Bloody Monster

ナナメ

文字の大きさ
18 / 27

17

しおりを挟む
 ふと髪を梳かれる感覚に開いた青い瞳に映る窓の外では、穏やかな景色が流れていく。
 僅かに見動いた事を察し申し訳なさそうな顔をする男が視界に入った。
 
「申し訳ありません。起こしてしまいましたか?」
 
「……いや」
 
 広い車内には自分と、爬虫類のような瞳の男……紅月こうづき。紅月が苗字なのか名前なのかは知らないし、興味がない。
 その紅月の肩に凭れてソル……いや、太陽は少しの間寝入っていたようだ。
 日本語読みの名は紅月が付けた。魂の身である以上真名を使うのは少しの危険を伴うからである。最も彼ほどの実力があれば魂の状態であろうと問題はないのだけれど、その身が何より大切な紅月は納得しなかった。あまりにも意固地に改名を迫る彼の好きにさせたのにはもう1つ理由がある。“貴斗”はこの体の持ち主で、今の彼は“貴斗”ではないからだ。

 ソルの名を“太陽”に変えた彼へ、そのまんまだな、と笑ったのが寝入る直前の記憶。
 
「……夢を見ていた」
 
 遠い遠い、過去の夢を。
 する、と撫でた肌にあの傷跡は当たり前ながら、ない。

「太陽様?」
 
「……」
 
 貴斗にも覗かれただろう、過去。太陽からも貴斗の過去は見える。ただ1つ、太陽にはソラ……カエルムが最後まで守ってくれていたという記憶はない。それを見たのはソルの深層意識まで覗いた貴斗だけだ。
 だから彼は自分を守ろうとした存在がいることを知らない。
 
(……親に捨てられて、言いたいことを押し込んで、独りぼっち)
 
 似ているけれど非なる者。
 
(でも、お前は本当の絶望を知らない)
 
 くす、と口から笑みが零れた。
 この体の今の主導権は自分。コレをどうするかは自分次第。
 
(俺と同じとこまで堕としてやろうか)
 
 この体の本来の魂は今は大人しく眠っている。きっと、自分を捨てた両親の幸せそうな姿を夢に見ながら。
 
「紅月、闇の一族はどれくらい日本に入り込んだ?」
 
「全てを掴みきれてはおりません」
 
「ハンターは?」
 
「取り逃がしたあの二人組の他に10名ほどです。状況に応じて増援の可能性があります」
 
「吸血鬼退治なら妥当な所か……。しかし、もっと来て貰わなければ困るな」
 
 東方教会本部へ早々に乗り込むほど馬鹿ではない。捕まれば過去の繰り返し。奴らをこちらのテリトリーまで誘い出さなければならない。
 紅月は心得たように頷いた。
 
「他のハンターにはすでに一族の者を向かわせております」
 
「話が早くて助かるよ」
 
 無言で頭を下げる男の膝に乗り上げる。
 
「力を蓄えるついでに……褒美をやろう」
 
 紅月は自分の唇をなぞる指に、恭しく口付けた。
 あぁ、でも。と太陽は首を傾げる。
 
「流石にここでは可哀想だ」
 
 きっと“ハジメテ”だろうしな、とくすくす笑う。
 
「行き先は、わかるな?」
 
 運転席へと車内電話を繋いで出した紅月の指示に、太陽はイイコだ、と満足そうに笑った。

 急だったにも関わらずあっさり取れた高級ホテルのスイートルームが紅月の表の権力の表れだ。
 太陽はまるでそこにいるのが当たり前のように、豪華な椅子に足を組んで座っている。貴斗の体だというのに纏う空気が違う所為かその姿が様になっているけれど
 
「とりあえず、腹が空いた」
 
 その体に相応しい子供のような主張に苦笑して、ルームサービスを頼むと窓から外を見下す。
 赤いランプがそこかしこで回って、遠目に見えるのは炎。紅月が火を放った教会が燃え上がっているのだろう。

「いい眺めだな」
 
 気付けば太陽が同じように外の炎を見つめている。
 
「貴方様の門出を祝うのに相応しい焔かと」
 
 彼は何も答えずに毒花の如く艶やかに笑った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ふたなり治験棟

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

悪役未満な俺の執事は完全無欠な冷徹龍神騎士団長

赤飯茸
BL
人間の少年は生まれ変わり、独りぼっちの地獄の中で包み込んでくれたのは美しい騎士団長だった。 乙女ゲームの世界に転生して、人気攻略キャラクターの騎士団長はプライベートでは少年の執事をしている。 冷徹キャラは愛しい主人の前では人生を捧げて尽くして守り抜く。 それが、あの日の約束。 キスで目覚めて、執事の報酬はご主人様自身。 ゲームで知っていた彼はゲームで知らない一面ばかりを見せる。 時々情緒不安定になり、重めの愛が溢れた変態で、最強龍神騎士様と人間少年の溺愛執着寵愛物語。 執事で騎士団長の龍神王×孤独な人間転生者

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ
BL
「他人に触られるのも、そばに寄られるのも嫌だ。……怖い」 現代ヨーロッパの小国。王子として生まれながら、接触恐怖症のため身分を隠して生活するエリオットの元へ、王宮から侍従がやって来る。ロイヤルウェディングを控えた兄から、特別な役割で式に出て欲しいとの誘いだった。 無理だと断り、招待状を運んできた侍従を追い返すのだが、この侍従、己の出世にはエリオットが必要だと言って譲らない。 しかし散らかり放題の部屋を見た侍従が、説得より先に掃除を始めたことから、二人の関係は思わぬ方向へ転がり始める。 おいおい、ロイヤルウエディングどこ行った? 世話焼き侍従×ワケあり王子の恋物語。  ※は性描写のほか、注意が必要な表現を含みます。  この小説は、投稿サイト「ムーンライトノベルズ」「エブリスタ」「カクヨム」で掲載しています。

処理中です...