
そして、それを心の奥で愉快に感じている自分が。
そして、逃げた。
裸足で家を飛び出して、ただひたすらに走った。
街の奴らが変に思って、死体の転がる自宅へ足を向けるのも時間の問題だった。
いつの間にか、俺は森の中を歩いていた。
そして、へグレタに会ったんだ。
奴は疲れ果てた俺を見てぎょっとしたが、俺を受け入れ、面倒をみてくれた。
森の掟や、地形、食料、住民。
そして、森の伽話
なんだかんだで、いい奴でな。
今でも感謝してるんだ。
おしゃべりが過ぎる爺さんだがな。
だが、とある噂が森の奥にも流れてきたんだ。
妃と幼い未来の王子が、旅先の流行り病で亡くなったと。
そして、王は既に子供をつくれるような歳ではなく、内密に王位継承者としてある名前が挙がった。
フレッタ・ルノウ。
俺の妹だ。
彼女は王の血を確かに引いている、正真正銘の王家の姫であると、城内の意見が一致した。
そこで、親戚に預けられていた妹を誘拐同然で引き取り、姫として、神の器を継承する者として、育てられているそうだ。
今、あいつが幸せかどうかなんて俺は知らねえし、知る権利もないと思ってる。
ただ、幸せであればいい…と、思う。
もう泣き虫の性格も治った頃だろう。
あいつも、もう、子供じゃねえからな。
さあ、殺人鬼の泥棒さんのお話は、これでおしまいさ。
男は大きく息を吐き、そう言って締めくくった。
顔を上げて小さく苦笑したが、その顔は、少女には見えなかった。
少女は、唇を噛み締め、静かに涙を流していた。
まだ木々の影が、泉を完全には覆ってはおらず、端の方に集まった反射した夕日が、少女の頬を照らした。
男は、その涙の意味を知らなかった。
いや、気づかなかった。
「ああ、泣いてはいけないと、言われていたのに…。」
消え入りそうな声だった。
「お父様にも……貴方にも。 」
男と目が合う。
「…やはり、まだ私は子供でしょうか。」
少女は立ち上がり、男の正面に立った。
そして、涙で濡れた瞳に、溢れそうな感情を浮かべて、少女は言った。
「ディーク・ルノウ。
貴方の名前は、ディーク・ルノウ。」
男も立ち上がった。
男は少女から視線が離せなくなった。
…分かる。
少女の目を見て、心臓が脈打った。
まさか。何故。
心の中では、もう気がついているのだ。
いや、始めて会った時から。
男は少女を、少女は男を。
奥底では気がついていた。分かっていた。
ただ、あまりにも近い距離が、それを否定して、覆い隠していた。
そんな気がするのだ。
二人の中にあるのは、単純な、なのに複雑な答え合わせだった。
先にその答えを口にしたのは、少女の方だった。
「私の名前は、フレッタ・ルノウ。…今は、フレッタ・スターレット。」
そして、その一国の姫は、かつての兄の背中に腕をまわし、抱きしめた。
兄もおずおずとそれに倣う。
答え合わせは、全て終わった。
姫は、肉親を殺し、盗人になりながらも、森で生きてきた男の胸の中で呟いた。
その心の中の感情は、幸せという言葉も当てはまらなかった。
「ただいま。お兄ちゃん。」
父親は傭兵、母親は女中として。
そして俺が生まれたわけだが、共働きでなかなか両親には会えなかった。
ま、気楽ではあったがな。
しかし、俺が七、八歳の時だった。
王と妃の間には、長いこと子供が産まれなかったそうだ。
王は五〇年前の戦争の話を親から何度も聞かされてきたようで、神の翼の器の継承者として子供を育てるつもりだったから、それにはかなり参ったんだと。
それで、遂に王の焦りは頂点に達し、当時城内で一番若かった母親に言いより、無理矢理関係を迫った。
見事王の思惑通り母親は、王家の血を引く子供を孕んだが、その直後、なんと妃も身ごもったことが分かった。
無論女中との隠し子同然の子供と正式な王家の子供だ。
王は後者を選んだ。
しかし、その事実が公になると城の信用にも関わる。
世間にも冷たい目で見られることだろう。
そこで王は、一番手っ取り早い方法をとった。
両親と城との関係を完全に絶ったんだ。
早い話が、両親をくびにし、城から追い出した。
反逆者だの適当な理由をでっち上げてな。
言うまでもないが、お尋ね者の両親と赤ん坊、それに無愛想なガキなんて、どこにも居場所なんてねえ。
だが母親はその居場所をなんとか寂れた娼館に見つけ、毎日色んなおやじに抱かれながら稼いでいた。
ーーこの前寄った服屋の店主の親父が、そこの当時の主人だった。
父親は酒に溺れて、他人の子供を産んだ母親に毎日のように暴力を振るった。
毎朝毎朝、母親が帰ってくる度に怒鳴り声が家に響いたよ。
母親だって善人じゃねえ。
その分の鬱憤を俺たちで晴らしやがった。
毎日のように血を流すまで殴られた。
だが、母親は特に、自分の娘ーー俺の妹につらく当たった。
お前は私の子じゃない。
お前は悪魔の子だ。
私と夫から仕事と居場所を奪った悪魔の子だと。
本当にそう思ってたかは知らないが、ガキの俺にとっちゃ、面白くはなかった。
ある朝、いつものように母親が妹の頭をブラシで殴りつけていた時だった。
俺は、持っていたナイフで
「…っ」
バルドゥルは組んだ手を握りしめ、じっと見つめた。
少女は、目の前に座る一人の男を静かに見た。
夕闇の迫る森の冷ややかな風が、男の黒い髪を揺らした。
…殺した。
母親、次に父親を。
母親は腹に一発、首にもう一発。
父親は胸を一突き。
恐ろしかったよ。
想像以上に血が吹き出たことが。
人間が最期の息を吐いた瞬間が。
ナイフが肉に刺さった感覚が。
…目の前の命に、自分が手を下した感覚が。
そして、それを心の奥で愉快に感じている自分が。
そして、逃げた。
裸足で家を飛び出して、ただひたすらに走った。
街の奴らが変に思って、死体の転がる自宅へ足を向けるのも時間の問題だった。
いつの間にか、俺は森の中を歩いていた。
そして、へグレタに会ったんだ。
奴は疲れ果てた俺を見てぎょっとしたが、俺を受け入れ、面倒をみてくれた。
森の掟や、地形、食料、住民。
そして、森の伽話
なんだかんだで、いい奴でな。
今でも感謝してるんだ。
おしゃべりが過ぎる爺さんだがな。
だが、とある噂が森の奥にも流れてきたんだ。
妃と幼い未来の王子が、旅先の流行り病で亡くなったと。
そして、王は既に子供をつくれるような歳ではなく、内密に王位継承者としてある名前が挙がった。
フレッタ・ルノウ。
俺の妹だ。
彼女は王の血を確かに引いている、正真正銘の王家の姫であると、城内の意見が一致した。
そこで、親戚に預けられていた妹を誘拐同然で引き取り、姫として、神の器を継承する者として、育てられているそうだ。
今、あいつが幸せかどうかなんて俺は知らねえし、知る権利もないと思ってる。
ただ、幸せであればいい…と、思う。
もう泣き虫の性格も治った頃だろう。
あいつも、もう、子供じゃねえからな。
さあ、殺人鬼の泥棒さんのお話は、これでおしまいさ。
男は大きく息を吐き、そう言って締めくくった。
顔を上げて小さく苦笑したが、その顔は、少女には見えなかった。
少女は、唇を噛み締め、静かに涙を流していた。
まだ木々の影が、泉を完全には覆ってはおらず、端の方に集まった反射した夕日が、少女の頬を照らした。
男は、その涙の意味を知らなかった。
いや、気づかなかった。
「ああ、泣いてはいけないと、言われていたのに…。」
消え入りそうな声だった。
「お父様にも……貴方にも。 」
男と目が合う。
「…やはり、まだ私は子供でしょうか。」
少女は立ち上がり、男の正面に立った。
そして、涙で濡れた瞳に、溢れそうな感情を浮かべて、少女は言った。
「ディーク・ルノウ。
貴方の名前は、ディーク・ルノウ。」
男も立ち上がった。
男は少女から視線が離せなくなった。
…分かる。
少女の目を見て、心臓が脈打った。
まさか。何故。
心の中では、もう気がついているのだ。
いや、始めて会った時から。
男は少女を、少女は男を。
奥底では気がついていた。分かっていた。
ただ、あまりにも近い距離が、それを否定して、覆い隠していた。
そんな気がするのだ。
二人の中にあるのは、単純な、なのに複雑な答え合わせだった。
先にその答えを口にしたのは、少女の方だった。
「私の名前は、フレッタ・ルノウ。…今は、フレッタ・スターレット。」
そして、その一国の姫は、かつての兄の背中に腕をまわし、抱きしめた。
兄もおずおずとそれに倣う。
答え合わせは、全て終わった。
姫は、肉親を殺し、盗人になりながらも、森で生きてきた男の胸の中で呟いた。
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「ただいま。お兄ちゃん。」
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