けものとこいにおちまして

ゆきたな

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けものとおひっこしをしまして

16わ。

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「ほんっと、すまねえ!」

黙々と食事を口に運ぶカナタの前でガルフは深々と頭を下げた。

「眠くなるのは仕方ないと思うけどさ、僕もルウもこれからの生活のために、こうして買い物に行ったりして準備をしてるんだよ?」

「それはわかってっけどさぁ…」

わかってはいる。
ガルフにとって、自分がおとなしく家の中で過ごすと言う条件で引っ越しすることを許可したのだから。

「でもやっぱり…寂しいんだよ」

ぽつりと呟くガルフの寂しそうな表情を目にしたカナタが、食事の手を止めた。

「ガルフ…ごめん。君をいじめたいわけじゃない。早く君の毒を治すためにも頑張るし…そのために生活に制限をかけるのは本当申し訳なく思ってる」

ガルフを苦しみから解放したいカナタの想いに偽りはなかった。

「兄ちゃん…。あっ、そうだ!ぼく、図書館で調べるんじゃなくて、本を借りて持って帰って来て兄ちゃんと読むよ!」

名案をひらめいたかのようにルウは身を乗り出して言った。

「うん、そうだね!そうしようよ!図書館の本なんだから、館内だけじゃなくて借りて持って来ればいいし、それならガルフのひとりの時間も短くなるよ」

嬉しそうにはしゃぐカナタとルウの様子を見ても、ガルフの表情が冴えることはなかった。

「そういうことじゃねえんだ…。ひとりが寂しいってのは間違いじゃねえ…けど…」

「けど?」

「やっぱり、お前たちと同じように生活できねえのが、悔しいっつうかさ…」

ガルフの言葉を聞き、カナタもルウも声を潜めて黙り込んだ。

「ま、毒を治すって目的が変わることはねえけどな!」

そう言って無理矢理笑うガルフは、ガツガツと料理の続きを食べ始めた。
焦りは禁物ということくらい、カナタにはわかってはいたけれど、早く毒を治す方法を見つけたい。
だって、こんな寂しい顔をガルフにはさせたくない。
カナタの胸の中はそんな想いで溢れそうになっていた。

……

引っ越してから3日が経ち、カナタは仕事へ、ルウは図書館へ行くことになった。
なるべく早く本を借りて帰ってくると言うルウに、ガルフは気にするなと笑った。

「じゃあ、僕も行ってきます」

「おう、気をつけて行って来いよ」

ルウとカナタは表の通りまで一緒に歩き、そこからは別れて、別々の人混みの中へ紛れ歩き出した。

「今日からよろしくおねがいします!」

店に着いたカナタは、店主のおじいさんに深々と頭を下げた。
元の世界では居酒屋でバイトをしていたカナタだったために、こういう時、ついつい大声が出てしまう。

「まあまあ、そんな張り切らんでもいい。暇な店じゃし、お客さんが来たらわしの代わりに対応してくれるだけでいいからの、ほほ」

「はぁ…」

「それと、わしの知り合いが来た時はわしを呼んどくれ。わしは奥の部屋で休んどるからの。それじゃ、今日から頼んだぞ」

「はぁ…って、え!?」

あまりの緩さに気の抜けた返事をしてしまうカナタだったが、仕事について何も教えられないまま奥の部屋へ戻って行ってしまう店主に驚いてしまった。

「しょ、初日からワンオペ…、大丈夫かな、僕…」

戸惑いながらも、店主は身体を悪くしていると大家さんから聞いていたために、カナタは意を決して受付の席に座った。
店内を見渡せば、たくさんの壺やカーペット、ランプといった民族系の雑貨が置かれていた。
その中に本棚もたくさんあった。

「本、読みたいけれど…仕事始まってすぐにそんなことできないよな…」

椅子に腰かけたままカナタは客が来るのを待っていた。
しかし、1時間経っても2時間経っても誰も店に立ち寄らない。
外の人通りは少ないわけじゃなく、荷を運ぶ人、楽しそうに歩く親子、追いかけっこをする子供たち…色んな人たちが行き交っていた。

「(あの人たちの中に、人狼が紛れてたりするのかな)」

カナタはふとそんなことを思った。
群れから離れて人間として生活している人狼はきっと少なくないはずだ。
この、雪の降る街でも楽しそうに行き交う人の中に…人間として生きていくことを決めた人狼だっているはずだ。
もし、ガルフの毒を治せたら、ガルフはどっちの選択をするんだろう?
群れに戻るのか、人としてまた生き続けるのか。
きっとその時が来てしまえば、僕はガルフとルウから離れて、自分の世界に戻る方法を考えないといけないんだろうな。
そんなことをぼんやり考えているカナタは、座ったままでいても仕方ないと立ち上がってはたきをかけたり、壺を拭いたり、店内の清掃作業に勤しんだ。

……

「医学書ってやつは、なんでこうも読んでるだけで頭が痛くなるんだ?」

本を借りて帰ってきたルウの隣りで、ガルフも狼のまま本を読んでいた。

「わかんないことがたくさん書いてあるからね。でも、辞書使いながら読むと分かりやすいよ?」

「ルウ、俺の知らねえ間にめちゃくちゃ博識になってねえか?」

「そんなことないよ?兄ちゃんの毒を治すために調べてるだけだもん」

その情熱だけで、ルウの医学に対する知識は相当なものになっていた。
それほどの知識を蓄えてもなお、ガルフの毒についての手掛かりに触れることは出来ていなかった。

「これにも載ってないなあ」

「ん~。お?ルウ!これとか手掛かりにならねえか?」

ガルフが医学書の一部に目をつけてルウを呼んだ。

「え?どれどれ…、えっと、えぼら、出血熱。あ~、兄ちゃん、これは人間がかかる病気の名前だよ。それにもうこの病気はこの国で発症することはないんだ」

「そうか、違ったか。てか、そんなことがスラスラ出てくるってやっぱりお前頭よくなっただろ?」

ついつい話題が逸れがちなガルフ。
ちゃんと調べなきゃだめだよ、と窘められてガルフはしぶしぶ本の続きを読み始めた。
もちろん、医学書以外の本も目を通してはいる。
『法で規制される危険な毒物』
『害獣駆除のための合法毒物の調剤』
『都市伝説Ⅲ・人狼』
ガルフに関わりのありそうな本には目を通してはいる。
しかしどれも点にはなるのに、それが線として繋がって来ない。
『毒』と『人狼』が直接結びつく題材の本が無いのだ。

「あ~、ぜんっぜんみつからねえ!」

苛立ちが募るガルフは匙を投げ出しそうになっていた。

「まだ2時間しか読んでないよ、兄ちゃん。…それにしても、カナタ、うまく仕事してるかな?」

「案外、店主にがみがみ怒られてるかもしれないな?」

そんな風にカナタを案じる2人は、雪がしんしんと降る窓の外をしばらく見ていた。
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