完璧に逃げた令嬢はスパイに求婚される

きみどり

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後編

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 二人の新生活が始まった。

 シャロンは、セイと結ばれた翌日に部屋を解約し、全ての家具や生活用品を異空間アイテムボックスに収納してすぐに引っ越した。
 引っ越し先はもちろん、セイの部屋。

 セイはというと…この国で築いた全ての繋がりを断ち、関わった者たちのセイに関する記憶を上級魔法で綺麗さっぱり消したのだった。

 長年続けてきたスパイの仕事も辞めた。
 シャロンを面倒事に巻き込まないために、シャロンの平穏を守るために徹底的に処理をした。

 次はシャロンの身元を調べた。
 シャロンの幸せに何一つ漏れがないよう、彼女を苦しめた奴らを把握しておく必要があるからだ。
 名前と年齢、容姿が判明した事によってすぐにわかった。

(所作が上品だからもしかしたらとは思ったが…まさか高位貴族令嬢だったとはな。完璧な自殺の演出、非の打ち所のない逃亡…さすがシャロンちゃん)

 ただ、シャロンの凄さを改めて知ったは良いが…そこまでして逃げ出した理由はやはり酷かった。

 幼い頃からの事を余すこと無く調べた。
 その場で起きた過去の光景を映す貴重なアーティファクトを使い、確実に。

 言葉を聞かず、意思を否定し、理想像を押し付け、シャロンの気持ちを一切考えなかった両親や周囲…そして、会う度にシャロンへ罵詈雑言をぶつけ、辱しめ、侮辱した王太子。

 今も多大なショックを浮けながらも、シャロンの自殺から目を背け『シャロンに嫌われていたなんてあり得ない。認めたくない。シャロンが間違っている。自分たちは絶対間違っていなかった』と拠り所を探して現実逃避しているはずだ。

 いつまでも理想像で固めたシャロンに、全ての責任を押し付け、すがり付いているのやら…。
 貶めは、無意識下のシャロンへの甘えだ。

 シャロンにならしても良いと思っているか…はたまた無条件で受け止めてくれると信じているか…。
 どちらにしろ、甘ったれたクズには変わりはない。

(シャロンちゃんの両親…リベルタ夫妻も天災レベルで酷いが…)

 王太子、こいつは一番酷い。
 所謂、好きな相手を限度無くいじめてしまうタイプ。
 しかも好きという自覚がない、一番厄介な。

 おそらく…自分に無関心なシャロンに構って欲しい、自分で感情を露にするシャロンが見たい、自分と違い何もかも完璧で優秀なシャロンへの嫉妬、自分には何故笑顔を見せてくれないのか、可愛げない…など、色々な感情が混ざって歪んだのだろう。

 その内、早々に諦めて何も反応しなくなったシャロンに対し…己の魅力にやられて従順になったと満足げに勘違いをして、やっと立場がわかったかと勝手に優越感を感じていた事だろう。
 何て愚かで身勝手な…見当違いという言葉だけでは済まされない。

 人を下げてでも上に立ち、人を傷付けて上に立ち、快感を得るなど…情けない。
 それらが全て、そう思うだけの錯覚とは知らないで。

 だが…その勘違いは王太子の傲慢さを肥大化させ、ついにはシャロンの両親たちと都合の良い妄言を吐くようになった。

 己の片思いに気付かない王太子とその周りは『シャロンは王太子が大好きなくせに、高飛車でプライドが高く素直になれない』とあり得ない思い込みをしたのだ。

(…これについては、シャロンちゃんが完膚なきまでに真実を証明したが…自己合理化をして耐えている奴らには更なる追い込みが必要だな)

 シャロンが己の好きだと思い込んで安心していたのだろう…好きなら何をしても良い、許してもらえると甘えていのだろう。

 例え最初は好きでも、身勝手な欲望と快感のために罵詈雑言を吐き続ける相手を嫌悪しないわけがない。
 そんな酔狂なやつは、心が完全に壊れてしまった者だけだ。
 本当に相手の気持ちを考えない、甘ったれの脳内花畑野郎。

 小さい…あまりにも小さい男だ。
 己は大した努力もせずに言い訳と責任転嫁ばかり。
 少しの事で取り乱す臆病な小心者。
 この愚かで無能な小者は、自尊心だけは世界最大の山脈レベルに高い。

 セイは怒り狂いそうだった。
 近づいたら凍り付いてしまいそうなくらいな冷えた殺気を纏い、恐ろしいほど冷酷な表情。
 内側ではマグマのような怒りが煮えたぎっていた。

(地獄を見せてやる…)

 リベルタ夫妻も過ちを認めたくなく、未だに王太子を支持している。
 娘を間接的に殺した相手だというのに滑稽な事だ…が、これくらい往生際が悪い方が都合が良い。

 認めたら…“素直でないだけ”と思い込んでいた、シャロンのあの憎しみと殺意に満ちた表情が本物という事になってしまうから。
 そうまでして現実を受け入れたくないのだろう。
 嫌悪を越えた…憎悪と殺意を向けられ、果てには自殺という方法で捨てられたのだ。
 無償の愛を信じていた相手から、最終的に『無関心』を突き付けられたショックは計り知れない…様は無い。

(シャロンちゃんは心のない奴隷ではない。親が子に無自覚に際限無く甘え、依存しているとはな。そして、失ってからその価値に気付くとは……全く、反吐が出る)

 そう…全く、これからどんな無様を晒すか楽しみだ。

 セイは嘲笑うかのように不敵な笑みを浮かべた。

 反省や改心なんてしなくていい。
 痴れ者のままでいてくれ。
 価値観が変わらない方が、苦しみが濃縮される。

 シャロンが受けた倍以上の苦しみを味わってもらう。
 己の愚かさを一生悔い、苦しみ、長い時間を惨めに生きろ。


 そしてーーーセイは一番大事な決意をした。
 シャロンが幼少期に掴めなかった幸せを少しでも取り戻せるように全力で囲う。

 シャロンの最大の理解者でいたい。

 正しく自己肯定できるように、愚か者どもの戯れ言をひたすら塗り替え、寂しい思いや悲しい思いもさせない。
 誰にも守ってもらえなかったシャロンをどんな小さな事からも絶対に守る。

 こうして…セイによるシャロンへの重過ぎる溺愛が始まったのである。

 
 今日の夕食も、肉が大好きなシャロンのために豚のしょうが焼き丼と豚汁を作った。
 あまりにも美味しそうに食べるため、微笑まし過ぎてセイは思わず吹き出してしまった。

「ははっ、美味しそうに食べるねー」

「んーっ♡おいひーれすっ」

 少しからかうように言うと、シャロンはもぐもぐ食べながら頬に手を当ててうっとりする。

 分厚いロース肉を多めのしょうがでピリッと濃い味に仕上げ、ご飯の上に千切りキャベツを挟んで乗っけたシンプルかつワイルドな逸品だ。

 豚汁には昆布出汁を取り、脂抜きした豚バラ肉をたくさん入れ、これまた大きめにカットしたゴロゴロ野菜をたくさん入れて合わせ味噌で仕上げた。

 栄養も考え…小鉢には白菜の浅漬け、モロヘイヤのおひたし、人参のごま和え。

「ぜんぶおいひいっ!」

 瞳をキラキラさせながら夢中で食べるシャロンを、セイは愛しさいっぱいに見詰めていた。
 口いっぱいに頬張りながらセイに顔を向ける姿は…まるで飼い主にいちいち振り向きながら『ねえねえ!美味しいよ!』と伝える可愛い子犬だ。

 一番最初は、高位貴族令嬢だったシャロンの口に合うか不安であったが…良く考えたら、あの酒場の料理を美味しそうに食べていた。

 シャロンは美味しいものなら何でも好きらしく、マナーを気にせず食べるのが大好きらしい。
 異国の、シャロンにとっては未知の料理にも興味津々で抵抗がない。

(幼女のように好奇心旺盛な食いしん坊…可愛い。これは可愛いが過ぎるな、うん)

 セイは世界中を飛び回ってスパイ活動をしていたため、色んな国の文化や料理を知っている。
 時にはシェフとして潜入する事もあったので、料理スキルもプロ級なのであった。

 セイは確信した…やはり、自分はシャロンと出会うためにスパイ活動をしてきたのだと…脳内で“シャロン馬鹿”を炸裂させていた。

 異国の美味しい食べ物をたくさん作ってあげたい。
 特に、肉、魚介、卵、乳製品が入っている濃い味の料理を…シャロンは動物性たんぱく質のしっかり味が大好きだから。

 不健康にならないように完璧に管理をする…と、セイは新たな決意をした。

「ところで旦那さま…」

「うん…?なぁに」

「私に隠している事がありますよね?」

 食事中…セイの不意を付いたように、ニコニコと可愛い笑みを浮かべながらシャロンが言った。

(…鋭い)

 セイは内心ドキッとした。
 素性と過去を勝手に調べ、本人の許可なく報復行為をしようとしている事を勘づかれたのか…。

 いや、怪しまれないように行動したはずだ。
 シャロンに魔法薬学の才能があるように、セイにも優れた才能がある。

 転移魔法だ。
 これのおかげで調査が出来ていた。

 長距離は魔力の消費が激しいが、この国からシャロンの母国くらいなら問題なくワープできる。
 この事はまだシャロンには話しておらず、家を半日以上空けた事はない。
 普通なら『短時間では不可能』と思うところだ。

 だが…シャロンは聡く、賢い。
 とりあえず、墓穴を掘らないように誤魔化そう。

 セイはいつもの飄々とした態度で軽口を叩く。

「………隙あらば、シャロンちゃんのおっぱいを見詰めていた事かな?」

「え…?そ、そうなのですか…?あの…旦那さま?その…隙をつかなくても露骨に見詰めてくれて良いのですよ…?」

「は…?」

 シャロンは予想外の言葉に、少し戸惑いながら嬉しそうに頬を染めた。
 今すぐ露骨に見詰めて欲しいのか…両手で胸を持ち上げ、たゆんっ…と揺らす。

 何の抵抗もなく受け入れられたセイは一瞬固まる。
 そして本当に胸へと視線が釘付けになった。

「っ…シャロンちゃんってそういうトコあるよね…。んー、じゃあこれはどう?実はね、いつもスカートの中に顔を突っ込みたい衝動に駆られるんだー」

「スカートの中に、ですか…?す、少し、待って下さいね…!お風呂に入ったし…大丈夫のはずよね……よしっ。ど、どうぞっ!」

 椅子から立つと後ろを向き、まずはスカートの中の状態を確認するシャロン。
 ぼそぼそと独り言を呟くと…意を決して、テーブルの向こう側にいるセイの目の前へ。

(うわ…ナチュラルに受け入れられた)

 違う意味で墓穴を掘ってしまった。
 どうしたものかと考えるセイに対し、シャロンはご褒美を待つ子犬のような顔をしている。

 性的なのに性的ではない…あべこべさに何とも言えない背徳感がある。

「っーーー今は…こっちを撫で撫でしたいかなー」

「!…ん~♡」

 セイは何とか欲望に打ち勝ち、シャロンの頭を優しく撫で回す事で回避した。

 気持ち良さそうに声を出し、表情をとろけさせるシャロンを見て、これでうやむやに出来ただろうと思う。

 ほら、自らセイの片手を握り、ハートマークが見えそうなくらい『大好き♡大好き♡』とすりすり頬擦りをしている。

「だんな、さま♡あぶないかくしごとは、めっ♡です♡」

「………………………はい」

 全然うやむやに出来ていなかった。
 とろとろに甘えながらも、何処か冷静で目的意識を失っていない。
 さすがシャロン、しっかりしている。

 そして『めっ♡』ってなんだ…ハートの矢で心臓を射抜かれたような感覚がセイを襲った。
 最近覚え始めた言葉で翻弄してくるとは…恐ろしい子だ。

 様子から察するに、これは…十割中八割はバレているな。


***


 夕食を終え、後片付けをした後…夫婦はソファーに寄り添って座っていた。

 やはり…セイはシャロンの素性と過去を調べ、シャロンのために復讐しようとしてくれていた。
 何の心配もないように、裏で綺麗さっぱり始末しようとしてくれていたのだ。

「旦那さまからの深い愛情が伝わってきて、とても嬉しいです…。ですが、あなたさまが程度の低い愚か者を相手にする必要は無いのです」

 感情を乱し、わざわざ奴らのレベルに合わせてあげる必要はない。
 そもそも関わって欲しくない。
 セイの貴重な時間を使って欲しくない。
 奴らへマイナスな感情を高めて、思考を割いて、囚われているなんて…セイの精神が汚されているように感じるからだ。

「…君を苦しめた奴らを容認できない」

 セイがシャロンの前では珍しく、強い意思を込めた氷のような低い声を出した。
 思わず『素敵…♡』と場違いな感想を溢しそうになるシャロン。

「…そうではありません。向き合ってあげる価値すらないという事です。私は旦那さまとずっと…平穏な日々をゆったり過ごせれば…何者にも脅かされず、何にも囚われない幸せがあれば良いのです。旦那さまだけが、私の全てなのですから」

「俺もシャロンちゃんだけが全てだ。だからこそ…」

「旦那さま…ある、正義と悪の物語から“悪役”が舞台を降りて消滅したらどうなると思いますか?」

「?……っ!」

 シャロンは妖しく、美しい微笑みを浮かべた。
 その瞳は冷気を纏っているかのようで、虫けらを遠くから嘲笑っているように見えた。

 セイは普段とギャップのあるシャロンの恐ろしくも美しい様子に、頬を染めて息をもらした。

「……はは、わっるい顔♡ーーーそうだね…答えは物語が成立しない、かな?」

「はい、大正解です」

 虫酸が走るくらい気に入らないのは事実だが…早々に舞台を降り、自分の存在を完全消去し、奴らの“シナリオ”から“悪役”を消す事が一番。

「私はその物語から存在を消せただけですっきりしているし、満足しているのです…だってーーー」

 シャロンが関わる限り…いや、シャロンが存在する限り、それらは奴らを引き立たせる旨味になる。

 仮に…冤罪をかけられて断罪されたとしよう。
 処刑を免れて追放となったとしたら…シャロンが生きてる限り悪役に仕立ててくる。
 例えば…王太子に不幸が起こったら、根拠も無しに『シャロンが復讐をしている』と…何処までもこちらをコケにして決め付けてくるだろう。

 まるで…シャロンが幸せになるのが面白くない、手元に置き、尊厳から大切なものまで何から何まで奪わないと気が済まないというように。

 奴らは必ずやるだろう。
 遠い異国で関わる事がなくとも、何かしらの因縁をつけて無関係なシャロンを再び巻き込み、無実の罪を着せてくるだろう。

ーーーだからシャロンは自殺を演出し、この世からシャロン・リベルタという存在を抹消したのだ。

「…だから、何もしないんだね」

「はい。生きてる時とは違い、奴らは死んだ悪役には執着しません。もう、私には関係ないもの」

「はぁー…シャロンちゃん?君は自分を過小評価しすぎ。自分の価値は正しく客観視しないと」

「…?価値…?」

 シャロンの言い分聞き、セイは少し呆れたような困ったように表情を緩ませた。

 確かに内容には、九割以上同調できる。
 最初から何も期待せず、最初から全てを捨てるつもりだった少女は、セイが思っている以上に強かで美しかった。
 全ての呪縛から綺麗さっぱり解き放たれて、すっきり晴れやかな気持ちというのも理解できる。

 しかし…。

「シャロンちゃんは“相手にしないで消える”事が一番の復讐だと思っているんだ。自覚していないけどね」

「え…?私が消えて多少困る事はあると思ったのは事実ですが…私にそのような打撃を与える価値はありません。扱いは三下の悪役のようでしたし…」

「シャロンちゃん?それだよ。君は育った環境のせいで自己評価が低い。とっても優秀なのにさ」

 シャロンは怪訝そうに眉を下げる。

 だけど、セイは確信を持って言っていた。
 自己肯定が苦手な故に、シャロンは一つの判断を誤っていると。

「能力が高い者の価値が証明されるのは、その者が消えた後だという事を。奴らは、シャロンちゃんが自殺した事実を受け止められず、尚も死者の君に縋っているはずだよ」

「…………………はいっ!?」

 セイの言葉に、一瞬何を言われたかわからないという顔で固まり…次にはらしくもなく大袈裟に驚いてしまったシャロン。

 だって信じられない。
 あのような扱いをしてきた愚か者たちが…悪役としての価値を失った死者に執着しているなど。

 だが、スパイ…いや、もう元スパイのセイが言うのだ…間違いのはずがない。

「うっ……ゾッとします…」

「俺に任せてもらえば、だいじょーぶ♡」

 全身にはしる寒気に顔を歪めると、セイが緊張感のない声で肩を抱き寄せてきた。
 これは…上手くシャロンを話しに乗せようとしている。
 その証拠に…セイの片手がシャロンの胸の下に移動し、さわさわと控え目に動き始めた。

「んっ」

 人差し指が、服の上から先っぽを強く擦る。
 気持ち良くて思わず声が…。
 触ってくれるのは嬉しいが、誤魔化すのは許さない。

「旦  那  さ  ま  ?それでも復讐は承認できませんよ。何よりも旦那さまが汚れます!わざわざ奴らのところまで自分を下げて相手をする必要はありません!」

「はは、俺愛されてるなー♡…大丈夫だよ。ここまで話を聞いて、シャロンちゃんの意思を無視する気はないから」

「本当ですか…?」

「っ…!?ごめん、いじめないでー」

 今度は仕返しとして、シャロンがセイの股間をやわやわと揉む。
 が、少し布が膨らむと…つい、瞳がとろけてしまう。
 駄目だ…意地悪をしているのに、反応が嬉しくて愛しさが込み上げてきてしまう。

 このまま…咥えたい…。

「はぁ…仕方ないなぁ。シャロンちゃん?俺はこのままえっちしても良いけど、君は違うでしょ?」

「ーーーは!そうでした…!」

「ぶっ!シャロンちゃんにはまだまだ早い駆け引きだねー」

「なっ…………むうっ。お、おちんぽが、美味しそうにもっこりするから、悪いんですっ」

 性的な駆け引きが早い…と言われ少々いじけるシャロン。
 まだ数回しか咥えた事はないが…シャロンは、セイの愛しい立派な肉棒に魅力されていた。

「何その愛しか感じない理由……へぇ…俺の、美味しそうなんだ…」

「た、確かに…私はお子さまですが、旦那さまの気持ち良いところは把握して…」

「っーーーうん、わかった。俺が悪かったから機嫌直して」

「あっ…わたしのおちんぽぉ…」

 尚も夢中で触り続ける手をセイは優しく掴み、股間から強制的に離すと、シャロンが名残惜しそうに甘えた声を上げた。

 セイにはその様子が…耳をたらしながら『クーンクーン』と鼻を鳴らす子犬に見えた。
 言われた内容も相まって、セイの中では愛しさと性欲が爆発寸前だった。

「わ、何今の…独占欲全開の発言最高……俺も言いたい」

「へ…?あの、旦那さま…言わなくても私のおまんこは旦那さまのものですよ…?」

「…………………」

「あっ…も、もちろん…シャロンの全ては旦那さまのも…」

「はい、ストップ。それ以上言われたら愛し過ぎて襲っちゃうから止めてね~」

「え…?」

 対するセイは、翻弄するつもりが逆に翻弄されてどうする…と気持ちを切り替えていた。

「いい?シャロンちゃん」

 セイは気を取り直して、シャロンのためにも最後の仕上げが必要な事を伝えた。

 未練しかない呪縛のような執着から完全に解放させるには、残酷な現実を容赦なく突き付けるしかない。

「生温い夢は終わり…奴らは自分の置かれた状況を理解する時だ」

 ただ、接触したり直接的に何かする訳でない。

「大丈夫。地盤はすでに出来てる…勝手にね?」

 セイは調査した事をシャロンに伝える。

 結論から言うと…シャロンを苦しめた者たちは、程度は違えど大きなショックを受けて、病み…元々狭い視野が更に狭くなっているらしい。

 王太子および王家は、有力貴族からの信用を失い…国を破滅へと導く、欲望にまみれた愚かな家門しか残らなかったらしい。
 シャロンが婚約した夜にすぐ自殺した事で、あれやこれやと調べられ…王太子の愚かさが有力貴族に露呈したのだ。
 ちょうどエリクサーの生産者大捜索をしていた者たちに副産物として知られ、瞬く間に噂は広まった。

 愉快な事に…王家は派閥が別れ、支持が減った事への焦りはあるが、危機的状況にある事を全く気付いていない。

 リベルタ家は、娘が自殺を選ぶほど追い詰められていたというのに、一切耳を傾けず、自分たちの欲望を優先した冷酷非道の家門という事になった。
 屋敷は化け物屋敷のように暗い雰囲気に包まれているという。

 最近では、両親を筆頭にリベルタ家使用人はもちろん、王太子、両陛下、その側近や使用人たちもシャロンを虐待していたと有力貴族を中心に平民や他国にも噂が広がっているらしい。
 虐め、蔑み、貶め、辱しめ、侮辱をし、コケにして愉悦を感じていたと。

 まあ…何にも期待していなかった人生二回目のシャロンは、腹が立つだけで痛くも痒くもなかったが。

 実際は虐待というつもりはなく、本人たちは正当な事をした気でいるが……周りからはそうとしか思えないほどの事だった。

「あの…もう何もしなくていいのでは…?」

 シャロンは、もうやる事がない…と思った。
 現実と目を向けさせるとは言ったが、破滅するのは時間の問題である。

「ううん。確かに破滅するのは時間の問題だけど、自分の愚かさを自覚する事はできない…奴らみたいな人間は特にね。あくまで、これは地盤」

「では…具体的に何をやるのですか?」

「それはね……シャロンちゃん、夜行列車での頭の沸いた女、覚えてる?」

 夜行列車、頭の沸いた女………苺女か。
 当然覚えているが、何故急に彼女の話が出てくるのだろうか。

「ええ……旦那さまのせいで事件に巻き込まれそうになりましたからね」

「っ!おっしゃる通り……本当、ごめんね」

「ふふっ、冗談です。あれは私の運が悪かっただけですから」

 あの時、セイはシャロンの都合など知らなかった。
 それに…セイは一般人が容疑者にならないように素人目にもプロの犯行とわかるように露骨に残していった。
 あそこに居合わせた人間が異常だっただけだ。

「…俺が…あれが幸運だったと言ったら怒る?」

「まあ…旦那さまったら♡…怒りませんよ。私も…見つけてもらえた事については幸運だと思っています」

「シャロンちゃん…♡」

「はいっ♡ーーーーーーで、彼女が?」

「………シャロンちゃん、そういうトコあるよね」

 お互いの手を握り、いい雰囲気が漂ったが…先が気になるシャロンはスパンッと切り替えた。

「彼女はね…シャロンちゃんがこっそり助けた馬鹿貴族に連れられて、かの国で聖女だと祭り上げられてる。君の母国からしたら隣国かな」

「聖女……なるほど、読めない展開ではないですね。利用するという事は…彼女が本当は無能だと露呈してないのですね?」

「さすがシャロンちゃん、理解が早い。そっ、自分に素晴らしい能力があると勘違いしているとはいえ、やっている事は詐欺師と変わらない。彼女みたいな変なカリスマがある口だけな人間を王太子の周りに放り込んだらどうなると思う?」

 恐らく…同時に馬鹿貴族と苺女も始末するつもりなのだろう。
 シャロンの一回目の人生ならまだしも…悪化した情勢、切迫した人間、病んだ人間のそばに…収集がつかない混乱に陥りそうだ。

「……初めは、都合の良い理想論を吐く彼女に期待し、依存します。天真爛漫で、心優しく見える性格も気に入ると思います」

 あの愚か者たちが本質を見抜けるはずがないから。

「うん、そうだね。彼女は…シャロンちゃんとは真逆の、奴らが求めるような理想的な人間像だから」

 セイは続ける。
 未練から、奴らの根底には常にシャロンがいる。
 亡くなった者には絶対手が届かないからこそ、余計に自分たちの過失を認めたくない。

 シャロンと真逆の…理想像の苺女を肯定し、事あるごとに、いかにシャロンが至らなかったと戯れ言を吐くだろう。

 ーーー理想像と比べて…シャロンを否定し、責める事で自己合理化できるからだ。

「それも無意識無自覚で、ね…すぐに現実を見る事になるとは知らずに。はっ…便利な駒がいて良かったよ」

 そして…便利な駒こと苺女は、思い込みが激しいうえ、彼女もまた自己合理化の化身だ。
 本気でそう思って発言しているため、謎の信憑性と説得力が生まれてしまう。
 そして、頭で考えずに感情で全てを判断し、理解が出来ないととりあえず肯定するので、滅茶苦茶な論理を持つ愚か者に好かれやすい。
 心優しく見えるのは無責任なだけなのだ。

「意味のない事を…彼女の存在は事態を急速に悪化させるだけだというのに」

「その通り。偽りの聖女の存在は…そもそも彼女の性格は、ありとあらゆるものに致命的な影響を及ぼす。期待の分だけ損害が大きく、依存は苛立ちに、苛立ちは憎しみ変わる。自分たちの理想が全てひっくり返って、厳しい現実として戻ってくる。それを嫌でも受け入れないといけないからね。奴らは…ここでようやくシャロンちゃんが一度も間違っていない事に気付く」

「……気付くだけ。認めようとはしないはずです」

 シャロンが凍り付きそうな冷たい表情で言った。
 セイはそんなシャロンを宥めながら『大丈夫』と安心させ、諭すように言った。

「人間はね、窮地に陥った時…一番都合の良い存在が頭に浮かぶ。奴らは理解して認めるしかない。今までシャロン・リベルタ令嬢という存在に甘え、依存し、自分を満たしてきたと」

 ぎゅっ…と抱き締める力が強くなる。
 まるで、セイに必ず守ると言われているみたいだ。

「そして…自分の愚かさに悔い、シャロン・リベルタ令嬢がこの世の何処にもいない事…自殺する程嫌われていた事実に絶望する。何処までも自分本位の性根では改心できず、『でも』『なんで』と故人に言い訳しながら一生苦しむはずだ」

 奴らにできる事は、絶望の果ての空虚な世界を惨めに生きていく事だけだ。

「そうなれば…奴らはシャロンちゃんの“死に囚われる”だけで、シャロンちゃんの存在にはもう執着しない」

「…!死に、囚われるだけ…」

 まだ何も解決していない。
 だが…そう聞いた瞬間、シャロンの胸がスッと軽くなった。

 そこで、シャロンはセイの意図に気付いたのだ。

(そうか…だからセイさんは、私のために…)

 ーーーセイは、シャロンの意見を“最大限に尊重”し、シャロンが“一番報われる”選択をしてくれた。

 奴らには、シャロンの存在に執着しても意味が無いと理解させて自らピリオドを打つように促す。
 シャロンのために、完全に縁を断ち切り、終らせようとしてくれているのだ。

「旦那さま…………セイさん…」

「ん、なぁに」

「私の事をこんなに考えてくれたのは、セイさんが初めてです…ありがとう、ございますっ…っ…う…」

「!……大丈夫、これからは俺が一生そばにいるからね」

 シャロンは二回目の人生で、初めて涙を流した。
 セイの言葉は何処までも優しく、真心に溢れ、じんわりと心に溶けて浸透していく。

 抱き締めてくれる腕はこんなにも温かく、安らぎと癒しを与えてくれる。

 これが自分だけの、愛と温もり。
 ずっと手に入れたくて、ようやく手に入れたもの。
 
「はは、来世まで追いかけて見つけちゃう♡」

「っ…は、い…見つけて、欲しいです…ぐすっ…」

 その後…シャロンは『実は死に戻りをし、一回目の人生で冤罪をかけられて殺された』という話もした…が、予想以上にセイの空気が凍てつき、恐ろしいほど静かに怒り狂ったのだった。

 セイが最大の殺意を込めて『やはり…なぶり殺すか…』と言ったのをシャロンが必死に止めたのは別の話だ。


***


 最初は、全てが好きだった。

 隣国から派遣されてきた聖女。
 聖女は今…謎の病で苦しんでいる患者ーーー貴族を治療している。
 もうどのくらい時間が経過しただろう。

 時間がただただ過ぎるだけで、患者は依然として苦しんでいて、症状は全く回復していない。
 唯一変化があるのは…症状とは関係ない擦り傷が、少し薄くなったくらいだろうか。

 だけども…聖女は自身の能力を信じ切っている様子だ。
 結局…疲労と魔力切れで倒れ、半日気を失う事になるというのに。

 ここ半月間、ずっとそうだ。
 患者の症状は回復するどころか悪化の一途をたどり、聖女は一人対応しただけで倒れてしまう。

 だけど、聖女が大好きな王太子はそんなはずないと思い込んだ。
 それが…運命の別れ道だとは知らずに。


 一ヶ月前に王家を支持する貴族たちが謎の病で倒れ…これはまずいと思った両陛下は、宰相の提案で隣国から『癒しの乙女』という二つ名の聖女を呼ぶ事を決めた。

 元々同盟国という事もあり、謝礼金を払う事で隣国には了承してもらえた。
 リベルタ家からの多額の支援でどうにか実現した。

 正直、資金問題が切迫している状態ではかなりの痛手だったが…こうするしかなかった。
 有力貴族からの支持を失った王家は、当然支援金も失い、それでも身に付いた贅沢はなかなか止められず……仕方がなかったのだ。
 これ以上、貴族からの支持を失うわけにはいかない。

 上級回復魔法、上級回復薬でも全く効果がない。
 数ヶ月まで出回っていた万能薬エリクサーも市場から消えた今…隣国の聖女に頼るしかない。

 王家がリベルタ家に頼るのも限界がきている。
 シャロンの自殺から経営が上手くいかず事業が傾き、赤字続きの中での、この出費。

 王太子とリベルタ家は何かに気が付いてしまいそうで焦っていた。

 大丈夫、これは未来への投資…大丈夫、自分たちはいつも正しい。
 選択を間違っていたのはシャロンであって、間違っていた事なんて一度もない。

 だから…シャロンの管理が離れた瞬間、経営が傾いたなんて嘘…偶然に決まっている、と。

 今まで余裕だと思っていた事が、辛い。
 とても辛く、手が回らない、難しくて理解ができない。

 ポロッ…と王太子とリベルタ家の側近や使用人たちが溢す。

『お嬢様がいなくなってから何もかも上手くいかなくなった』

『リベルタ令嬢がいなくなってから王太子殿下の評価が急激に下がっている』

『……………実は、至らなかったのは…問題があったのは…お嬢様ではなく…周り…?私、たち…?』

 そんなわけない、そんなはずがないのに。
 最近はこんな言葉ばかりが彼らの頭を回っている。



 聖女は高位貴族の青年を供に連れてやってきた。
 王家と周囲の人間は、聖女と高位貴族の様子を見て、これは多額の謝礼金を払った甲斐があったと思った。

 一目見て、理想の姿だと思ったからだ。

 二人から感じる、互いへの信頼。
 発言と振る舞いから感じる、確かな自信と実績。
 慈愛に満ちた、意思の強い凛とした瞳。
 聖女という尊い地位にいながら、謙虚で気取った様子は無い。
 愛嬌があり、優しさと無邪気さで周囲を惹き付け、すぐに打ち解ける力。

 この少女は、重責を抱えながらも強い使命感を持ち、明るく前向きに目の前の事と向き合っている。
 不安そうに瞳を揺らしながらも凛として立ち向かう姿に、周囲の人間は感動した。
 なんて健気で、思慮深いのだと。

 聖女は、荒んだ王族や貴族、使用人にまで心を砕き、癒すように無垢な笑顔で寄り添ってくれた。

 王太子は聖女に惹かれ、すぐに心を掴まれた。

『シャロンとは大違いだ』

 そんな言葉が頭に浮かび、気が付いたら声に出して呟いていた。
 リベルタ夫妻と会話をし、被害妄想で身勝手に自殺したシャロンと比べていたせいだ。

 だが、リベルタ夫妻も王太子に同意してくれた。
 久しぶりに見た、穏やかな微笑みで。

 ーーーそう。
 聖女のような人間が正解で、シャロンが何もかも至らず間違っていたのだ。
 よって、それがわかっている自分たちが正しい。

 それを証明するように『うんうん』と頷く周囲。
 聖女の理想を具現化した姿は、王太子とリベルタ夫妻たちを癒し、思考をどんどん楽にさせていった。


 なのに…何故。
 自分たちは正しいのに、間違っているのはシャロンなのに…何故、何もかも上手くいかない。

 自分たちの理想像である聖女が間違っているはずかない、何もかも上手くいくはずなのに。

 上手くいかなくてはならない。

『そうじゃないと、オレたちが、オレがっ…間違っている事になってしまうだろっ…』

 両陛下やリベルタ夫妻、周囲も同じ気持ちだ。
 誰もそんな事は認めない、正しい事なのだから。

 ーーーあの“噂”とは、真実は違うのだ。

『だって、そうじゃないと…シャロンはオレとの婚約が嫌で、オレの事が嫌いで、自殺したみたいじゃないかっ…!シャロンはオレの事がどうしようもなく好きだったはずだっ…!そのはずなんだっ…!オレが嫌われるはずないっ…オレが、意地悪したって、何をしたって、シャロンは、オレが大好きで遥か下から乞う立場のシャロンがっ、無償の愛で受け入れてくれるはずなんだっ…!オレにどんな事をされても、オレに好かれる努力をするべきなんだっ…!』

『あっあああ…駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だっ…私たちにあんな表情をしたのは、素直じゃなかっただけ!紛れもなく…!素直じゃなかっただけだ…!高飛車でプライドばかり高く、考えが甘く…身勝手なのはシャロンのはず…私たちはそれを叱り、躾、正しい選択に導き…導いた、はずだっ…!シャロンの意見を聞かなかったなんて…追い詰めていたなんてデタラメだっ!そうでないとっ…!本当はシャロンがまともで私たちがおかしいみたいじゃないかっ!シャロンから向けられていた表情がっ…表情通りの意味になってしまうじゃないかっ!』

 日に日に、噂される者たちからそんな発言が増えていく。

 攻撃的な責任転嫁は、次第に『そうであって欲しい』という懇願に変わり…最後には後悔になっていた。

 彼らが自身の愚かさを嫌でも自覚し、後悔したのには決定的な出来事があったからだ。

 聖女が治療をしていた患者たちが、一人も回復する事なく、悪化し、全員死亡した。
 それを理由に…元々聖女に嫌悪感を露にしていた有力貴族たちが動いたのだ。

 聖女は徹底的に検査され、回復能力がほとんどないという結果が出た。

 これには本人と供の高位貴族も驚き『そんなはずない』と必死に叫んでいた。

 王太子たちも、最初は信じられなかった。
 まさか…理想の姿をした聖女が、詐欺師だったなんて。

 すぐに検査結果が隣国に送られ、その事実を知らなかった隣国は…二人に重い処分を与える事で事態を収集させた。

 全ての発端の高位貴族からは爵位を剥奪し、財産を全て奪い、男色で有名な領主の元へ無給の使用人として送られた。
 妄言で周りを欺き、たくさんの命を弄んだ聖女には爵位の剥奪はもちろん、戦地での無償の奉仕が命じられた。

 隣国に『我が国も騙されていた被害者だ』と主張され、渡した謝礼金は戻って来なかった。
 こちらの情勢が切迫していると把握している隣国は、『このタイミングで戦争になりなくなければ穏便に終らせろ』と暗に脅してきたのだ。

 王家とリベルタ家、および側近や使用人は……有力貴族たちから追い詰められている状態だ。

 王宮を、王家の所持する兵力を何倍も越す部隊が各家門から集まり、制圧したのだ。
 今は王座の前で拘束された王家とリベルタ家。

 そこに有力貴族たちの筆頭貴族と現れたのはなんと廃宮で幽閉されていた第一王子。
 酒に酔った王がメイドを強姦をしてできた子だ。

 彼は『謎の男』の協力で、この場に立つ事が出来ていた。

 卑しい生まれと蔑まれ、理不尽な人生を歩んできた第一王子が何故…と誰もが思った。

 だが…この王子は聡明で、魔法の天才だった。

 腐る事なく努力を続け、魔法で善良な貴族と縁を気付き、味方を作り、陰から国民を支えていたというではないか。

 有力貴族たちの願いは一つ。
 今の王族を王家から一人残らず追い出し、王族という身分を剥奪。

 第一王子を次代の国王陛下とする事。

 死者ばかり、罪無き民を巻き込む不毛な争い。
 税を上げ、贅沢を続ける王家……理由を上げたしたらキリがない暴政の数々。

 そして今回の失策で資金とたくさんの命が失われた。

『このような者どものために、尊い命が散ってしまったな…私の力が及ばないばかりに…すまない、リベルタ令嬢っ…』

 第一王子は心底苦しそうに呟いた。
 それに当てられたように、次々と有力貴族たちが口を開いた。

『私たちはまだ社交界デビューも果たしていないリベルタ令嬢に何度事業を助けて頂いたかっ…』

『シャロン様のおかげで魔法回復薬を領民に届ける事が出来たのだ』

『シャロン様のお作りなった栄養剤を土にまいたら作物が育つようになったのです』

 シャロンはエリクサーを作る研究過程で、彼らを利用したに過ぎないのだが…結果的に有力貴族を助け、強い信頼を得ていたのだ。

 彼らが言う事は事実だった。
 秘密裏に動く際の販売ルートを把握するため、事業をしている有力貴族に近づき、そのために力を貸したシャロン。
 王家の失策で、戦いに巻き込まれた罪無き民に同情し、作った回復ポーションを買った回復ポーションと偽り、寄付したシャロン。
 痩せた領主、痩せた土地と痩せた領民、栄養剤くらいならいいか…と、レシピを教えてあげたシャロン。

 彼女の自己満足の行動は、知らない内に実を結んでいたのだ。

『自分たちがあの方に何をしてきたかっ…どんな仕打ちをしてきたか、じっくり考える事だな…!』

『あの方は気品に溢れ、優れた教養を身に付け、貴族としての正しい振る舞いができる数少ない令嬢でしたっ。思慮深く、聡明なお方だった……間違った選択をした事など、一つもないっ!』

『貴様らがシャロン様を殺したのだっ!』

 その言葉は、王太子たちが一番言われたくない言葉。
 嫌でも現実を見なくてはいけない言葉であった。

 シャロンが全て正しかった。
 自分たちが全て間違っていた。
 
 ーーーシャロンは死を選ぶくらい自分たちを大嫌いだった。

 今までの全てが何倍にもなり、自分に戻ってきた。
 無意識無自覚で人の名誉と尊厳、心を傷付け…気付ける段階になっても見て見ぬふりをした代償は、彼らの心を激しく貫いた。

 胸にズタズタと突き刺さるような現実。

 もう望んでも、シャロン・リベルタは何処にもいない。
 そう、彼らの世界には、何処にも。


 その後…自覚なく暴政をした元両陛下、元両陛下側近は処刑。
 元王子や元王女は何重にも魔法がかかった廃宮に幽閉。

 悪気はなくとも暴政に協力していたリベルタ家は、爵位が剥奪され、平民として生きていく事に。
 使用人たちは逃げ出す事もできない極寒の地で、厳しい領主の元に。

 元王太子は……睾丸摘出手術後、とある国のとある貴族に引き取られた。
 その貴族は男色で、見目の良い男が悲痛な声を上げながら、複数人に人間としての尊厳を踏みにじられる光景を好む。
 特殊な性癖を持ち、それに愉悦を感じる人物であった。

 第一王子と有力貴族は違う罰を与えたかったが…これは力を貸してくれた『謎の男』からの交換条件だった。

 元王太子は一日だけの元婚約者の名前を何度も口にしていたという。
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