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私の婚約者

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あれから暫くが経った。

もう駄目だと顔面蒼白になっていたのに、事態は意外な方向に進んだ。
侍女アリアの話をどう解釈したのか、ガイアは私を嫌わずに誤解を解いてくれた。

それだけではなく…何と、ガイアとの婚約が決定した。
エリザベス王女と兄の時のように、爆速で。

最初は都合の良い聞き間違えただと思ったが、ガイアから婚約したいと言ってくれたみたいだ。
スペンサー公爵が勝手に進めたのではなく、紛れもないガイアの意思らしい。

父曰く、ガイアは、私を心から好いている様子だったという。

前に縁談の手紙が届いた時とは違い、グレンヴィル公爵家との縁ではなく、スペンサー公爵家は純粋に私を気に入ってくれている。
そういう事で、私が良いなら良いと、両親と兄も大賛成だった。

私からしたら疑問しかないが、こんな奇跡みたいな展開を逃す訳がない。
婚約の話をされた瞬間、思わずフリーズしてしまい、言葉を理解するまでに時間を要したけど……どうにか我に返って、興奮気味に何度も首を立て振って頷いた。

ーーーついに、シリルの付け入る隙を埋めることができた…!

グレンヴィル公爵邸の温室で、エリザベス王女にもらった青い薔薇を一人で眺めながら思う。

これで私を利用して、エリザベス王女に接近するのはかなり難しいだろう。
でも、あのシリルの事だ…どんなぶっ飛んだ行動に出るかわからない。まだまだ油断はできない。

今後、スペンサー公爵邸でパーティーやお茶会が開かれたとしよう。

スペンサー公爵邸で催しがあるなら、ガイアの婚約者である私も当然参加する事になる。
という事はだ…グレンヴィル公爵家の関係者であるエリザベス王女も、兄と参加する可能性が高い。

シリルがそれを逃す訳がない。
あの厚顔無恥の男ならば、招待されていなくても、さも自分が主役のように現れるだろう。

頭に花が咲いた、物事を深く考えない、底知れない行動力。

奴の、場を引っ掻き回し、直接的にも間接的にも周りに迷惑をかけ、不幸を振り撒く能力は凄まじい。
物語の中でも、軽率な行動をする時だけは物凄くアクティブだった。

行動に気を付けていれば、数年間は大丈夫かもしれないが…エリザベス王女が社交デビューした後がまずい。

社交の場に顔を出す事が当たり前になり、色んな催しに招待される事も多くなるし、公務で出かける事も出てくる。

頼りになる兄がブロックしてくれるとは思うが…空気が読めず、線引きが出来ないシリルは、他人の婚約者でも構わずアプローチをかけてくるだろう。

シリルのせいで事実無根な陰口を叩かれ、不名誉な噂を流され、終いには『婚約者がいるのに、別の殿方を誘惑するなんて…』と、エリザベス王女が悪のアバズレ扱いされて蔑まれる未来が容易に想像できた…。

シリルはエリザベス王女の一つ年下なので、社交デビューした一年目は大丈夫……と、安心もできない。

お茶会程度なら押し掛けてくるかもしれないし、公務先…例えば教会での奉仕活動中には絶対現れる…百パーセントと言ってもいい…!

奴は、エリザベス王女のストーカーと思った方がいいだろう。

どうにか対策を考えなければ…!
ただでさえ、二つ年下の私は、社交の場で二年間もそばにいれないのだ。

社交デビュー後のエリザベス王女を守るには、周りの認識を変える程の力が必要だ。

そのためには、私が“公爵令嬢”というブランド以外の価値を見出す必要がある。
今やっているやり方は、幼いからこそ出来るもので、徐々に通用しなくなってくる。

前世の記憶があるとはいえ、私に何が出来るのか…。
物語のように、幼い頃から剣術や武術を習って無双…というのは現実的ではないし…かといって医療や薬学、その他専門分野を習うにも並々ならぬ努力と情熱がいる。

エリザベス王女を守りながら平行して出来る事ではない。

…後で経験豊富そうなリーに相談して、ヒントを探してみよう。



「ビーチェ、見つけた」

「っ…!」

声とともに、ふわっと香る金木犀のような匂い。
しゃがんで考え込んでいたら、後ろから急にぎゅううぅと抱き締められ、驚いてビクッと体が跳ねた。

しかも…ぞくぞくぴりぴりして全身の力が抜けてしまいそうな、この吐息まじりに囁くイケショタボイスは…。

「ガ、ガイアさまっ…!」

い、いつ遊びに来たのっ…!?

「一人でぼーっとしてどうしたんですか?」

背中から覆い被さるように優しく包まれ、思わず振り向くと、当たり前だが…美少年の顔が間近にあった。

ミステリアスな魅力がある顔が、ほんのり赤く色づき、甘く蕩けた微笑みを静かに浮かべている。
私はその微笑みに目を奪われ、心拍数が上がり、きゅうっ…と胸が熱く締め付けられた。

ーーーと、尊い。

あの面会の日、アップルパイに添えられたバニラアイスが完全に溶けても、私は夢中で彼を見詰めていた。
魅惑的な何かにとらわれたように、時間を忘れていたのだった。

ガイアの真っ赤な照れ顔が頭から離れず、思い出してはドキドキしていた。
私はおかしくなってしまったのかと思ったが…落ち着かないのに心地よく、幸福感を感じていた。

そして私は理解して、心の中でキメ顔をした。

ーーーなるほど…また推すべき尊い存在が出来てしまったぜ…と。

ドライでひねくれていた彼が見せた、愛らしい表情。
いつも同じ顔を貼り付けている彼は、頬を紅潮させたり、表情を崩すキャラではないはずなのにっ……まさにギャップ萌えというやつである。

今も極上の微笑みを至近距離で食らい、尊みで天に召されかけていた。

そうして何も答えられないでいると、ちゅっと頬に軽いキスをされた。一瞬、何をされたかわからなかった。

「ひゃっ…」

ほっぺに、ちゅーされちゃった…。

エリザベス王女もそうだけど…何か、行動がイメージと違って…大胆というか、弾けているというか…。

それに…ガイアは異性だからか、エリザベス王女の時とはまた違ったドキドキが私を襲う。

いや、あの、ガイアがしたいなら…好きなだけしてくれて良いのだけど…!
推しがしたい事を制限したくないし…やはり、彼の不幸を物語で見てきたせいか『幸せなら、何でもやりたい事はして…!』と思ってしまう。

「ビーチェは青い薔薇が好きなんですか?」

「は、はいぃ…」

あれ…シチュエーションといい、このやり取りといい、何だか既視感がある…。

「こ、この一角にある青い薔薇は、エリーさま…王女殿下からもらった宝物だから…」

「ふーん…なるほど。では、僕からは何色の薔薇を贈られたいですか?」

「えっ…!?え、えっと…何でしょう…」

そんな事を聞かれるとは思わなかった…!
どう答えるべきだろう…綺麗なら何でも好きだけど…ここは、子供らしくピンクとかオレンジかな。

……贈られるとかではなく、ガイア自身には黒い薔薇が似合うよね。
彼の髪のように綺麗な黒い薔薇が。

「………くろ…」

あっ…妄想をしていたせいで、口に出してしまった…!
駄目だ、黒い薔薇なんて珍しくて高価なものを贈って欲しいだなんてっ…わがままな奴だと思われてしまう!

「え…黒い、薔薇…ですか?」

「は、はいっ…」

「そ、うですか…」

「でも、高価なものなので……………え?」

焦って言葉を続けようとした私は、ガイアの表情を見てピシリッと固まった。

「…っ……ビーチェは、情熱的ですね…」

…だって……ガイアが、困ったように顔を真っ赤にしていたから。
え…な、なぜ…。

私…そんなに恥ずかしい事を言ってしまったのか…。




ーーーその後、庭師のお兄さんに黒い薔薇の花言葉を聞いて羞恥で爆発すると思った。

『黒い薔薇の花言葉は、“貴方はあくまで私のもの”、“決して滅びることのない愛”、“永遠の愛”とかですね』

何で十歳の少年が薔薇の花言葉を知ってるの…。
ああ…絶対、重い女だと思われた…。
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