【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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第二幕 五 「君のおかげで、ずいぶん心強い。霧崎君」

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     五

 臨戦態勢に入ったような室内へ、遂に目的の人物が現れる。
 屋敷の主人に伴われ、萎縮して緊張した様子で室内へと入ってくる。緊張と萎縮は、屋敷の主人への反応だろう。組織の支配階級の人間に対して、そうなってしまうのは労働者階級の悲しい性だ。
 秘書・水島に促され、そろそろと入室する。
「探偵の皆様方、警察の協力者の方が到着致しました。正式な依頼の説明に入ります。」
 主人の孝造が着席し、立ち位置を指示された警察の男が探偵たちへと視線を向ける。
 だが、水島が口を開く直前、今までしおらしげにしていた警察の協力者が、大きな声を上げた。
「おっ、お前は!」
 その男が指さした場所には、涼しげな微笑があった。
「お久しぶりです、警部殿。またお会いすることになるとは。」
 丁寧な挨拶。大仰に頭まで下げた後、微笑を付け加えるヒョウ。
 しかし、それは相手の神経を逆撫でする効果しかなかった。
「ふざけるな!お前は、お前は!何故、ここにいる?いや、今すぐ帰れ。頼むから帰ってくれ。」
 動揺して取り乱したように口走る。先程までの萎縮した態度は消え失せていた。
 ずんぐりとした体躯に、くたびれて皺の目立つスーツ。お洒落のつもりなのかは分からない無精ヒゲに、出っ腹と疲労感の残る顔。中年の警部と呼ばれた男は、長身痩躯のヒョウと比較するとマスコットのようにも見える。
「くっくっくっ、依頼があれば馳せ参じるのが探偵というものですよ。」
 威嚇するように睨みつける警部。
 暖簾に腕押し。ヒョウには、そんな視線は届かなかった。
 再会の挨拶をしている二人の間に割って入るように、主人の孝造の咳払いが響く。
「いいかね、話を続けても?」
 威圧的な声音に、警部は自分の立場を思い知らされ、縮こまるようにして水島の傍らに控えた。
「それでは依頼の説明に入ります。先程の資料に目を通していただけたことと思いますが、当方の依頼は、そちらの資料にある事件を解決していただくことです。事件についての質問や詳しい話は、こちらの警部さんにお尋ね下さい。尚、警部さんは一日に一度、警察との橋渡しのために、こちらにいらしてもらうことになっています。何か必要な情報があれば、警察は全面的に協力してくださるそうですし、新しい情報も随時伝えてくださるそうです。」
 破格の待遇。孝造は自分の力を見せびらかすように鼻を鳴らしている。
「探偵の皆様方には、一刻も早い事件の解決をお願いします。」
 秘書の水島が慇懃に頭を下げた。だが、孝造は椅子にふんぞり返って座ったまま、頭を下げることはなかった。彼にしてみれば、これはお願いではなく命令なのだろう。
「では、警部さんによる事件の説明に移ります。」
 水島が自分の仕事は終了したと言わんばかりに下がっていく。
 探偵達の前にぽつんと取り残された警部は、説明に入る前に背後に座る孝造へと振り返った。
「事件の話をする前に、一つだけよろしいですか?」
 へりくだった言葉に、孝造は眉毛を片方上げてみせる。
「何だ?」
「いえ、あの、」
 警部は口ごもりながら言葉を探し始める。
 孝造は訝しみながら、警部の次の言葉を待った。
「あの男には、あまり期待しない方がいいと思いまして。実は、あまりよくない噂のある男なんですよ。」
「どういう意味だ?」
 要領を得ない警部の物言いに、孝造の言葉が迫力を増していく。
 警部はしばらく迷った後、意を決して諫言の覚悟を決めた。
「あの男に、凍神ヒョウに依頼をするのは止した方がいいと思います。あまりに気分の悪い男ですし、何が起きるか分かりません。私も何が起きても一切の責任は取れません。」
 振り絞った勇気。きっと待っているのは怒号だろう。警部は、次に飛んでくるであろう罵声に耐えるべく目を瞑った。
 だが、そんな警部の耳に届いたのは、豪快な笑い声だった。
「はっはっはっはっ、それならば尚更いいだろう。儂の依頼とも、合致する。どんな方法でも、事件さえ解決すればいいのだからな。そうだろう?」
 諫言は何の意味もなさなかった。警部は、諦めながらもしょぼんとしてしまっていた。
「それよりも、問題は解決したのだろう?だったら、早く事件の説明をしてくれ。儂は忙しいんだよ、君と違って。」
 最後に一掴みの皮肉。孝造は片方の口の端だけを持ち上げて笑っていた。
「は、はい。」
 落胆を振り払って、警部は探偵達に振り返る。
「では、事件の説明をする。事件の概要は先程目を通してもらった資料通りだ。被害者は、第二秘書の野村新、二十三歳。早朝、屋敷の庭師によって、発見された。死因は絞殺。何か布のようなもので首を絞められたと思われるが、凶器は不明。被害者の交友関係も調べてみたが、目立ったトラブルはない。職務態度は優秀。悪い噂も聞かない。まあ、こんなところだ。詳しいことは資料に書いてあるだろう?」
 探偵達がそれぞれに頷いてみせる。
 警部は、国家権力としての精一杯の威厳を見せようと咳払いをする。
「何か質問はあるかな?」
 そこで、満を持しての登場といわんばかりに、霧崎が堂々と手を上げた。
「いいですか?警部。」
「き、君は。」
 警部の顔がパーッと明るくなる。目を輝かせて、安心したような表情で霧崎を見つめる警部。心持ち涙目になっている。
「まさか君も来ていたのか・・・・。君のおかげで、ずいぶん心強い。霧崎君。」
「警部、いつになったら気づいてくれるのかと思っていましたよ。凍神には逸早く気付いたのに、俺はそんなに頼りないのかと思って拗ねるところでしたよ。」
 はっはっはっ、と軽く笑って見せる霧崎。余裕と爽やかさが漂ってきそうだ。
「それで、質問をしてもいいですか?警部。」
「ああ、そうだったな。君からの質問なら大歓迎だ。」
 警察からの信頼を一身に受ける名探偵と、名探偵の助言を得て事件解決に邁進する警察官。名コンビは早くもタッグを組む。
「警部、この報告書の件で質問です。」
 霧崎は資料をぺらぺらとめくり、該当するページを開いた。
 警部は霧崎の掲げる資料を軽く覗き込む。
「ここに、書いてある首筋の特殊な傷という記述ですが、」
 霧崎の質問が始まった途端、警部の顔が渋面になる。憎々しげに光る視線の先には、霧崎の言葉どおりの記述があり、紙面を通して犯人を睨み付けているようだった。
 霧崎は警部の反応に、確信したように続ける。
「具体的には、どういう傷だったんですか?俺は酷く嫌な予感がしてるんですが。」
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