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第一章 勇者の聖剣が呪われてた
試練の塔
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もう一度パァンと小気味の良い音が洞窟内に響きミズイロは涙目で叫んだ。
「頭叩かないでくださいよぉーー!!」
「お前が戻すからだろうが!」
「だって抜けちゃったんですもん!抜けたなら戻すでしょ!?」
「戻すな!!」
手渡そうとアズラルトが剣に手を掛けるがやはり、びくともしない。剣のくせに何て小癪なやつだ。一回抜けたのならもうそう頑なに勇者以外には抜けません、という仕様はやめてしまえばいいのに。
こめかみに青筋を浮かべながらガッとミズイロの手を掴み柄を握らせてミズイロごと引っ張ると、今度はするりと抜けやがる聖剣にちょっと腹が立つ。叩き折ってやろうか。
「やだーー!!何で抜かせるんですかーー!!僕はおうちに帰るんです!!」
「バカ言え!聖剣が抜けたんだから働け勇者!!」
「僕はただの薬師ですぅーー!!」
何て騒いでる間に聖剣はキラキラ光り、白を基調とし金で複雑な紋様を描いて装飾された鞘を勝手に作り出し勝手に刀身を収め、勝手にミズイロの腰に高級な革のベルトをつけてそこにぶら下がった。全て聖剣の意思である。
市井の民の服装のまま引きずって来られたミズイロの腰に似合わないきらびやかな聖剣は、石ころの中の宝石のような状態だけれど本人ならぬ本剣はえらく満足げであった。剣に感情があるかは知らないけども。
「ほら見ろ。聖剣もこう言ってる」
「何も言ってませんよーー!!」
「黙れ。聖剣が選んだなら仕方ない。お前が勇者なのは認めてやる」
「認めて頂かなくても結構ですぅーー!!僕はおうちに帰るんだからー!」
「あとは実力がどんなもんか……試練の塔へ行くぞ」
「いやー!!人攫いーーー!!」
なんてチンピラに襲われる乙女のような悲鳴は洞窟にこだまして消えた。
【試練の塔】とは冒険者を志す者が腕試しに向かう塔の事である。階層毎に敵の強さが変わり、最上階に当たる50階はそれはそれは手強い魔物の5連戦だ。
倒しても倒してもまた復活するのは、これが集めた魔物のデータを元に魔道具で実体化させた偽物だからである。しかし偽物とは言え実力は本家と同じ。だがあくまでも偽物であり、経験値としては換算されないのでレベル上げは出来ない。ただ新技の練習であったり、これから戦う敵との予行練習であったり、つまりはいざ冒険に出ても直ぐ様動くことが出来るように訓練する場所なのだ。
とある世界ではこの【試練の塔】をこう呼ぶ。ーーチュートリアル、と。
ただ油断するなかれ。中にはチュートリアルの難易度が高過ぎて先に進めない事もあるのだから。
試練の塔ーー1階。
入り口を入ってすぐ、ポヨン、ポヨンと飛び出して来たのは半透明な体を揺らすスライムである。主な攻撃は粘液をかける、ただそれのみ。木の棒でも倒せる一番弱い魔物だ。弱すぎて若干弱いものイジメしている気分になるので、ある程度レベル上げが終わればエンカウントしても即フェードアウトしたくなる、そんな敵。
「ほら、出てきたぞ」
「うぅぅ……、僕剣なんて扱った事ないのにぃ……」
「薬師は薬草取りに森とか行くだろうが」
森の入り口付近にだってスライム程度の魔物は出る筈だ。奥へ行けばもっと危険な魔物も出るだろうけれど、この弱虫泣き虫がそんな危険なエリアまで行っていたとは到底思えない。
「主要な薬草は裏の畑で育ててましたし、どうしても行かないといけない時は魔物避けのお香10個焚いて行ってたから魔物に出会った事なんてないですぅ……」
「……魔物避け……1個で1日分の効果なかったか?」
「そんなのじゃ安心出来ませんよぉ!!」
もしや王都七不思議の1つ、森に突然現れる謎のモヤと中を歩く人影って……。ーー幽霊の正体見たり枯れ尾花。アズラルトは思わず遠い目になった。
ちなみにチュートリアルの魔物はこちらが攻撃するまでその場で大人しく待っていてくれる。スライムも大人しくぽよよんぽよよんと揺れながら待っている。ずっと待っている。
「大体魔物の角とか材料に使うだろうが」
「使いますけど一本あればしばらく保ちますから、いざという時には冒険者を雇って採ってきてもらいました」
「コスパ悪!!!自分で行けばタダじゃねぇか!」
「僕に魔物の晩御飯になれって言うんですかぁー!!」
「言ってねぇわ!」
スライムは待っている。ただひたすら自分を見てもらえるのを待っている。目鼻はないけれど、何となくそろそろ涙目な雰囲気を醸し出しながら待っている。
「ひとまず勇者の称号を与えられたからには、せめてそれっぽい働きをしろ!」
「無理ですよぉ!僕はただの薬師ですーー!!」
「薬師だって低級の魔物退治くらい出来るからな!!?」
スライムはぽよよんぽよよんと揺れながら待っている。涙目を通り越し、今度は睡魔に襲われながら。そしてスライムの後ろに控えている残り4体の魔物達も出番を待っている。
一向にチュートリアルは先に進まない。
「うぅぅ……、僕はこの年まで大人しく真っ当に生きてきたのに……神様あんまりですぅ……!もうちょっとしたら可愛いお嫁さんもらって、可愛い子供達に囲まれて、薬屋を営みながらおじいちゃんになって、家族に囲まれながら大往生する予定だったのに……」
「諦めろ」
「こ、こんな横暴王子様がついてくるし……っ!魔物怖いし……っ!魔王って何なんですかぁ……!」
しくしくしくしく泣き出すミズイロと、イライラ怒鳴るアズラルトをスライムはただひたすらぽよよんぽよよんと揺れながら待っている。
「頭叩かないでくださいよぉーー!!」
「お前が戻すからだろうが!」
「だって抜けちゃったんですもん!抜けたなら戻すでしょ!?」
「戻すな!!」
手渡そうとアズラルトが剣に手を掛けるがやはり、びくともしない。剣のくせに何て小癪なやつだ。一回抜けたのならもうそう頑なに勇者以外には抜けません、という仕様はやめてしまえばいいのに。
こめかみに青筋を浮かべながらガッとミズイロの手を掴み柄を握らせてミズイロごと引っ張ると、今度はするりと抜けやがる聖剣にちょっと腹が立つ。叩き折ってやろうか。
「やだーー!!何で抜かせるんですかーー!!僕はおうちに帰るんです!!」
「バカ言え!聖剣が抜けたんだから働け勇者!!」
「僕はただの薬師ですぅーー!!」
何て騒いでる間に聖剣はキラキラ光り、白を基調とし金で複雑な紋様を描いて装飾された鞘を勝手に作り出し勝手に刀身を収め、勝手にミズイロの腰に高級な革のベルトをつけてそこにぶら下がった。全て聖剣の意思である。
市井の民の服装のまま引きずって来られたミズイロの腰に似合わないきらびやかな聖剣は、石ころの中の宝石のような状態だけれど本人ならぬ本剣はえらく満足げであった。剣に感情があるかは知らないけども。
「ほら見ろ。聖剣もこう言ってる」
「何も言ってませんよーー!!」
「黙れ。聖剣が選んだなら仕方ない。お前が勇者なのは認めてやる」
「認めて頂かなくても結構ですぅーー!!僕はおうちに帰るんだからー!」
「あとは実力がどんなもんか……試練の塔へ行くぞ」
「いやー!!人攫いーーー!!」
なんてチンピラに襲われる乙女のような悲鳴は洞窟にこだまして消えた。
【試練の塔】とは冒険者を志す者が腕試しに向かう塔の事である。階層毎に敵の強さが変わり、最上階に当たる50階はそれはそれは手強い魔物の5連戦だ。
倒しても倒してもまた復活するのは、これが集めた魔物のデータを元に魔道具で実体化させた偽物だからである。しかし偽物とは言え実力は本家と同じ。だがあくまでも偽物であり、経験値としては換算されないのでレベル上げは出来ない。ただ新技の練習であったり、これから戦う敵との予行練習であったり、つまりはいざ冒険に出ても直ぐ様動くことが出来るように訓練する場所なのだ。
とある世界ではこの【試練の塔】をこう呼ぶ。ーーチュートリアル、と。
ただ油断するなかれ。中にはチュートリアルの難易度が高過ぎて先に進めない事もあるのだから。
試練の塔ーー1階。
入り口を入ってすぐ、ポヨン、ポヨンと飛び出して来たのは半透明な体を揺らすスライムである。主な攻撃は粘液をかける、ただそれのみ。木の棒でも倒せる一番弱い魔物だ。弱すぎて若干弱いものイジメしている気分になるので、ある程度レベル上げが終わればエンカウントしても即フェードアウトしたくなる、そんな敵。
「ほら、出てきたぞ」
「うぅぅ……、僕剣なんて扱った事ないのにぃ……」
「薬師は薬草取りに森とか行くだろうが」
森の入り口付近にだってスライム程度の魔物は出る筈だ。奥へ行けばもっと危険な魔物も出るだろうけれど、この弱虫泣き虫がそんな危険なエリアまで行っていたとは到底思えない。
「主要な薬草は裏の畑で育ててましたし、どうしても行かないといけない時は魔物避けのお香10個焚いて行ってたから魔物に出会った事なんてないですぅ……」
「……魔物避け……1個で1日分の効果なかったか?」
「そんなのじゃ安心出来ませんよぉ!!」
もしや王都七不思議の1つ、森に突然現れる謎のモヤと中を歩く人影って……。ーー幽霊の正体見たり枯れ尾花。アズラルトは思わず遠い目になった。
ちなみにチュートリアルの魔物はこちらが攻撃するまでその場で大人しく待っていてくれる。スライムも大人しくぽよよんぽよよんと揺れながら待っている。ずっと待っている。
「大体魔物の角とか材料に使うだろうが」
「使いますけど一本あればしばらく保ちますから、いざという時には冒険者を雇って採ってきてもらいました」
「コスパ悪!!!自分で行けばタダじゃねぇか!」
「僕に魔物の晩御飯になれって言うんですかぁー!!」
「言ってねぇわ!」
スライムは待っている。ただひたすら自分を見てもらえるのを待っている。目鼻はないけれど、何となくそろそろ涙目な雰囲気を醸し出しながら待っている。
「ひとまず勇者の称号を与えられたからには、せめてそれっぽい働きをしろ!」
「無理ですよぉ!僕はただの薬師ですーー!!」
「薬師だって低級の魔物退治くらい出来るからな!!?」
スライムはぽよよんぽよよんと揺れながら待っている。涙目を通り越し、今度は睡魔に襲われながら。そしてスライムの後ろに控えている残り4体の魔物達も出番を待っている。
一向にチュートリアルは先に進まない。
「うぅぅ……、僕はこの年まで大人しく真っ当に生きてきたのに……神様あんまりですぅ……!もうちょっとしたら可愛いお嫁さんもらって、可愛い子供達に囲まれて、薬屋を営みながらおじいちゃんになって、家族に囲まれながら大往生する予定だったのに……」
「諦めろ」
「こ、こんな横暴王子様がついてくるし……っ!魔物怖いし……っ!魔王って何なんですかぁ……!」
しくしくしくしく泣き出すミズイロと、イライラ怒鳴るアズラルトをスライムはただひたすらぽよよんぽよよんと揺れながら待っている。
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