Red And Frower

斗弧呂天

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金の糸

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『サマイラ通りの6丁目のアパートだ。直ぐに向かってくれ。』
ダクストンの声は苛立ちともどかしさで強ばっていた。
アーネストは電話を切るころには、既に車の運転席に足をかけていた。
「分かった。今向かおう。」
アーネストはハンドルを握ると、自分の手が震えていることに気づいた。
恐れていたことが起きてしまった。
犯人の手によって命を奪われた第二の被害者。
それは忠告であり、始まりであった。
犯人を捕まえない限り、この悲劇は繰り返し起こるだろう。
<美しさ>を生み出すというたったそれだけの理由で。

まだ事件が発覚してそれほど時間が経ってないからか、それほど野次馬は集まっていなかった。
しかし、今回の事件が前回のものより凄惨だろうということは分かった。
1階のドアの横に、クレイグが立っていた。
いつもの通り一心不乱にメモをとっているように見えるが、長年共に行動してきたアーネストには、手が小刻みに震えていることに気がついた。
顔も真っ青で、必死に先程の光景を冷静に受け止めようとしているのだとアーネストには分かった。
肩を軽く叩くと、ようやく顔を上げた。
「おい、大丈夫か」
「はい、何とか」
「駄目なようだったら署で情報を集めるのでもいいんだぞ」
「平気です。」
アーネストの気遣いを、からかいの意味でとったのか、クレイグの返事には少しだけ苛立ちが混じっていた。
いつもこんな風に言葉が足りないのだ。
自分自身に舌打ちしたい気持ちになりながら、アーネストはドアノブに手を掛けた。

部屋に1歩入った瞬間、その小さな苛立ちはどこかへ吹き飛んだ。
だからといって、勿論爽快な気分になったわけではない。
目の前の景色が、色が、臭いが、空気が、一気にアーネストに襲いかかったのだ。

まず、アーネストの鼻腔を血のにおいがむっとついた。
子供の頃、擦りむいた傷口を舐めた時の、あのにおい。
この鉄くさい赤い液体が、自分の体内に流れているのだと思うと、不思議な感覚になったものだった。
そのにおいが、部屋の中に満ちていた。
部屋は、やはりほとんど家具がない、殺風景な部屋だった。
いや、『殺風景だったと思われる』と言うべきか。
あちらこちらに散らばる死の痕跡が、元の部屋の姿を連想しにくくしていた。
壁には一面に赤がぶちまけられてあった。
その鮮やかさから、どうやらそれはペンキの様なものらしかった。
部屋の奥にあるシングルベッドに彼女はいた。
彼女は、本来枕のある方とは逆ーーつまり、ドアのある方を頭にしてーーに仰向けなっていた。
頭はベッドからはみ出し、かくんと後ろに仰け反るように折れ、アーネストに顔を向けていた。
しかし、こちらに向けられていたそれを、顔と判断するにはかなり時間がかかった。
例の如く顔の肉は剥がされ、さらに何かを叩きつけられたらしく、あるべき顔の凹凸がなくなっていた。
眼球があったと思われる丸いくぼみ。
鼻の形をしていたらしい小さな二つの穴。
ぽっかりと開いた、歯の殆どが折られた口。
その全てが、乾いてどす黒くなった血の中に判然としないまま沈んでいた。
初めは純白の輝きを持っていたと思われるウエディングドレス。
今はその輝きを失い、赤い色に染まっている。
さらに、そのドレスの中央の腹のあたりに、大きな裂け目があった。
そこからは、手で掴んで引っ張り出したとしか思えないように、血にまみれた臓器がはみ出ていた。
ベッドいっぱいに広げられたロープのような物、よく見るとそれが小腸の連なりであることが分かった。
納めるべき物がなくなり、行き場を無くした腹の肉が、大きく凹んでいた。
手足は無理やりもぎ取られたのだろうか、繋ぎ目から中途半端なところで骨が折れている。

今回アーネストが感じた犯人の美は、ベッドから垂れている彼女の金色の髪だった。
これ程血まみれの空間の中で、唯一赤いシミひとつなく素晴らしい艶を放っているその髪に、自然に目が引き寄せられる。
床に大きく広がるその髪。
やはり、犯人がそのようにしたのだろうか。
犯人がもはや動かなくなった彼女の髪にブラシをかけ、綺麗に広げている姿が目に浮かぶ。
アーネストは一旦目を閉じた。
犯人の男が信じた美ーー芸術を生む為なら人間の道さえ踏み外す。
その男は、一体どんな人生を送ったのか?
男の瞳には、何が映っているのか?
目を開けた。残忍と言うにはひどすぎる現実がある。
これが、男が望む美。男の全て。
いつの間にかアーネストは、部屋の中央に進んでいた。
すぐそこに、彼女がいる。
後ろから、鑑識班が到着した気配がする。
ふと、右にある窓の外に目が留まった。
ロンドンの街の、どんよりとした厚い雲。
石造りの町並み。
男も同じ場所で、同じ景色を見たのだろうか。
彼女を残虐な方法で殺した後で。

呼吸は不思議と、かなり落ち着いていた。
それが何故なのか、アーネストには上手く説明出来なかった。
鑑識の1人が遠慮がちに彼の肩を叩くまで、アーネストはじっとそこで窓の外を見つめていた。
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