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五 華一掬 9
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泣きそうな顔をしながら、それでも兵士たちは素直に地面へ膝を付いた。現代ならこんな風に大人しく殺されたりはしないかもしれないが、この頃にはそれほど珍しい光景でもなかったことで、そういうものだという感覚があったのだろう。
狄青もそれらに対して容赦なく、下手に手加減して死に損なって苦しむことになってはいけないと、頭の中を空白にしてまるで機械のように次々と刃を振り下ろした。
兵士たちの首がごろりと地面に転がり、切られた断面から血が噴き出す光景にも氷のように冷え固まった表情のままで一瞥をくれただけで、狄青は切り替えたかのように駆け付けた巡回使らに声を掛ける。
「先刻の文官の方には、なるだけ手厚い治療を。俺はこれより宮城へ赴かねばならぬ」
もはや兵士らの遺体には目も向けず、その表情のままに冷たい声で言い置き、彼は踵を返し歩き出す。
彼の頭の中では、既に次の心配事がよぎっていた。兵士が放った暴言は、すぐにも、いやもうすでに皇帝の耳にも届いているかもしれない。狄青自身にとっても由々しき事態だが、先程の兵士に同調する者が他にもいると思われては、今回自分が処刑した者達だけでは済まないだろう。下手をすると数十人、いや百人単位で処罰される者が出てくる可能性すらある。
(これまでと似たように、俺自身からよくよく話せば、聡明な陛下ならきっとお分かりくださる。俺を信じてくれている韓琦殿もいる。自分が罰を受けるだけで済むなら、それが一番だ)
彼はそのように己に言い聞かせながら、背を奔る激痛に堪えつつ、急ぎ宮城へ馬を走らせた。
夜はすっかり更けているのに、彼が辿り着いた時には、宮城内にはあかあかと火がともされている。やはりすでに事件のことは伝わっているのだろうと覚悟しつつ、宮城を守っている門番へ、
「枢密使狄青である。夜分であるが、急ぎ陛下への取次ぎを頼む」
頼んだ途端、
「……刺青将軍殿か」
待ち構えていたらしい将校たちが、彼の周りを厳しく取り囲む。その中には普段親しく会話を交わしていた将校もおり、しかし彼らは全員、狄青が息を呑むほどに顔を険しくして、槍も構えていた。
彼がその顔を見ると、皆一様に目を逸らす。逸らしつつ、警戒は緩めない。
その様子に、彼は察した。
(ああ、そうか。反逆者を見る目だ)
無言のままで、将校たちは彼に歩くように促す。辿る道は、何度も通い慣れた玉座の間へ続くそれで、
(俺は、とうとう罪に問われるのだ。それも、決して些細なものではない罪に)
そのことを悟り、ある程度覚悟はしていたとはいえ自分でも驚くほど、サバサバとしたような気持ちで狄青は思った。
彼自身に、政変を起こすなどといったような考えは一切ない。そのことは、当時宮中で彼の人となりを知る者なら誰もが知っていた。彼に対する中傷の多くは、取るに足らぬ嫉妬によるものである。
だが、世の常として、どんなに根も葉もない噂でも、何度も言われているうちに、ついには聞き逃せなくなってしまうものになることも多い。それに今回のそれは、何より兵士が放った、
「狄青が皇帝に取って代わる」
という一言が、たとえそれが酔っ払った一兵卒による戯言であったとしても、狄青に政変を起こす気があるという根拠となりえてしまう類のものだった。そして今夜の事件はもはや、開封城内ほぼすべての人間に広まってしまったと見てよいだろう。
狄青もそれらに対して容赦なく、下手に手加減して死に損なって苦しむことになってはいけないと、頭の中を空白にしてまるで機械のように次々と刃を振り下ろした。
兵士たちの首がごろりと地面に転がり、切られた断面から血が噴き出す光景にも氷のように冷え固まった表情のままで一瞥をくれただけで、狄青は切り替えたかのように駆け付けた巡回使らに声を掛ける。
「先刻の文官の方には、なるだけ手厚い治療を。俺はこれより宮城へ赴かねばならぬ」
もはや兵士らの遺体には目も向けず、その表情のままに冷たい声で言い置き、彼は踵を返し歩き出す。
彼の頭の中では、既に次の心配事がよぎっていた。兵士が放った暴言は、すぐにも、いやもうすでに皇帝の耳にも届いているかもしれない。狄青自身にとっても由々しき事態だが、先程の兵士に同調する者が他にもいると思われては、今回自分が処刑した者達だけでは済まないだろう。下手をすると数十人、いや百人単位で処罰される者が出てくる可能性すらある。
(これまでと似たように、俺自身からよくよく話せば、聡明な陛下ならきっとお分かりくださる。俺を信じてくれている韓琦殿もいる。自分が罰を受けるだけで済むなら、それが一番だ)
彼はそのように己に言い聞かせながら、背を奔る激痛に堪えつつ、急ぎ宮城へ馬を走らせた。
夜はすっかり更けているのに、彼が辿り着いた時には、宮城内にはあかあかと火がともされている。やはりすでに事件のことは伝わっているのだろうと覚悟しつつ、宮城を守っている門番へ、
「枢密使狄青である。夜分であるが、急ぎ陛下への取次ぎを頼む」
頼んだ途端、
「……刺青将軍殿か」
待ち構えていたらしい将校たちが、彼の周りを厳しく取り囲む。その中には普段親しく会話を交わしていた将校もおり、しかし彼らは全員、狄青が息を呑むほどに顔を険しくして、槍も構えていた。
彼がその顔を見ると、皆一様に目を逸らす。逸らしつつ、警戒は緩めない。
その様子に、彼は察した。
(ああ、そうか。反逆者を見る目だ)
無言のままで、将校たちは彼に歩くように促す。辿る道は、何度も通い慣れた玉座の間へ続くそれで、
(俺は、とうとう罪に問われるのだ。それも、決して些細なものではない罪に)
そのことを悟り、ある程度覚悟はしていたとはいえ自分でも驚くほど、サバサバとしたような気持ちで狄青は思った。
彼自身に、政変を起こすなどといったような考えは一切ない。そのことは、当時宮中で彼の人となりを知る者なら誰もが知っていた。彼に対する中傷の多くは、取るに足らぬ嫉妬によるものである。
だが、世の常として、どんなに根も葉もない噂でも、何度も言われているうちに、ついには聞き逃せなくなってしまうものになることも多い。それに今回のそれは、何より兵士が放った、
「狄青が皇帝に取って代わる」
という一言が、たとえそれが酔っ払った一兵卒による戯言であったとしても、狄青に政変を起こす気があるという根拠となりえてしまう類のものだった。そして今夜の事件はもはや、開封城内ほぼすべての人間に広まってしまったと見てよいだろう。
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