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けものとおひっこしをしまして
15わ。
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ガルフを隠しながらの引っ越しは容易ではなかった。
引っ越しの時だけは人の姿になってもらおうという手もあった。
けれど引っ越し後に姿を見かけなくなったと怪しまれても困るため、結局、荷物に紛れてもらい、かなり重くはあったけれどルウとカナタの2人で運んだのだった。
「あ~、苦しかった、こんな思いはもうゴメンだぜ…」
鞄から出て、ガルフは全身を震わせて言った。
「ねえ、カナタ、こんなおっきな家どうやって買ったの?」
家の中を見て回りながらルウがカナタに尋ねた。
「ああ、ええと…それは…」
引っ越しが決まる前からカナタは色々な物件情報を探し回っていて、最終的にこの人通りの少ない中心街から外れた場所にある家にしようと決めていた。
金銭が多く残っているわけではなかったので安く住まわせて欲しいと、カナタは大家に頼み込んだという。
その時に相手から提示された条件が、いくらかの前金を支払うことと、残りは大家の知り合いの元で働き、その給料から家賃等を差し引いていく、というものだった。
「この家はまだ買えたわけじゃなくって、貸してもらっているんだ」
いわゆる賃貸という形での契約となったのは、購入するにはとてもじゃないけれど支払うことのできない高額な料金だったからである。
けれどいつか、3人で住める家を持てたら、なんてカナタは淡い期待を抱いていた。
「んで?その大家の知り合いの仕事って、どんなことするんだよ?」
まだ疲れの残っているガルフは、とぼとぼカナタの側へと寄って来ては尋ねた。
「古物と書物を扱う雑貨のお店の店員だよ。その大家さんの知り合いって人、最近身体があまりよくないみたいで、僕が店を手伝うって形で働かせてもらうことになったんだ」
書物も取り扱っている店ともなれば、何かガルフの毒に有益な情報も得られるかもしれないとカナタは思っていた。
ただ、ひとつだけ課題があった。
「まだ、この国の文字や文章を完璧に覚えられていないんだ…」
正確に言うと「この世界」の文字なのだが、カナタはまだそれを言うわけにはいかなかった。
「ルウがたくさん図書館で教えてくれたし、ガルフも洞窟に居る時は色々な言葉を教えてくれて、単語の意味とかは分かるようになってきたけれど…」
それが文章ともなってくると複雑になり、途端に難しくなる。
英語や日本語のような複雑さはないけれど、カナタ自身があまり語学が得意な方ではなかったために、新たな言語を会得するには骨が折れた。
「だいじょうぶだよ!カナタ、すっごく勉強熱心だし、覚えるのだってすごくはやかったよ?」
ルウがそうフォローしたのは決してお世辞からではなかった。
カナタの勉学への姿勢を一番間近で見ていたのはルウだったが、それには目を見張るものがあった。
ありがとね、と微笑みながら、カナタは心の中で
「(腐っても医者と教授の息子か…)」
と、やや自嘲めいた。
それと同時に親への感謝の気持ちもじわりと心に滲んだ。
カナタは今まで、誰かのためにも、自分のためにすら本気で勉強に取り組んだことなどなかった。
「(誰かのためにこんなに勉強をする日が来るなんて…)」
そんなこと、今まで思ったことも考えたことも無かった。
「あとは自信持って、その場のノリでいっちゃえ!」
ルウが身も蓋もないようなことを言ったけれど、本当にその通りだな、とカナタの緊張がふっと和らいだのだった。
この一軒家に越してきてから仕事までに3日間の時間をもらっていたので、荷物を片付けたり、足りない家具や食器をルウとカナタの2人で買いに出かけたりした。
「あ~、思ったより暇すぎるぜ…」
ひとり家に取り残されたガルフは、片付けを途中で放棄して狼の姿になって暇そうにしていた。
人の姿のまま片付けを続けていても良かったのだが、1人で何かを黙々と続けるのが得意な方ではないガルフはすぐに飽きてしまったのだ。
「狼に戻っちまう心配さえ無くなりゃ、俺もカナタとルウの3人で出かけられるのによぉ」
どこか面白くない状況に、ガルフは暖炉の前でつまらなそうに横たわって静かに目を閉じた。
……
「コップは家に揃ってたっけ?」
「飲む用のコップはあったけど、歯磨き用のはなかったと思う」
必要なものを思い出しながら、カナタとルウは商店街を歩き回っていた。
ついでに今日のご飯の食材も買っていこうと、ふらりと魚屋へ立ち寄った。
「いらっしゃい!ん?兄ちゃんたちあまり見かけない顔だね?」
商店街の人たちは街の人の顔をあらかた覚えているようで、普段見かけないカナタとルウの姿を見て、そんな風に声をかけてきた。
「つい最近引っ越してきたんですよ。この街で一旗揚げてやるって感じで!」
下手にこそこそすると怪しまれてしまうのはカナタは分かっていたので、カナタは朗らかにはったりをきかせた。
そんなカナタにルウは隠れるようにくっついていたけれど、カナタの愛想のいい返事に魚屋の大将は楽し気に声をあげて笑った。
「ガハハ!そりゃ楽しみだな!な?ボウズ」
話を振られたルウは一度だけ頷き、うん、と答えてははにかんだ。
結局そのまま大将の口車に上手く乗せられて、大きな魚三尾を買ってしまった。
「お肉が良かったのに…」
残念そうに呟くルウに、カナタは眉を下げて、ごめん…と謝った。
陽もとっぷりと沈んできたので、2人は荷物を抱え、急いで家へと帰った。
「ただいま~」
そう言うものの、家の中は暗く、ガルフからの返事もない。
「おかしいな、ガルフ、いないの?」
一抹の不安がカナタの心を過り、急いでリビングに向かうと、火などとっくに消えてしまっている暖炉の前ですやすやと眠っているガルフの姿が視界に入った。
引っ越しの時だけは人の姿になってもらおうという手もあった。
けれど引っ越し後に姿を見かけなくなったと怪しまれても困るため、結局、荷物に紛れてもらい、かなり重くはあったけれどルウとカナタの2人で運んだのだった。
「あ~、苦しかった、こんな思いはもうゴメンだぜ…」
鞄から出て、ガルフは全身を震わせて言った。
「ねえ、カナタ、こんなおっきな家どうやって買ったの?」
家の中を見て回りながらルウがカナタに尋ねた。
「ああ、ええと…それは…」
引っ越しが決まる前からカナタは色々な物件情報を探し回っていて、最終的にこの人通りの少ない中心街から外れた場所にある家にしようと決めていた。
金銭が多く残っているわけではなかったので安く住まわせて欲しいと、カナタは大家に頼み込んだという。
その時に相手から提示された条件が、いくらかの前金を支払うことと、残りは大家の知り合いの元で働き、その給料から家賃等を差し引いていく、というものだった。
「この家はまだ買えたわけじゃなくって、貸してもらっているんだ」
いわゆる賃貸という形での契約となったのは、購入するにはとてもじゃないけれど支払うことのできない高額な料金だったからである。
けれどいつか、3人で住める家を持てたら、なんてカナタは淡い期待を抱いていた。
「んで?その大家の知り合いの仕事って、どんなことするんだよ?」
まだ疲れの残っているガルフは、とぼとぼカナタの側へと寄って来ては尋ねた。
「古物と書物を扱う雑貨のお店の店員だよ。その大家さんの知り合いって人、最近身体があまりよくないみたいで、僕が店を手伝うって形で働かせてもらうことになったんだ」
書物も取り扱っている店ともなれば、何かガルフの毒に有益な情報も得られるかもしれないとカナタは思っていた。
ただ、ひとつだけ課題があった。
「まだ、この国の文字や文章を完璧に覚えられていないんだ…」
正確に言うと「この世界」の文字なのだが、カナタはまだそれを言うわけにはいかなかった。
「ルウがたくさん図書館で教えてくれたし、ガルフも洞窟に居る時は色々な言葉を教えてくれて、単語の意味とかは分かるようになってきたけれど…」
それが文章ともなってくると複雑になり、途端に難しくなる。
英語や日本語のような複雑さはないけれど、カナタ自身があまり語学が得意な方ではなかったために、新たな言語を会得するには骨が折れた。
「だいじょうぶだよ!カナタ、すっごく勉強熱心だし、覚えるのだってすごくはやかったよ?」
ルウがそうフォローしたのは決してお世辞からではなかった。
カナタの勉学への姿勢を一番間近で見ていたのはルウだったが、それには目を見張るものがあった。
ありがとね、と微笑みながら、カナタは心の中で
「(腐っても医者と教授の息子か…)」
と、やや自嘲めいた。
それと同時に親への感謝の気持ちもじわりと心に滲んだ。
カナタは今まで、誰かのためにも、自分のためにすら本気で勉強に取り組んだことなどなかった。
「(誰かのためにこんなに勉強をする日が来るなんて…)」
そんなこと、今まで思ったことも考えたことも無かった。
「あとは自信持って、その場のノリでいっちゃえ!」
ルウが身も蓋もないようなことを言ったけれど、本当にその通りだな、とカナタの緊張がふっと和らいだのだった。
この一軒家に越してきてから仕事までに3日間の時間をもらっていたので、荷物を片付けたり、足りない家具や食器をルウとカナタの2人で買いに出かけたりした。
「あ~、思ったより暇すぎるぜ…」
ひとり家に取り残されたガルフは、片付けを途中で放棄して狼の姿になって暇そうにしていた。
人の姿のまま片付けを続けていても良かったのだが、1人で何かを黙々と続けるのが得意な方ではないガルフはすぐに飽きてしまったのだ。
「狼に戻っちまう心配さえ無くなりゃ、俺もカナタとルウの3人で出かけられるのによぉ」
どこか面白くない状況に、ガルフは暖炉の前でつまらなそうに横たわって静かに目を閉じた。
……
「コップは家に揃ってたっけ?」
「飲む用のコップはあったけど、歯磨き用のはなかったと思う」
必要なものを思い出しながら、カナタとルウは商店街を歩き回っていた。
ついでに今日のご飯の食材も買っていこうと、ふらりと魚屋へ立ち寄った。
「いらっしゃい!ん?兄ちゃんたちあまり見かけない顔だね?」
商店街の人たちは街の人の顔をあらかた覚えているようで、普段見かけないカナタとルウの姿を見て、そんな風に声をかけてきた。
「つい最近引っ越してきたんですよ。この街で一旗揚げてやるって感じで!」
下手にこそこそすると怪しまれてしまうのはカナタは分かっていたので、カナタは朗らかにはったりをきかせた。
そんなカナタにルウは隠れるようにくっついていたけれど、カナタの愛想のいい返事に魚屋の大将は楽し気に声をあげて笑った。
「ガハハ!そりゃ楽しみだな!な?ボウズ」
話を振られたルウは一度だけ頷き、うん、と答えてははにかんだ。
結局そのまま大将の口車に上手く乗せられて、大きな魚三尾を買ってしまった。
「お肉が良かったのに…」
残念そうに呟くルウに、カナタは眉を下げて、ごめん…と謝った。
陽もとっぷりと沈んできたので、2人は荷物を抱え、急いで家へと帰った。
「ただいま~」
そう言うものの、家の中は暗く、ガルフからの返事もない。
「おかしいな、ガルフ、いないの?」
一抹の不安がカナタの心を過り、急いでリビングに向かうと、火などとっくに消えてしまっている暖炉の前ですやすやと眠っているガルフの姿が視界に入った。
応援ありがとうございます!
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