4 / 8
心配なんだよ
しおりを挟む
今日の講義をすべて受け終わった後、私は慌てて大学をでて駅へ向かった。喧嘩した彼氏と顔を合わせたくないという何とも情けない理由だ。わき目もふらずに歩いていると、誰かが追いかけてくるのに気がついた。やっぱりダメかと観念して振り返ると、思った通り喧嘩してそれっきりになっている彼氏が小走りになって近寄ってくる。
「やあ」
「こんにちは」
ぎこちなく挨拶をしてお互い押し黙る。彼氏の家を飛び出す時に、私はもうここまでだと思って出てきた。つき合っていた時間は短く、すぐに離れれば彼氏のいなかった生活に慣れるだろうと私は思っている。それは相手も同じで、きっと私のことなんかすぐに忘れるだろうということも。
『ケジメはつけろよ』
平岡先輩の言葉がよみがえって私は顔をしかめる。本音を言えば別れたくない。イケメンというほどじゃないけど、ほのぼのとした容貌を見ていると安心できた。資産家の彼が住むマンションに行った時は玉の輿に乗ったような気分になったし、普段味わうことのない贅沢はまるで麻薬だ。蓋を開けてみれば私は一般庶民。一緒にいるのは無理だと思った。
「あの、ごめんなさい。家飛び出してそのままになっちゃって」
「構わないよ。それよりさ、家に戻ってこない?」
「それは、無理かも」
「なんで?俺が自分で稼いで暮らしているわけじゃないから?」
「そういうわけじゃないよ。親に仕送りしてもらってる人っていっぱいいるし」
「じゃあ、問題ないよ。早苗がそうしたいなら、お金受け取るし」
「そうじゃなくて、私は…」
きっかけはお金の価値観だ。自分で稼いだわけでもないのに、まるで自分のお金のように扱って贅沢をする彼を見ているのが怖くなった。別におかしいことじゃない。彼は真面目に勉強してサークルにも精を出してる。私からは贅沢に見えるけど、彼にとっては日常なんだ。この違和感をどう伝えたら良いか困った。普通の女の子なら彼の申し出を喜んでいるところだ。
「でもさ、真剣な話。早苗が今いるアパートは出た方が良いよ」
思わず顔をあげると、彼の黒目がきらりと光る。黒い短髪に少し日に焼けた肌。私よりちょっとだけ高い身長。込み上げてくる思いが溢れてしまわないよう、何とか心の奥に押し込む。
「どうして?ボロボロだから?」
「そうじゃなくて、知らないの?」
「何が?」
参ったなって顔をして右手で頭の後ろをかく。どういうことだろうとぼんやり彼を見つめていると、小さく息をついた。
「ヤモリ荘があるあたりで、空き巣があったんだよ。女性の一人暮らし狙ってるみたいだって」
「嘘」
ここで彼は視線を厳しくした。
「お前の仲の良い先輩は、そういう大切なこと教えてくれないんだな」
「仲の良いって」
「今日、早苗が一緒に昼飯食ってた男だよ!」
温厚な彼が声を荒げる。私は思わず口元を手でおおった。肩にかけた鞄がずり落ちて体をゆすってかけ直した。
「平岡先輩とは、その、ただの先輩後輩で」
「早苗のこと置いて飯食ったらさっさと行っちゃったのに、じっと見てたじゃないか」
「そんな、別に何か意味があって見ていたわけじゃ」
「まあ、先輩のことはともかく、危ないから俺のマンションに来たらどうかって言ってるんだ」
駅まで歩いて十分くらいだろうか。人のまばらな住宅街でも、通りすがりの人が私たちのことを興味深げに見ていく。彼はくそっと腹立たし気に地面を蹴って、私の腕を掴んだ。
「早苗に何かあったら嫌なんだよ。せめて、犯人が捕まるまで俺の家にいろよ」
空き巣が出る、危険だと言われているのに私は妙な心地だった。確かにヤモリ荘はボロで防犯も危うい。窓も扉もすぐ破られてしまうだろう。それでも彼の元に戻って、安全な生活を送りたいとは思わなかった。
「私、戻らない。ヤモリ荘にいる」
「頑固だな」
私のはっきりした口調に顔をゆがめる彼から視線を外し、彼の手に自分の手を重ねてそっと、だけど強く押しのける。
「ごめん。鍵返すよ」
鞄の中から合鍵を出そうとすると、彼がゆるゆると頭を振った。
「持っててよ。いつでも来てほしいし、怖かったら連絡してほしい」
「でも、私は、多分戻ら…」
「空き巣が捕まるか、もっと安全なマンションに移ったら返してくれよ」
これでは私と彼の間は宙ぶらりんのままだ。それでも私は、顔を伏せてありがとうと呟いた。
「やあ」
「こんにちは」
ぎこちなく挨拶をしてお互い押し黙る。彼氏の家を飛び出す時に、私はもうここまでだと思って出てきた。つき合っていた時間は短く、すぐに離れれば彼氏のいなかった生活に慣れるだろうと私は思っている。それは相手も同じで、きっと私のことなんかすぐに忘れるだろうということも。
『ケジメはつけろよ』
平岡先輩の言葉がよみがえって私は顔をしかめる。本音を言えば別れたくない。イケメンというほどじゃないけど、ほのぼのとした容貌を見ていると安心できた。資産家の彼が住むマンションに行った時は玉の輿に乗ったような気分になったし、普段味わうことのない贅沢はまるで麻薬だ。蓋を開けてみれば私は一般庶民。一緒にいるのは無理だと思った。
「あの、ごめんなさい。家飛び出してそのままになっちゃって」
「構わないよ。それよりさ、家に戻ってこない?」
「それは、無理かも」
「なんで?俺が自分で稼いで暮らしているわけじゃないから?」
「そういうわけじゃないよ。親に仕送りしてもらってる人っていっぱいいるし」
「じゃあ、問題ないよ。早苗がそうしたいなら、お金受け取るし」
「そうじゃなくて、私は…」
きっかけはお金の価値観だ。自分で稼いだわけでもないのに、まるで自分のお金のように扱って贅沢をする彼を見ているのが怖くなった。別におかしいことじゃない。彼は真面目に勉強してサークルにも精を出してる。私からは贅沢に見えるけど、彼にとっては日常なんだ。この違和感をどう伝えたら良いか困った。普通の女の子なら彼の申し出を喜んでいるところだ。
「でもさ、真剣な話。早苗が今いるアパートは出た方が良いよ」
思わず顔をあげると、彼の黒目がきらりと光る。黒い短髪に少し日に焼けた肌。私よりちょっとだけ高い身長。込み上げてくる思いが溢れてしまわないよう、何とか心の奥に押し込む。
「どうして?ボロボロだから?」
「そうじゃなくて、知らないの?」
「何が?」
参ったなって顔をして右手で頭の後ろをかく。どういうことだろうとぼんやり彼を見つめていると、小さく息をついた。
「ヤモリ荘があるあたりで、空き巣があったんだよ。女性の一人暮らし狙ってるみたいだって」
「嘘」
ここで彼は視線を厳しくした。
「お前の仲の良い先輩は、そういう大切なこと教えてくれないんだな」
「仲の良いって」
「今日、早苗が一緒に昼飯食ってた男だよ!」
温厚な彼が声を荒げる。私は思わず口元を手でおおった。肩にかけた鞄がずり落ちて体をゆすってかけ直した。
「平岡先輩とは、その、ただの先輩後輩で」
「早苗のこと置いて飯食ったらさっさと行っちゃったのに、じっと見てたじゃないか」
「そんな、別に何か意味があって見ていたわけじゃ」
「まあ、先輩のことはともかく、危ないから俺のマンションに来たらどうかって言ってるんだ」
駅まで歩いて十分くらいだろうか。人のまばらな住宅街でも、通りすがりの人が私たちのことを興味深げに見ていく。彼はくそっと腹立たし気に地面を蹴って、私の腕を掴んだ。
「早苗に何かあったら嫌なんだよ。せめて、犯人が捕まるまで俺の家にいろよ」
空き巣が出る、危険だと言われているのに私は妙な心地だった。確かにヤモリ荘はボロで防犯も危うい。窓も扉もすぐ破られてしまうだろう。それでも彼の元に戻って、安全な生活を送りたいとは思わなかった。
「私、戻らない。ヤモリ荘にいる」
「頑固だな」
私のはっきりした口調に顔をゆがめる彼から視線を外し、彼の手に自分の手を重ねてそっと、だけど強く押しのける。
「ごめん。鍵返すよ」
鞄の中から合鍵を出そうとすると、彼がゆるゆると頭を振った。
「持っててよ。いつでも来てほしいし、怖かったら連絡してほしい」
「でも、私は、多分戻ら…」
「空き巣が捕まるか、もっと安全なマンションに移ったら返してくれよ」
これでは私と彼の間は宙ぶらりんのままだ。それでも私は、顔を伏せてありがとうと呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる