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馬鹿じゃない
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「大丈夫か?」
「はい、何とか」
すっかりしょげ切っている私は、何とか大学に来て学生の好機の目から逃れるようにして、食堂の片隅で平岡先輩と一緒にお昼ご飯を食べている。友達は何かと気遣ってくれたけど、自分の彼氏が空き巣犯として捕まったのを噂されれるのは辛かった。
「今日は俺がおごるから」
「良いです。自分で払います」
「良いから、黙って食っとけ」
イライラとした平岡先輩の口調にうなだれて、はいと返事をしたものの、涙がまた零れ落ちそうになった。この食堂で一番高いA定食は滅多に食べない。それをぽんっとおごってくれるのだから、もしかしたら明日は雪が降るかもしれない。平岡先輩に対して大変失礼なことを考えながら、私は割りばしをぱきっと割ってサラダに箸をつけた。先輩はカレーライスだから、どうも申し訳ない。昨夜のことはニュースにもなって、一人暮らしをしている女の子たちは、ホッとしながらも驚いていた。
「大家の部屋に入ろうとしたって言ってたんだって?」
「はい。大家さんが裏の家に行くのを見計らって、盗もうと思ったらしいです」
簡単な説明を朝になってから、大家さんや矢川さんが話してくれた。矢川さんは夜中も一緒にいてくれて、なぐさめてくれた優しい人だ。ヤモリの大群は薮の中に戻ってしまい、嘘のように静かになった。たまに部屋の中をちょろちょろ動き回るヤモリを見かけたけれど、きっとパトロールしていたんだろう。
「大家がいないタイミングを狙ったって言っていたけど、家に入る前だったんだろう?どうにでも言い訳がたつだろうに」
「そうなんですよね。私の部屋に来ようとして間違えたって言えば、そのまま無罪放免になりますし」
大家さんの家に入ろうとした彼は、泥棒と叫んだ大家さんの声に言い訳しなかった。その代わり急いで逃げようとしたらしいけど、ヤモリの大群とアパートの住人に捕まったのだ。警察が来て大変だったけど大家さんやアパートの住人全員が見ていたので、それほど細かく聞かれることはなかった。何より、彼が自白して今までの犯行をすべて認めてしまった。
「私、馬鹿ですね」
ぽつりと呟いた私に平岡先輩が、ちらりとこちらに視線を送る。怒っているように見えるけれど、何て言って良いか困っているみたいだ。
「泥棒だって知らずに彼女になって、お金持ちだって浮かれてたんですから。合鍵だってまだ…」
不思議なことに今でも未練がある。こんなことを言えば呆れてしまうだろう。彼の家は当然、警察が調べているから入れない。それどころか彼があの部屋に戻ることはできない。預かっていた合鍵が捨てられぬまま、私の鞄の中に入っている。彼とおそろいのクマのキーホルダーが寂しく思えた。
美味しいはずのA定食は、まるで牢屋の中で食べるご飯のようだ。今頃、彼は牢屋の中でご飯を食べているかもしれない。そんなことを思ってため息がでた。本当に馬鹿だ。
「馬鹿じゃないだろ」
「へ?」
またじわとにじんだ目頭を軽く押さえて平岡先輩を見ると、思ったよりも真剣な表情で私を眺めている。
「馬鹿じゃないから、彼氏の家を出たんだろう?大抵は疑問に思いながら、そのまま居ついてしまうんじゃないのか?」
平岡先輩の真摯な目から逃れるように視線を外した。彼氏の善意溢れる申し出を断った時も馬鹿だと思ったのだ。危ないから、危険な目に合ってほしくないという彼の言葉を無視した自分を馬鹿だと思った。
「よく、わからないです。何をやっても自分は見当違いなことをしている気がして、いつも自分の選択に後悔しているんです」
「そんなの、みんな同じだ。俺だって、自分を馬鹿だと思っている」
「はい?」
視線を上げて思いっきり首を傾げる。他の人がどう思っているかはわからないが、平岡先輩はいつも自信満々に見える。自分の意見だってはっきり言うし、うじうじ言っている私とは違う。
「就職蹴って、院に進むことにした」
ぽかんとして平岡先輩を見ていると、私の目の前でくすりと笑った。
「就職先は名のある企業だった。大企業ではないが老舗で安定している。親が喜んでな、これで一安心だって言ったところで、俺が大学に残ると言った時の親の表情」
天井を見上げて大きく息を吐いた。
「ダメな息子だなって思ったよ」
「まあ、就職浪人するわけじゃないんですし…」
「それでも、あの表情を見た時はきつかったな」
「それは、私もわかります」
何が最善で何が悪いのか選択肢を前にした私たちには、さっぱりわからないのだ。悪路を行ったと思っても不思議とトラブルを回避していることもある。今回、私が彼氏の家を出たことで犯罪と関わらずに済んだように。逆に良い選択をしたと思ったらとんでもない落とし穴がぽっかり口を開けて待っているのだ。泥棒の彼の家で暮らすようになった時のように、知らない間に踏み込んでいる。
「仕送りは期待できないから、今より安いアパートを探すことになった」
カレーとセットについてくるスープを飲んで、私に困ったような表情を浮かべた。
「アパートを探す時にずいぶん調べたんだろう。悪いがどこか良いアパートがないか教えてくれないか?」
平岡先輩が困った表情で私を頼るなんて地震でも来るのかもしれない。私は口をぱかっと開けてみっともない表情を浮かべていたけれど、急いでスマホを取り出してチェックしていたアパートや不動産の情報を探した。
「はい、何とか」
すっかりしょげ切っている私は、何とか大学に来て学生の好機の目から逃れるようにして、食堂の片隅で平岡先輩と一緒にお昼ご飯を食べている。友達は何かと気遣ってくれたけど、自分の彼氏が空き巣犯として捕まったのを噂されれるのは辛かった。
「今日は俺がおごるから」
「良いです。自分で払います」
「良いから、黙って食っとけ」
イライラとした平岡先輩の口調にうなだれて、はいと返事をしたものの、涙がまた零れ落ちそうになった。この食堂で一番高いA定食は滅多に食べない。それをぽんっとおごってくれるのだから、もしかしたら明日は雪が降るかもしれない。平岡先輩に対して大変失礼なことを考えながら、私は割りばしをぱきっと割ってサラダに箸をつけた。先輩はカレーライスだから、どうも申し訳ない。昨夜のことはニュースにもなって、一人暮らしをしている女の子たちは、ホッとしながらも驚いていた。
「大家の部屋に入ろうとしたって言ってたんだって?」
「はい。大家さんが裏の家に行くのを見計らって、盗もうと思ったらしいです」
簡単な説明を朝になってから、大家さんや矢川さんが話してくれた。矢川さんは夜中も一緒にいてくれて、なぐさめてくれた優しい人だ。ヤモリの大群は薮の中に戻ってしまい、嘘のように静かになった。たまに部屋の中をちょろちょろ動き回るヤモリを見かけたけれど、きっとパトロールしていたんだろう。
「大家がいないタイミングを狙ったって言っていたけど、家に入る前だったんだろう?どうにでも言い訳がたつだろうに」
「そうなんですよね。私の部屋に来ようとして間違えたって言えば、そのまま無罪放免になりますし」
大家さんの家に入ろうとした彼は、泥棒と叫んだ大家さんの声に言い訳しなかった。その代わり急いで逃げようとしたらしいけど、ヤモリの大群とアパートの住人に捕まったのだ。警察が来て大変だったけど大家さんやアパートの住人全員が見ていたので、それほど細かく聞かれることはなかった。何より、彼が自白して今までの犯行をすべて認めてしまった。
「私、馬鹿ですね」
ぽつりと呟いた私に平岡先輩が、ちらりとこちらに視線を送る。怒っているように見えるけれど、何て言って良いか困っているみたいだ。
「泥棒だって知らずに彼女になって、お金持ちだって浮かれてたんですから。合鍵だってまだ…」
不思議なことに今でも未練がある。こんなことを言えば呆れてしまうだろう。彼の家は当然、警察が調べているから入れない。それどころか彼があの部屋に戻ることはできない。預かっていた合鍵が捨てられぬまま、私の鞄の中に入っている。彼とおそろいのクマのキーホルダーが寂しく思えた。
美味しいはずのA定食は、まるで牢屋の中で食べるご飯のようだ。今頃、彼は牢屋の中でご飯を食べているかもしれない。そんなことを思ってため息がでた。本当に馬鹿だ。
「馬鹿じゃないだろ」
「へ?」
またじわとにじんだ目頭を軽く押さえて平岡先輩を見ると、思ったよりも真剣な表情で私を眺めている。
「馬鹿じゃないから、彼氏の家を出たんだろう?大抵は疑問に思いながら、そのまま居ついてしまうんじゃないのか?」
平岡先輩の真摯な目から逃れるように視線を外した。彼氏の善意溢れる申し出を断った時も馬鹿だと思ったのだ。危ないから、危険な目に合ってほしくないという彼の言葉を無視した自分を馬鹿だと思った。
「よく、わからないです。何をやっても自分は見当違いなことをしている気がして、いつも自分の選択に後悔しているんです」
「そんなの、みんな同じだ。俺だって、自分を馬鹿だと思っている」
「はい?」
視線を上げて思いっきり首を傾げる。他の人がどう思っているかはわからないが、平岡先輩はいつも自信満々に見える。自分の意見だってはっきり言うし、うじうじ言っている私とは違う。
「就職蹴って、院に進むことにした」
ぽかんとして平岡先輩を見ていると、私の目の前でくすりと笑った。
「就職先は名のある企業だった。大企業ではないが老舗で安定している。親が喜んでな、これで一安心だって言ったところで、俺が大学に残ると言った時の親の表情」
天井を見上げて大きく息を吐いた。
「ダメな息子だなって思ったよ」
「まあ、就職浪人するわけじゃないんですし…」
「それでも、あの表情を見た時はきつかったな」
「それは、私もわかります」
何が最善で何が悪いのか選択肢を前にした私たちには、さっぱりわからないのだ。悪路を行ったと思っても不思議とトラブルを回避していることもある。今回、私が彼氏の家を出たことで犯罪と関わらずに済んだように。逆に良い選択をしたと思ったらとんでもない落とし穴がぽっかり口を開けて待っているのだ。泥棒の彼の家で暮らすようになった時のように、知らない間に踏み込んでいる。
「仕送りは期待できないから、今より安いアパートを探すことになった」
カレーとセットについてくるスープを飲んで、私に困ったような表情を浮かべた。
「アパートを探す時にずいぶん調べたんだろう。悪いがどこか良いアパートがないか教えてくれないか?」
平岡先輩が困った表情で私を頼るなんて地震でも来るのかもしれない。私は口をぱかっと開けてみっともない表情を浮かべていたけれど、急いでスマホを取り出してチェックしていたアパートや不動産の情報を探した。
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