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子供の泣き叫ぶ声が聞こえて意識が闇から浮上した。
(どこだ、ここ)
薄暗い森、本かテレビでしか見たことないような古びた神殿。誰かが走ってきて目を向ける。
(ソラ!?)
蜂蜜色の髪、タレ目がちな赤い瞳は貴斗の知るソラの物だけど、知っているソラより若い。子供を胸に抱いて、同胞であるはずの吸血鬼と戦う、少し幼いソラ。
子供はずっと泣いている。
幼いソラは懸命に戦って、でもそこにやってきた兵士達に抗えずついに膝をついた。子供を取り上げられて必死で伸ばすその手を思わず掴もうとして景色が変わる。
小柄な子供が真っ白な部屋で蹲ってる。青空を写したみたいな青い瞳はぼんやりと壁を見つめ続けて、やがて彼は白い壁に爪を立てた。
材質は石だ。強く動かせばそこにはすぐ赤い筋がついた。
子供は赤い文字を綴る。
シネ、シンデシマエ、コロス、キエロ、ミンナイナクナレ、
――助けて
異国の文字だ。
1つも読めないはずなのに何故か書いてある言葉がわかってしまった。
そして本当に言いたかった言葉が貴斗の意識に流れ込んでくる。
――助けて、助けて、誰か助けて、
必死に声をあげる。それは実際には口から溢れなかったけれど、彼はずっと悲鳴をあげてた。
――誰か助けて!!
ここから出して!!
もう嫌だ。もう嫌だ。
触らないで、汚い、汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い!!
叫び続ける子供を抱き締めるけど、触れられない。気付かれない。それが酷くもどかしい。
――誰か!
――お願い、誰か……!!
(ここにいるよ、気付いて……)
でもその声は彼に届かなくて、子供の心の叫びも大人には届かなくて。
彼を連れ出しに来た修道服の男は壁を見て、またかという顔をした。
「神子様、お時間ですよ」
肩に手をかけられ、子供の肩が大袈裟なまでに跳ねたのにそれを無視してそのまま子供を連れ出した後、その壁は真っ白に戻される。
子供の精一杯の叫びを掻き消して、また真っ白に。
次に視界が変わった時、そこは再び森の中だった。少し成長して貴斗と同じ年くらいになった青年が息を切らして走っている。
何度も背後を確認する様子を見れば、追われているのだと予測がつく。
(何から?)
答えは簡単だ。あの白い部屋に閉じ込めた人間から。
「いたか!?」
「こっちにはいない!もっと奥だ!」
声が近い。
青年の青い瞳からボロボロと涙が溢れて落ちた。それでも彼は走り続けた。
「いい匂いがすると思ったら……」
急に聞こえた声は頭上から。
驚いて思わず立ち止まった青年の目の前に、作り物めいた容貌の男が降り立つ。
吸血鬼だと一目見てわかる赤い瞳。
彼は微笑んだまま青年を追う者の気配に目を向け、息を切らしている青年に視線を落とす。その涙に濡れた頬を両手で挟んだ。
「追われてるのか?助けてろうか」
「……」
「戻ったって、また虚無が待ってるだけだろう?しかも脱走なんてやらかした後だ。前よりもっと厳重に閉じ込められるかもな?」
男は青年の正体を知っていた。
教会が彼に何をしているのかも、何をさせているのかも。彼の力でどれだけの同胞が犠牲になったか知れない。当然憎いとも感じているがそれ以上に青年は容姿もその血も魅力的だった。全てを手に入れたいと、一目で欲するほどに。
だけど青年もまた目の前の相手が何なのか理解している。捕まればどんな目に合うかも、聞かされている。
「退いてください」
頬を包む手を振り払ったその手は、男に捕まれた。
「……大人しくついてくるなら優しくしてやろうと思ったが、やめた」
神子に術は効かないからな、と一人ごちて青年が暴れだす前にその首に手刀を落とす。崩れ落ちたその細身な体を満足そうに眺めた後、男が姿を消して貴斗の視界もまた変わった。
青年はぼんやりと天井を眺めてた。
もう流す涙もないのか、ただ己を貫く熱の塊だけを意識の片隅に置いて青い瞳は緩やかに瞬くだけで他を一切映さない。
「流石に5人はキツかったか?」
「まぁでも“花嫁”なんだ、関係ないだろ」
もう貴斗にも彼の声は聞こえなくなっていた。
吸血鬼達は好き勝手に言いながら、血の気を失って白くなってしまった肌に手を這わせる。
「しかし神子の血があれば世界を獲れるってのもあながち間違いじゃねぇな、これ」
首筋の噛み痕を指で辿って男達は哄笑う。
気を失っている間に血を吸われて浄化の力は働かなかった。
そして全てが終わった今は取り込んでしまった魔のせいで、浄化の力は働かない。
ただ何もかもを投げ出して、視界を閉ざした。
また景色が移ると同時に貴斗は息を呑んだ。
そこは一面血の海。
彼が力なく横たわっていたベッドも、豪華な家具も、天井にすら飛び散った夥しい血。天井からポタポタと落ちてくる血を浴びて、また少し成長した彼は笑った。
――最初から、こうすれば早かったんじゃないか
何年も自分を好き勝手嬲ぶった吸血鬼達の心臓を貫いた銀のナイフを、自分の首に当てる。
こんな屈辱と絶望ばっかりの世界なんていらない。
「こんな世界、壊れてしまえ」
(ダメだ!!)
最後に見たのは憎悪に歪む唇と、飛び散った赤。
(どこだ、ここ)
薄暗い森、本かテレビでしか見たことないような古びた神殿。誰かが走ってきて目を向ける。
(ソラ!?)
蜂蜜色の髪、タレ目がちな赤い瞳は貴斗の知るソラの物だけど、知っているソラより若い。子供を胸に抱いて、同胞であるはずの吸血鬼と戦う、少し幼いソラ。
子供はずっと泣いている。
幼いソラは懸命に戦って、でもそこにやってきた兵士達に抗えずついに膝をついた。子供を取り上げられて必死で伸ばすその手を思わず掴もうとして景色が変わる。
小柄な子供が真っ白な部屋で蹲ってる。青空を写したみたいな青い瞳はぼんやりと壁を見つめ続けて、やがて彼は白い壁に爪を立てた。
材質は石だ。強く動かせばそこにはすぐ赤い筋がついた。
子供は赤い文字を綴る。
シネ、シンデシマエ、コロス、キエロ、ミンナイナクナレ、
――助けて
異国の文字だ。
1つも読めないはずなのに何故か書いてある言葉がわかってしまった。
そして本当に言いたかった言葉が貴斗の意識に流れ込んでくる。
――助けて、助けて、誰か助けて、
必死に声をあげる。それは実際には口から溢れなかったけれど、彼はずっと悲鳴をあげてた。
――誰か助けて!!
ここから出して!!
もう嫌だ。もう嫌だ。
触らないで、汚い、汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い!!
叫び続ける子供を抱き締めるけど、触れられない。気付かれない。それが酷くもどかしい。
――誰か!
――お願い、誰か……!!
(ここにいるよ、気付いて……)
でもその声は彼に届かなくて、子供の心の叫びも大人には届かなくて。
彼を連れ出しに来た修道服の男は壁を見て、またかという顔をした。
「神子様、お時間ですよ」
肩に手をかけられ、子供の肩が大袈裟なまでに跳ねたのにそれを無視してそのまま子供を連れ出した後、その壁は真っ白に戻される。
子供の精一杯の叫びを掻き消して、また真っ白に。
次に視界が変わった時、そこは再び森の中だった。少し成長して貴斗と同じ年くらいになった青年が息を切らして走っている。
何度も背後を確認する様子を見れば、追われているのだと予測がつく。
(何から?)
答えは簡単だ。あの白い部屋に閉じ込めた人間から。
「いたか!?」
「こっちにはいない!もっと奥だ!」
声が近い。
青年の青い瞳からボロボロと涙が溢れて落ちた。それでも彼は走り続けた。
「いい匂いがすると思ったら……」
急に聞こえた声は頭上から。
驚いて思わず立ち止まった青年の目の前に、作り物めいた容貌の男が降り立つ。
吸血鬼だと一目見てわかる赤い瞳。
彼は微笑んだまま青年を追う者の気配に目を向け、息を切らしている青年に視線を落とす。その涙に濡れた頬を両手で挟んだ。
「追われてるのか?助けてろうか」
「……」
「戻ったって、また虚無が待ってるだけだろう?しかも脱走なんてやらかした後だ。前よりもっと厳重に閉じ込められるかもな?」
男は青年の正体を知っていた。
教会が彼に何をしているのかも、何をさせているのかも。彼の力でどれだけの同胞が犠牲になったか知れない。当然憎いとも感じているがそれ以上に青年は容姿もその血も魅力的だった。全てを手に入れたいと、一目で欲するほどに。
だけど青年もまた目の前の相手が何なのか理解している。捕まればどんな目に合うかも、聞かされている。
「退いてください」
頬を包む手を振り払ったその手は、男に捕まれた。
「……大人しくついてくるなら優しくしてやろうと思ったが、やめた」
神子に術は効かないからな、と一人ごちて青年が暴れだす前にその首に手刀を落とす。崩れ落ちたその細身な体を満足そうに眺めた後、男が姿を消して貴斗の視界もまた変わった。
青年はぼんやりと天井を眺めてた。
もう流す涙もないのか、ただ己を貫く熱の塊だけを意識の片隅に置いて青い瞳は緩やかに瞬くだけで他を一切映さない。
「流石に5人はキツかったか?」
「まぁでも“花嫁”なんだ、関係ないだろ」
もう貴斗にも彼の声は聞こえなくなっていた。
吸血鬼達は好き勝手に言いながら、血の気を失って白くなってしまった肌に手を這わせる。
「しかし神子の血があれば世界を獲れるってのもあながち間違いじゃねぇな、これ」
首筋の噛み痕を指で辿って男達は哄笑う。
気を失っている間に血を吸われて浄化の力は働かなかった。
そして全てが終わった今は取り込んでしまった魔のせいで、浄化の力は働かない。
ただ何もかもを投げ出して、視界を閉ざした。
また景色が移ると同時に貴斗は息を呑んだ。
そこは一面血の海。
彼が力なく横たわっていたベッドも、豪華な家具も、天井にすら飛び散った夥しい血。天井からポタポタと落ちてくる血を浴びて、また少し成長した彼は笑った。
――最初から、こうすれば早かったんじゃないか
何年も自分を好き勝手嬲ぶった吸血鬼達の心臓を貫いた銀のナイフを、自分の首に当てる。
こんな屈辱と絶望ばっかりの世界なんていらない。
「こんな世界、壊れてしまえ」
(ダメだ!!)
最後に見たのは憎悪に歪む唇と、飛び散った赤。
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