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アクアとの出会い

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 大きな木の下に男が一人、幹に寄りかかって座り込んでいた。月明りに照らされた髪は薄暗くてわかりにくいけれど僅かに青みがかっている。魔力や霊力を僅かしか持たない一般人は茶色の髪に茶色の瞳になるこの世界で、茶色以外の髪色をしているということは魔力か霊力持ちだろう。能力が大きければ髪に、それより低ければ目に反映されるからあの髪色は水属性の力を有している筈。
 風に乗って漂ってくる鉄錆臭さは多分血の臭いだ。だけど遠目に見る限り重傷を負っているようには見えない。多少の傷は負っているのかも知れないけれど、こんな夜に血をつけた男が森にいるなんて怪しい事この上ない。

(……人攫いではなさそうだし)

 無視しよう。
 こくり、と一人頷いて踵を返す。

『ベリル、あの人いいの~?』

「リー……出てきたらダメだろ」

『だって蜂蜜まだもらってないもん。ね、あの人いいの?』

「いいよ。見たところ大きな怪我はなさそうだし、自分で何とかするだろ」

 怪我人だからと一人暮らしの家に見知らぬ人を連れて行く程馬鹿じゃないし、そもそも善人という保証もない。下手に手当なんてして悪人の手助けをした、とか役人に難癖つけられてもたまらないから。
 そう思って歩き出そうとした瞬間。

「え~、嘘だろ少年。怪我して倒れてる色男助けないとか君本当に赤い血流れてる?」

 急にかけられた暢気な声に微かに驚きつつ、顔だけ僅かに向ける。相手からは目深に被ったフードで邪魔されて顔は見えない筈だけど、それでもさらにフードを下げた。
 
「……怪我人なら大人しくしておいたら。明日になったら優しい村の女の子が助けてくれるんじゃない?」

「明日まで待ってたら俺獣に喰われてるかも知れないよ~?化けて出るよ、そうなったら」

「幽霊とか信じないからどうぞご勝手に」

「ちょっとー、少しくらい優しくしてくれないとお兄さん悲しくなっちゃうんですけど~」

 やっぱり夜森に落ちてる人間なんて碌なもんじゃない。
 変な人は無視するに限る。でもこのまま家に帰って後を付けられでもしたら面倒だし、とりあえず……。

『トドメ刺す?』

「……気絶くらいにしておこう」

「物騒な事言わないでくれる~?怪しい者じゃないから助けてください」

 唇が微かに動く程度の小声で言ったのに男には聞こえたらしい。その事に眉をひそめリーに小声で姿を消すように告げる。
 今のは僕の“独り言”に対しての言葉?それともリーの声が聞こえた?

 霊力のない人間は基本的に精霊の声は聞こえない。もし聞こえたならそれは上位精霊が自ら話しかけた時だけだ。それでも聞こえるのは声だけで、彼らの姿は見えないらしい。僕にとって精霊は常に側にいる存在だから見えないという感覚がわからないけれど、世間で言う幽霊が実は微力ながら霊力を持つ人間が見た精霊の姿だった、という事も多い。
 だけどそれもたまたま波長が合って見えただけで、精霊師と呼ばれるだけの霊力がないと精霊の姿はおろか声すら聞こえないんだ。
 もしかしたらこの男は魔力じゃなく霊力持ちなのかも知れない。この国の精霊師は僕だけでも、他国からやってくる傭兵に精霊師が混ざっている事はよくある。霊力持ちならこの国の人間じゃない可能性が高い。

 釣り竿をギュッと握って距離を取ると、男はいたた……と呟きながら立ち上がった。
 背が高く、スラリとした足は黒いパンツと茶色のブーツに包まれているけど見事に泥まみれだ。腰から下げた長剣は黒を基調とした鞘に収まっていて、飾り1つないそれはいかにも実戦向きの物。
 服の上からだとわからないけれど、その胸当てがついただけの簡素な装備は使い込まれた色合いをしているからきっと鍛え抜かれた体をしているのだろう。
 トロリと蕩けそうな蜂蜜色の瞳は切れ長で、スッと通った鼻筋とほんのり色付く薄い唇。髪に属性が出ている人間の瞳の色は様々だ。そこは能力が関係しなければ遺伝とかで変わる。この男もそうなのだろうか。
 口調は気安いのに隙を見せない所も戦い慣れしている証拠だ。

(別に僕も戦い慣れてるわけじゃないけど)

 一度目の人生では内乱に駆り出され、圧倒的な能力差で反乱を叩き伏せた事はあったっけ。
 あの時隣国のオリルレヴィー精霊国が出てきてたらきっと負けてただろうけど、精霊国は基本中立だから他国の内乱に手を貸すことはなくて助かった。

(……あの時も戻ったら普通に公務をさせられたな)

 自国の民と戦うのは相当なストレスだったのに、労いの言葉1つで溜まりに溜まった公務を押し付けられて、流石にあの時は倒れてしまったんだった。
 役立たず、と罵るテオドールの声が耳の奥で木霊する。

「おーい、しょうねーん」

 遠くから男が間の抜けた声を出してきてハッと我に返る。
 ずり、と足を引きずる所を見ると足を負傷でもしているのだろうか。

「そうツンケンしないでちょっと飯食えるとこ教えてくれねーかな。腹減って動けなくて~」

「……そこまで歩けたなら近くの村に入ったら良かったんじゃないの。森で寝てるとかただの不審者なんだけど」

「あー、いや、連れを待ってるんだけどさ」

「じゃあそのまま朝まで寝てれば。連れの人が来たら助けてくれるでしょ。さよなら」

「待て待て待ってくださーい!そこの村って泊まれる所ある?あと飯食える所!」

 お願い、教えて!と黒いグローブをはめた手を合わせて拝んでくる男の顔立ちは整っている。田舎では見かけない垢抜けたスタイルといい、この人懐っこそうな雰囲気といい、村の女の子達が見たら甘味にたかる蟻のようになるのは間違いない。
 だったら別に僕が案内しなくても明日の朝森へ木の実とりに出かけた子が見つけて介抱するだろう。
 また1つ、うん、と頷いて一歩前に進むと。

「こらこらこらー!!怪我人置いて行くってどういう事!?少年、何でそんなよそ者に冷たいの!?」

「不審者には優しくするなって言われてる」

「俺そんな不審!?」

「夜に森の中で怪我して腹空かせて寝てる奴が不審じゃないわけがない」

「ごもっとも!」

 
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