冷遇側妃の幸せな結婚

玉響

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番外編

ハロウィンを楽しもう!

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秋の深まりを感じる10月の終わり。
クラリーチェはいつも通りリディアとアンナを連れて仕事場である執務室と向かい、部屋の扉を開けた。
それは、いつもと変わらない平穏な一日の始まりーーーの筈だった。

お菓子をくれないと悪戯するぞドルチェット・オ・スケルツェット!」

突然、低くて男らしい声が降ってきて、クラリーチェは茫然としながら瞬きをした。
そんなクラリーチェの前には、全身黒ずくめの豪華な衣装に身を包み、美しい金髪まで真っ黒に染め上げたエドアルドが立っていた。
しかも彼の頭には何故か羊の角のようなものが二本、左右対称に生えていた。

「ええと………エドアルド様?………これは一体、何事………でしょう?」

クラリーチェは必死になって状況を把握しようと、部屋の様子を伺うようにゆっくりと見回した。

確か昨日までは国王夫妻の執務室として機能していたはずの部屋だった筈だが、何故か窓に掛けられたカーテンも、家具もダークトーンのおどろおどろしい雰囲気の物にすり替えられていた。
そして部屋の中央には大きなテーブルが鎮座しており、黒と紫、橙色を基調としたテーブルクロスや食器、何よりも食べ切れないほどのお菓子やご馳走が並んでいた。

「あの、お菓子がほしいのであればそちらにあるものを召しあがれば良いと思うのですけれど………」

そもそも、エドアルドは甘いものは苦手な筈だが、お菓子を欲しがったり、部屋の模様替えをしたりしたのは、突然嗜好が変わったのだろうかと考えを巡らせる。

「本当に菓子を強請っている訳では無い」

自分で言い出しておきながら、エドアルドは菓子を拒否した。
益々理由がわからず、クラリーチェは眉根を寄せながらもう一度部屋を見回し、に目を留めた。

「………もしかして、北方の国々で行われる………万聖節の前夜祭アロウィン………ですか?」

クラリーチェは以前読んだ本の知識を懸命に引き出す。

「アロウィンを知っているとは流石だな」

エドアルドは楽しそうに嗤い、ゆっくりとクラリーチェに歩み寄った。

「貴女の実家であるジャクウィント侯爵家は元々、北方エルデルンドの王族を祖先に持っているだろう。それで北方の国々の文化に興味を持ったんだ。それでたまたまこのアロウィン………ああ、あちらの言葉ではハロウィンと言うのだったな。そのハロウィンを知って、あなたを驚かせようと思い立ち、昨日の夜から徹夜で準備をしたのだ。………どうだ?面白いだろう?」

珍しく少年のように目を輝かせるエドアルドに、クラリーチェはようやく微笑みを浮かべた。

「確か、万聖節の前の晩に魔物や悪魔の格好をして、魔除けをするのでしたかしら?………普通なら司教様に悪魔祓いをしていただくのでしょうけれど、他国との文化の違いはやはりとても興味深いものですね」

エドアルドとの会話の最中も、最初に目を留めた、カボチャの中を刳り抜いた不気味だが愛嬌のあるランタンを興味深そうに眺めるクラリーチェに、エドアルドは嘆息した。

「私との会話よりもそのようなカボチャの化け物の方に集中するとは、全く面白くないな」
「まあ………私、そんなつもりでは………っ!」

エドアルドがあからさまに拗ねて見せると、クラリーチェは慌てた。
エドアルドとの会話を疎かにするつもりなど無かったのだが、つい意識が見知らぬランタンに向いてしまったことを弁明しようとしたのだ。

「ああ、分かっている。少し、揶揄っただけだ」

クラリーチェに向かって意地悪な笑みを浮かべたエドアルドに、クラリーチェは一瞬動きを止め、それから呆れたように微笑みを浮かべた。

「………私の悪魔陛下は、意地悪なのですね」

そして少し背伸びをすると、エドアルドの頭を飾る精巧な悪魔の角に手を伸ばし、そっと撫ぜる。

「今日一日は、悪魔だからな」

そう言って不敵な笑みを浮かべるエドアルドが徐ろにクラリーチェに近寄ったかと思うと、クラリーチェの身体を軽々と抱き上げた。

「あ…………っ」

殆ど日常化したこの儀式だが、いつまで経っても慣れることが出来ず、恥ずかしさと緊張感でクラリーチェは小さな声を上げて固まった。

「さて、あなたも支度をしないとな」
「陛下。私共にお任せ下さい」

クラリーチェのすぐ後ろに控えていたリディアがすかさずに申し出ると、エドアルドは頷いた。

「隣室に衣装を用意してある。そちらまで私がクラリーチェを連れて行こう」
「エドアルド様………私は自分で歩けます」
「今日一日、私は悪魔だと言っただろう?故に貴女の懇願は聞き入れられないな」

自己主張、という精一杯の抵抗を試みるが、それもエドアルドによって一蹴されてしまう。
観念したクラリーチェは、いつも通りエドアルドに身体を預け、恥ずかしそうに目を伏せたのだった。


※※※※※※

「ほ、本当にこの姿をエドアルド様に見せるのですか………?」
「勿論です。とてもよくお似合いですよ」
「そうです!恥ずかしがる事などありません!」

連れてこられた隣室………本来は資料室として使われている場所に設置された鏡の前で顔を真っ赤にして鏡から必死に目を逸らすクラリーチェにリディアとアンナが口々に褒めそやす。

「ほ、他に衣装はないのかしら………?例えば、魔女の長いローブだとか………」
「これ以外のご用意はありません」

有無を言わせないような威圧的な笑みを浮かべたリディアに、クラリーチェはそれ以上何も言えなってしまった。

「そろそろ、支度は………」

ノックの音が聞こえたかと思うと、廊下で待っていたらしいエドアルドが顔を覗かせた。

「エドアルド様っ…………?!」

突然の夫の乱入に、クラリーチェは慌てて隠れる場所を探す。
しかし、エドアルドはあっという間にクラリーチェの許まで近づいてきて、逃げる間もなく捕まってしまった。

「…………クラリーチェ…………」
「は、恥ずかしいので見ないで下さい………」

クラリーチェは俯くと、消え入りそうな程小さな声で呟いた。

「何故?私の妖精はこんなにも美しいのに?」

わざと意地悪な笑みを浮かべ、エドアルドはクラリーチェの顔を覗き込んだ。

「こんなに胸元や足が出る服など来たことがなくて………っ」

肌が露出した部分を隠すように、クラリーチェはもじもじと動く。
その様子を愉しむかのようにエドアルドは目を細めた。

クラリーチェに用意されたのは、妖精を模った衣装だった。
クラリーチェの銀色の髪と同じ色の、チュールやレース、それにシルクを重ね合わせたふんわりとしたドレスだが、スカートの丈は膝が出る位の長さしかなく、普段はきっちりと覆われている胸元も大胆にカットされていて、背面には同じく銀色の大きな妖精の羽根が取り付けられていた。
長い真っ直ぐな髪はリディアとアンナの神業としか言いようのない技術によって緩やかにウエーブが掛けられ、クラリーチェの儚げな美貌と相俟って、本物かと思うような仕上がりになっていた。

「銀の妖精か。やはり貴女は月の妖精だったのだな」
「エドアルド様、ご冗談はお止め下さい…………っ」

恥ずかしがるクラリーチェに微笑みかけると、エドアルドはクラリーチェの前に跪いた。

「月の妖精。今日はこの悪魔に、夢を見させて下さいませんか?」

クラリーチェを見上げ、はっと息を呑むほど美しい笑顔を向けられたクラリーチェは、無意識のうちにエドアルドの手を取り、頷いていたのだった。


※※※※※※

執務室へと戻ると、リディアとアンナはそそくさと退散していき、部屋の中にはエドアルドとクラリーチェの二人だけが取り残される。
このような恥ずかしい格好をラファエロやリリアーナ、それにダンテ達近衛騎士達に見せずに済んだことには安堵するが、エドアルドの視線に晒され続けることへの羞恥が無くなるわけでは無かった。

「そんなに恥ずかしがることはない。ここには誰も入るなと命じてある」
「それでもエドアルド様に見られていれば恥ずかしいのです」

顔の火照りを誤魔化すべきか、少しでも胸元を隠すべきか迷いながら、クラリーチェは視線を泳がせる。

「今の貴女は妖精に扮しているのだからその格好が普通だ、と思えば楽しめないか?」
「え………?」

思わぬ指摘に、クラリーチェは驚いて目を見開いた。

確かにハロウィンの仮装は、人外のものになりきって悪霊を追い払う意味を持っている。
それは結婚式の花嫁が魔除けの為のヴェールを被るのと同じだ。
前が見にくいから、と取り払う花嫁などいないのと同じと思えば納得出来る気がする。

「確かに、考え方によってはそうかもしれません。………何だかエドアルド様に上手く言いくるめられた気もしますけれど………折角こんなに素敵な部屋を準備して下さったのですもの。楽しまないと勿体ないわ」

恥ずかしさが完全に消え去った訳ではなかったが、折角のエドアルドの心遣いを無駄にもしたくない。
そう考えたクラリーチェははにかみながら微笑んだ。

「では、今日はアロウィンを思う存分楽しもうではないか」
「はい」

二人はテーブルに用意された血のように紅い葡萄ジュースをグラスに注ぎ合い、乾杯をする。

まだ午前中にも関わらず、しっかりと引かれた分厚いカーテンのお陰で外界とは隔絶されたような部屋の中で行われた、国王夫妻だけの秘密のパーティは、深夜まで続いたという。



※※※あとがき※※※

久しぶりに書いた番外編です。
ハロウィンはイタリア語では「H」が抜けてアロウィンと発音するそうですが、イタリアでは日本と同様に近年になって広まったみたいですね。

ちなみにラファエロ君達は別室でハロウィンパーティを楽しんだとか。
そちらはそちらで大いに盛り上がりそうですね!
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