15 / 16
五 華一掬 10
しおりを挟む
いつのまにか彼のことを嫌い始めていた文官たちも、さぞや「それ見たことか」と思ったであろう。政変を起こす気があると見られている、というだけでも、十分に罪の対象になるのであるから、彼らにとっては、狄青を取り除くための、まさに好機であったと言える。
(積もり積もったものが、先ほどの兵士の言葉で遂に爆発した。それが今日であったというだけの話だ)
将校らに囲まれながら淡々と思い、狄青は歩き続けた。
果たして、玉座の間で膝を付いた彼に、
「枢密使狄青を現職より罷免する。従来ならば皇帝陛下に対する不敬罪に値するが、病を患っているゆえもあり、これまでの功績をも考え合わせた上、罪一等を減じ、陳州長官に任ず。理由は以下である」
これまでにない険しい顔で韓琦は告げたのである。
今まで自分を引き立ててくれた韓琦が、自分に対する罪状を続けて並べるのを、狄青は従容とした面持ちで聞いていた。
その罪状の中には、
「兵士たちが酒場で上司である文官を侮辱した」
「文官へ暴行を加えた兵士を囃し立てた者を厳重に処罰しなかった」
こういった些細なことを、まさに針小棒大にした類のものも含まれていて、いかにこの場に間に合わせるために急ごしらえで作られた内容であるかというのも窺わせるものだった。
(出世を望んでいなかった者を出世させ、そしてとある時期が過ぎれば、罪に問うて突き落とす。まことに、朝廷とは不可思議なところだ)
狄青はどこか他人事のようにそれを耳にし、己の置かれた状況に、むしろある種のおかしみさえ覚えていたのである。
その様子に、
(常の者ならば、放逐を告げられた時点で懸命に自己を弁護するものだが)
反って苛立ちを募らせたのは、むしろ罪を宣告している韓琦のほうだった。
(この者は、本当に何のためにここにきて、何のためにここにいたのか)
ほとんど腹を立てんばかりに思い、
(汝、何ゆえに此れに来たりて、何ゆえに此れにありや)
これまでにも何度か心の中で思い浮かべ、今まさに喉元まで出掛かっているその言葉を、懸命に嚥下しようと努めながら、
「兵士たちを扇動し、皇帝陛下にたてつこうとした罪」
そこまで言って狄青をちらりと見た。すると、彼もまた、いやに澄んだ眼差しを韓琦へと注いでいる。それに気づいて、
(何故、こんな目が出来るのだ。まるで、私のほうが彼に憐れまれているような)
韓琦は内心非常に狼狽し、狄青を見詰めたまま、しばし言葉を失っていた。
そんな彼を救うように、
「そういうことで、そなたには陳州へ赴いてもらう。陳州ならば、そなたの故郷にも近いゆえ、気候もさほど変わるまい。今までご苦労だった。ゆるりと休まれよ。向後、朝廷において、そなたの手を煩わせることも無かろう」
王座にいる仁宗の声が響く。
(積もり積もったものが、先ほどの兵士の言葉で遂に爆発した。それが今日であったというだけの話だ)
将校らに囲まれながら淡々と思い、狄青は歩き続けた。
果たして、玉座の間で膝を付いた彼に、
「枢密使狄青を現職より罷免する。従来ならば皇帝陛下に対する不敬罪に値するが、病を患っているゆえもあり、これまでの功績をも考え合わせた上、罪一等を減じ、陳州長官に任ず。理由は以下である」
これまでにない険しい顔で韓琦は告げたのである。
今まで自分を引き立ててくれた韓琦が、自分に対する罪状を続けて並べるのを、狄青は従容とした面持ちで聞いていた。
その罪状の中には、
「兵士たちが酒場で上司である文官を侮辱した」
「文官へ暴行を加えた兵士を囃し立てた者を厳重に処罰しなかった」
こういった些細なことを、まさに針小棒大にした類のものも含まれていて、いかにこの場に間に合わせるために急ごしらえで作られた内容であるかというのも窺わせるものだった。
(出世を望んでいなかった者を出世させ、そしてとある時期が過ぎれば、罪に問うて突き落とす。まことに、朝廷とは不可思議なところだ)
狄青はどこか他人事のようにそれを耳にし、己の置かれた状況に、むしろある種のおかしみさえ覚えていたのである。
その様子に、
(常の者ならば、放逐を告げられた時点で懸命に自己を弁護するものだが)
反って苛立ちを募らせたのは、むしろ罪を宣告している韓琦のほうだった。
(この者は、本当に何のためにここにきて、何のためにここにいたのか)
ほとんど腹を立てんばかりに思い、
(汝、何ゆえに此れに来たりて、何ゆえに此れにありや)
これまでにも何度か心の中で思い浮かべ、今まさに喉元まで出掛かっているその言葉を、懸命に嚥下しようと努めながら、
「兵士たちを扇動し、皇帝陛下にたてつこうとした罪」
そこまで言って狄青をちらりと見た。すると、彼もまた、いやに澄んだ眼差しを韓琦へと注いでいる。それに気づいて、
(何故、こんな目が出来るのだ。まるで、私のほうが彼に憐れまれているような)
韓琦は内心非常に狼狽し、狄青を見詰めたまま、しばし言葉を失っていた。
そんな彼を救うように、
「そういうことで、そなたには陳州へ赴いてもらう。陳州ならば、そなたの故郷にも近いゆえ、気候もさほど変わるまい。今までご苦労だった。ゆるりと休まれよ。向後、朝廷において、そなたの手を煩わせることも無かろう」
王座にいる仁宗の声が響く。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる