猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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新婚編

5.慈愛

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「私としたことが、クラリーチェ様の大事だというのにのんびりと過ごしていて、本当に申し訳ございませんでした」

 リリアーナは畏まると、クラリーチェに向かって謝罪の言葉を述べた。

「そんな、リリアーナ様が謝る必要などありませんよ」

 神妙な面持ちで頭を下げるリリアーナに、クラリーチェは微笑みかける。

「寧ろ謝らなければならないのは、私のほうです。体調が優れなかったことをずっと黙っていたのですから」
「ずっと…………?」

 リリアーナが聞き返すと、クラリーチェはゆっくりと頷いた。

「ええ、実はオルカーニャの皆様が帰国された直後位から、何となく体が熱っぽくて…………。ですが、お客様をお迎えしていた疲れが出たのだろうと、自分で決めつけていたのです。…………ですから、こんな大事になるだなんて思ってもみなくて…………」

 クラリーチェは悲しげに目を伏せた。
 マリカの話だと、妊娠の初期は風邪に似た症状が出やすいらしい。
 だとすると、クラリーチェが気が付かなかったのは仕方のないことだろう。
 それなのに、妊娠に気がつけなかった己を責めるクラリーチェは、本当に『月夜の灰かぶり姫』の主人公によく似ている。

「そんなにご自分を責めないで下さいませ。初めての経験ですもの、気がつけなくても仕方ありませんわ」

 リリアーナは顔を上げると、クラリーチェを励ますようににっこりと笑う。

「王弟妃殿下の仰る通りですよ、王妃殿下」

 軽いノックの後に扉がひらいたかと思うと、リモナータの入ったグラスとカップを銀色のトレイを持ったリディアが入室してきた。

「お体を冷やすことで害になることもございますから、王妃殿下の分はホットリモナータに致しました。王弟妃殿下のものは、冷水で作ったものでございます。どうぞ、お召し上がり下さい」

流石はコルシーニ伯爵家の娘、としか言いようのない配慮に、リリアーナは感心せざるを得なかった。

「ありがとう、リディア。あなたがついていてくれるから、安心して過ごせるわ」

クラリーチェは穏やかな笑顔を浮かべると、淹れたてのホットリモナータを一口、口に含む。

「さっぱりしているけれど、程よい酸味があって、とても美味しいわ。これならば気分も悪くならなそうです。リリアーナ様、素敵な贈り物をありがとうございます」
「お口に合って何よりですわ」

クラリーチェに気に入ってもらえたのが嬉しくて、リリアーナは満面の笑みを浮かべた。

「………気の所為かもしれませんけれど、お腹の中のこの子も喜んでいる気がします」

クラリーチェはそう言うと、そっと自分のお腹を撫でる。
薄い肉付きの腹部はまだ平らで、妊婦らしくはなかったが、クラリーチェの表情は慈愛に満ちていて、すっかり母の顔に変わっているようにリリアーナの目には映った。
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