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何か知ってるかも
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ユヴェーレンの実家、マジェラン侯爵家。僕にとって聞くだけで最低な気分になる名だ。
重たい雲はついに雨粒を落とし始め、外はあっという間にまた夜中のような土砂降りになった。その雨の音で思い出すのはやっぱり前の人生での事だ。
地下牢に繋がれた僕にユヴェーレンはいつもの聖女面ではなく、醜く歪んだ笑顔で言った。
――残念だったわね、アレク。テオ様は私の方を愛してらっしゃるんですって。だから貴方の言い分はお聞きにならないし、私の話は全部信じて下さるのよ。
――私のカップに誰が毒を入れたか、精霊師の貴方なら知っているのでしょう?精霊達は嘘をつかないものね。だから答え合わせをしましょう。
クスクスと笑う、その声が酷く耳障りだった。
もう頭が痛くて、体中悲鳴を上げていて、何より傷ついた心が限界を訴えていた。
――精霊達はこう言ったのではなくて?一時的に仮死状態になるハルルの根を使った毒で、カップに入れたのは私だ、って。
耳を劈くような笑い声を上げ、目尻に浮かんだ涙を拭う。
――ああ、可笑しい。他に精霊師がいたら一方的に貴方が責められる事はなかったでしょうに、本当に残念な事ね。貴方は一人ぼっち。誰にも信じて貰えず、誰からも愛されず惨めに死んでいくの。
――さようなら、アレク。貴方の絶望はどんな味がするのか楽しみにしているわ。
クスクスと笑いながら去っていくあの後ろ姿は今でも夢に見る。
テオドール。ユヴェーレン。オブシディアン。エゼルバルド伯爵家の家族。罵声と嘲笑と暴力。目の前が真っ暗になる感覚はここ最近の雨の日馴染になりつつある。
だからドアがトントンとノックの音を響かせた時、ハッと視界が拓けて、同時に不安になった。
この土砂降りでクレルの公女様を不憫に思った誰かがこの家を教えたかと思ったから。でも直ぐそんな村人はいない事を思い出して、それでもそっと覗き窓から覗くと。
「お~い、さっきぶり~。少年まだ起きてるんだって?開けてくれ~」
「アクア?」
今度は宿屋から傘を借りたらしい二人がそこに立っていた。
「何?僕今から寝るんだけど」
本当は不安で寝られるわけないけれど、そう言っておけば帰るだろうと思って。
クレル家の公女様が言った「マジェラン侯爵家が動いている」っていう話と、僕を「今度こそ」死なせたくないっていう言葉が気になって、夜にまた来るならどこか別の場所で話をしようと思ったんだ。
今度こそ、というのなら公女様は僕の身に起きた事を何か知っているのかも知れない。元々彼女は天才とも呼べるご令嬢で、その魔力量も皇国随一とも言われていた筈だ。そんな彼女だからこそ僕の身に起きた不思議な事について何かわかるかも。ただ公女様が僕をどうしたいのかわからない以上家を知られたくないから場所は村の外にしたいけど。
その為にはアクア達には帰ってもらわないと。このタイミングで来たっていう事は、さっきの騒ぎを聞いて僕の事が気になったから来たんだろう。正直アクア達の事だっていまいち良くわかってないし、公女様もアクア達も無条件に信用するわけにはいかないから。
「さっきの、聞いてたんだろ?」
「聞いてたけど僕には関係ない」
「じゃあ会いに行かない?」
「行くわけないでしょ。だから帰って」
しばらく続いた沈黙の後で、そうか、と小さな呟きが聞こえてドア越しに遠ざかっていく足音がした。
◇◇
「さて、じゃあ行きますかね」
明け方まで起きていて日中は仮眠をとって陽の光が落ち、外が完全に暗闇になった頃。それより少し前に目を覚ましていたアクアが大きく伸びをしてイグニスを振り返る。
「見つかったら怒りそうですが」
「その時はその時」
「不審者と罵られませんか」
「すでに不審者だから問題ない」
問題はアレキサンドリートを捜しに来た彼女だ。
アクア達がアレキサンドリートを見つけたのは本当にただの偶然である。一旦国へ帰る為に国境へ向かうついでにまだ立ち寄っていなかった小さな村に寄ってみただけ。
しかし彼女は最初からここにアレキサンドリートがいると確信しているようだった。クレル家のご令嬢と言えば皇太子の婚約者候補にも名前が挙がっている筈。そんなご令嬢が何故アレキサンドリートを捜しているのか真意を確かめなければならない。
「まさかあのか弱そうなご令嬢がシルヴェスター皇国の精霊師殺し主犯だとは思いたくないが、俺達以上に不審じゃないか」
「否定はしませんが……わざわざ目立つ真似をするでしょうか」
「するわけがない、という思い込みを利用するのは良くある手口だろう」
そして恐らくあの少年もまた疑いながら彼女の元に行くのだろう。万が一彼女が精霊師殺しの一味だった場合を考えてベリルと名乗る彼を守れる位置にいなくてはいけない。基本魔術師よりも上位に位置する精霊師だ。しかも色持たずの彼ならば襲われても自分で何とか出来るだろうけれど。
「また倒れてそのまま連れ去られでもしたら大変だしな」
あの森で魔獣を退治して少し話をして、雨が降り出すと同時に急に無言になってしまったベリルは家に着いた途端に倒れてしまった。ひょっこり出てきた光の精霊リーに訊けば、ベリルは雨の日が嫌いだから頭が痛かったのかも~、でもその内起きるよ~、と何とも暢気な答えが返って来たのだけれど。
諜報用の隠匿スキルを付加したマントを羽織ると二人は雨の暗闇の中へと出た。
重たい雲はついに雨粒を落とし始め、外はあっという間にまた夜中のような土砂降りになった。その雨の音で思い出すのはやっぱり前の人生での事だ。
地下牢に繋がれた僕にユヴェーレンはいつもの聖女面ではなく、醜く歪んだ笑顔で言った。
――残念だったわね、アレク。テオ様は私の方を愛してらっしゃるんですって。だから貴方の言い分はお聞きにならないし、私の話は全部信じて下さるのよ。
――私のカップに誰が毒を入れたか、精霊師の貴方なら知っているのでしょう?精霊達は嘘をつかないものね。だから答え合わせをしましょう。
クスクスと笑う、その声が酷く耳障りだった。
もう頭が痛くて、体中悲鳴を上げていて、何より傷ついた心が限界を訴えていた。
――精霊達はこう言ったのではなくて?一時的に仮死状態になるハルルの根を使った毒で、カップに入れたのは私だ、って。
耳を劈くような笑い声を上げ、目尻に浮かんだ涙を拭う。
――ああ、可笑しい。他に精霊師がいたら一方的に貴方が責められる事はなかったでしょうに、本当に残念な事ね。貴方は一人ぼっち。誰にも信じて貰えず、誰からも愛されず惨めに死んでいくの。
――さようなら、アレク。貴方の絶望はどんな味がするのか楽しみにしているわ。
クスクスと笑いながら去っていくあの後ろ姿は今でも夢に見る。
テオドール。ユヴェーレン。オブシディアン。エゼルバルド伯爵家の家族。罵声と嘲笑と暴力。目の前が真っ暗になる感覚はここ最近の雨の日馴染になりつつある。
だからドアがトントンとノックの音を響かせた時、ハッと視界が拓けて、同時に不安になった。
この土砂降りでクレルの公女様を不憫に思った誰かがこの家を教えたかと思ったから。でも直ぐそんな村人はいない事を思い出して、それでもそっと覗き窓から覗くと。
「お~い、さっきぶり~。少年まだ起きてるんだって?開けてくれ~」
「アクア?」
今度は宿屋から傘を借りたらしい二人がそこに立っていた。
「何?僕今から寝るんだけど」
本当は不安で寝られるわけないけれど、そう言っておけば帰るだろうと思って。
クレル家の公女様が言った「マジェラン侯爵家が動いている」っていう話と、僕を「今度こそ」死なせたくないっていう言葉が気になって、夜にまた来るならどこか別の場所で話をしようと思ったんだ。
今度こそ、というのなら公女様は僕の身に起きた事を何か知っているのかも知れない。元々彼女は天才とも呼べるご令嬢で、その魔力量も皇国随一とも言われていた筈だ。そんな彼女だからこそ僕の身に起きた不思議な事について何かわかるかも。ただ公女様が僕をどうしたいのかわからない以上家を知られたくないから場所は村の外にしたいけど。
その為にはアクア達には帰ってもらわないと。このタイミングで来たっていう事は、さっきの騒ぎを聞いて僕の事が気になったから来たんだろう。正直アクア達の事だっていまいち良くわかってないし、公女様もアクア達も無条件に信用するわけにはいかないから。
「さっきの、聞いてたんだろ?」
「聞いてたけど僕には関係ない」
「じゃあ会いに行かない?」
「行くわけないでしょ。だから帰って」
しばらく続いた沈黙の後で、そうか、と小さな呟きが聞こえてドア越しに遠ざかっていく足音がした。
◇◇
「さて、じゃあ行きますかね」
明け方まで起きていて日中は仮眠をとって陽の光が落ち、外が完全に暗闇になった頃。それより少し前に目を覚ましていたアクアが大きく伸びをしてイグニスを振り返る。
「見つかったら怒りそうですが」
「その時はその時」
「不審者と罵られませんか」
「すでに不審者だから問題ない」
問題はアレキサンドリートを捜しに来た彼女だ。
アクア達がアレキサンドリートを見つけたのは本当にただの偶然である。一旦国へ帰る為に国境へ向かうついでにまだ立ち寄っていなかった小さな村に寄ってみただけ。
しかし彼女は最初からここにアレキサンドリートがいると確信しているようだった。クレル家のご令嬢と言えば皇太子の婚約者候補にも名前が挙がっている筈。そんなご令嬢が何故アレキサンドリートを捜しているのか真意を確かめなければならない。
「まさかあのか弱そうなご令嬢がシルヴェスター皇国の精霊師殺し主犯だとは思いたくないが、俺達以上に不審じゃないか」
「否定はしませんが……わざわざ目立つ真似をするでしょうか」
「するわけがない、という思い込みを利用するのは良くある手口だろう」
そして恐らくあの少年もまた疑いながら彼女の元に行くのだろう。万が一彼女が精霊師殺しの一味だった場合を考えてベリルと名乗る彼を守れる位置にいなくてはいけない。基本魔術師よりも上位に位置する精霊師だ。しかも色持たずの彼ならば襲われても自分で何とか出来るだろうけれど。
「また倒れてそのまま連れ去られでもしたら大変だしな」
あの森で魔獣を退治して少し話をして、雨が降り出すと同時に急に無言になってしまったベリルは家に着いた途端に倒れてしまった。ひょっこり出てきた光の精霊リーに訊けば、ベリルは雨の日が嫌いだから頭が痛かったのかも~、でもその内起きるよ~、と何とも暢気な答えが返って来たのだけれど。
諜報用の隠匿スキルを付加したマントを羽織ると二人は雨の暗闇の中へと出た。
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