刺青将軍

せんのあすむ

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五 華一掬 4  

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 確かに最初のうち、彼が通そうとするのは、まことに他愛ない小さな要求であろう。その要求を呑んてるうちに、それは必ず、少しずつ大きいものに変貌していく。そして気が付けば、軍部が政治の中枢を担っている、といったことになりかねない。

 韓琦が思うに、それでは、宋の太祖が目指した理知的で理性的な進んだ国家にはならない。だから、

(狄青は排除されなければならないし、排除されるだろう)

 と、彼は予測した。

(人に対するに信をもってする、誠実な人柄……それ自体は大変に素晴らしい。だから多くの者に愛される。だが、こと政治となればそれだけでは駄目なのだ。下心を持ちおべっかを使ってすり寄ってくる者であっても、それが必要な力を持つものであれば敢えて身近に置いて上手く利用するくらいのことができなければ、政治の世界では生き残れない。まことに残念だ。妹を嫁にやらないで良かった)

 かの話が持ち上がった時、狄青と縁続きになっていたなら、「その時」がやってきた折、韓琦は彼自身が日頃からモットーとするところの公平性に基づいて、身内であればこそ厳重に罰しなければならなくなろう。

 従って狄青という人物を惜しみながらも、

(そうならなくて良かった。それで良いのだ)

 救いの手を差し伸べぬことを、韓琦は改めて自分自身に誓ったのだ。

 やがて、ようやく狄青の到着が知らされた。その姿が城内二つ目の門に小さく現れたのを見て、

(彼も、朝廷においては長く生きられる器ではない)

 穏やかな微笑を浮かべながら、韓琦は少し背をかがめた。あまりに急激に頭角を現しすぎた今までの官僚と同様、これから宮廷で狄青を待つのは、妬みや嫉みからくる誹謗と中傷の嵐である。

(嵐は、身をかがめてやり過ごすべきだ)

 思いながら、

「枢密副使狄青殿、ご苦労様でした」

 近付いてきた彼に、韓琦は声をかけた。

「なんとお懐かしい……いろいろと気遣いくださいまして、ありがとうございます」

 韓琦の出迎えを心から喜び、かつ恐縮しているらしい狄青へ、

「皇帝陛下からの褒章である。本日、枢密副使狄青を枢密使に任じる。謹んで拝命するように」

 韓琦は続けて告げた。たちまち、狄青の周りで兵士たちが歓呼の声を上げる。

 全く、返事をする間もない、とはこのことだろう。

「見ろ、皆がそれを喜んでいる」

「は、しかし……、俺はこれ以上の出世など」

 戸惑って周囲を見回す狄青に、韓琦は穏やかな微笑を浮かべてさらに言う。

「皆が、そなたに宰相になって欲しいと言っている。ここはその望みを叶えてやるのが、そなたの務めだと思うが」

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