16 / 27
15
しおりを挟む
貴斗は闇の中にいた。
幼い自分が暗い部屋で小さくなって耳を塞いでいる。
両親怒の鳴り合う声が聞こえた。
「冗談じゃないわ!子供なんて連れて行けないわよ!」
「俺だって困るよ!君は母親じゃないか!責任持てよ!」
これは記憶の奥に隠して、忘れたつもりになっていた過去。
二人は子供の存在が再婚の邪魔になるのを知っていた。だから押し付けあった。
――おれ、いらない子なの?
――おとうさん、おかあさん、いい子にしてるから、すてないで。
言葉は声にならなかった。
自分の幸せのために子供を切り捨てた彼らに、施設は養育費を求めた。子供が成人するまで二人で折半し必ず振り込むように、と。それが受け入れられなかったり、途中で振り込むのをやめたりした場合は罰金を課せる、と。
それは最後の選択。そこまでして子供を捨てるのか、という訴え。――それでも彼らは子供を捨てた。
何度か仕送りを止めさせろと言いに来たらしいが、誓約書は有効だ。破ればさらに自分達の不利になるのを悟ってからは一度も来ない。
捨てられた子供を省みることもなく、彼らは新たな家族と幸せに暮らしている。
施設に預けられてしばらくは寂しくて寂しくて堪らなかった。
両親が迎えに来ないことをわかっていたのに、いつも窓辺で座って迎えに来てくれるのを待っていた。
(見たくない。知りたくない)
ギュ、と目と耳を塞いで、守るよ、と笑ってくれた青年を思い出す。
ソラはどうなったのだろう。
勝手な事をしたせいで傷を負わせてしまったあの優しい吸血鬼は無事なのか。
――ごめんなさい、ごめんなさい。いい子にするから、おれいい子にしてるから。だからむかえにきてよ。一人にしないで。
幼い自分は窓辺で座って声にならない悲鳴をあげている。
(“いい子”でいなかったから、ソラが……)
そのまま意識は闇に溶けた。
※ ※ ※ ※
春海の手を借りて何とか起き上がったソラは静かに部屋に入ってきた彼に鋭い視線を向けた。見た目は穏やかで優しげな、しかしその正体は白い狼の姿を持ったワーウルフ。貴斗を連れ去った教会のハンターだ。
「何で教会のヤツがいんの?」
自分で思った以上に固く冷たい声が出て、そんなソラの頭を春海が叩く。
「痛!」
「そんな言い方すんじゃないよ!あんたを助けてくれたのはこの子達なんだからね!」
「へ?何で」
「もう剣士でも一族の人間でもないんだ。あたし一人であんたを助けられるわけないだろう!あたしが車で突っ込んで、その子達があんたを担いで乗せてくれたんだ」
「……何で」
「……」
華生は何も答えず、ただ目を伏せた。
「……あの黒スーツは恐らく暁の一族だろう。どっちにしろあたし達だけじゃ手に余る」
「暁の一族は……ばあちゃん達で最後じゃなかったの?」
神子の力を持った人物は何度かいたけれど、一族の力を持った人物は一度も見たことがない。
マレのように記憶があっても力を持たない、元暁の一族はいたのかもしれないが。しかしその“元一族”と言ってしまうには、彼らの気配はあまりにもかつてのマレ達に酷似していた。
「……どうだろうね。あたし達が知る限りでは最後だった。あたし達が知らないだけでどこかでひっそり生き抜いたのかも知れないし……最後まで生き残ったのはソルだろう?ソルの残した子供達かも知れないね」
「……」
目を伏せたソラに春海はある程度確信を得た上で言った。
「お前は最後まで守ろうとしてくれたんだろう?それくらいはわかる。だが、恐らく……ソルにその記憶は残ってない。だからきっとあの子は全てを憎んでいるんだ」
太陽みたいな気に交ざる憎悪。
放っておけば殺戮を重ねて、結果傷付くのは貴斗だ。
「意識を支配されたままじゃ、貴斗を取り返すことも難しいよ」
ソルの、暁の神子の力の根源は浄化だ。
貴斗にその力は扱えなかったけれど、あの日教会に連れ去られてしまったソルはその力を使えるだけの知識も充分にあるだろう。
「とにかく、助けに行かないと……、っ……」
動こうとして痛みに呻くソラの頭を叩く。
「そんな状態でどうしようってんだ!」
「だって守るって、約束したんだ」
確かに初めはソルの魂を持ってたからそう言った。
だけど一緒に暮らしているうちに必死で寂しさを隠して平気なふりをする、愛情に臆病なあの子をただ純粋に守りたいと思った。恐怖に怯えて震えながら、それでも信じてくれたあの子を。
(貴斗もソルも、助けに行かないと)
春海は尚も立ち上がろうとするソラを押さえて、厳しい声で言った。
「そんな弱ったままで勝てるほど甘い相手じゃない」
「そうだけど!でも何とかしないと!!」
「……あたしが何も感じてないと思うのかい!?」
突然の怒声にソラが押し黙る。
わかっている。彼女もまた、ジリジリ胸を焦がす焦燥にかられているのだと。
「……無闇に突っ込むのは、手探りで迷宮を彷徨いに行くようなものだ」
あたし達は何故ソルの“魂そのもの”が貴斗の中にいるのかもわからないんだ、と押し出すように呟く彼女に、ソラは握り締めた拳を一度だけ膝に叩きつける。
「教会には助力を求められないが、あんた達は手伝ってくれるね?」
俯いたその蜂蜜色の髪をかき混ぜ、振り返った先にいた華生はやっぱり何も答えなかったけれど、否定するような態度も取らなかった。
そういえば、相方はどうしたんだろうとふと思う。
ダンピールなんて天敵中の天敵だから正直どうでもいいのだが、弱ってる今不意打ちされたら困る。それに応えるように春海が言った。
「相方の命はあたしが握ってるんだからね。断れるはずもないとは思うけど」
「……ばあちゃんあくどいよ」
「こっちも息子を好き勝手されたんだ、このくらい可愛いもんさ」
彼女は先程までの重い空気を裂いて、魔王みたいにニヤリと笑った。
幼い自分が暗い部屋で小さくなって耳を塞いでいる。
両親怒の鳴り合う声が聞こえた。
「冗談じゃないわ!子供なんて連れて行けないわよ!」
「俺だって困るよ!君は母親じゃないか!責任持てよ!」
これは記憶の奥に隠して、忘れたつもりになっていた過去。
二人は子供の存在が再婚の邪魔になるのを知っていた。だから押し付けあった。
――おれ、いらない子なの?
――おとうさん、おかあさん、いい子にしてるから、すてないで。
言葉は声にならなかった。
自分の幸せのために子供を切り捨てた彼らに、施設は養育費を求めた。子供が成人するまで二人で折半し必ず振り込むように、と。それが受け入れられなかったり、途中で振り込むのをやめたりした場合は罰金を課せる、と。
それは最後の選択。そこまでして子供を捨てるのか、という訴え。――それでも彼らは子供を捨てた。
何度か仕送りを止めさせろと言いに来たらしいが、誓約書は有効だ。破ればさらに自分達の不利になるのを悟ってからは一度も来ない。
捨てられた子供を省みることもなく、彼らは新たな家族と幸せに暮らしている。
施設に預けられてしばらくは寂しくて寂しくて堪らなかった。
両親が迎えに来ないことをわかっていたのに、いつも窓辺で座って迎えに来てくれるのを待っていた。
(見たくない。知りたくない)
ギュ、と目と耳を塞いで、守るよ、と笑ってくれた青年を思い出す。
ソラはどうなったのだろう。
勝手な事をしたせいで傷を負わせてしまったあの優しい吸血鬼は無事なのか。
――ごめんなさい、ごめんなさい。いい子にするから、おれいい子にしてるから。だからむかえにきてよ。一人にしないで。
幼い自分は窓辺で座って声にならない悲鳴をあげている。
(“いい子”でいなかったから、ソラが……)
そのまま意識は闇に溶けた。
※ ※ ※ ※
春海の手を借りて何とか起き上がったソラは静かに部屋に入ってきた彼に鋭い視線を向けた。見た目は穏やかで優しげな、しかしその正体は白い狼の姿を持ったワーウルフ。貴斗を連れ去った教会のハンターだ。
「何で教会のヤツがいんの?」
自分で思った以上に固く冷たい声が出て、そんなソラの頭を春海が叩く。
「痛!」
「そんな言い方すんじゃないよ!あんたを助けてくれたのはこの子達なんだからね!」
「へ?何で」
「もう剣士でも一族の人間でもないんだ。あたし一人であんたを助けられるわけないだろう!あたしが車で突っ込んで、その子達があんたを担いで乗せてくれたんだ」
「……何で」
「……」
華生は何も答えず、ただ目を伏せた。
「……あの黒スーツは恐らく暁の一族だろう。どっちにしろあたし達だけじゃ手に余る」
「暁の一族は……ばあちゃん達で最後じゃなかったの?」
神子の力を持った人物は何度かいたけれど、一族の力を持った人物は一度も見たことがない。
マレのように記憶があっても力を持たない、元暁の一族はいたのかもしれないが。しかしその“元一族”と言ってしまうには、彼らの気配はあまりにもかつてのマレ達に酷似していた。
「……どうだろうね。あたし達が知る限りでは最後だった。あたし達が知らないだけでどこかでひっそり生き抜いたのかも知れないし……最後まで生き残ったのはソルだろう?ソルの残した子供達かも知れないね」
「……」
目を伏せたソラに春海はある程度確信を得た上で言った。
「お前は最後まで守ろうとしてくれたんだろう?それくらいはわかる。だが、恐らく……ソルにその記憶は残ってない。だからきっとあの子は全てを憎んでいるんだ」
太陽みたいな気に交ざる憎悪。
放っておけば殺戮を重ねて、結果傷付くのは貴斗だ。
「意識を支配されたままじゃ、貴斗を取り返すことも難しいよ」
ソルの、暁の神子の力の根源は浄化だ。
貴斗にその力は扱えなかったけれど、あの日教会に連れ去られてしまったソルはその力を使えるだけの知識も充分にあるだろう。
「とにかく、助けに行かないと……、っ……」
動こうとして痛みに呻くソラの頭を叩く。
「そんな状態でどうしようってんだ!」
「だって守るって、約束したんだ」
確かに初めはソルの魂を持ってたからそう言った。
だけど一緒に暮らしているうちに必死で寂しさを隠して平気なふりをする、愛情に臆病なあの子をただ純粋に守りたいと思った。恐怖に怯えて震えながら、それでも信じてくれたあの子を。
(貴斗もソルも、助けに行かないと)
春海は尚も立ち上がろうとするソラを押さえて、厳しい声で言った。
「そんな弱ったままで勝てるほど甘い相手じゃない」
「そうだけど!でも何とかしないと!!」
「……あたしが何も感じてないと思うのかい!?」
突然の怒声にソラが押し黙る。
わかっている。彼女もまた、ジリジリ胸を焦がす焦燥にかられているのだと。
「……無闇に突っ込むのは、手探りで迷宮を彷徨いに行くようなものだ」
あたし達は何故ソルの“魂そのもの”が貴斗の中にいるのかもわからないんだ、と押し出すように呟く彼女に、ソラは握り締めた拳を一度だけ膝に叩きつける。
「教会には助力を求められないが、あんた達は手伝ってくれるね?」
俯いたその蜂蜜色の髪をかき混ぜ、振り返った先にいた華生はやっぱり何も答えなかったけれど、否定するような態度も取らなかった。
そういえば、相方はどうしたんだろうとふと思う。
ダンピールなんて天敵中の天敵だから正直どうでもいいのだが、弱ってる今不意打ちされたら困る。それに応えるように春海が言った。
「相方の命はあたしが握ってるんだからね。断れるはずもないとは思うけど」
「……ばあちゃんあくどいよ」
「こっちも息子を好き勝手されたんだ、このくらい可愛いもんさ」
彼女は先程までの重い空気を裂いて、魔王みたいにニヤリと笑った。
33
あなたにおすすめの小説
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
悪役未満な俺の執事は完全無欠な冷徹龍神騎士団長
赤飯茸
BL
人間の少年は生まれ変わり、独りぼっちの地獄の中で包み込んでくれたのは美しい騎士団長だった。
乙女ゲームの世界に転生して、人気攻略キャラクターの騎士団長はプライベートでは少年の執事をしている。
冷徹キャラは愛しい主人の前では人生を捧げて尽くして守り抜く。
それが、あの日の約束。
キスで目覚めて、執事の報酬はご主人様自身。
ゲームで知っていた彼はゲームで知らない一面ばかりを見せる。
時々情緒不安定になり、重めの愛が溢れた変態で、最強龍神騎士様と人間少年の溺愛執着寵愛物語。
執事で騎士団長の龍神王×孤独な人間転生者
箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜
真木もぐ
BL
「他人に触られるのも、そばに寄られるのも嫌だ。……怖い」
現代ヨーロッパの小国。王子として生まれながら、接触恐怖症のため身分を隠して生活するエリオットの元へ、王宮から侍従がやって来る。ロイヤルウェディングを控えた兄から、特別な役割で式に出て欲しいとの誘いだった。
無理だと断り、招待状を運んできた侍従を追い返すのだが、この侍従、己の出世にはエリオットが必要だと言って譲らない。
しかし散らかり放題の部屋を見た侍従が、説得より先に掃除を始めたことから、二人の関係は思わぬ方向へ転がり始める。
おいおい、ロイヤルウエディングどこ行った?
世話焼き侍従×ワケあり王子の恋物語。
※は性描写のほか、注意が必要な表現を含みます。
この小説は、投稿サイト「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」「カクヨム」で掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる