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第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける
愛姫(めごひめ)4
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「そうそう。今日は丁度お餅祭りなんですよ姫様」
菊花は苦虫を噛んだような顔をしている余三郎を横目に見ながらも、愛姫が興味を引く方へと話を向けた。
「お餅祭り? はて、聞いた事のない行事じゃな」
「姫。少しはわしの話を――」
「杵柄神社ってのがこの近くにありましてね、そこの神様が御降臨された日を祝うお祭りなんですの」
「おぉ、地元の神の祭りか。それは楽しそうじゃのう」
余三郎の説教など気にも掛けず、はやくもその小さい尻がうずうずと浮きかけている愛姫。
「……行かせませんよ? 姫」
「一番の見物は紅白の餅を境内から撒かれる事ですわね。去年もそれで食費がかなり助かりました」
「よしっ! 行くぞ。百合丸、霧。妾をその杵柄神社に案内せい!」
「お餅! 行くなの!」
「殿、すまぬ。姫の命令には逆らえぬ」
「嘘だ! 餅だろ! おまえら餅が欲しいだけだろう!?」
「そうまで言うのなら行くのを止めるでござるが、そうすると年に一度しかないお腹いっぱい餅を食べれる日を指を咥えて見逃す事になりましょう……殿は本当にそれで良いでござるか?」
「ぐううっ……」
命の懸かった事案が進行している状況でこの件の当事者らを祭りになど行かせたくはないが、食い物をタダで貰える機会を失していいのかと問われれば、それも見逃せない大事ではある。
打ち首にされる未来か、飢え死にする未来か、どちらかを選べと神に選択を強いられているような窮地で、余三郎が答えるのを躊躇っていると、
「まぁまぁ良いじゃありませんか殿。姫様はずっと籠の中の鳥のようにお城の中で育ってきたんですもの。外の世界を見たいと思うのはとても自然な気持ちだと思いますよ」
「しかし……」
「ウリ丸ちゃん。いいから行ってきなさいな。殿には私からちゃんと言っておくから」
「き、菊花さん!?」
いっぱい(お餅を)拾ってくるのよ。と言いながら抜け目なく百合丸に風呂敷を預ける菊花。
「心得た菊花殿。感謝する」
「三人とも人攫いには気をつけるのよぉ~」
「うむっ! では行ってくるのじゃ!」
余三郎がこれ以上何かを言い出さないうちにと、三人は逃げる兎のような素早さで家から出て行った。
「菊花さん……なぜ」
なぜ三人が出て行くのを援護したのかと、うらめしそうな目で菊花を睨むと、菊花はそんな視線など笑顔で受け流した。
「いいじゃないですか。あの子たちが遊んでいる間に殿は殿でやるべきことがあるでしょ?」
「やるべきこと?」
「これから再度登城して愛姫がお城に戻れるように手配をしておかなきゃ。まさかそのまま愛姫を帰そうだなんて考えてませんよね?」
「そう考えておったのだが?」
余三郎がキョトンとした顔で首をかしげると菊花はわざとらしくため息を吐いた。
「将軍のたった一人の娘が居なくなったんですよ? 今頃城中ではこっそり大騒ぎですよね」
菊花の言う『こっそり大騒ぎ』という表現は妙に的を射ていた。
愛姫の失踪は幕府の未来に関わる大事件。
しかし、これは様々な意味において公に知られてはマズい出来事。
だから今頃は事実を知る一部の者たちだけが頭を抱えながら極秘裏に右へ左へと走り回っている事だろう。
「それは分かっておる。だからこそこれまでの事情をしっかと把握して一刻も早く愛姫を城に帰さねばならないのでは?」
「だからって馬鹿正直にのこのこと城に出向いて本当の事を言ってしまったら……。殿、切腹よ?」
「せ、切腹!?」
「当然でしょう? 事情はどうあれ将軍様のお世継ぎが出奔するのを手助けして、さらに一時的にでも自宅に匿った罪があるんですもの。この事が公になればそれくらいは覚悟しなきゃですわ」
「しかし。それはわしがやらかしたわけじゃ……」
「家臣がやらかしたことは主の責任です。当然ですわよね」
「ぐっ……」
菊花の言うことが一々もっともなので余三郎は言葉に詰まる。
「だから、そうならないためにも将軍のお兄さんにこっそり面会して内々に事を収めた方がよろしいんじゃないかしら? 将軍様だっていたずらにこれを大事にしたくないでしょうし、事情がきちんと伝われば、あとは勝手に手筈を整えて今回の騒動は全て内々に処理してくれますわよ」
「そ、そうか……。確かに菊花さんの言う通りだ」
余三郎は目からうろこが落ちたように目を大きく開けてポンと膝を打った。
「さぁ、殿は急いで将軍様との面会を手配をしてください。愛姫を帰す筋道が整うまでには暫くかかるでしょうし、それまでの間くらいは一大決心して城を出て来た愛姫に城下町見物くらいさせてあげても罰は当たらないでしょ?」
「うむむむ……。しかし、だからと言うてわざわざ祭りなどという人気の多い場所になど行かせなくとも……」
「そんな無粋な事を言っているようじゃ、お江戸で笑いものになっちゃいますよ。殿も覚えがあるんでしょ? 城を抜け出して城下町に出掛けた事の一度や二度くらい」
「うぅむ。確かにそうなのだが」
「ね?」
うまく菊花に言いくるめられて余三郎は渋々登城の準備にかかった。
菊花は苦虫を噛んだような顔をしている余三郎を横目に見ながらも、愛姫が興味を引く方へと話を向けた。
「お餅祭り? はて、聞いた事のない行事じゃな」
「姫。少しはわしの話を――」
「杵柄神社ってのがこの近くにありましてね、そこの神様が御降臨された日を祝うお祭りなんですの」
「おぉ、地元の神の祭りか。それは楽しそうじゃのう」
余三郎の説教など気にも掛けず、はやくもその小さい尻がうずうずと浮きかけている愛姫。
「……行かせませんよ? 姫」
「一番の見物は紅白の餅を境内から撒かれる事ですわね。去年もそれで食費がかなり助かりました」
「よしっ! 行くぞ。百合丸、霧。妾をその杵柄神社に案内せい!」
「お餅! 行くなの!」
「殿、すまぬ。姫の命令には逆らえぬ」
「嘘だ! 餅だろ! おまえら餅が欲しいだけだろう!?」
「そうまで言うのなら行くのを止めるでござるが、そうすると年に一度しかないお腹いっぱい餅を食べれる日を指を咥えて見逃す事になりましょう……殿は本当にそれで良いでござるか?」
「ぐううっ……」
命の懸かった事案が進行している状況でこの件の当事者らを祭りになど行かせたくはないが、食い物をタダで貰える機会を失していいのかと問われれば、それも見逃せない大事ではある。
打ち首にされる未来か、飢え死にする未来か、どちらかを選べと神に選択を強いられているような窮地で、余三郎が答えるのを躊躇っていると、
「まぁまぁ良いじゃありませんか殿。姫様はずっと籠の中の鳥のようにお城の中で育ってきたんですもの。外の世界を見たいと思うのはとても自然な気持ちだと思いますよ」
「しかし……」
「ウリ丸ちゃん。いいから行ってきなさいな。殿には私からちゃんと言っておくから」
「き、菊花さん!?」
いっぱい(お餅を)拾ってくるのよ。と言いながら抜け目なく百合丸に風呂敷を預ける菊花。
「心得た菊花殿。感謝する」
「三人とも人攫いには気をつけるのよぉ~」
「うむっ! では行ってくるのじゃ!」
余三郎がこれ以上何かを言い出さないうちにと、三人は逃げる兎のような素早さで家から出て行った。
「菊花さん……なぜ」
なぜ三人が出て行くのを援護したのかと、うらめしそうな目で菊花を睨むと、菊花はそんな視線など笑顔で受け流した。
「いいじゃないですか。あの子たちが遊んでいる間に殿は殿でやるべきことがあるでしょ?」
「やるべきこと?」
「これから再度登城して愛姫がお城に戻れるように手配をしておかなきゃ。まさかそのまま愛姫を帰そうだなんて考えてませんよね?」
「そう考えておったのだが?」
余三郎がキョトンとした顔で首をかしげると菊花はわざとらしくため息を吐いた。
「将軍のたった一人の娘が居なくなったんですよ? 今頃城中ではこっそり大騒ぎですよね」
菊花の言う『こっそり大騒ぎ』という表現は妙に的を射ていた。
愛姫の失踪は幕府の未来に関わる大事件。
しかし、これは様々な意味において公に知られてはマズい出来事。
だから今頃は事実を知る一部の者たちだけが頭を抱えながら極秘裏に右へ左へと走り回っている事だろう。
「それは分かっておる。だからこそこれまでの事情をしっかと把握して一刻も早く愛姫を城に帰さねばならないのでは?」
「だからって馬鹿正直にのこのこと城に出向いて本当の事を言ってしまったら……。殿、切腹よ?」
「せ、切腹!?」
「当然でしょう? 事情はどうあれ将軍様のお世継ぎが出奔するのを手助けして、さらに一時的にでも自宅に匿った罪があるんですもの。この事が公になればそれくらいは覚悟しなきゃですわ」
「しかし。それはわしがやらかしたわけじゃ……」
「家臣がやらかしたことは主の責任です。当然ですわよね」
「ぐっ……」
菊花の言うことが一々もっともなので余三郎は言葉に詰まる。
「だから、そうならないためにも将軍のお兄さんにこっそり面会して内々に事を収めた方がよろしいんじゃないかしら? 将軍様だっていたずらにこれを大事にしたくないでしょうし、事情がきちんと伝われば、あとは勝手に手筈を整えて今回の騒動は全て内々に処理してくれますわよ」
「そ、そうか……。確かに菊花さんの言う通りだ」
余三郎は目からうろこが落ちたように目を大きく開けてポンと膝を打った。
「さぁ、殿は急いで将軍様との面会を手配をしてください。愛姫を帰す筋道が整うまでには暫くかかるでしょうし、それまでの間くらいは一大決心して城を出て来た愛姫に城下町見物くらいさせてあげても罰は当たらないでしょ?」
「うむむむ……。しかし、だからと言うてわざわざ祭りなどという人気の多い場所になど行かせなくとも……」
「そんな無粋な事を言っているようじゃ、お江戸で笑いものになっちゃいますよ。殿も覚えがあるんでしょ? 城を抜け出して城下町に出掛けた事の一度や二度くらい」
「うぅむ。確かにそうなのだが」
「ね?」
うまく菊花に言いくるめられて余三郎は渋々登城の準備にかかった。
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