ヤモリの家守

天鳥そら

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ありがとう私の警備員

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「ただいま~」

誰もいない部屋に向かって私は大きな声を出す。もしかしたら、ヤモリが部屋にいるかもしれないと思ったけれど、どうやら今はいないようだ。暮れていく夕日をぼんやりと眺めてから、玄関の鍵をかけてチェーンをかけた。靴を脱いで部屋に入るとそのまま真っすぐ窓に向かってカーテンをしっかり閉める。薄暗くなった部屋を見て、電気をつけなければとスイッチを入れた。

(姫、お帰りなさいませ)

突然響いた声に驚いて振り返ると、折り畳み式のテーブルの上にちょこんと立って深々とお辞儀するヤモリが一匹いた。もう前のようには驚かない。ヤモリがこのアパートを守る存在だって知ったから。ヤモリは家を守る縁起の良い存在らしい。シロアリのような害虫を食べるかららしいけど、ここのヤモリはひと味違う。大勢の仲間と共に藪の中に潜み、日夜アパートの住人を守ってくれている。不思議な話だが本当の話だ。

「今日もお疲れ様。良ければ、ご飯を一緒にどう?」

今日はシチューにするんだよと笑うとヤモリのぴしりとした声がした。

(今は仕事中ですので)

胸を張ったヤモリにくすくすと笑って、お願いねと囁くとヤモリはすーっとどこかへ走り去ってしまった。

「害虫を食べるんだから、一緒に食事は無理か」

隣の矢川さんと初めて会った時、ヤモリに声をかけている様子を思い出した。自分も同じようにヤモリと話しているのは何ともおかしかった。

ふーっと息を吐いてからキッチンで手を洗っていると、ブーブーっとバイブ音がする。急いで手を拭いてスマホを鞄の中から取り出すと、平岡という文字が画面に表示されていた。

「平岡先輩、引っ越し場所決まったのかな?」

お昼休みに自分の持っている情報を渡したら、ずいぶんと喜んでくれた。ちょうどいい家賃のアパートがあるから、すぐにでも見に行ってくると嬉しそうにしてた。平岡先輩と話している内に彼のことを少し忘れていられて助かった。合鍵はすぐに処分しなくちゃいけないけれど、おそろいのクマのキーホルダーはまだ捨てられない。

「先輩、良いアパート見つかりました?」

スマホの向こうで響く声は弾んでいる。私のおかげで引越し先が見つかったと喜ぶ平岡先輩の話を、ぱっくり開いた傷口に薬が塗り込まれ、染みるような思いで聞いていた。よく効く薬が傷に浸透して、ゆっくり癒えていく時のように。

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みんなの感想(1件)

能野 理央
2018.12.18 能野 理央
ネタバレ含む
2018.12.18 天鳥そら

熊野 理央さま

感想ありがとうございます。童話の方にいこうと思いながら、色々試しています。
小説すばる、文芸っぽい。ヒントになります^^

解除

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