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姫はご安心ください
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大きな地震が起きたら一発でつぶれそうなヤモリ荘に戻り、肩を落として階段を上がる。カンカンと靴音を立てて上がっていくと何とも情けない気持ちになった。
「普通だったら、怖いって言って行っちゃうところだよね」
鞄から部屋の鍵を出してカチャリと回す。鞄と一緒に持っているビニール袋の中にはとんかつが入っている。これを使って景気よくかつ丼でも食べようかと考えたのだ。
「そういえば平岡先輩がかつ丼食べてたっけ」
真似をしたわけではないが、妙に意識してしまっていた。彼氏と言い争いをしたせいもあるんだろうな。平岡先輩のことを思浮かべて、私は疲れたような笑みを浮かべて頭を振る。
「ないない。私と平岡先輩って、教師と出来の悪い生徒みたいだもん」
ゆっくりノブを回して部屋に入る。ただいまと小さく声をかけてから、靴を脱いで部屋に入る。電気をつけて畳の真ん中に置いてある折り畳み式のテーブルの上に、とんかつが入ったビニール袋を置いた。電気をつけて窓の前にかかっているカーテンを閉める。太陽が赤々と燃えるように沈んでいく中、カラスの鳴き声が響いていた。
畳の部屋に布団を入れる押し入れがある。簡易キッチンはもちろんガスコンロだ。火事にも気をつけなければならないだろう。狭い浴室にシャワーがついているのには驚きだ。トイレが洋式だったことに、ホッとしたのは部屋に入った時。ぼろいけれど、ひどくはない。狭いけれども学生の一人暮らしには十分だ。昭和の香りがただよう部屋に立つ自分は平成生まれ。アンバランスのような気がしてちょっとおかしくなった。
お風呂の準備だけして手早くかつ丼を作って食べてしまおう。夜はお気に入りのドラマがあるから、ゆっくりテレビを観よう。講義はあるけれど急ぎのレポートや提出物がないことが嬉しい。本当なら、そろそろ就職活動に精を出しても良い頃だけど、まだまだのんびりと学生気分を味わっていたかった。
昼間に彼氏に言われたことが気になって、玄関に向かって鍵を閉める。空き巣の話から、夜中に押し入って来られたらどうしようという不安が押し寄せてきた。
「こんな鍵じゃひとたまりもないよね」
チェーンをつけて扉にこつんとおでこをくっつける。ひんやりとして、気持ちよかった。
(ご安心下さいませ)
低く通る男の声に驚いて、私は部屋の中を見回した。当然だけれど、私以外には誰もいない。
「変なの。疲れてるのかな」
(姫に決して手出しはさせません)
「ひ、姫!?」
すっとんきょうな声をあげてもう一度注意深く部屋を見ていると、テーブルの上に一匹のヤモリが私をじっと見ていた。後ろ足で立ち、前足は礼儀正しく腹のあたりで組んでいる。
(このアパートの敷地内であれば、必ずや守ってみせます)
きりりとした声がヤモリの発したものだとは思えなかった。けれど、ヤモリが自分に話しかけているのだということを瞬時に理解した。
「あなたが、一人…一匹で?」
(姫の担当は私でありますが、ご安心下さい。多くの仲間がこのアパートを守っております)
誇り高い騎士のような調子で言った後、軽い立ち眩みに見舞われて扉に寄りかかった。何度か瞬きをしてみると、テーブルの上にいたヤモリは跡形もなく消え去ってしまっている。
「もしかして夢?」
白昼夢でも見たんだろうか。もしかしたら今日は早く寝た方が良いのかもしれない。
「姫だって。そんなこと言われたの初めてだよ」
くすりと笑ったら不安な気持ちが軽くなった。ヤモリが話をするわけないじゃない。それでも先ほどまで抱えていた不安は軽くなり、鼻歌を歌いながらお風呂の準備を始めた。
私の部屋の前を誰かが通ったような気がしたけれど、このアパートの住人だろうと思ったし、蛇口をひねって水を出す音で足音は耳に届かなかった。
「普通だったら、怖いって言って行っちゃうところだよね」
鞄から部屋の鍵を出してカチャリと回す。鞄と一緒に持っているビニール袋の中にはとんかつが入っている。これを使って景気よくかつ丼でも食べようかと考えたのだ。
「そういえば平岡先輩がかつ丼食べてたっけ」
真似をしたわけではないが、妙に意識してしまっていた。彼氏と言い争いをしたせいもあるんだろうな。平岡先輩のことを思浮かべて、私は疲れたような笑みを浮かべて頭を振る。
「ないない。私と平岡先輩って、教師と出来の悪い生徒みたいだもん」
ゆっくりノブを回して部屋に入る。ただいまと小さく声をかけてから、靴を脱いで部屋に入る。電気をつけて畳の真ん中に置いてある折り畳み式のテーブルの上に、とんかつが入ったビニール袋を置いた。電気をつけて窓の前にかかっているカーテンを閉める。太陽が赤々と燃えるように沈んでいく中、カラスの鳴き声が響いていた。
畳の部屋に布団を入れる押し入れがある。簡易キッチンはもちろんガスコンロだ。火事にも気をつけなければならないだろう。狭い浴室にシャワーがついているのには驚きだ。トイレが洋式だったことに、ホッとしたのは部屋に入った時。ぼろいけれど、ひどくはない。狭いけれども学生の一人暮らしには十分だ。昭和の香りがただよう部屋に立つ自分は平成生まれ。アンバランスのような気がしてちょっとおかしくなった。
お風呂の準備だけして手早くかつ丼を作って食べてしまおう。夜はお気に入りのドラマがあるから、ゆっくりテレビを観よう。講義はあるけれど急ぎのレポートや提出物がないことが嬉しい。本当なら、そろそろ就職活動に精を出しても良い頃だけど、まだまだのんびりと学生気分を味わっていたかった。
昼間に彼氏に言われたことが気になって、玄関に向かって鍵を閉める。空き巣の話から、夜中に押し入って来られたらどうしようという不安が押し寄せてきた。
「こんな鍵じゃひとたまりもないよね」
チェーンをつけて扉にこつんとおでこをくっつける。ひんやりとして、気持ちよかった。
(ご安心下さいませ)
低く通る男の声に驚いて、私は部屋の中を見回した。当然だけれど、私以外には誰もいない。
「変なの。疲れてるのかな」
(姫に決して手出しはさせません)
「ひ、姫!?」
すっとんきょうな声をあげてもう一度注意深く部屋を見ていると、テーブルの上に一匹のヤモリが私をじっと見ていた。後ろ足で立ち、前足は礼儀正しく腹のあたりで組んでいる。
(このアパートの敷地内であれば、必ずや守ってみせます)
きりりとした声がヤモリの発したものだとは思えなかった。けれど、ヤモリが自分に話しかけているのだということを瞬時に理解した。
「あなたが、一人…一匹で?」
(姫の担当は私でありますが、ご安心下さい。多くの仲間がこのアパートを守っております)
誇り高い騎士のような調子で言った後、軽い立ち眩みに見舞われて扉に寄りかかった。何度か瞬きをしてみると、テーブルの上にいたヤモリは跡形もなく消え去ってしまっている。
「もしかして夢?」
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「姫だって。そんなこと言われたの初めてだよ」
くすりと笑ったら不安な気持ちが軽くなった。ヤモリが話をするわけないじゃない。それでも先ほどまで抱えていた不安は軽くなり、鼻歌を歌いながらお風呂の準備を始めた。
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