いきすだま奇譚

せんのあすむ

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連れて行かれない方法、教えます

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「あっ」、なんて叫びを残して、その女性は転落した。

防止用のネットを張っていたのに、信じられないことにその隙間をすり抜けて、皆が駆け寄る間もなく床に叩きつけられて…そのまま。

そう、サーカスにはよくある…よくある事故のひとつに過ぎない…はずだった。



「…故人の冥福を祈りまして…」

葬式の最中だった。

お坊さんがそんな風に言って、私達は神妙に目を閉じ、頭を下げる。

サーカスっていう商売柄、事故が多い。サーカス団に所属している限りは、演目中とか、練習中を問わずにお亡くなりになる方はやっぱり多い。 

もちろん、そんなことのないように、私のところは気を使ってるはずなんだけれど、それでもやっぱり、不慮の事故で、

「まことに申し訳ございません。気をつけていたはずだったんですけれど。本当に残念です」

団長でもある私の父親が、亡くなった団員さんのお母さんへ、深々と頭を下げる。

だって滅多に無いことのはずだった。

空中ブランコから転落して、不運なことに張り渡してあるネットの隙間へ落ちてしまうなんで、きっとお亡くなりになった人でさえも予想さえしていなかったに違いない。

代演の人はいくらでもいる。だから公演に穴が開くことはなくて、何事も無かったようにサーカスの興行は続けられたんだけれど、

「それも申し訳なくて」

生真面目すぎる『団長』の父は、大きな体を縮めるみたいにしてそう言った。

「いえ…あの子もきっと楽しかったはずです。どうかそんな風に気になさらないで」

「いや、やはりこちらの手落ちです。あらゆる事態を予測しておくべきだった。まことに残念です」

その人のお母さんが涙を拭きながら言ってくれるのへ、私の父は反って恐縮したみたいに何度も謝った。

だって、その人は…サーカスの花形で、お父さんだって「これからが楽しみだ」なんて期待していた人だったもの。

今はまだ、高校の勉強で忙しいけれど、いずれは…なんて考えていた、私も同じ道を目指すんだって。

だから到底他人事とは思えない。父が、神妙に手を合わせているのと同じように、微笑んでいるその人の遺影に向かって、私も手を合わせて目を閉じた。



…驚くことに、それから一ヶ月も経たないうちに、今度は別の…サーカスとは全然関係ない、別々の劇団に所属している舞台俳優さんが一人ずつ亡くなった。

もちろん、今度は空中ブランコなんて全然関係ない事故。一人は女性で、歩道を歩いていた時にまるで車のほうから飛び込んできたような交通事故で、もう一人は男性で、舞台稽古がお休みでダムへ釣りに出かけていて、足を滑らせてダムから転落したんだという。

いずれも、前に私達のサーカスで亡くなった空中ブランコの方と、とても親しい人たちだった。

「団員が個人的に親しくしていた人たちだからな。我々の知らない人だし…」

父は、それを人づてに聞いて、だけど今度は、冷たい言い方だけど「直接には関係のない」人たちだから、葬式にまでは顔を出せないって思ったらしい。

だけど、私は、かつての『花形』さんのトレーラーへちょくちょく遊びに来ていたその人たちのことを知っている。

だって私は、その人たちを含めた三人によく可愛がってもらっていたから。

特に、釣りが好きな男の人は、偏差値だって高い大学の演劇サークル出身だったから、勉強もよく見てもらってた。だから、

「お父さん。私だけでもお葬式に行っちゃだめ?」

「ああ、好きにしなさい。お前はよく相手をしてもらっていたみたいだし。やっぱり悲しいか」

私が言うと、お父さんは快諾してくれて「あまり思いつめるなよ」なんて逆に慰めてくれた。

(呼んだんじゃないのかな、あの人が)

だけど私は、心の中で全然違うことを考えていたのだ。

前に亡くなった、あの『花形』が、二人を呼んだんじゃないかって。

(…あの世から?)

高校の勉強が残っているから、って父には告げて、自分専用のトレーラへ戻りながら、

(馬鹿馬鹿しい)

どうしてそんなこと、急に考えたんだろう。



…ともかく、また亡くなった人たちのお葬式へ、私は二つとも出た。

自分のトレーラーへ戻ってくると、お父さんが尋ねてきて、

「リュッケンベックサーカスの団員さんが亡くなったそうだよ」

今度は、ウチのサーカスと付き合いのあった、別の国のサーカス団員が亡くなったのだと、

「二度あることは三度あるというがなあ」

驚き半分、沈痛半分といった面持ちで私に告げる。

サーカスの事故でじゃなくて、これも、海で泳いでいる最中の出来事だったらしい。

父が語るところによると、ダムから落ちて亡くなった舞台俳優さんの、親しいお友達だったのだそうだ。

私たちとはあまり親しい関係ではないけれど、同じサーカス関係なのだから、なんて話し合っていたら、父の携帯が鳴って、

「ええ、なんだって?」

今日も公演を終えたばかりらしい。ひょうきんなシルクハットを被ったまま、その下で輝いている片眼鏡が震えた。

ダムから落ちて亡くなった方のもう一人のお知り合いが、ほぼ同時期に交通事故で亡くなったという。

しかも今度は、結構有名な大学の演劇部の人だったそうなのだ。

(…やっぱり)

それを聞いて、電話で話し続ける父を見ながら、心の中で私は密かに頷いていた。

心にたまらない寂しさを抱えた人が一人亡くなるたびに、亡くなったその人は、親しかった人を必ず二人連れていく。

一番最初に亡くなった『花形』さんも、そういう意味では、お父さんを幼い頃にバイクの事故で亡くして、しかも妹さんが同じ学校の男子生徒に殺されて、肉親って呼べる人はお母さん一人しかいなくて、不幸で…すごく寂しがりやだった。

そして、ダムから落ちて亡くなった舞台俳優の方も、妹さんが恋人と一緒に、その恋人に横恋慕してたっていう女性に睡眠薬を飲まされた上に火を点けられて殺されたっていうことがあって、精神的にすごく辛かったらしいから。釣りが好きでそれで何とか自分を癒してたらしい。

そんな中でも、私に優しくしてくれた人だった。

(だって寂しいよね)

美人だけどどこか影のあった、私達のサーカスの団員だった人の顔を思い浮かべて、私は思った。

もしも死後の国、みたいなところがあるにしても、初めて行く場所なんだもの。

(一人で逝くには怖いし、何より寂しすぎるのは当たり前かもしれない)

劇団員だって、主役とはいかないまでも、端役でもつかんで舞台に立てたら、役者冥利につきるってものだ。

もしも一度も舞台に立たないまま死ななきゃならなくなったら…?

それはきっと、サーカスの『花形』だったあの人だって同じ、ううん、あの人こそ強烈に思ってたはずで、

(寂しくて、妬ましくて、一人で逝ってたまるか、なんて思っちゃうよね。自分にしか出来ない、って思ってたことを、他人がやっちゃうんだもの)

その時、どうして私がそんな風に思ったのか、いくら考えても分からない。

だけど、もしも…もしもダムから落ちて亡くなった、私を可愛がってくれていた人が、同じように私を連れて行こうとしたら?

(嫌だ)

薄情だって言われてもいい。私は死にたくない。付き合って死ぬのなんて真っ平だ。

そう考えてふと思いついたのが、小さい頃に聞いた祖母の話。

(確か…うん)

死んでしまった親しい人に、連れて行かれないようにするための方法を思い出したところで、

「さて、明日はお前はお葬式に行くんだったな?」

父が電話を切って、私に向き直る。私が頷くと、「元気出せよ」なんて言いながら、父はトレーラーを出て行った。

そしてその翌日。お葬式に出席した私は、他の人がお花とかを故人の棺に供える中、紙で作った小さな人形を2つ、入れておいた。

するとその時、私は何故か分からないけど何かの気配を感じたみたいに視線を向けた。その先では、一人の女の子が私を見てた。私を見て、何とも言えない表情でうっすらと微笑んでた気がした。

中学生くらいかな。肩の辺りで切り揃えたさらさらの髪と大きな瞳が印象的な女の子。でもその女の子は、腕に、サルのぬいぐるみを抱えてた。中学生くらいの女の子でお葬式の場でそんな風にぬいぐるみを抱えてるとかさすがに奇異にも感じてしまう。

まあでも、それぞれ「事情」もあるだろうから、あんまり気にしない方がいいのかもしれないとも思った。だって、その女の子の表情、綺麗にも見えて同時に何か違和感を覚えるものだったし。

(親戚の子とかなのかな…?)

でないと、そういう事情を抱える子を連れてきたりしないんじゃないのかなって気もした。

ただ、そんなことはまるでお構いなしって感じでお葬式は進み、いつの間にかその女の子の姿もなく、最後に霊柩車に棺が納められて走り去っていくのを、私はただ見送るしかできなかった。

(大丈夫かな。多分これでいいと思うんだけれど)

とても不安な気持ちを抱えながら…。



単なる偶然だったんだ、って言い切ってしまえることかもしれない。だけど…どうなんだろう?

祖母が教えてくれた、親しい人が死んで、その人が寂しがって生きている人を連れて行かないようにするための、いわば「おまじない」。

(何でもいいから、人形を二つお棺に入れるんだよ…)

本当にそうすればその人が誰も連れて行かないのか、誰にも分からないのかもしれない。だって私ですら、未だに半信半疑なのだから。

だけど私…それから、人の葬式へ招かれるたびに、人形を2つ、その棺へ入れることにしている。

亡くなった人が、自分と親しかった方を連れていかないように。

その方が、せめて寂しくないように。

そして何よりも、

(だって私、まだ死にたくないもの)

だってまだ高校生だから、まだまだ生きていたい。冷たいかもしれないけれど、これが一番の私の本音。

だけど、

(その時になってみないと分からないけどね)

こればっかりは、本当に分からない。

やっぱり一人で死ぬのは辛くて怖いかもしれない。ひょっとしたら私も、死ぬ時は誰かを連れて行こうとするかも、なんて、少し笑いながら見上げた夏の空は、どこまでも眩しくて…。

そして、一ヶ月経っても一年が経っても、結果的にその人は、誰も連れていかなかったのだ。

だからそれからも私は、私に少しでも近い人たちのお葬式には必ず顔を出す。

お棺の中に人形を二つ入れて、

(どうか生きている人たちを連れて行かないで下さい)

心の中で、密かにそう祈る。

するとその時、

『ちぇっ…つまんないの……』

私の耳にそんな声が聞こえた気がして、ハッと振り返る。その視線の先にいたのは、見覚えのある顔。

そうだ、以前にもお葬式に参列してたあの子だ。中学生くらいで、サラサラの髪を肩の辺りで切り揃えて、大きな瞳が印象的な、何とも言えない笑顔にも見える表情を向ける、サルのぬいぐるみを抱えた女の子。

(つまんないって、何が……?)

私はそう問い掛けたかったけど、さすがにその場では何も言えなかったのだった。



FIN~
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