Bloody Monster

ナナメ

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 貴斗は闇の中にいた。
 幼い自分が暗い部屋で小さくなって耳を塞いでいる。
 両親怒の鳴り合う声が聞こえた。
 
「冗談じゃないわ!子供なんて連れて行けないわよ!」
 
「俺だって困るよ!君は母親じゃないか!責任持てよ!」

 これは記憶の奥に隠して、忘れたつもりになっていた過去。
 二人は子供の存在が再婚の邪魔になるのを知っていた。だから押し付けあった。
 
 ――おれ、いらない子なの?
 
 ――おとうさん、おかあさん、いい子にしてるから、すてないで。
 
 言葉は声にならなかった。
 自分の幸せのために子供を切り捨てた彼らに、施設は養育費を求めた。子供が成人するまで二人で折半し必ず振り込むように、と。それが受け入れられなかったり、途中で振り込むのをやめたりした場合は罰金を課せる、と。
 それは最後の選択。そこまでして子供を捨てるのか、という訴え。――それでも彼らは子供を捨てた。
 何度か仕送りを止めさせろと言いに来たらしいが、誓約書は有効だ。破ればさらに自分達の不利になるのを悟ってからは一度も来ない。
 捨てられた子供を省みることもなく、彼らは新たな家族と幸せに暮らしている。
 
 施設に預けられてしばらくは寂しくて寂しくて堪らなかった。
 両親が迎えに来ないことをわかっていたのに、いつも窓辺で座って迎えに来てくれるのを待っていた。
 
(見たくない。知りたくない)

 ギュ、と目と耳を塞いで、守るよ、と笑ってくれた青年を思い出す。
 
 ソラはどうなったのだろう。
 勝手な事をしたせいで傷を負わせてしまったあの優しい吸血鬼は無事なのか。
 
 ――ごめんなさい、ごめんなさい。いい子にするから、おれいい子にしてるから。だからむかえにきてよ。一人にしないで。
 
 幼い自分は窓辺で座って声にならない悲鳴をあげている。
 
(“いい子”でいなかったから、ソラが……)
 
 そのまま意識は闇に溶けた。

 ※ ※ ※ ※

 春海の手を借りて何とか起き上がったソラは静かに部屋に入ってきた彼に鋭い視線を向けた。見た目は穏やかで優しげな、しかしその正体は白い狼の姿を持ったワーウルフ。貴斗を連れ去った教会のハンターだ。
 
「何で教会のヤツがいんの?」
 
 自分で思った以上に固く冷たい声が出て、そんなソラの頭を春海が叩く。

「痛!」
 
「そんな言い方すんじゃないよ!あんたを助けてくれたのはこの子達なんだからね!」
 
「へ?何で」
 
「もう剣士でも一族の人間でもないんだ。あたし一人であんたを助けられるわけないだろう!あたしが車で突っ込んで、その子達があんたを担いで乗せてくれたんだ」
 
「……何で」
 
「……」
 
 華生は何も答えず、ただ目を伏せた。
 
「……あの黒スーツは恐らく暁の一族だろう。どっちにしろあたし達だけじゃ手に余る」
 
「暁の一族は……ばあちゃん達で最後じゃなかったの?」
 
 神子の力を持った人物は何度かいたけれど、一族の力を持った人物は一度も見たことがない。
 マレのように記憶があっても力を持たない、元暁の一族はいたのかもしれないが。しかしその“元一族”と言ってしまうには、彼らの気配はあまりにもかつてのマレ達に酷似していた。
 
「……どうだろうね。あたし達が知る限りでは最後だった。あたし達が知らないだけでどこかでひっそり生き抜いたのかも知れないし……最後まで生き残ったのはソルだろう?ソルの残した子供達かも知れないね」
 
「……」
 
 目を伏せたソラに春海はある程度確信を得た上で言った。
 
「お前は最後まで守ろうとしてくれたんだろう?それくらいはわかる。だが、恐らく……ソルにその記憶は残ってない。だからきっとあの子は全てを憎んでいるんだ」
 
 太陽みたいな気に交ざる憎悪。
 放っておけば殺戮を重ねて、結果傷付くのは貴斗だ。
 
「意識を支配されたままじゃ、貴斗を取り返すことも難しいよ」
 
 ソルの、暁の神子の力の根源は浄化だ。
 貴斗にその力は扱えなかったけれど、あの日教会に連れ去られてしまったソルはその力を使えるだけの知識も充分にあるだろう。
 
「とにかく、助けに行かないと……、っ……」
 
 動こうとして痛みに呻くソラの頭を叩く。
 
「そんな状態でどうしようってんだ!」
 
「だって守るって、約束したんだ」
 
 確かに初めはソルの魂を持ってたからそう言った。
 だけど一緒に暮らしているうちに必死で寂しさを隠して平気なふりをする、愛情に臆病なあの子をただ純粋に守りたいと思った。恐怖に怯えて震えながら、それでも信じてくれたあの子を。
 
(貴斗もソルも、助けに行かないと)
 
 春海は尚も立ち上がろうとするソラを押さえて、厳しい声で言った。
 
「そんな弱ったままで勝てるほど甘い相手じゃない」
 
「そうだけど!でも何とかしないと!!」
 
「……あたしが何も感じてないと思うのかい!?」
 
 突然の怒声にソラが押し黙る。
 わかっている。彼女もまた、ジリジリ胸を焦がす焦燥にかられているのだと。
 
「……無闇に突っ込むのは、手探りで迷宮を彷徨いに行くようなものだ」
 
 あたし達は何故ソルの“魂そのもの”が貴斗の中にいるのかもわからないんだ、と押し出すように呟く彼女に、ソラは握り締めた拳を一度だけ膝に叩きつける。
 
「教会には助力を求められないが、あんた達は手伝ってくれるね?」

 俯いたその蜂蜜色の髪をかき混ぜ、振り返った先にいた華生はやっぱり何も答えなかったけれど、否定するような態度も取らなかった。
 
 そういえば、相方はどうしたんだろうとふと思う。
 ダンピールなんて天敵中の天敵だから正直どうでもいいのだが、弱ってる今不意打ちされたら困る。それに応えるように春海が言った。
 
「相方の命はあたしが握ってるんだからね。断れるはずもないとは思うけど」
 
「……ばあちゃんあくどいよ」
 
「こっちも息子を好き勝手されたんだ、このくらい可愛いもんさ」
 
 彼女は先程までの重い空気を裂いて、魔王みたいにニヤリと笑った。

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