ヤモリの家守

天鳥そら

文字の大きさ
6 / 8

そんなはずないでしょう

しおりを挟む
かつ丼を食べてからお風呂に入り、テレビをつける。好きなドラマが始まるちょうど五分前。自分の段どりの良さににんまり笑ってから、畳に座り込んだ。隣の部屋に響かないようにと音量を調節していると、部屋の前を通り過ぎる足音がした。

多分このアパートの住人だろうと思いながらも、うろうろとする足音は階段を降りていく。友達や知り合いには住所やアパートを教えている。もしかしたら誰か尋ねて来たのかもしれない。気になって靴を履きドアの前まで行ったところで大声が上がった。

「泥棒!泥棒!」

凍りついたまま動けず表の動きに耳をすませる。まさか、空き巣がこのアパートにやって来たの。早鐘のように鳴る心臓を懸命に沈めながら、玄関チェーンを外してそっとドアを開けて外をうかがう。私の部屋より離れた部屋なんだろう。ばたんと扉が大きく開く音がした。

「泥棒ってうちのアパートか!」

名前はわからないけれど、一階の部屋に住んでいる男が叫んでいる。


「うちに入ろうとしたみたいだけどね。ダメだったよ!」


「誰かの部屋に入ったの?」

「入ってない!入ってない!」

アパートの住人が外にいるらしいので、私も急いで飛び出した。目の前に広がる奇妙な光景に思わず後ずさる。
一階の部屋の前には庭がある。大して手入れされていない庭木の陰から小さな生き物の大群が、一人の人間に襲いかかっているのだ。

「何これ、ネズミ?」

「篠村さん。ヤモリだよ」

「矢川さん!」

「大捕り物だね~」

のんきに笑う矢川さんのそばに並んで、生き物の大群をじっと見つめる。確かにヤモリの大群なんだろう。小さくて力のないように見える生き物が連係プレーを取り、犯人の動きを封じてる。手で払っても体をよじっても群がるヤモリの様子は、見ていてかなり気持ちが悪い。ヤモリの大群に襲われているので男か女か老人か若者かどうかも判断がつかない。一階に住む大家さんと男連中がヤモリの中をかき分けて、縄で泥棒と思われる人間を縛り上げる。犯人の自由を奪った後、ヤモリはさーっと薮の中に逃げていき、数匹のヤモリだけが残った。犯人の顔がアパートの電灯に照らされた時、私は驚きのあまりその場にへたり込んだ。

「篠村さん。大丈夫?」

「あの人…」

私は矢川さんが差し出してくれた手にすがりついて、小さく叫んだ。


「私の彼氏」

「え?」

どうしてという声は私の喉の奥に消えていく。もしかしたら、私の部屋に来ようとしただけなのかもしれない。誤解を解かなければと何とか立ち上がって、階段を降りていく。アパートの住人に睨まれたまま、縄で縛られ座り込んでいる彼の元へと駆け寄った。

「すみません!その人、私の知り合いなの」

驚きの表情を浮かべるアパートの住人にすみませんと頭を下げて、彼の元にしゃがみこんだ。

「こんな夜遅くにどうしたの?私の部屋に来ようとしたんだよね?」


部屋が分からなかったのなら連絡をくれれば良いのにと涙目になる私に、大家さんの厳しい声が背後からした。


「そいつはね、女の一人暮らしを狙ってる空き巣だよ。間違いない」

「そ、そんなわけないです。この人は私の…」

彼を縛り上げた男の人が私を気の毒そうな目で見つめる。

「君の大切な人なんだね。だけどね、その人が空き巣なのは間違いないよ」

「そんな、そんな」

頭がぐるぐるまわって気持ちが悪い。一体何を言っているんだろう。私はひどく取り乱しながら自分と彼の関係や自分を心配してここまで来てくれたんだろうということを話す。その間彼はずっと押し黙ったままだった。私が話し終えても住人の表情は私を憐れむように見るだけで、彼に対する態度は変わらなかった。

「ねえ、このままじゃ、泥棒にされちゃうよ。ちゃんと説明しないと…」

「ここの大家はたんまりお金を持ってるって噂があったんだよ」

震える声で必死に話す私に、低くく暗い声で彼は応えた。一体何を言っているんだろう。いつもの彼とは違う様子に私は口を開くことができなかった。

「早苗がここにいるからさ、やめとこうかと思ったんだけど」

悪びれもしない表情は本当に彼だろうか。温厚で資産家の息子だということで金銭感覚はちょっとズレてるけれど、こんなことする人間には見えなかった。

「変だと思わなかった?はっきり言ってさ、俺は資産家の息子でもなんでもないわけよ」

私のことを小馬鹿にするように、口の端を上げて笑う。顔がこわばって、気づけば私は手を振り上げていた。ぱんっという小気味良い音はアパートだけでなくあたりに響いたけれど、まわりのことなど気にしている場合じゃなかった。

「本当に、本当に泥棒なの?人違いじゃなくて」

彼は私の瞳からこぼれ落ちる涙に一瞬黙ったけれど、すぐにふてぶてしい態度に戻った。私が平手で打った頬は赤くなっていたけれど、誰も気にしていなかった。

「お前がバカなんだ」


彼がぽつりと呟いた時、パトカーのサイレンがけたたましい音をたててアパートの前に止まった。夜風が頬をなでて、軽く鼻をすする。胸にぽっかり空いたような穴に冷たい風が吹く。暗いトンネルを通り抜けていくようにどこかへすーっと駆け抜けていった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...