Bloody Monster

ナナメ

文字の大きさ
3 / 27

しおりを挟む
 雀の鳴く声と、カーテン越しに射し込んだ陽の光に小さく呻いて目を開ければいつも自分のベッドから見る光景が広がる。
 とてつもない悪夢を見たような気がする、と思いながらぼんやり部屋を見つめた。
 めんどくさいから変えていない花柄の薄緑のカーテンは前の住人がいらないから置いて行ったらしく始めから備え付けてあった。
 クリーム色の壁にどこかで貰ったカレンダーを貼って、その隣に大学の必修科目の時間割り。
 メタルラックには中古で買ったテレビ一台。ベッドの側には冬になるとコタツに変わる、小さいテーブル。
 出掛けにしまい忘れたのか湯飲みがポツンと置いてあって、あれ?と思う。

(帰ってきた時あったっけ……?)

 いや、そもそもいつ帰った?

 得体の知れない恐怖心が込み上げて、ガバッと身を起こした。ややくたびれた古着のシャツとデニムはバイト帰りのまま。
 おかしい、と頬に手をやってチリッ、とした痛みに見れば手の平には若干の擦り傷があって、途端に甦る昨夜の記憶に慌てて首を振った。

(いやいや、あれは夢だろ)

 夢にしてはリアルな錆びた鉄の臭い、舐め上げた舌のヌメり、首筋に当たる生暖かくて荒い息遣い。
 背筋がゾッとして、いや、でもあれは夢だともう一度強く頭を振って、きっと歩いて帰って予想外に疲れたからお茶飲んでそのまま寝たんだ!と無理矢理自分を納得させた、その時。
 自分以外誰もいるはずがないのに、キッチンと部屋を繋ぐドアが開いた。

「!」

「あ、起きた。オハヨー」

 驚いて見た先のドアの隙間からひょい、と覗いたのは見知らぬ青年。いや、昨日見た夢の中の青年だ。人懐っこい笑顔を浮かべて、よく見れば何故かエプロン姿。ご丁寧にフライ返し付き。

「え、な、……なん……でっ!!」

 あの男を捻り上げた青年の出現に、夢じゃなかったのか!?と恐怖が甦って距離をおく貴斗を、彼はフライ返しを口元に当て不思議そうに首を傾げて見た。

 蜂蜜色の髪、整った容貌に愛嬌を加えるタレ目がちな瞳は赤い……、

(あれ、茶色……?)

 鳶色の瞳を見つめること数秒。
 見つめられた青年は暫く釣られたように貴斗を見つめ返していたが、突如頬に手を当てイヤン、と気持ち悪い声を出した。ついでに体をくねらせた。

「一夜を共にしたからってぇ、そんなに熱く見つめちゃ、イ、ヤ。照れちゃーう」

「はぁ!?」

 昨夜、あの男を片腕で捻り上げた時とは別人のようだ。恐怖心がぶっ飛んだ。

「一夜を共に、って何!?」

「え、言わせるの?そういうプレイが好み?やん、エッチぃ」

 くね、と腰を振って握った拳を頬に当てる。すごく気持ち悪い。ちょっと脱力感を味わってしまうが、それでも彼が一歩踏み出したのにビクッとしてジリジリ下がると、途端にご主人様に置いていかれた犬みたいにしょんぼりしてしまった。

「そんな怯えないでよー。知らない仲でもないくせにぃ」

「イヤ、知らないし!」

「そんな……ッ!!昨日の事は遊びだったってゆーの!?アタシを弄んだのね、酷いヒトッ!!でも、そこが好き……ッ!!」

 誰か助けて下さい!言葉が通じません!ほんやくコ○ニャク出してください!それとも先に警察を呼ぶべきか!?
 心で叫んでハッとする。

(そうだ、警察!)

 気が付いて後ろのポケットを探るけれど、目的の物はそこにない。
 まさか落とした?高かったのに!!と貧乏性な事を思い浮かべた目の前で、青年はプラン、と何かをぶら下げた。

 必要性を感じなかったけど連絡手段がないのは困る、と周りに無理矢理持たされた携帯電話。
 世の中の主流はスマートフォンだけれど、必要最低限しか親の金の世話になりたくないから未だにガラケー。色は黒。
 友人に何の記念かわからないけど、記念!と付けられた、ちょっと汚れてくたびれたストラップを持ってぶら下げられたそれは。

「……俺の携帯!!」

「探し物はこれかな?貴斗君」

 ニヤリと意地悪気に笑って手の平に収めるそれを取り返したいけど、側に行くのは怖い。でもあれがないと助けも呼べない。いっそ隣の部屋に!と思ったけれど、玄関に続く扉には青年が立っているし、ベランダから行こうにも窓に駆け寄った時点で押さえ込まれそうだ。

「てゆーか、何で名前……」

「ん?だってこれ」

 真面目だねぇ、と言いながらマジックみたいにフライ返しを持った手が差し出したのは大学の学生証。鞄に入れてあったはずだ。

「人のモン勝手に見るな!」

「やー、だって君気ぃ失っちゃうしさ。家どこかわかんないし。どーしよっかなぁ、って思って漁ったらあったから」

 てゆーかこの写真可愛いねぇ、なんてしみじみ言うから「返せッ!!」と、つい駆け寄って奪い返した。
 ガシッと腕を掴まれて、自分の迂闊さを心の底から恨む。今までのバカっぷりがこっちを油断させるための手じゃないと言い切れる根拠は何もない。
 息を呑んで、パニックになりかけたその手の中にハイ、と落とされたのは携帯電話。
 見上げれば青年は優しく微笑んでいた。そのまま手が離れるのを呆けたように見つめてしまう。
 少しの間の後

「あ!もしかしてキスが欲しかったの!?ごめーん、気付かなくて!はい、ちゅー!!」

 等と言いながら唇を付き出した青年の顔面を力任せに叩いたのは仕方がないと思う。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

悪役未満な俺の執事は完全無欠な冷徹龍神騎士団長

赤飯茸
BL
人間の少年は生まれ変わり、独りぼっちの地獄の中で包み込んでくれたのは美しい騎士団長だった。 乙女ゲームの世界に転生して、人気攻略キャラクターの騎士団長はプライベートでは少年の執事をしている。 冷徹キャラは愛しい主人の前では人生を捧げて尽くして守り抜く。 それが、あの日の約束。 キスで目覚めて、執事の報酬はご主人様自身。 ゲームで知っていた彼はゲームで知らない一面ばかりを見せる。 時々情緒不安定になり、重めの愛が溢れた変態で、最強龍神騎士様と人間少年の溺愛執着寵愛物語。 執事で騎士団長の龍神王×孤独な人間転生者

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ
BL
「他人に触られるのも、そばに寄られるのも嫌だ。……怖い」 現代ヨーロッパの小国。王子として生まれながら、接触恐怖症のため身分を隠して生活するエリオットの元へ、王宮から侍従がやって来る。ロイヤルウェディングを控えた兄から、特別な役割で式に出て欲しいとの誘いだった。 無理だと断り、招待状を運んできた侍従を追い返すのだが、この侍従、己の出世にはエリオットが必要だと言って譲らない。 しかし散らかり放題の部屋を見た侍従が、説得より先に掃除を始めたことから、二人の関係は思わぬ方向へ転がり始める。 おいおい、ロイヤルウエディングどこ行った? 世話焼き侍従×ワケあり王子の恋物語。  ※は性描写のほか、注意が必要な表現を含みます。  この小説は、投稿サイト「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」「カクヨム」で掲載しています。

処理中です...