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苦悩の章
そして始まる苦悩の日々
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「あのさ、涼くん」
前回の騒ぎから二ヶ月。こいつがまた思い出したように言った。
「最近さ、抜け毛とか多くない?」
……そしてまた、俺の恐怖と苦悩の日々は始まったのだ。
最近ようやく俺の心と体が落ち着いたと思った六月半ば。
梅雨入りが遅れてるらしくて今日も妙に天気がいい中庭で樹にもたれつつ仲良くなった野良猫をいじっているとどうしても眠くなる。うとうとしかけたところで、軽い足音が近づいてきた。
(芙美だ)
ともすれば引きずり込まれそうになる眠りと戦いながら、俺はようやく目をこじ開けた。
「あれ~? そっと来たのに起こしちゃったんだ」
ごめんねえ、なんて言いながら、芙美は俺の隣に座った。
一週間ほど前から濃ゆい弁当攻撃がなくなって、普通の弁当になった。どうやらようやくあきらめたらしい。
「別に構わないって」
「こんなとこで寝てたら体痛くならない? ほら」
制服が汚れるのにも構わずに、芙美は俺の頭を強引に自分の膝に乗せる。
思わず顔が熱くなった。悟られないように、顔を反対側へ向ける。
「はいはい、照れない照れない、動かない動かない。昔はよく、こんな風にしてあげてたじゃん。よしよし」
するとこいつは、そっと俺の頭を撫でた。恥ずかしいけど、やっぱ嬉しいしすごく気持ちいい。
またうとうとしかけたら、
「ねえ、涼くん」
「…ん?」
「あのさ、涼くんってば、悩み事ある?」
「…なんで?」
また何を言い出すんだ。思わず目を開けたら、
「だってさ、毛がパラパラ抜けてくよ。ほら」
…はっきりと目が覚めた。起き上がった俺に、こいつは指でつまんだ俺の髪の毛を示す。
「ほらね。手でちょっと梳いたら、こんな風に…何本だろ」
「いや、別に数えなくてもいいから」
「でもさぁ」
「無駄だ。やめとけ」
(なんだって口を尖らせるんだよ)
顔を引きつらせながら、俺の抜け毛を数えようとしてる芙美を止めたけど、
「ちょっとやばいかもねえ?」
問題は、ちょっとした刺激で毛が抜けてくってことだ。内心ちょっと焦った俺に、またあっけらかんと芙美は言う。
「今からこんなに抜けてたら、若ハゲ街道まっしぐらかもね~。な~んちって、キャハハハハ!」
俺の心に、冷たく固いツララが突き刺さった。いや、小さい頃の付き合いだから、コイツのことは良く知ってる。
今の発言にだって、きっと悪気はないんだろう。悪気は無いっていうのが余計始末が悪いっていうか…。
「私さあ、お腹出てる人はわりと好きなんだけどね」
言葉を探してる俺に、こいつは、わざとだかなんだか分からないけどまるっきり邪気の無い顔で言ってのけた。
「頭がカッパな人はちょっとダメなんだ~。あ、ほらほら、膝枕してあげるから! 頭貸して! よしよし、したげる!」
「別にいらん」
「あはは、はいはい。じゃあ、よしよしはしないから、はいっ!」
強引に俺の頭を乗せる芙美の手に負けて横になりながら、俺は密かに決めた。
(早速今日から、薬局巡りを始めよう)
そして放課後。
『今日は部活だから一緒に帰れないね』なんて芙美は残念そうに言って、俺から去っていく。
(…よし。戦闘開始だ)
近頃は太る前みたいにあまり息が切れなくなった坂を、いつもとは反対方向の駅前方面へ向かう。
いつだったか、芙美と相田が言ってたのを小耳に挟んだんだ。駅前タワーデパートに新しい薬局が出来たって。
今日、あいつが部活で良かった。付いてこられたら、なんて言っていいのか分からないし、第一シャレにならない。
(それにしても、暖かくなったな)
こっから見える海が、とても綺麗だ。
(芙美を連れてきたらきっと喜ぶ。一度誘ってみようかな)
そんなことを考えて思わず頬を染めたら、
「あれ? 梁川じゃんか」
背後からやかましい声がかかった。振り向くと、
(あれ、こいつは確か…)
相田が最近付き合ってるらしい(以前密かに好きだったという水泳部のは諦めたとか聞いた)バスケ部の…
「めっずらしいな。なんでお前がこんなとこ歩いてんだよ」
そうそう、鈴木だ。バスケをやってるからか肩幅も半端なくて俺より一回りはガタいもいいし…タッパ、どんくらいあるんだろう。
「別にお前には関係ねえじゃんよ」
いや本当に関係ないもんだから、そのイガグリ頭を見上げて俺がそう言うと、
「ちぇ、ブアイソな奴」
とか言いながら、それでも並んで付いて来てくれるな、頼むから。ゴリラみたいなのが横にいると、余計目立つんだ。
「…お前こそ、どこ行くんだ?」
お愛想のつもりで聞いてやると、得たりとばかりにこいつは頷いて、
「タワーデパートの薬局だよ」
…またやっかいな道連れだ。
「あそこ、出来たばかりだけどでっかいから、新種のアミノサプリとか置いてるんだとさ。んで、早速買いに行こうってわけだ」
聞かれもしないのに、無駄なことまでペラペラよくしゃべる奴。
「お前、今日部活じゃないのか」
素っ気無く聞くと、
「ああ、今日はよ、カントクが、嫁さんのお産に付き合って休みなんだよ」
…運命の神は、俺にはどこまでも微笑まないらしい。
毎年おみくじは大吉とか中吉とかだけど、毎年ロクなことがなかったもんな。こないだはこないだで、芙美に危うく「食わされ倒される」とこだったし…いやその。
思わずため息をついたら、
「で、お前はどこへ行くんだ?」
鈴木はもう一度聞いてくる。
(忘れてなかったのかよ)
俺はため息を着きたいのをなんとか我慢して、
「俺も薬局」
(あ、ヤベ!)
言ってしまってから、気がついた。何も正直に言うことなかったんだ。しばらく本屋ででも暇を潰して、こいつが帰った頃を見計らって行けば良かったんだ。
「おおー! そうか」
そしたら何が嬉しいのか、鈴木の顔がぱっと輝く。
「それじゃ、どっちが着くのが早いか勝負しようぜ!お前も結構、足には自信あんだろ?」
…そう来ると思った。
「そんなもんねえってば」
「まあまあ、そんなこと言うなよ! 今日は俺、誰とも競争できなくてタマってんだ」
…タマるのはお前の勝手だ。
まだ俺、体重が戻ってやっと二ヶ月。その間、体育の授業はサボらずに出てたけど、タイムまでは戻ってない。
「いくらバスケでも運動部のレギュラーのお前には敵わないって」
「ンなの、やってみなきゃ分かんねえだろ? おらおら、男なら受けて立て! 行こうぜ!」
こいつは俺の気持ちなどお構いなしに、突っ込みどころ満載の台詞を吐いて勝負に誘う。
「仕方ない。乗ってやるか」
やれやれ。体育会系にありがちな「親交を暖める」ってやつか? 仕方ないから、形だけでも付き合ってやろうかと思ってそう言ったら、鈴木の顔はより一層輝いて、
「そうこなくちゃ! いち、に、さん!」
カバンを抱えたまま、俺たちは二人で走り出した。
…そして、走り出してから気づいた。
こいつは前しか見てないんだから、別に俺は歩いて行ってもばれなかったんだ、ってことに。
我ながら、タイミングと要領の悪さには泣けてくる。
「んでよ、お前は何探してんだ?」
ほんと、こういう時と、メシの時だけは素早い。鈴木はどうやら広告で前もってチェックしていたらしい。
お目当ての買い物を済ませると、早速俺の姿を見つけてやってきた。
「なんでこんなとこに用があるんだよ」
こいつは心持ち、顔をしかめて周りを見まわした。
(俺のことはいいだろ、とっとと帰れよ)
と、今回ばかりははっきり言えない自分が悔しい。
「養毛剤…お前が使うのか? …な~んつってな、ハハハ! …おいどうしたよ?」
俺は、養毛剤の一つを手に取ったまま、固まってしまっていた。
この阿呆といい、芙美といい…よくもまあ、ここまで人の心をかき乱せるもんだ。ある意味、特技に近い。
けど、
「冗談だってば、冗談。オヤジとかにやるんだろ? だったらさ」
…こいつがバカでほんと、助かった。
俺の隣でごそごそやっていたかと思うと、別の棚から同じような養毛剤を一つ取り出して、
「じゃーん! これなんかいいぜ。お勧めだ」
示したそれには、木岐森林、なんて書いてあって、
「お前が使ってるのか?」
思わず俺は、マジになる。するとこいつは
「わはは! 真面目に何言ってんだよ。ブアイソなヤツと思ってたら、お前も結構シャレたとこ、あんだなー。ははは! いやホント、すっげー親近感!」
腹を抱えて笑い出した。今の俺の発言がそんなに面白いかよ。
「ああ、悪い悪い。俺のオヤジが使ってるんだ。45才過ぎてから抜け毛がすげえって嘆いてたから、プレゼントしたんだよ、クリスマスに。そしたら今までのどんな育毛剤より効き目がいいって、すんげえ喜んでてさ」
「…そうか」
ならこれにしようかと手を伸ばす俺の横で、
「おう、どんなハゲでも一発だって噂だぜ! 俺のオヤジもスダレだったけどよ、てっぺんからまた生えてきたって、大騒ぎしててよ。わざわざ俺の部屋にまで来て見せてるんだぜ。毎日見せられても分かんねーっての、なあ?」
鈴木はまた、何がおかしいのか笑いながらくっちゃべり続ける。
「笑ってやるなよ。お前のオヤジさんだろ?」
俺がその養毛剤を片手に握り締めながら、思わずたしなめるみたいに言ったら、
「ははは、だってよー、いちいちワタワタするオヤジって、見ててオモシレえんだもん」
「…」
俺はお前のオヤジさんの気持ち、『すんげえ』分かるような気がするんだがな。
「おっ、もうこんな時間か」
言葉を失って立ち尽くした俺には構わず、そこでいきなり鈴木は腕時計を見て、
「悪いけど夜の走りに行かなきゃなんねえんだ。じゃ、またな!」
俺の返事を待たずに走って店から出て行った。そして出たところで振り返って一言。
「いや、ほんと悪い! 気ぃつけて帰れよ!」
いや、全然悪くない。とっとと帰れ。
なんだかどっと疲れたような気がしたけど、俺もレジで精算をすませて店から出た。
(今夜はとっくりとこれと向かい合おう)
紙袋に入ったそれを胸の中で大事に抱え込み、俺は帰路につく。途端にふわっと風が吹いて、
(気のせいかな…)
春になったとはいってもまだ夜は寒い。
(気のせいだといいんだけど)
少し冷たくなった風が、頭のてっぺんに染み渡るような気がした…。
to be continued…
前回の騒ぎから二ヶ月。こいつがまた思い出したように言った。
「最近さ、抜け毛とか多くない?」
……そしてまた、俺の恐怖と苦悩の日々は始まったのだ。
最近ようやく俺の心と体が落ち着いたと思った六月半ば。
梅雨入りが遅れてるらしくて今日も妙に天気がいい中庭で樹にもたれつつ仲良くなった野良猫をいじっているとどうしても眠くなる。うとうとしかけたところで、軽い足音が近づいてきた。
(芙美だ)
ともすれば引きずり込まれそうになる眠りと戦いながら、俺はようやく目をこじ開けた。
「あれ~? そっと来たのに起こしちゃったんだ」
ごめんねえ、なんて言いながら、芙美は俺の隣に座った。
一週間ほど前から濃ゆい弁当攻撃がなくなって、普通の弁当になった。どうやらようやくあきらめたらしい。
「別に構わないって」
「こんなとこで寝てたら体痛くならない? ほら」
制服が汚れるのにも構わずに、芙美は俺の頭を強引に自分の膝に乗せる。
思わず顔が熱くなった。悟られないように、顔を反対側へ向ける。
「はいはい、照れない照れない、動かない動かない。昔はよく、こんな風にしてあげてたじゃん。よしよし」
するとこいつは、そっと俺の頭を撫でた。恥ずかしいけど、やっぱ嬉しいしすごく気持ちいい。
またうとうとしかけたら、
「ねえ、涼くん」
「…ん?」
「あのさ、涼くんってば、悩み事ある?」
「…なんで?」
また何を言い出すんだ。思わず目を開けたら、
「だってさ、毛がパラパラ抜けてくよ。ほら」
…はっきりと目が覚めた。起き上がった俺に、こいつは指でつまんだ俺の髪の毛を示す。
「ほらね。手でちょっと梳いたら、こんな風に…何本だろ」
「いや、別に数えなくてもいいから」
「でもさぁ」
「無駄だ。やめとけ」
(なんだって口を尖らせるんだよ)
顔を引きつらせながら、俺の抜け毛を数えようとしてる芙美を止めたけど、
「ちょっとやばいかもねえ?」
問題は、ちょっとした刺激で毛が抜けてくってことだ。内心ちょっと焦った俺に、またあっけらかんと芙美は言う。
「今からこんなに抜けてたら、若ハゲ街道まっしぐらかもね~。な~んちって、キャハハハハ!」
俺の心に、冷たく固いツララが突き刺さった。いや、小さい頃の付き合いだから、コイツのことは良く知ってる。
今の発言にだって、きっと悪気はないんだろう。悪気は無いっていうのが余計始末が悪いっていうか…。
「私さあ、お腹出てる人はわりと好きなんだけどね」
言葉を探してる俺に、こいつは、わざとだかなんだか分からないけどまるっきり邪気の無い顔で言ってのけた。
「頭がカッパな人はちょっとダメなんだ~。あ、ほらほら、膝枕してあげるから! 頭貸して! よしよし、したげる!」
「別にいらん」
「あはは、はいはい。じゃあ、よしよしはしないから、はいっ!」
強引に俺の頭を乗せる芙美の手に負けて横になりながら、俺は密かに決めた。
(早速今日から、薬局巡りを始めよう)
そして放課後。
『今日は部活だから一緒に帰れないね』なんて芙美は残念そうに言って、俺から去っていく。
(…よし。戦闘開始だ)
近頃は太る前みたいにあまり息が切れなくなった坂を、いつもとは反対方向の駅前方面へ向かう。
いつだったか、芙美と相田が言ってたのを小耳に挟んだんだ。駅前タワーデパートに新しい薬局が出来たって。
今日、あいつが部活で良かった。付いてこられたら、なんて言っていいのか分からないし、第一シャレにならない。
(それにしても、暖かくなったな)
こっから見える海が、とても綺麗だ。
(芙美を連れてきたらきっと喜ぶ。一度誘ってみようかな)
そんなことを考えて思わず頬を染めたら、
「あれ? 梁川じゃんか」
背後からやかましい声がかかった。振り向くと、
(あれ、こいつは確か…)
相田が最近付き合ってるらしい(以前密かに好きだったという水泳部のは諦めたとか聞いた)バスケ部の…
「めっずらしいな。なんでお前がこんなとこ歩いてんだよ」
そうそう、鈴木だ。バスケをやってるからか肩幅も半端なくて俺より一回りはガタいもいいし…タッパ、どんくらいあるんだろう。
「別にお前には関係ねえじゃんよ」
いや本当に関係ないもんだから、そのイガグリ頭を見上げて俺がそう言うと、
「ちぇ、ブアイソな奴」
とか言いながら、それでも並んで付いて来てくれるな、頼むから。ゴリラみたいなのが横にいると、余計目立つんだ。
「…お前こそ、どこ行くんだ?」
お愛想のつもりで聞いてやると、得たりとばかりにこいつは頷いて、
「タワーデパートの薬局だよ」
…またやっかいな道連れだ。
「あそこ、出来たばかりだけどでっかいから、新種のアミノサプリとか置いてるんだとさ。んで、早速買いに行こうってわけだ」
聞かれもしないのに、無駄なことまでペラペラよくしゃべる奴。
「お前、今日部活じゃないのか」
素っ気無く聞くと、
「ああ、今日はよ、カントクが、嫁さんのお産に付き合って休みなんだよ」
…運命の神は、俺にはどこまでも微笑まないらしい。
毎年おみくじは大吉とか中吉とかだけど、毎年ロクなことがなかったもんな。こないだはこないだで、芙美に危うく「食わされ倒される」とこだったし…いやその。
思わずため息をついたら、
「で、お前はどこへ行くんだ?」
鈴木はもう一度聞いてくる。
(忘れてなかったのかよ)
俺はため息を着きたいのをなんとか我慢して、
「俺も薬局」
(あ、ヤベ!)
言ってしまってから、気がついた。何も正直に言うことなかったんだ。しばらく本屋ででも暇を潰して、こいつが帰った頃を見計らって行けば良かったんだ。
「おおー! そうか」
そしたら何が嬉しいのか、鈴木の顔がぱっと輝く。
「それじゃ、どっちが着くのが早いか勝負しようぜ!お前も結構、足には自信あんだろ?」
…そう来ると思った。
「そんなもんねえってば」
「まあまあ、そんなこと言うなよ! 今日は俺、誰とも競争できなくてタマってんだ」
…タマるのはお前の勝手だ。
まだ俺、体重が戻ってやっと二ヶ月。その間、体育の授業はサボらずに出てたけど、タイムまでは戻ってない。
「いくらバスケでも運動部のレギュラーのお前には敵わないって」
「ンなの、やってみなきゃ分かんねえだろ? おらおら、男なら受けて立て! 行こうぜ!」
こいつは俺の気持ちなどお構いなしに、突っ込みどころ満載の台詞を吐いて勝負に誘う。
「仕方ない。乗ってやるか」
やれやれ。体育会系にありがちな「親交を暖める」ってやつか? 仕方ないから、形だけでも付き合ってやろうかと思ってそう言ったら、鈴木の顔はより一層輝いて、
「そうこなくちゃ! いち、に、さん!」
カバンを抱えたまま、俺たちは二人で走り出した。
…そして、走り出してから気づいた。
こいつは前しか見てないんだから、別に俺は歩いて行ってもばれなかったんだ、ってことに。
我ながら、タイミングと要領の悪さには泣けてくる。
「んでよ、お前は何探してんだ?」
ほんと、こういう時と、メシの時だけは素早い。鈴木はどうやら広告で前もってチェックしていたらしい。
お目当ての買い物を済ませると、早速俺の姿を見つけてやってきた。
「なんでこんなとこに用があるんだよ」
こいつは心持ち、顔をしかめて周りを見まわした。
(俺のことはいいだろ、とっとと帰れよ)
と、今回ばかりははっきり言えない自分が悔しい。
「養毛剤…お前が使うのか? …な~んつってな、ハハハ! …おいどうしたよ?」
俺は、養毛剤の一つを手に取ったまま、固まってしまっていた。
この阿呆といい、芙美といい…よくもまあ、ここまで人の心をかき乱せるもんだ。ある意味、特技に近い。
けど、
「冗談だってば、冗談。オヤジとかにやるんだろ? だったらさ」
…こいつがバカでほんと、助かった。
俺の隣でごそごそやっていたかと思うと、別の棚から同じような養毛剤を一つ取り出して、
「じゃーん! これなんかいいぜ。お勧めだ」
示したそれには、木岐森林、なんて書いてあって、
「お前が使ってるのか?」
思わず俺は、マジになる。するとこいつは
「わはは! 真面目に何言ってんだよ。ブアイソなヤツと思ってたら、お前も結構シャレたとこ、あんだなー。ははは! いやホント、すっげー親近感!」
腹を抱えて笑い出した。今の俺の発言がそんなに面白いかよ。
「ああ、悪い悪い。俺のオヤジが使ってるんだ。45才過ぎてから抜け毛がすげえって嘆いてたから、プレゼントしたんだよ、クリスマスに。そしたら今までのどんな育毛剤より効き目がいいって、すんげえ喜んでてさ」
「…そうか」
ならこれにしようかと手を伸ばす俺の横で、
「おう、どんなハゲでも一発だって噂だぜ! 俺のオヤジもスダレだったけどよ、てっぺんからまた生えてきたって、大騒ぎしててよ。わざわざ俺の部屋にまで来て見せてるんだぜ。毎日見せられても分かんねーっての、なあ?」
鈴木はまた、何がおかしいのか笑いながらくっちゃべり続ける。
「笑ってやるなよ。お前のオヤジさんだろ?」
俺がその養毛剤を片手に握り締めながら、思わずたしなめるみたいに言ったら、
「ははは、だってよー、いちいちワタワタするオヤジって、見ててオモシレえんだもん」
「…」
俺はお前のオヤジさんの気持ち、『すんげえ』分かるような気がするんだがな。
「おっ、もうこんな時間か」
言葉を失って立ち尽くした俺には構わず、そこでいきなり鈴木は腕時計を見て、
「悪いけど夜の走りに行かなきゃなんねえんだ。じゃ、またな!」
俺の返事を待たずに走って店から出て行った。そして出たところで振り返って一言。
「いや、ほんと悪い! 気ぃつけて帰れよ!」
いや、全然悪くない。とっとと帰れ。
なんだかどっと疲れたような気がしたけど、俺もレジで精算をすませて店から出た。
(今夜はとっくりとこれと向かい合おう)
紙袋に入ったそれを胸の中で大事に抱え込み、俺は帰路につく。途端にふわっと風が吹いて、
(気のせいかな…)
春になったとはいってもまだ夜は寒い。
(気のせいだといいんだけど)
少し冷たくなった風が、頭のてっぺんに染み渡るような気がした…。
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