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最終幕 十 「そういえば、貴方に一つだけ言っておきたいことがありました」
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十
「聞きたいことですか?」
竹川は力いっぱい頷く。瞳には好奇心が輝き始める。
「はい、死の押し売り師ほどの殺人犯ならば、研究対象としてかなり魅力的です。幼少時のことや、犯行のこと、動機や、信念。そんなことを聞きたいです。」
嬉しそうに楽しそうに竹川は力説する。
だが、ヒョウは竹川の態度に共感することなく、あくまでも冷然としていた。
「幼少時などといっても、どうせ鼻唄でも歌いながら人形の首でも絞めていたのではないですか?他の子供がままごとなどをしている横で。」
冷ややかな口調。興味など感じられないといった様子で、投げやりだ。
しかし、ヒョウのそんな態度にも竹川はめげたりしなかった。
「それは、興味深いですね。そんな頃から、兆候が出ていたと、凍神さんは考えているんですか?」
ヒョウに向けられた質問。
ヒョウは微笑を消すと、しばしの間沈黙した。
そして、微笑を消したままの冷ややかな顔で口を開く。
「貴方は、闇を理解する時に、対岸から見つめるということに関して、どう思いますか?闇との距離を一定に保ち、知識だけで闇が理解できると思いますか?」
「どういう意味ですか?」
不思議そうな顔で、竹川はヒョウを見つめる。真意を探るように、謎を謎のままにせずに解決しようとするように。
ヒョウは足を組んで、冷ややかな視線のまま続けた。
「私は常々思っています。優秀な探偵というのは、対岸にいるはずはないと。勘が働き、匂いを嗅ぎ取るのは、同属だから出来ることです。頭脳だけでは、理解も探知も出来ないでしょう。名探偵は正義を大義として掲げていますが、正義だけを声高に叫ぶものに事件の解決などは出来ないのではないですか?正義とは悪の否定であり、拒絶です。正義の側からしかモノが見られない人間に、闇に触れることすら恐れる人間に、闇を前にして、いったい何が出来るのでしょう?」
答える言葉が見つからず、竹川は黙り込む。ヒョウの言葉の内容は理解できるが、その意見に賛同は出来ないといった様子だ。犯人が悪ならば、探偵は正義という、あまりに明確な図式。ヒョウの言葉は、その図式の否定だった。
ヒョウは一息つくと、肩を竦めて見せた。
「失礼しました。独り言です。忘れて下さい。」
軽く頭を下げて、ヒョウは椅子から立ち上がる。
「短い間でしたが、色々と有難うございました。」
ヒョウにつられて、リンもベッドから立ち上がると小走りでヒョウの隣に並んだ。
ヒョウは微笑を浮かべて頭を下げる。
竹川も頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。」
ヒョウが歩き出し、竹川とすれ違う。
その瞬間、ヒョウは思い出したように声を上げた。
「そういえば、貴方に一つだけ言っておきたいことがありました。」
「何ですか?」
好意的な笑顔で、ヒョウの横顔を見つめる竹川。
リンは既に扉の前まで移動していた。
部屋の中央で、二人は交錯する。
「その死の押し売り師などといったくだらない呼称は、そろそろ止めにしませんか?貴方には悪いですが、あまりセンスの良い呼称とは思えません。」
「どういう意味ですか?」
この部屋に来て三度目の竹川の台詞。竹川の顔には人懐っこい笑みが浮かんでいたが、目だけは笑っていなかった。
ヒョウは横顔のまま続ける。
「首を絞めることのみを目的としたあの男が、警察を挑発するなどといったことは考えられません。貴方も分かっているのでしょう?」
「しかし、現に警察には送られてきたのですよ。犯人しか知り得ない情報が書かれた書簡が。」
竹川の反論。
だが、ヒョウはそんな反論を一蹴するように、嘲笑を響かせた。
「聞きたいことですか?」
竹川は力いっぱい頷く。瞳には好奇心が輝き始める。
「はい、死の押し売り師ほどの殺人犯ならば、研究対象としてかなり魅力的です。幼少時のことや、犯行のこと、動機や、信念。そんなことを聞きたいです。」
嬉しそうに楽しそうに竹川は力説する。
だが、ヒョウは竹川の態度に共感することなく、あくまでも冷然としていた。
「幼少時などといっても、どうせ鼻唄でも歌いながら人形の首でも絞めていたのではないですか?他の子供がままごとなどをしている横で。」
冷ややかな口調。興味など感じられないといった様子で、投げやりだ。
しかし、ヒョウのそんな態度にも竹川はめげたりしなかった。
「それは、興味深いですね。そんな頃から、兆候が出ていたと、凍神さんは考えているんですか?」
ヒョウに向けられた質問。
ヒョウは微笑を消すと、しばしの間沈黙した。
そして、微笑を消したままの冷ややかな顔で口を開く。
「貴方は、闇を理解する時に、対岸から見つめるということに関して、どう思いますか?闇との距離を一定に保ち、知識だけで闇が理解できると思いますか?」
「どういう意味ですか?」
不思議そうな顔で、竹川はヒョウを見つめる。真意を探るように、謎を謎のままにせずに解決しようとするように。
ヒョウは足を組んで、冷ややかな視線のまま続けた。
「私は常々思っています。優秀な探偵というのは、対岸にいるはずはないと。勘が働き、匂いを嗅ぎ取るのは、同属だから出来ることです。頭脳だけでは、理解も探知も出来ないでしょう。名探偵は正義を大義として掲げていますが、正義だけを声高に叫ぶものに事件の解決などは出来ないのではないですか?正義とは悪の否定であり、拒絶です。正義の側からしかモノが見られない人間に、闇に触れることすら恐れる人間に、闇を前にして、いったい何が出来るのでしょう?」
答える言葉が見つからず、竹川は黙り込む。ヒョウの言葉の内容は理解できるが、その意見に賛同は出来ないといった様子だ。犯人が悪ならば、探偵は正義という、あまりに明確な図式。ヒョウの言葉は、その図式の否定だった。
ヒョウは一息つくと、肩を竦めて見せた。
「失礼しました。独り言です。忘れて下さい。」
軽く頭を下げて、ヒョウは椅子から立ち上がる。
「短い間でしたが、色々と有難うございました。」
ヒョウにつられて、リンもベッドから立ち上がると小走りでヒョウの隣に並んだ。
ヒョウは微笑を浮かべて頭を下げる。
竹川も頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。」
ヒョウが歩き出し、竹川とすれ違う。
その瞬間、ヒョウは思い出したように声を上げた。
「そういえば、貴方に一つだけ言っておきたいことがありました。」
「何ですか?」
好意的な笑顔で、ヒョウの横顔を見つめる竹川。
リンは既に扉の前まで移動していた。
部屋の中央で、二人は交錯する。
「その死の押し売り師などといったくだらない呼称は、そろそろ止めにしませんか?貴方には悪いですが、あまりセンスの良い呼称とは思えません。」
「どういう意味ですか?」
この部屋に来て三度目の竹川の台詞。竹川の顔には人懐っこい笑みが浮かんでいたが、目だけは笑っていなかった。
ヒョウは横顔のまま続ける。
「首を絞めることのみを目的としたあの男が、警察を挑発するなどといったことは考えられません。貴方も分かっているのでしょう?」
「しかし、現に警察には送られてきたのですよ。犯人しか知り得ない情報が書かれた書簡が。」
竹川の反論。
だが、ヒョウはそんな反論を一蹴するように、嘲笑を響かせた。
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