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首無しライダー
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岬へと通じるその峠道は、事故が多くて要注意とされていた道だった。特に自動車やオートバイが一般にも普及してからは、レーサー気取りでスピードを競う人間が集まり、それがさらに事故を招いていたのが事実だった。
もちろん、地元の警察も手をこまねいていたわけではなく、注意喚起を促す看板を設置したり、頻繁にパトロールをしたりして、特に夜に集まってくる<スピード狂>たちについてはかなり対処できるようになったと思われた。
なのに、昼間でさえ、スピードの出し過ぎと思われる事故が相次いで、関係者達の頭を悩ませた。
「どうして身の程もわきまえずに、自分の腕を過信するんだ…!」
岬を超えたところにある海水浴場で海を家を経営し、地元の商店街で実質的に会長役をしている笹本健次郎は、本業のスーパーの前を道を、峠の方へと走っていく自動車やオートバイを眺めながら誰に言うともなく吐き捨てるように呟いた。
実は彼の高校時代の友人も、件の峠でバイクの事故で命を落としている。その友人はいわゆる<カミナリ族>という奴で、親に買ってもらったバイクをイキがって乗り回し、一緒に走っていた<カミナリ族>仲間二人と共に崖から転落して岬に落ち、死んだのだ。しかも三人ともが、ガードレールに衝突した際にその縁を首が滑ったのか、綺麗に胴体から首が切り離された状態で死んでいたという。
しかもその後、おかしな噂が立ち始めた。
「三人の首無しライダーが、走り屋でもスピード狂でもないドライバーやライダーを煽って事故を起こさせてる」
という、悪趣味な怪談じみた風評だった。
地元でそういう噂が立つと家業のスーパーや海の家の営業にも影響しかねないから、彼はそれも不快に思っていた。
それでなくても事故が多くてイメージが悪いというのに。
なのに、世の中では<心霊ブーム>とやらが起こっているらしく、この峠で囁かれている<首無しライダー>の噂を聞きつけて冷やかし半分で他府県から人が訪れるようになり、商店街の中にも、
「不謹慎っちゃ不謹慎だが、海水浴場だけじゃ正直、人呼ぶのにも厳しくなってきてるし、この際、そういうのも利用するべきじゃないか」
という意見が出始めたのだった。
しかし、笹本としては、自身の友人が亡くなった頃にそれをきっかけにするように囁かれるようになった噂なだけに、不快感ばかりが湧き上がっていた。だからその意見については頑なに反対していた。
「お前はこれでいいのか…? こんな噂を広めるためにバイクに乗ったのか?」
昨日も商店会の会合で<首無しライダー>の件で意見が対立し、それを一喝して黙らせた笹本は、バイク事故で亡くなった友人の墓前に立ち、苦い顔でそう問い掛けた。
とは言え、もちろん答えが返ってくるわけもなく、「ふう…」と溜息を洩らしながら帰ろうとした時、彼は一人の少女とすれ違った。中学生くらいと思しき、さらりとした黒髪を胸の辺りで切り揃え、サルと思しきぬいぐるみを抱えた少女だった。
それ自体は特に気にするほどのこともなかったはずにも拘らず、笹本は何気なく少女の姿を目で追ってしまった。すると少女は、彼の友人の墓の前で立ち止まり、それを見詰めるのが分かった。
『親戚の子か何かか…? でも、中学生くらいならアイツとは会ったこともないはずだが…』
中学生だとすれば、自分の子としてももう遅めの子になってしまう。ましてや三十年以上も前に亡くなった友人のことなど、そもそもそんな人間が存在したことすら知ってるかどうかというレベルだろう。たとえ家族から聞かされていたとしても、わざわざ一人で墓参りに来るような理由があるとも思えない。
そんな不自然さもさることながら、この時、笹本の心に冷たいものを奔らせたのは、何よりその少女の表情だった。笑っているような、しかし人間らしい温かみをまるで感じさせない、まるで昆虫か何かに無理矢理笑顔の形を作らせたかのようなゾッとする笑顔だと彼は感じた。
しかも、声は聞こえなかったが、墓に向かった少女の口が動いて、
『また、よろしくね。頑張ってね』
と言ったのが、何故か分かってしまったのである。
『な…なんだ……こいつ……!』
えもいわれぬ不気味さを覚え、笹本は逃げるようにその場を立ち去った。
その彼の耳元で、
「いやねえ…ジャマしちゃ……」
という声が聞こえた気がしたのも、空耳や幻聴の類だったのだろうか。
翌日、岬で水死体となって発見された笹本の遺体は、何かにすりつぶされたかのように頭が完全に潰れてしまっていたという。
そして、そんなこともありながらも、彼が会長役を務めていた商店会では、件の<首無しライダー>の噂を、昨今の心霊ブームに合わせて推し、他府県からの集客を図ることになったそうである。
FIN~
もちろん、地元の警察も手をこまねいていたわけではなく、注意喚起を促す看板を設置したり、頻繁にパトロールをしたりして、特に夜に集まってくる<スピード狂>たちについてはかなり対処できるようになったと思われた。
なのに、昼間でさえ、スピードの出し過ぎと思われる事故が相次いで、関係者達の頭を悩ませた。
「どうして身の程もわきまえずに、自分の腕を過信するんだ…!」
岬を超えたところにある海水浴場で海を家を経営し、地元の商店街で実質的に会長役をしている笹本健次郎は、本業のスーパーの前を道を、峠の方へと走っていく自動車やオートバイを眺めながら誰に言うともなく吐き捨てるように呟いた。
実は彼の高校時代の友人も、件の峠でバイクの事故で命を落としている。その友人はいわゆる<カミナリ族>という奴で、親に買ってもらったバイクをイキがって乗り回し、一緒に走っていた<カミナリ族>仲間二人と共に崖から転落して岬に落ち、死んだのだ。しかも三人ともが、ガードレールに衝突した際にその縁を首が滑ったのか、綺麗に胴体から首が切り離された状態で死んでいたという。
しかもその後、おかしな噂が立ち始めた。
「三人の首無しライダーが、走り屋でもスピード狂でもないドライバーやライダーを煽って事故を起こさせてる」
という、悪趣味な怪談じみた風評だった。
地元でそういう噂が立つと家業のスーパーや海の家の営業にも影響しかねないから、彼はそれも不快に思っていた。
それでなくても事故が多くてイメージが悪いというのに。
なのに、世の中では<心霊ブーム>とやらが起こっているらしく、この峠で囁かれている<首無しライダー>の噂を聞きつけて冷やかし半分で他府県から人が訪れるようになり、商店街の中にも、
「不謹慎っちゃ不謹慎だが、海水浴場だけじゃ正直、人呼ぶのにも厳しくなってきてるし、この際、そういうのも利用するべきじゃないか」
という意見が出始めたのだった。
しかし、笹本としては、自身の友人が亡くなった頃にそれをきっかけにするように囁かれるようになった噂なだけに、不快感ばかりが湧き上がっていた。だからその意見については頑なに反対していた。
「お前はこれでいいのか…? こんな噂を広めるためにバイクに乗ったのか?」
昨日も商店会の会合で<首無しライダー>の件で意見が対立し、それを一喝して黙らせた笹本は、バイク事故で亡くなった友人の墓前に立ち、苦い顔でそう問い掛けた。
とは言え、もちろん答えが返ってくるわけもなく、「ふう…」と溜息を洩らしながら帰ろうとした時、彼は一人の少女とすれ違った。中学生くらいと思しき、さらりとした黒髪を胸の辺りで切り揃え、サルと思しきぬいぐるみを抱えた少女だった。
それ自体は特に気にするほどのこともなかったはずにも拘らず、笹本は何気なく少女の姿を目で追ってしまった。すると少女は、彼の友人の墓の前で立ち止まり、それを見詰めるのが分かった。
『親戚の子か何かか…? でも、中学生くらいならアイツとは会ったこともないはずだが…』
中学生だとすれば、自分の子としてももう遅めの子になってしまう。ましてや三十年以上も前に亡くなった友人のことなど、そもそもそんな人間が存在したことすら知ってるかどうかというレベルだろう。たとえ家族から聞かされていたとしても、わざわざ一人で墓参りに来るような理由があるとも思えない。
そんな不自然さもさることながら、この時、笹本の心に冷たいものを奔らせたのは、何よりその少女の表情だった。笑っているような、しかし人間らしい温かみをまるで感じさせない、まるで昆虫か何かに無理矢理笑顔の形を作らせたかのようなゾッとする笑顔だと彼は感じた。
しかも、声は聞こえなかったが、墓に向かった少女の口が動いて、
『また、よろしくね。頑張ってね』
と言ったのが、何故か分かってしまったのである。
『な…なんだ……こいつ……!』
えもいわれぬ不気味さを覚え、笹本は逃げるようにその場を立ち去った。
その彼の耳元で、
「いやねえ…ジャマしちゃ……」
という声が聞こえた気がしたのも、空耳や幻聴の類だったのだろうか。
翌日、岬で水死体となって発見された笹本の遺体は、何かにすりつぶされたかのように頭が完全に潰れてしまっていたという。
そして、そんなこともありながらも、彼が会長役を務めていた商店会では、件の<首無しライダー>の噂を、昨今の心霊ブームに合わせて推し、他府県からの集客を図ることになったそうである。
FIN~
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