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「……入れ食いだな」
貴斗は俺は撒き餌か、と内心突っ込んだけれど口には出さなかった。――無理矢理血を抜かれたのが相当怖かったから。
嫌がったら春樹の加護消すぞ、と脅されて腕に針ブッスー!だ。それもかなりいい笑顔。こんなの注射嫌いの子供じゃなくともトラウマになってしまう。
男……諒真の相棒の華生が来てくれなかったらいじめっ子気質の諒真にそのままいびられ続けただろう。逆らわない方が身のためだ。
諒真は華生にはあまり強く出られないようで一度怒られたら大人しくなった。どう見ても諒真の方が強そうなのにな、と首を傾げる貴斗にはそれが惚れた弱味だということが理解できない。ただもっと早く来てくれたなら良かったのに、と二人に見えないように唇を尖らせる。そうしたらこんな事にはならなかったのではないか――とは恐らく考えが甘いだろう。何故なら貴斗が立っている魔方陣を諒真にチクチク弄られている間に用意していたのは華生なのだから。
貴斗のお守りや春樹の加護よりもっと効果が高い吸血鬼避けの魔法陣だという。
貴斗は水族館の水槽のような円柱の光の中から吸血鬼ハンターの仕事を眺める羽目になった。見たくて見ているわけじゃなく、目の届かない所に置いて万が一があったら困ると言われたからである。
……誘き寄せる餌に逃げられたら困る、と諒真の顔には書いてあったけれど。
魔法陣から少し離れた場所には貴斗の血が撒かれてその部分の地面の色を変えていた。
吸血鬼達はその血の匂いに釣られて集まってきてるらしい。
「なあ、片っ端から倒してたらどうして奴等がこの子を狙うかわからないんじゃないか?」
華生がそう言ったのは十何人目かの吸血鬼を灰にした後だった。最初の数人はハンターの仕事が物珍しく見ていたのだがその頃にはもう凄惨な殺戮風景に耐えられなくて、座り込んで耳も目も閉じていたのだが魔法陣に入ってきた諒真に腕を取られて驚いて顔を上げる。
顔を上げて視界に入った採血道具に貴斗はげんなりした顔を隠さなかった。
「まだ採るの?」
吸血鬼に血を吸われる前に諒真に血を採り尽くされるのではないかという恐怖すら込み上げる。
「後ちょっとな。男の子だろ。我慢しろ」
諦めて腕を出す。
お誂え向きにまた一人吸血鬼が現れて、諒真が血を採りながら笑った。
「華生」
呼んだだけで意思の疎通が出来たのか、華生は軽く頷いて地面を蹴る。
本当に後ちょっとだけ血を抜いた諒真が魔法陣を出た。
「え、すご……」
思わず呟いたのは、華生が大の男を地面に捩じ伏せたからだ。あの細身の体のどこにそんな力があるのだろう。艶やかな白の髪が夏であるのに何故かヒヤリと冷たい風に撫でられ揺れている。
「ほら、これが欲しいんだろ?」
諒真は華生に押さえられている吸血鬼の口に、貴斗の血を流し込んだ。
自分の血が人……ではないが人型のモノに飲まれてると思うとゾッとするというか、何というか。何かモヤモヤする気持ちを抱えてその光景を見つめた。
「……諒真、何かおかしい」
華生が言ったのは、吸血鬼の男が貴斗の血を飲み下して少し経ってからだ。
さっきまでどんなにもがいても華生の腕はびくともしなかったのに、男がもがくたびに僅かに動く。さらに力を入れたのか、男の呻きと共に腕が変な方向へ曲がったけれど貴斗は見なかった振りをした。あの細腕がガタイのいい男の腕を折ったなどと俄には信じたくない。自分が非力だから、尚の事。
「……、だめだ、やっぱりおかしい!!」
「離れろ!」
華生が手を離して飛び退くのと、諒真が叫んで蒼い光を放ったのは殆ど同時だった。
その光の直撃を受けて土煙が舞う。――ほんの少しの間、誰も動けなかった。土煙に視界を奪われたからだ。
だが、その土煙が消える前に貴斗の悲鳴が響いた。ハンター達が驚いて振り返った先には円柱の光を抉じ開けようとする手。
その手の主から逃げようと極限まで下がっている貴斗を捉えようと、自分を阻む光を爪が剥がれ、血まみれになっているのに構わず無理矢理抉じ開けようとしている。
諒真が舌打ちして放った蒼い光が吸血鬼の背に直撃した。
「っガァァァーッ!」
動物じみた咆哮が男の口から洩れたけど、しかしその体に傷はない。爛々と紅く輝く瞳が吸血鬼ハンター達を睨めつけた。その手に雷光が渦巻く風が宿る。放たれたそれを諒真と華生は左右に飛び退いて避け、銃声が響いた。
諒真の手には銀色の銃が握られている。さっきまでは一度も使わなかったそれが諒真の切り札なのは容易に想像できて貴斗はゾッとした。
(切り札を出さないと倒せないのか?)
続けざまに響く銃声は男を捉えられないのか響くたび何かを砕いて散らす。
「ちょこまかと……、うっぜぇんだよッ!」
悪態と共にまた銃声が響いたけれど、男は人間には信じられない跳躍力で諒真に飛びかかった。
「諒真ッ!」
肩を押さえつけて首に噛みつこうとする口腔に銃口を押し込んで、諒真は躊躇いもせず引き金を引いた。顎から上が吹っ飛んで、下顎から舌がダラリと落ちる。
その血にまみれながらのし掛かる体を蹴り上げて立ち上がると、心臓に銀の弾丸を撃ち込んだ。
流石に肝を冷やしたのか、微かな安堵の溜め息を吐いた諒真と目が合う。
「そういう事か」
「……」
それ以上諒真は何も言わない。でも言いたい事はわかる。
貴斗の血が奴を強化した――“そういう事”だ。
「……どうするんだ」
諒真の声色に何を察したか、華生の口調に不安が滲む。
「……教皇庁に指示を仰ぐ」
「……答えはわかってるだろう。それでもか?」
貴斗はどことなく他人事みたいに目の前のやり取りを聞いていた。
この血が奴らを強化してしまうなら、ハンターにとっては邪魔な存在だ。でも誘き寄せるには手放しがたい。
(……飼い殺し、みたいな)
一生あの真っ白な部屋みたいな所で、ただそこに“在るだけ”の自分が何故か鮮明に想像できる。
朝も晩も、日にちも季節もわからない、気の狂いそうな平淡な日々。
来る日も来る日も視界に映るのはただの白。
白い壁に爪を立てて赤の筋を残して、
「諒真!!」
華生の声に貴斗はハッと我に返った。
まるで自分の記憶のようにハッキリした光景に、何だ、今の?と思ったのは一瞬で消し飛んだ。
「ソラ!?」
電柱から飛び降りて軽やかに着地した長身。蜂蜜色の髪、……目が赤い。
あの日のあれは見間違いなんかじゃなかった。本当にこの人懐っこい青年は吸血鬼なんだ、と改めて思い知る。
「同居人か」
「そー。迎えに来たから返してくれない?」
でも今日は帰れないって言っていたのに、何故。
貴斗の視線の意味に気付いてソラは苦く笑う。
「……今出してあげるからね」
咎める言葉もなく、ソラはただそれだけ言った。
「……並の吸血鬼じゃなさそうだな」
「そっちこそダンピールと白ワーウルフの組み合わせとか、教皇庁のハンターにしては普通じゃないんじゃなーい?吸血鬼狩りにはもってこいのコンビだと思うけどね?」
貴斗にはそんな知識がないからその時はわからなかったけれど、吸血鬼と人間の混血であるダンピールは死後自分も吸血鬼になるという爆弾を抱えているものの、吸血鬼を探知する能力とほぼ不死身である彼らを殺す能力を備えている。
それに加えて諒真は本来なら持ち得ない筈の、吸血鬼の力である人心を操る能力も持ち合わせていた。
それで貴斗から色々聞き出す為術をかけようとしたのに、弾かれたのだ。
そしてワーウルフは本来吸血鬼に近い。どちらかと言えば退治される側。しかし白い狼の姿を持つワーウルフはダンピールに似た能力を持つ。
ワーウルフの中で唯一吸血鬼を殺せる能力を持っているのだという。
どちらも本来ならば教会に追われる立場なのにその特殊能力を買われ今の地位を確立している。
だが貴斗にはそんなのはあまり関係がない。諒真達についていったら安全なだけの虚無に落とされる。そんなのは嫌だ。
(この魔法陣から出ればいいのか)
さっきの男が亀裂をいれた場所に小さな綻びがある。内側からならダメージなく触れるその光の綻びに指を差し込んだ。
「てゆーか、あの子の血使ったの?最近のハンターは考えなしだ」
「お前、色々詳しそうだな」
「そんな顔しても教えてあげない。俺、教会の奴らが大っ嫌いなんだよねー」
「奇遇だな。俺も吸血鬼がこの世で一番嫌いだ」
二人は一触即発だ。何だか闘気みたいなのが立ち上ってるように見える。そのせいか、他の吸血鬼が来ない。
ソラの掌にさっきの男がしたみたいな雷光が渦巻く風が宿った。
諒真は銀色の銃を構えた。
華生はいつでも援護が出来るような体勢だけれど、少し迷っている素振りを見せる。
(とにかく、ここから出れば……)
――……
(え?)
何処かから囁くような微かな声がして。バン!という破裂音に咄嗟に耳を塞ぐ。
「結界を、破った……?」
貴斗が耳を塞いだ手を下ろすと同時にそんな華生の声がした。
ソラはただ静かに戸惑う子供を見て笑う。ハンター達が我に返る前に、貴斗はソラに駆け寄った。――いや、駆け寄ろうとした。
ソラが何かに気付いて振り返って、聞こえたのは乾いた破裂音。
長身が膝を折ったおかげで貴斗の目にもソラが何を見たのかが映る。夜とは言え真夏にスーツを着こんだ男は爬虫類のように冷たく鋭利な瞳をしていた。その手に握る銃から硝煙が上がっている。
ソラが血を吐いた。
吸血鬼は不死身だ。でも弱点はある。頭部の破壊、心臓に杭か破壊、銀の弾丸。
――ソラ!
叫んだつもりの声は、声にならなかった。
「お迎えに上がりました、神子様」
「随分遅かったな」
「申し訳ございません」
意思に反して口が勝手に言葉を紡ぐ。貴斗の視界はいつの間にか現実味を失っていてまるでテレビ画面を見ているかの様。
「まぁいい。終わらせろ」
貴斗の声が酷く冷たく響いて、爬虫類の瞳をした男が脇腹を押さえて地面に手をついたソラに銃口を向ける。
気が付けばハンター達も黒服に囲まれている。
――やめろ!くそ、何だよこれ!?
(煩いな。大人しくしてろ)
頭に直接響くような声はやはり自分の声だ。
――誰だよ、お前!?
(……本当に煩いな。お前はもう俺の許可なしに表には出られないんだ、大人しくしていろ)
途端に強烈な睡魔のような何かに襲われて意識が呑まれる。
――い、やだ!ソラ!ソラをどうする気だ!?
(東方教会も闇の一族も皆殺しだ)
その言葉が最後だった。
貴斗は俺は撒き餌か、と内心突っ込んだけれど口には出さなかった。――無理矢理血を抜かれたのが相当怖かったから。
嫌がったら春樹の加護消すぞ、と脅されて腕に針ブッスー!だ。それもかなりいい笑顔。こんなの注射嫌いの子供じゃなくともトラウマになってしまう。
男……諒真の相棒の華生が来てくれなかったらいじめっ子気質の諒真にそのままいびられ続けただろう。逆らわない方が身のためだ。
諒真は華生にはあまり強く出られないようで一度怒られたら大人しくなった。どう見ても諒真の方が強そうなのにな、と首を傾げる貴斗にはそれが惚れた弱味だということが理解できない。ただもっと早く来てくれたなら良かったのに、と二人に見えないように唇を尖らせる。そうしたらこんな事にはならなかったのではないか――とは恐らく考えが甘いだろう。何故なら貴斗が立っている魔方陣を諒真にチクチク弄られている間に用意していたのは華生なのだから。
貴斗のお守りや春樹の加護よりもっと効果が高い吸血鬼避けの魔法陣だという。
貴斗は水族館の水槽のような円柱の光の中から吸血鬼ハンターの仕事を眺める羽目になった。見たくて見ているわけじゃなく、目の届かない所に置いて万が一があったら困ると言われたからである。
……誘き寄せる餌に逃げられたら困る、と諒真の顔には書いてあったけれど。
魔法陣から少し離れた場所には貴斗の血が撒かれてその部分の地面の色を変えていた。
吸血鬼達はその血の匂いに釣られて集まってきてるらしい。
「なあ、片っ端から倒してたらどうして奴等がこの子を狙うかわからないんじゃないか?」
華生がそう言ったのは十何人目かの吸血鬼を灰にした後だった。最初の数人はハンターの仕事が物珍しく見ていたのだがその頃にはもう凄惨な殺戮風景に耐えられなくて、座り込んで耳も目も閉じていたのだが魔法陣に入ってきた諒真に腕を取られて驚いて顔を上げる。
顔を上げて視界に入った採血道具に貴斗はげんなりした顔を隠さなかった。
「まだ採るの?」
吸血鬼に血を吸われる前に諒真に血を採り尽くされるのではないかという恐怖すら込み上げる。
「後ちょっとな。男の子だろ。我慢しろ」
諦めて腕を出す。
お誂え向きにまた一人吸血鬼が現れて、諒真が血を採りながら笑った。
「華生」
呼んだだけで意思の疎通が出来たのか、華生は軽く頷いて地面を蹴る。
本当に後ちょっとだけ血を抜いた諒真が魔法陣を出た。
「え、すご……」
思わず呟いたのは、華生が大の男を地面に捩じ伏せたからだ。あの細身の体のどこにそんな力があるのだろう。艶やかな白の髪が夏であるのに何故かヒヤリと冷たい風に撫でられ揺れている。
「ほら、これが欲しいんだろ?」
諒真は華生に押さえられている吸血鬼の口に、貴斗の血を流し込んだ。
自分の血が人……ではないが人型のモノに飲まれてると思うとゾッとするというか、何というか。何かモヤモヤする気持ちを抱えてその光景を見つめた。
「……諒真、何かおかしい」
華生が言ったのは、吸血鬼の男が貴斗の血を飲み下して少し経ってからだ。
さっきまでどんなにもがいても華生の腕はびくともしなかったのに、男がもがくたびに僅かに動く。さらに力を入れたのか、男の呻きと共に腕が変な方向へ曲がったけれど貴斗は見なかった振りをした。あの細腕がガタイのいい男の腕を折ったなどと俄には信じたくない。自分が非力だから、尚の事。
「……、だめだ、やっぱりおかしい!!」
「離れろ!」
華生が手を離して飛び退くのと、諒真が叫んで蒼い光を放ったのは殆ど同時だった。
その光の直撃を受けて土煙が舞う。――ほんの少しの間、誰も動けなかった。土煙に視界を奪われたからだ。
だが、その土煙が消える前に貴斗の悲鳴が響いた。ハンター達が驚いて振り返った先には円柱の光を抉じ開けようとする手。
その手の主から逃げようと極限まで下がっている貴斗を捉えようと、自分を阻む光を爪が剥がれ、血まみれになっているのに構わず無理矢理抉じ開けようとしている。
諒真が舌打ちして放った蒼い光が吸血鬼の背に直撃した。
「っガァァァーッ!」
動物じみた咆哮が男の口から洩れたけど、しかしその体に傷はない。爛々と紅く輝く瞳が吸血鬼ハンター達を睨めつけた。その手に雷光が渦巻く風が宿る。放たれたそれを諒真と華生は左右に飛び退いて避け、銃声が響いた。
諒真の手には銀色の銃が握られている。さっきまでは一度も使わなかったそれが諒真の切り札なのは容易に想像できて貴斗はゾッとした。
(切り札を出さないと倒せないのか?)
続けざまに響く銃声は男を捉えられないのか響くたび何かを砕いて散らす。
「ちょこまかと……、うっぜぇんだよッ!」
悪態と共にまた銃声が響いたけれど、男は人間には信じられない跳躍力で諒真に飛びかかった。
「諒真ッ!」
肩を押さえつけて首に噛みつこうとする口腔に銃口を押し込んで、諒真は躊躇いもせず引き金を引いた。顎から上が吹っ飛んで、下顎から舌がダラリと落ちる。
その血にまみれながらのし掛かる体を蹴り上げて立ち上がると、心臓に銀の弾丸を撃ち込んだ。
流石に肝を冷やしたのか、微かな安堵の溜め息を吐いた諒真と目が合う。
「そういう事か」
「……」
それ以上諒真は何も言わない。でも言いたい事はわかる。
貴斗の血が奴を強化した――“そういう事”だ。
「……どうするんだ」
諒真の声色に何を察したか、華生の口調に不安が滲む。
「……教皇庁に指示を仰ぐ」
「……答えはわかってるだろう。それでもか?」
貴斗はどことなく他人事みたいに目の前のやり取りを聞いていた。
この血が奴らを強化してしまうなら、ハンターにとっては邪魔な存在だ。でも誘き寄せるには手放しがたい。
(……飼い殺し、みたいな)
一生あの真っ白な部屋みたいな所で、ただそこに“在るだけ”の自分が何故か鮮明に想像できる。
朝も晩も、日にちも季節もわからない、気の狂いそうな平淡な日々。
来る日も来る日も視界に映るのはただの白。
白い壁に爪を立てて赤の筋を残して、
「諒真!!」
華生の声に貴斗はハッと我に返った。
まるで自分の記憶のようにハッキリした光景に、何だ、今の?と思ったのは一瞬で消し飛んだ。
「ソラ!?」
電柱から飛び降りて軽やかに着地した長身。蜂蜜色の髪、……目が赤い。
あの日のあれは見間違いなんかじゃなかった。本当にこの人懐っこい青年は吸血鬼なんだ、と改めて思い知る。
「同居人か」
「そー。迎えに来たから返してくれない?」
でも今日は帰れないって言っていたのに、何故。
貴斗の視線の意味に気付いてソラは苦く笑う。
「……今出してあげるからね」
咎める言葉もなく、ソラはただそれだけ言った。
「……並の吸血鬼じゃなさそうだな」
「そっちこそダンピールと白ワーウルフの組み合わせとか、教皇庁のハンターにしては普通じゃないんじゃなーい?吸血鬼狩りにはもってこいのコンビだと思うけどね?」
貴斗にはそんな知識がないからその時はわからなかったけれど、吸血鬼と人間の混血であるダンピールは死後自分も吸血鬼になるという爆弾を抱えているものの、吸血鬼を探知する能力とほぼ不死身である彼らを殺す能力を備えている。
それに加えて諒真は本来なら持ち得ない筈の、吸血鬼の力である人心を操る能力も持ち合わせていた。
それで貴斗から色々聞き出す為術をかけようとしたのに、弾かれたのだ。
そしてワーウルフは本来吸血鬼に近い。どちらかと言えば退治される側。しかし白い狼の姿を持つワーウルフはダンピールに似た能力を持つ。
ワーウルフの中で唯一吸血鬼を殺せる能力を持っているのだという。
どちらも本来ならば教会に追われる立場なのにその特殊能力を買われ今の地位を確立している。
だが貴斗にはそんなのはあまり関係がない。諒真達についていったら安全なだけの虚無に落とされる。そんなのは嫌だ。
(この魔法陣から出ればいいのか)
さっきの男が亀裂をいれた場所に小さな綻びがある。内側からならダメージなく触れるその光の綻びに指を差し込んだ。
「てゆーか、あの子の血使ったの?最近のハンターは考えなしだ」
「お前、色々詳しそうだな」
「そんな顔しても教えてあげない。俺、教会の奴らが大っ嫌いなんだよねー」
「奇遇だな。俺も吸血鬼がこの世で一番嫌いだ」
二人は一触即発だ。何だか闘気みたいなのが立ち上ってるように見える。そのせいか、他の吸血鬼が来ない。
ソラの掌にさっきの男がしたみたいな雷光が渦巻く風が宿った。
諒真は銀色の銃を構えた。
華生はいつでも援護が出来るような体勢だけれど、少し迷っている素振りを見せる。
(とにかく、ここから出れば……)
――……
(え?)
何処かから囁くような微かな声がして。バン!という破裂音に咄嗟に耳を塞ぐ。
「結界を、破った……?」
貴斗が耳を塞いだ手を下ろすと同時にそんな華生の声がした。
ソラはただ静かに戸惑う子供を見て笑う。ハンター達が我に返る前に、貴斗はソラに駆け寄った。――いや、駆け寄ろうとした。
ソラが何かに気付いて振り返って、聞こえたのは乾いた破裂音。
長身が膝を折ったおかげで貴斗の目にもソラが何を見たのかが映る。夜とは言え真夏にスーツを着こんだ男は爬虫類のように冷たく鋭利な瞳をしていた。その手に握る銃から硝煙が上がっている。
ソラが血を吐いた。
吸血鬼は不死身だ。でも弱点はある。頭部の破壊、心臓に杭か破壊、銀の弾丸。
――ソラ!
叫んだつもりの声は、声にならなかった。
「お迎えに上がりました、神子様」
「随分遅かったな」
「申し訳ございません」
意思に反して口が勝手に言葉を紡ぐ。貴斗の視界はいつの間にか現実味を失っていてまるでテレビ画面を見ているかの様。
「まぁいい。終わらせろ」
貴斗の声が酷く冷たく響いて、爬虫類の瞳をした男が脇腹を押さえて地面に手をついたソラに銃口を向ける。
気が付けばハンター達も黒服に囲まれている。
――やめろ!くそ、何だよこれ!?
(煩いな。大人しくしてろ)
頭に直接響くような声はやはり自分の声だ。
――誰だよ、お前!?
(……本当に煩いな。お前はもう俺の許可なしに表には出られないんだ、大人しくしていろ)
途端に強烈な睡魔のような何かに襲われて意識が呑まれる。
――い、やだ!ソラ!ソラをどうする気だ!?
(東方教会も闇の一族も皆殺しだ)
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