臆病勇者、(強制的に)旅に出る

ナナメ

文字の大きさ
4 / 30
第一章 勇者の聖剣が呪われてた

禁域の洞窟

しおりを挟む
 街道を一台の大型魔術二輪バイクがスイィィィと軽快に走っていく。

 車輪代わりに重力魔法と風魔法の核を埋め込んで地面スレスレを浮いて進む魔術二輪は、この世界の移動手段の一つである。黒い艶々ボディの下には魔術発動の証に青い光の輪が二つ。探知機能で地面の形を読み取って凸凹の道でも揺れずに進む優れもの。欠点は屋根がない為天候の変化に対応できない事か。
 スピードは人が振り落とされない程度だが、リミッターを外せば時速80キロで走るスピード型の魔物を振り切る速度が出る。ただそこまでのスピードを操りきれる運転手は少ない為、緊急時以外リミッターを外す者はほぼいない。

 今その軽快に走る大型魔術二輪の後部座席でミズイロはえぐえぐと泣きじゃくっていた。涙がキラキラと背後に流れていく。
 何で僕がこんな目に、ともはや呪いの呪文のように唱え続けるミズイロは、しかし運転手のアズラルトにがっちりしがみついたまま離れない。いや、離れたいのだけれどリミッター解除してどえらいスピードで走り続けるそこから飛び降りたら確実に体がクラッシュするから離れられないのだ。
 僕はまだ死にたくない。命大事に。
 その一心で泣く泣くしがみついているのである。

 大体勇者御一行の旅の始まりは徒歩じゃないのか。途中で乗り物を手に入れるのがセオリーではないのか。徐々にグレードアップしていくのが楽しいんじゃないか。

 けれどもここは大型魔術二輪という便利な乗り物が普及されている世界なので仕方ない。
 スイィィィとあくまでも軽快で爽やかな音を立てて大型魔術二輪は街道を爆走するのだった。

 そして辿り着いたのは王家の許可無しに入れない禁域にある洞窟である。勇者であるのならばこの洞窟にある他者には抜けない聖剣が抜けるはず。アズラルトは未だにミズイロが勇者であると信じていない。
 こんなに泣き虫な勇者がいるもんか!
 最早ちょっと意地である。何だったら父王への当て付けも含めて絶対認めたくない。
 彼は未だ絶賛反抗期中である。

「……ど、洞窟……っ、お化けいませんか……!?」

 そんな思いでイライラしてるアズラルトの袖をくいくい引っ張ってくるミズイロ。

「いねぇよ!!」

 ベシッと頭を叩かれてズレた眼鏡を直し直しさっさと歩いて行ってしまうアズラルトを慌てて追いかけその腕にがっちりしがみついた。

「何だてめぇこら!くっつくな!」

「イヤですぅ!絶対ここお化けいますもん!離しませんからねェェェ!?」

「何なんだお前は!スッポンか!?」

 スッポンというよりはグルグル巻き付く軟体動物のようだ。アズラルトがブンブン腕を振ったって全くもって離れない。逆にちょっと怖い。

「聖なる禁域に幽霊なんか出るわけねぇだろ!」

「出たらどうするんですかぁ!王子様責任とってくれますかぁ!?」

 あ、めんどくさい。
 アズラルトはスン、と真顔になると腕にミズイロをくっつけたまま先へ進む。

 大体何なんだその丸眼鏡。取ったら美形とかいう落ちか。ありきたりな。

「……」

 とりあえず片腕にぶら下がるミズイロの眼鏡をちょい、と上げてみる。

 無駄に長い睫毛とくりくりしたスカイブルーの瞳。小さな鼻と薄桃の唇。何事かとオドオド見上げる涙目の上目遣いが小動物のようで妙に愛らしい。

「愛らしいって何じゃーー!!!」

「王子様!!!?」

 ガンッと岩壁に頭をぶつけるアズラルトにびくりと飛び上がるミズイロ。

【アズラルト HP990/1000🔽】

 まだ魔物に出会ってもいないのにジリジリHPが減る勇者(仮)御一行。回復アイテムを使うまでもないがこの微妙な減り具合がこのあと凶と出ないことを祈るばかりだ。

 洞窟の中はほんわり淡く青い光が瞬き、全くの暗闇ではないが時折ピチョン、と落ちる水の音がどこか幻想的ながらも不気味な様相である。ミズイロはアズラルトの腕にぶら下がってガチガチ震え目を閉じたままなので辺りを見渡す余裕はないけれど、無造作ににょっきり生えているクリスタルは盗賊からしたら垂涎物の一品。換金すれば貧乏勇者(仮)御一行は一気に富豪勇者(仮)御一行に進化出来るだろう。
 しかし当然ながら禁域にあるものは目的の聖剣以外は持ち出し禁止。勿論王子であるアズラルトは禁域から盗みを働いたら何が起こるか知っているから手を出さないし、ミズイロに至っては目を開けていないから視界にすら入っていない。
 とても平和に、特に何事もなく最奥に辿り着いたのだった。

 最奥の間は王家の紋章が直に岩に掘られた祭壇のような場所になっており、中央の台座にポツリと剣が一本刺してある。一見無造作にも見える保管方法だが、何せ選ばれた者にしか抜けないのだ。まして無断で来るような輩はここまでのクリスタルの誘惑で盗掘防止の罠にはまり、転移陣で魔界の果てまでも飛ばされている事だろう。

 アズラルトはまだミズイロを認めたくはないので、ひとまず自分で引っ張ってみた。片手でも両手でも魔力まで使って筋力を強化させてでも、とにかくあらゆる手で勇者ミズイロの誕生を阻止しようとした。
 けれど、やはり剣は抜けない。

「お前、抜いてみろ」

「王子様が抜けないのに僕が抜けるわけないじゃないですかぁ!」

 ぷん!と怒りながら剣の柄に手を掛ける。
 白を貴重とした剣の柄は埃一つついておらず、柄の先にくっついた緑の玉は洞窟の淡い光の中でも一際輝いている。

 しかしいくら美しかろうとミズイロは勇者になりたくないものだから、柄を握って抜くフリだけして、抜けないから勇者じゃないので帰りまーす、と言うつもりだ。
 だからまさか柄に手をかけ、ちょっと力を入れただけでスポーンと抜けると思っていなかった。アズラルトもまさかこの泣き虫チビ助に抜けると思っていなかった。二人は同じような真ん丸目で思わず顔を見合せーーミズイロはそっ、と台座に剣を刺して戻した。

「戻すなーーーーッ!!」

 パァン!とミズイロの頭を叩く小気味の良い音が洞窟に響き渡った。

【ミズイロは聖剣を手に入れた!🔽】

【ミズイロは勇者の称号を手に入れた!🔽】

「うわぁぁぁん!!こんなのいりませんーー!!!」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

神父様に捧げるセレナーデ

石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」 「足を開くのですか?」 「股開かないと始められないだろうが」 「そ、そうですね、その通りです」 「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」 「…………」 ■俺様最強旅人×健気美人♂神父■

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...