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精霊師が消えている

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 精霊師が消えている。
 確かにこの町は精霊国から来て最初にある大きな宿場町だ。冒険者や、ここから他国へ行く為に寄る精霊師はいるだろう。

「……身元が確かな精霊師を誘拐したら騒ぎになるでしょ」

「だから騒ぎになってるんだ」

「孤児だったり後ろ暗い精霊師が消えてるわけじゃないんだね」

 精霊国から誘拐されているだけじゃなく皇国に来た精霊師も消えているなんて、僕は一度もそんな話は聞いた事がない。だからこの町でも精霊師が消えているって聞いて捜す人がいない精霊師が消えているんだと思っていた。けれどそれが皇国に精霊師誘拐について調べに来ているアクアの耳に入っているという事は、精霊国には誘拐だけではなく失踪の情報も入っているという事だ。
 じゃあどうして前の人生で僕の耳にはそれが入って来なかったんだろう?クロレス伯爵領の人身売買の件は聞いていたけれど、それは精霊師ではなかった筈だ。

(いや、待って――)

 どうして精霊師じゃなかったと言い切れる?
 僕がクロレス伯爵領を視察した事はない。伯爵領に来ていたのはテオドールとユヴェーレンだ。どうしてテオドールは僕をこの地に来させたくなかった?
 テオドール達は公務には全く興味がなかった。だからこういった事件性のある物は騎士団長から僕に報告が上がっていたから、大きな事件は大体把握しているつもりだった。
 けれどもしもそうじゃなかったら?前の人生でも僕の知らない所で事件は起こっていて、アクア達が皇国に来ていた可能性はないだろうか。
 あの時の僕は“アレキサンドリート”だった。アクア達は“僕”を捜しに来た方が主な理由のように言ったけれど、本来は精霊師誘拐について調べる為に来ていた筈。前の人生だったら僕は皇妃で名前を変えてもいなかったから、もし今回みたいに僕を捜しに来ていたならすぐわかっただろう。でもアクア達が僕に接触してきた事はなかった。
 ――本当に?

(仮に前の人生でもアクア達が来ていたとして)

 一介の冒険者が遠征に出る以外城にこもって仕事をしていた皇妃の僕に会えるわけはないから、前の人生で出会わなかったのはおかしな話ではない。
 だけどもしも僕に会おうとして接触を図るなら一番市井に出ていたのは――ユヴェーレンだ。
 皇后という尊い身分の彼女が慈善活動として孤児院や医療院を回りながらアレキサンドリートは怠け者だとそれとなく言い触らしていたのは知っている。
 もしもそのユヴェーレンに接触を図ったとしたら――?
 
「あんた、半分は精霊師なんでしょ」

「そうだな」

「ならあんたの魂も魔女にとってはご馳走なんじゃないの?」

「う~ん……どうだろう?俺みたいな半端者は他にいないだろうから、本人に訊いてみないと何とも……」

 半端者。
 魔力と霊力が同時に宿る事はないというのはこの世界の常識だ。

(狭間の制約って何だろう)

 もしかしたら前の人生でユヴェーレンに接触したアクアは殺されてしまったのではないだろうか。それともユヴェーレンの巧みな嘘に騙されて真実に辿り着けなかった?もしくは真実はわかっていたけれど他国の皇后を害する事は不可能だから報告をしに国に帰っていた可能性もある。どれもこれもただの想像でしかないけれど。
 でも今必要なのはこの情報じゃない。

「……あの子供達……精霊師だった可能性はあるかな」

 精霊師かどうかは見た目ではわからない。人によっては周りを精霊がうろついていてわかる事もあるけれど、精霊達は精霊師にしか見えないだけで色々な所にいるんだ。何の力もない人の側に留まっている精霊もいれば自然の中に溶け込んでいる精霊もいる。僕の目には今もあっちこっちに精霊が見えているからあの倉庫に精霊がいても特に何も思わなかったのだけど。

「あの警備隊の様子じゃ男達をすぐ解放して事情を聴くって留めてる子供達をそのまま引き渡すだろ。だからその後をつけりゃ裏にいるのが誰なのかわかるかも知れない」

 せっかく助かったと安心した所にまたあの男達が現れたとしたら、あの子供達の絶望感はどれほどの物だろう。

「……もしそうなら、警備隊ごと潰したい」

 ぼそり、と小さく呟いてしまったけどそれが無理な事はわかっている。僕はもう皇妃じゃない。何の力も権限もないただの“ベリル”だ。僕がこの国を変える事は出来ない。
 ただ知ってしまったからにはこのまま放置するのも寝覚めが悪い。本当に「僕には関係ない」と全てを切り捨てられたらどんなに良いだろう。中途半端な甘さは自分の首を絞めるのはわかっているけれど、縋るような視線が脳裏から離れない。

「子供達を助けるの?」

「助けたとして、その後がな。精霊国に送ってもいいけど家族がいて、捜しているなら帰してやりたいとは思う」

 あの子供達が親に売られたわけではないのなら、家に帰りたいだろう。

「ただ今の俺達にはそこまでの時間がないからなぁ」

「……見捨てるの?」

「いや、他国の事は他国の貴族が担うべきだ。公女様に伝えてどうにかしてもらおうか」

 にやり、とアクアはどこか人の悪い笑みを浮かべた。
 
 
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