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第七幕 二 「まずは、誰の報告から聞こうか・・・」
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二
全員の視線が宣言者の名探偵に集まり、場の進行役は名探偵に一任される。
全員の視線を浴びて、霧崎は悪い気はしないようで、どこか瞳を輝かせて咳払いなどしてもったいぶっている。人に注目されることが好きでなければ、推理披露などという一世一代の大舞台のある探偵などという職業を志しはしないだろう。
「まずは、誰の報告から聞こうか・・・。」
全員の顔を順々に見つめ、相手の顔から持っている手柄の自信を読み取る。
「じゃあ、まずは横山君。何か新しく分かったことはあったか?」
とりあえず、初めは無難な人間を選んだ霧崎。意気揚々と進行役を勤める辺り、霧崎自身の持っている情報は、価値のあるものなのだろう。全員の中で、一番自信のない顔つきの琉衣を初めに持ってくることで、全員の持ってきた情報の価値について、軽いジャブ級の探りでも入れるつもりだ。
「えーっと、私は、何から調べていいのか分からなくて・・・。」
名指しされて立ち上がったはいいが、琉衣は口ごもる。それでも、必死に考えをまとめ、その結果として笑ってみた。
「えへへ。お手上げです。」
笑って誤魔化す。正に最終手段。
「分かった。大丈夫だ、横山君。」
やっぱりというか、予想通りというか、琉衣の反応に期待していた風でもない霧崎は、了解というように納得してみせる。
「はーい。」
返事の良さは一級品。口ごもった時とは別人のような弾んだ声音。琉衣はすぐさまソファへと腰を落とす、
「では、警部。警察には何か新情報はありましたか?」
霧崎は質問の矛先を名コンビの片割れ、警部へと向けた。
警部は、霧崎の質問に立ち上がる。
「いや、残念だが、ないよ。死の押し売り師についての新情報などはないし、この事件についての情報もない。そもそも、この事件は初動捜査も済んで、死の押し売り師事件として断定されたんだ。君も、そこは理解しているだろう?」
事件のことに関しては意見が一致して協力体制を取る二人らしく、事件を話題にすれば冷静で建設的な会話が出来る。
「ええ。知っています。確認の一つですよ。」
「そうか。」
警部との会話も終わったところで、霧崎は今度は警部の隣のプロファイラー竹川に視線を向ける。
「君はどうだ?そういえば、君の話はこれまで聞いていなかったな。」
竹川は何やら作業中のようで、たまに話の途中で視線を上げる以外は、パソコンに向かっていた。霧崎はそんな竹川に期待したのだろう。今まで情報を提供されるだけの受身だった竹川。それが、今回は情報を提供する側の役回りに回されていた。
パソコンを閉じると、顔を上げる竹川。顔には人懐っこい笑顔が浮かんでいる。
「僕ですか?困ったな。僕が話すことが出来るのは、死の押し売り師の情報と僕が現時点で考える犯人像だけですよ。」
探偵ではなく、プロファイラーであること。依頼を受けたのではなく、ただ情報交換を目的にした協力者であること。竹川は謙遜しながらも、探偵たちに対して暗に一線を引いていた。
霧崎はそれでも構わないとでも言うように頷いてみせる。
「ああ、君の意見を聞かせてくれ。」
「分かりました。」
断る理由もない竹川は、快く了承した。
「えーっと、僕の考えでは、死の押し売り師は、二十代から三十代の男性だと思います。犯行は、今までの十三件全てが晴天の夜に行われました。被害者に共通点がないことから、計画的ではなく突発的な反抗のように思えます。死体に対して文字を刻むという行為は共通していますが、死体の一部を持ち去ることはなく、またネクロフィリアの傾向は見られません。」
淡々と語る竹川。パソコンのデータを見ることもなく、暗誦しているのは何千何百という回数、情報を反芻しているのだろう。
「ここまでだと、一見、無秩序型といわれる犯人像と一致しそうに見えますが、そうとは言い切れないのが死の押し売り師最大の特徴です。まず、目撃者がいないこと。被害者の悲鳴すら聞いたものはいません。これは、秩序型の計画犯罪のように、犯行時の状況に素早い適応が出来ることを示しています。次に、死体に全く防御創がないこと。これは、一概に断定できるものではありませんが、死の押し売り師が被害者に対して力の限り脇目も振らずに発作的に襲い掛かったのではなく、言葉巧みにコントロールして油断させたとも言えます。この時点でも、死の押し売り師は精神異常者の「無秩序型犯罪」ではなく、精神病的人格者、今は人格障害などと言いますが、その「秩序型犯罪」でもなく、混合型です。」
自分のフィールドの話を、誰にでも分かりやすいように話すのは難しい。話の途中で混じりこむ専門用語に、犯罪心理学に精通していない琉衣や警部は首を傾げるばかりだ。霧崎は頷いている。さすが名探偵というべきか、それとも分かっているフリをしているだけか。
「その上、死の押し売り師の場合、既存の連続殺人の分類では対処しきれないところが多々ありまして、全く、こちらもお手上げというところです。猟奇殺人というのは、基本的に性欲というものが絡むものなのですが、この死の押し売り師の場合、その辺がよく分からないんです。相手を支配し、殺す。これは、欲望を満たす行為です。しかし、彼は殺すことを目的にしていないような、支配することを目的としていないような、あまりに特殊です。今のままでは、犯人像どころか、何も分かりません。辛うじて、言えるのは、最初に言った二十代から三十代の男性であろうということだけです。これの根拠は、被害者の首に残った絞殺時の指の痕からの推測に過ぎません。」
肩を竦めて、プロファイラーは自分の話を結ぶ。
全員の視線が宣言者の名探偵に集まり、場の進行役は名探偵に一任される。
全員の視線を浴びて、霧崎は悪い気はしないようで、どこか瞳を輝かせて咳払いなどしてもったいぶっている。人に注目されることが好きでなければ、推理披露などという一世一代の大舞台のある探偵などという職業を志しはしないだろう。
「まずは、誰の報告から聞こうか・・・。」
全員の顔を順々に見つめ、相手の顔から持っている手柄の自信を読み取る。
「じゃあ、まずは横山君。何か新しく分かったことはあったか?」
とりあえず、初めは無難な人間を選んだ霧崎。意気揚々と進行役を勤める辺り、霧崎自身の持っている情報は、価値のあるものなのだろう。全員の中で、一番自信のない顔つきの琉衣を初めに持ってくることで、全員の持ってきた情報の価値について、軽いジャブ級の探りでも入れるつもりだ。
「えーっと、私は、何から調べていいのか分からなくて・・・。」
名指しされて立ち上がったはいいが、琉衣は口ごもる。それでも、必死に考えをまとめ、その結果として笑ってみた。
「えへへ。お手上げです。」
笑って誤魔化す。正に最終手段。
「分かった。大丈夫だ、横山君。」
やっぱりというか、予想通りというか、琉衣の反応に期待していた風でもない霧崎は、了解というように納得してみせる。
「はーい。」
返事の良さは一級品。口ごもった時とは別人のような弾んだ声音。琉衣はすぐさまソファへと腰を落とす、
「では、警部。警察には何か新情報はありましたか?」
霧崎は質問の矛先を名コンビの片割れ、警部へと向けた。
警部は、霧崎の質問に立ち上がる。
「いや、残念だが、ないよ。死の押し売り師についての新情報などはないし、この事件についての情報もない。そもそも、この事件は初動捜査も済んで、死の押し売り師事件として断定されたんだ。君も、そこは理解しているだろう?」
事件のことに関しては意見が一致して協力体制を取る二人らしく、事件を話題にすれば冷静で建設的な会話が出来る。
「ええ。知っています。確認の一つですよ。」
「そうか。」
警部との会話も終わったところで、霧崎は今度は警部の隣のプロファイラー竹川に視線を向ける。
「君はどうだ?そういえば、君の話はこれまで聞いていなかったな。」
竹川は何やら作業中のようで、たまに話の途中で視線を上げる以外は、パソコンに向かっていた。霧崎はそんな竹川に期待したのだろう。今まで情報を提供されるだけの受身だった竹川。それが、今回は情報を提供する側の役回りに回されていた。
パソコンを閉じると、顔を上げる竹川。顔には人懐っこい笑顔が浮かんでいる。
「僕ですか?困ったな。僕が話すことが出来るのは、死の押し売り師の情報と僕が現時点で考える犯人像だけですよ。」
探偵ではなく、プロファイラーであること。依頼を受けたのではなく、ただ情報交換を目的にした協力者であること。竹川は謙遜しながらも、探偵たちに対して暗に一線を引いていた。
霧崎はそれでも構わないとでも言うように頷いてみせる。
「ああ、君の意見を聞かせてくれ。」
「分かりました。」
断る理由もない竹川は、快く了承した。
「えーっと、僕の考えでは、死の押し売り師は、二十代から三十代の男性だと思います。犯行は、今までの十三件全てが晴天の夜に行われました。被害者に共通点がないことから、計画的ではなく突発的な反抗のように思えます。死体に対して文字を刻むという行為は共通していますが、死体の一部を持ち去ることはなく、またネクロフィリアの傾向は見られません。」
淡々と語る竹川。パソコンのデータを見ることもなく、暗誦しているのは何千何百という回数、情報を反芻しているのだろう。
「ここまでだと、一見、無秩序型といわれる犯人像と一致しそうに見えますが、そうとは言い切れないのが死の押し売り師最大の特徴です。まず、目撃者がいないこと。被害者の悲鳴すら聞いたものはいません。これは、秩序型の計画犯罪のように、犯行時の状況に素早い適応が出来ることを示しています。次に、死体に全く防御創がないこと。これは、一概に断定できるものではありませんが、死の押し売り師が被害者に対して力の限り脇目も振らずに発作的に襲い掛かったのではなく、言葉巧みにコントロールして油断させたとも言えます。この時点でも、死の押し売り師は精神異常者の「無秩序型犯罪」ではなく、精神病的人格者、今は人格障害などと言いますが、その「秩序型犯罪」でもなく、混合型です。」
自分のフィールドの話を、誰にでも分かりやすいように話すのは難しい。話の途中で混じりこむ専門用語に、犯罪心理学に精通していない琉衣や警部は首を傾げるばかりだ。霧崎は頷いている。さすが名探偵というべきか、それとも分かっているフリをしているだけか。
「その上、死の押し売り師の場合、既存の連続殺人の分類では対処しきれないところが多々ありまして、全く、こちらもお手上げというところです。猟奇殺人というのは、基本的に性欲というものが絡むものなのですが、この死の押し売り師の場合、その辺がよく分からないんです。相手を支配し、殺す。これは、欲望を満たす行為です。しかし、彼は殺すことを目的にしていないような、支配することを目的としていないような、あまりに特殊です。今のままでは、犯人像どころか、何も分かりません。辛うじて、言えるのは、最初に言った二十代から三十代の男性であろうということだけです。これの根拠は、被害者の首に残った絞殺時の指の痕からの推測に過ぎません。」
肩を竦めて、プロファイラーは自分の話を結ぶ。
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