ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 披露宴のウェディングケーキというと、昔は何段にも積み上げられた豪華なイミテーションのケーキに小さな入刀口を作り、新郎新婦はそこにナイフを入れるというのが主流だったが、最近では生ケーキを選ぶカップルが格段に増えている。

 メルマリーのウェディングケーキは、全て生ケーキだった。入刀したあとは切り分けて、デザート時にゲストに振る舞われる。

 パティシエが腕によりを掛けて作るメルマリーのウェディングケーキは、某ブライダル雑誌の口コミランキングで常に上位に入っていた。

 今日のウェディングケーキは、新婦がブライダルフェアでひと目惚れしたものだった。

 苺で縁取られた大きな長方形のケーキは色とりどりのフルーツがふんだんに使われており、その右半分にはハート形のケーキが重ねられている。その上には、淡いピンクのマジパンやホワイトチョコレートできれいに細工されたリボンが載せられ、その端が下のケーキを囲むようにふんわりと流れ落ちていた。ケーキの端には、新郎新婦を模した可愛らしいメレンゲドールがちょこんと腰掛けている。

 新婦は、ひと目でこのケーキを気に入った。その日のフェアでは、パティシエが目の前でこのケーキを切り分けて試食したので、味も保証済みだ。

 ただ1つ気になったのは、ケーキを切り分ける際に2段目のハート形のケーキを外すと、その下の部分はデコレーションがなくなるのではということだった。ゲストの数が多いので、2段目を別にして切り分けないといけないように思う。

 新婦がその不安を口にすると、パティシエの女性はにっこりと笑った。

『大丈夫ですよ、その部分は切り分ける際に手直しとデコレーションをさせていただきますから』

 1日に複数の披露宴をこなす会場では難しいかもしれないが、メルマリーは1日1組限定だ。

『当日、私はお2人専属のパティシエです。何でも相談してくださいね』

 新婦は感激し、ウェディングケーキはその場で決定した。

 そして今日、そのウェディングケーキは見事な出来栄えだった。
 会場に入った友人たちは真っ先にそのケーキを見て感嘆し、入場してメイン席に着いた新婦は満足そうにケーキを眺めて、色打掛の袖をそっと引いた。

 今日の新婦は、和装で入場していた。

 新婦自身は着物にこだわりはなかったらしいのだが、両親の強い希望で着ることにしたのだという。そのため、ケーキ入刀はお色直し後の、ウェディングドレスの衣装の時に行うことになっていた。

 披露宴のオーソドックスな流れとしては、初めの入場後に主賓の挨拶をもらいまずケーキに入刀することが多いのだが、和装で入場する場合、ケーキ入刀は洋装で行いたいと希望するケースが、ままある。メルマリーでは和服を着る新婦は少ない方なのだが、今日のケーキ入刀は、そんな訳でお色直し後の予定だった。

 初めに、気付いたのは奈津だった。

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