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ピラミッドの頂点
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寛隆は裕也の背後数メートルの位置で止まっている。
なのに漂う威圧感は彼がただのαではない事を雄弁に語っていた。その視線はあくまで穏やかに、凪いだ水面のように静かだ。そして静かに裕也の向こうの郁に向けられたようだった。
だから裕也は敢えて体の位置をずらしながら、郁を隠す形で寛隆に向き直る。背後の2人は敵にもならない。今一番排除が必要なのはこの男だ。
「――ああ、郁が呼ぼうとしたのは祝の坊ちゃんか」
電話越しにもしもし、と言ったあの声と同じく穏やかで、静かな声だった。
裕也は、は、と小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「そうだよなぁ、毎日のように来てたもんな?祝の坊ちゃんは郁がお気に入りってか」
裕也の挑発にも寛隆の静かな雰囲気は欠片も崩れない。
ただ静かに――その場を支配する。優位型αの威圧だ。絶対的な王者だからこその余裕と静けさが、今この場を支配していた。
「祝の家とは縁を切っています。――郁さんから離れてください」
縁を切っている?
裕也の頭は理解を拒否している。自分は地方の、しかしそれなりの会社の社長令息だった。αで、何も不自由なくここまでやって来た。それが全部崩された今、残っている物はαの自分、Ωの郁。――そう、郁だ。
裕也はにぃ、と笑う。
3年前のあの日、郁はハッキリ傷ついた顔をした。それは裕也の支配欲と優越感を刺激した。待っていた。10年、ずっと。
「離れろ、だぁ?お前知らないだろ。郁がどんな顔で俺を待ってたのか」
あの後逃げる様に消えてしまった郁を追う必要はなかった。何故なら、郁は裕也にとって今でも“所有物”だからだ。必要があれば戻ってくる、取り戻せる。俺が言えばいくらでも、と言葉も出なくなっていた郁を思い出して笑う。
自分はαで、郁はΩ。最初から支配する側とされる側。だからこそバース性は捨てられなくても“祝”という強大な権力を手放すなんてありえない――それが裕也の中の常識だ。
「離れてください」
口調は丁寧だ。しかし、認めたくないけれど裕也の足を動かなくする程の威圧感は本物だ。
「流石、祝の坊ちゃんは言い方も丁寧だなぁ」
嘲りを含ませても、ナイフをちらつかせても、ひたと見つめてくるだけの寛隆から距離を置くことも、まして向かって行くことも出来ない。
だがそんな惨めさを、裕也は認めたくなかった。俺は選ぶ側の人間であり、切り捨てる側の人間だ、という思いだけが口を動かしていた。
「離れろ離れろって祝の坊ちゃんは他に言葉も知らねぇのか?」
苛々とした裕也の言葉に対しても、指先どころか眉1つ動かさない寛隆は、本当にその言葉しか知らないように言う。
「離れてください」
――パトカーのサイレンが近付いてきていると気付いたのはその瞬間だった。
思わず振り向いた道路の向こうに赤色灯と、そしてスマートフォンを耳に当てたままの男が映った。この為だった。今この時の為に、この男は裕也をこの場に留めていた。
「――クソが……ッ!!」
寛隆に向かってナイフを振り上げる。
カタカタと手が震えている事に裕也は気が付いて、――カラン、とナイフが地面に落ちた。それは本能が相手に敗北したと明確に認めた瞬間だった。
認めると同時に怒鳴り声と衝撃と共に地面に倒される。
目の前の男には敗北した。しかし郁は。郁にだけはまだ。
暴れて、また押さえつけられた、自分の目の前にはへたり込んだままの郁がいる。
「あいつが祝の人間だから選んだんだろ?結局はお前も卑しいΩだったって事だな!」
郁はまた傷つくだろう、そう愉悦を込めた叫びだった。
しかし、郁の瞳に3年前のような揺らぎはない。ただ悲し気だった。裕也の知っている郁ではない。これは――憐憫だ。憐れまれたのだ、この俺が。
裕也は憤ったけれど、すでに警官達に取り囲まれた状態では何も出来ない。ただその向こうで郁が隣に立った男の、寛隆の手を取って静かに立ち上がったのが見えた。パトカーのドアが閉じられて、その先を見る事はかなわなかった。
なのに漂う威圧感は彼がただのαではない事を雄弁に語っていた。その視線はあくまで穏やかに、凪いだ水面のように静かだ。そして静かに裕也の向こうの郁に向けられたようだった。
だから裕也は敢えて体の位置をずらしながら、郁を隠す形で寛隆に向き直る。背後の2人は敵にもならない。今一番排除が必要なのはこの男だ。
「――ああ、郁が呼ぼうとしたのは祝の坊ちゃんか」
電話越しにもしもし、と言ったあの声と同じく穏やかで、静かな声だった。
裕也は、は、と小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「そうだよなぁ、毎日のように来てたもんな?祝の坊ちゃんは郁がお気に入りってか」
裕也の挑発にも寛隆の静かな雰囲気は欠片も崩れない。
ただ静かに――その場を支配する。優位型αの威圧だ。絶対的な王者だからこその余裕と静けさが、今この場を支配していた。
「祝の家とは縁を切っています。――郁さんから離れてください」
縁を切っている?
裕也の頭は理解を拒否している。自分は地方の、しかしそれなりの会社の社長令息だった。αで、何も不自由なくここまでやって来た。それが全部崩された今、残っている物はαの自分、Ωの郁。――そう、郁だ。
裕也はにぃ、と笑う。
3年前のあの日、郁はハッキリ傷ついた顔をした。それは裕也の支配欲と優越感を刺激した。待っていた。10年、ずっと。
「離れろ、だぁ?お前知らないだろ。郁がどんな顔で俺を待ってたのか」
あの後逃げる様に消えてしまった郁を追う必要はなかった。何故なら、郁は裕也にとって今でも“所有物”だからだ。必要があれば戻ってくる、取り戻せる。俺が言えばいくらでも、と言葉も出なくなっていた郁を思い出して笑う。
自分はαで、郁はΩ。最初から支配する側とされる側。だからこそバース性は捨てられなくても“祝”という強大な権力を手放すなんてありえない――それが裕也の中の常識だ。
「離れてください」
口調は丁寧だ。しかし、認めたくないけれど裕也の足を動かなくする程の威圧感は本物だ。
「流石、祝の坊ちゃんは言い方も丁寧だなぁ」
嘲りを含ませても、ナイフをちらつかせても、ひたと見つめてくるだけの寛隆から距離を置くことも、まして向かって行くことも出来ない。
だがそんな惨めさを、裕也は認めたくなかった。俺は選ぶ側の人間であり、切り捨てる側の人間だ、という思いだけが口を動かしていた。
「離れろ離れろって祝の坊ちゃんは他に言葉も知らねぇのか?」
苛々とした裕也の言葉に対しても、指先どころか眉1つ動かさない寛隆は、本当にその言葉しか知らないように言う。
「離れてください」
――パトカーのサイレンが近付いてきていると気付いたのはその瞬間だった。
思わず振り向いた道路の向こうに赤色灯と、そしてスマートフォンを耳に当てたままの男が映った。この為だった。今この時の為に、この男は裕也をこの場に留めていた。
「――クソが……ッ!!」
寛隆に向かってナイフを振り上げる。
カタカタと手が震えている事に裕也は気が付いて、――カラン、とナイフが地面に落ちた。それは本能が相手に敗北したと明確に認めた瞬間だった。
認めると同時に怒鳴り声と衝撃と共に地面に倒される。
目の前の男には敗北した。しかし郁は。郁にだけはまだ。
暴れて、また押さえつけられた、自分の目の前にはへたり込んだままの郁がいる。
「あいつが祝の人間だから選んだんだろ?結局はお前も卑しいΩだったって事だな!」
郁はまた傷つくだろう、そう愉悦を込めた叫びだった。
しかし、郁の瞳に3年前のような揺らぎはない。ただ悲し気だった。裕也の知っている郁ではない。これは――憐憫だ。憐れまれたのだ、この俺が。
裕也は憤ったけれど、すでに警官達に取り囲まれた状態では何も出来ない。ただその向こうで郁が隣に立った男の、寛隆の手を取って静かに立ち上がったのが見えた。パトカーのドアが閉じられて、その先を見る事はかなわなかった。
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運命の番を信じるアルファと運命なんか信じないアルファ嫌いのオメガのオフィスラブです。
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