【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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第七幕 九 「純愛というのも、些か退屈ですね」

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     九

「そろそろ参りましょう。」
 ヒョウがリンに微笑を向ける。
 リンの肯定の鈴を確認すると、ヒョウは温室前の騒動に向けて足を踏み出した。
「霧崎サン。名探偵殿とあろう方が、少し無粋ではありませんか?」
 霧崎に微笑を向けて、やっと参戦するヒョウ。ヒョウに加勢するようにリンの鈴の音も響く。涼しい声音は、熱くなった霧崎の頭に、冷水のように浸透する。
「凍神・・・・。」
 霧崎がヒョウの姿を認めて呟く。真実を語るときに見せる熱意は、杏子の敵意により冷めてしまったようだ。名探偵も反省をするのかもしれない。
「天岩戸というのは、力ずくで開けるものではありませんよ。そんなことでは、天照大神も顔を出してはくれないでしょう?」
「凍神さん・・・・。」
 ヒョウの加勢に力づけられ、やっと杏子は胸を撫で下ろしていた。
 霧崎も心持ちうな垂れた様子で、一歩後ろに下がる。
「そうだな。真実を追い求めるあまり、配慮に欠けていた。それは認めよう。」
 そして、霧崎は改めて温室へと、メイドの杏子へと向き直る。
「申し訳ない。ただ、俺は一刻も早く事件を解決したいと、そう思っていただけなんだ。」
 軽く頭を下げる霧崎。
 杏子は敵意を消して、表情を和らげた。
「分かってもらえれば、それでいいんです。私こそ、お客様に対して失礼な態度で臨んだことを謝罪します。申し訳ありませんでした。」
 深々と頭を下げる杏子。教育は徹底されているようだ。
 温室の前に、やっと平穏な時が流れ始める。諍いは消失し、剣呑な空気は消滅した。
「俺は出直すことにします。今度は約束を取りつけてから来ることにします。いつ頃なら話をしてもらえるか、取り次いでもらってもいいですか?」
 丁寧に頼み込む霧崎は、頭も冷えて礼節を取り戻したようだ。
 杏子はあまり乗り気ではないようだったが、一応頷いて見せた。
「あの、一応、巧様に伺ってみますけど。あまり期待はしないで下さい。」
「はい、お願いします。それでは。」
 霧崎は、今度は無理強いせずに踵を返した。同じ轍を踏むつもりはないのだろう。立ち去る姿に未練はなく、振り返ることはなかった。
 やっと侵入者が消えたことで、杏子の警戒心が解ける。杏子の顔には笑みが浮かんだ。
「有難うございました、凍神さん。助かりました。」
「いえいえ、貴方には迷子のリンを助けていただきましたから。これで貸し借りはなしということですね。」
 杏子の笑顔に微笑を返すヒョウ。
 リンも頷き、鈴の音は肯定を響かせる。
 その時、温室内に霧のような驟雨が降り注ぐ。設定時間になったスプリンクラーが、水を撒き始めたのだろう。薄闇を纏い始めた庭に逆らうように、温室の照明設備が役割を果たし始める。淡い光に包まれた温室は、色彩全てが宝石のように輝いている。
「おや?天岩戸が開きますか?」
 ヒョウの言葉を合図にするように、頑丈に締められていた温室への入り口が中から開かれる。
 扉から外を窺うようにして、顔を出したのは、驟雨に濡れた巧だった。
「あの、先程の探偵さんは、もう?」
「いませんよ、巧様。」
 出迎えるような笑顔の杏子が答える。
 杏子の笑顔に、巧の顔にも笑顔がこぼれた。
「ありがとう。杏子さん。」
「いえ、そんな。」
 頬を染めて俯く杏子。二人の仲はあまりに初々しかった。
「では、そろそろ私達も失礼しましょう。」
 ヒョウはリンに呼びかける。気を利かせてというよりは、もうこの場に興味を失ったといった様子だ。
 リンの鈴の音も響き、ヒョウはリンを抱え上げたまま歩き出す。
 ヒョウの背中に巧が何か言っていたが、ヒョウは振り返らずに食堂への道を進んでいった。
 途中まではいた道案内もいなくなり、廊下に響くのは毛足の短い絨毯に吸収されてくぐもっているヒョウの足音とリンの鈴の音だけ。
「純愛というのも、些か退屈ですね。」
 リンの鈴が肯定を鳴らす。
「お腹すいた。」
 ぐうー
 リンのお腹の虫の音が、廊下に響き渡る。
「リン。もう夕食ですよ。」
 リンの鈴の音は待ちきれないといった様子で肯定を響かせた。
 ヒョウはリンを抱えたまま、急ぐでもなく悠々自適に廊下を進んでいった。
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